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2016年6月 6日 (月)

清里四半世紀―身辺整理のとき

先月は何だか忙しかった。気候不順な4月からやっと爽快な5月に変ったと思っていたら、いつの間にかひと月が経っていた。5月は、仕事がらみでは例年の広告電通賞の選考で2日間拘束されただけだったが、この4月から地元の気功・太極拳同好会に週1回顔を出すようになって、どうも日常が今までよりもハイペースで進んで行くようになった気がする。
毎年5月には、月例の通院診察に加えて半年毎の内科的定期検診と前立腺ガン手術後の定期検診もあり、それに車の定期点検(持ち込みでの)や孫の運動会なども重なってアチコチに出かける機会が増えたのが、さらにその忙しい気分に拍車をかけた。

そんな中、連休が明けたころに、昨秋10月下旬以来半年余ぶりで清里の山荘に行ってきた。ゴールデンウイーク中は道路が渋滞し高齢ドライバーにはキツいと思い、敢えてそのタイミングを避けたので、中央道もまずまず問題なく流れ、午前11時過ぎに横浜の自宅を出て途中何度も休み休み行ったけれども、余裕で午後3時頃には現地到着した。
この時季は、平地がそろそろ夏日近い気温になる頃なので、わかってはいながら懲りずに25年以上もの間毎年、いくら清里でももう寒くないだろうとタカをくくっては予想を外していたが、今年もやはり例年の通り、甲府・韮崎あたりで28度だった気温は、山荘に着いたときには18度まで下がっており、日暮れにはまだ間があるというのにシャツだけではチョッと風邪をひいてしまいそうな肌寒さだった。

山荘のミツバツツジでも、約2ヵ月遅れながら季節は確実に進んでいると見え、標高1400メートルの森はミツバツツジとスミレの真っ盛りで、我が山荘の庭もあちこちが、地面は濃紫、地上は濃ピンクに彩られていた。一面の浅緑の中に真っ赤なヤマツツジの蕾も散見されたが、それを追い越すように、今月中旬過ぎにはオレンジ色のレンゲツツジが一斉開花するのだろう。
道路沿いのフェンスの下には端から端まで毎年冬の間も青々としたままの蔓日日草がはびこっていたが、珍しくもその中にゼンマイ状の山草の大株を発見。家内が食用になるコゴミではないかと摘み取ってはみたが、余りにも巨大で気持ちの悪いほど繊毛がビッシリついていたので、自分が鬼ゼンマイと判定して試食を断念。他方、楽しみにしていたタラの芽はまだだった。いつもタイミングが合わなくて残念なのだが...。

そんな山の春はごくわずかの間だけで、レンゲツツジが終わるとヤマボウシやウコギの白い花が満開になって、清里の森は一足飛びに初夏に近づく。昨今は年に1~2回しか来荘できず、季節の推移を肌で感ずることがなかなか難しくなってきたが、かつては――というか数年前までは――雪が未だ融けきらぬ3月末から始まってまた降りだす11月末まで、少なくとも月に1回以上は足を運び、四季の遷り変りを如実に体感したものだった。
しかし、横浜の家の建て替えでだいぶエネルギーを消耗し自分自身の年齢も70代に差しかかった頃から目に見えて体力が衰え、毎年、入院・手術を繰り返すようになって年々来荘の回数が減って行き、3年前に家内が路上で転倒し背椎骨折という大怪我をするに至って(現在もリハビリ療養中だが)遂に、現在のような回数に減ってしまった。

にもかかわらず、何とか老骨に鞭打ってやって来なければならない理由が今回はあった。建て替えのときに保管倉庫に預けきれず身の回り品の一部として山荘の方に持ち込んだままにしていた、大・中型段ボール箱15箱分の書籍(1000冊までは行かないかも知れないが優に5~600冊以上)の処分のためだった。
自分の昔からの趣味だった古代史関係の図書・文献を中心に、娯楽・文芸書、家庭・児童書、それに山荘生活を始めてからいつの間にか増えて行ったアウトドア・田舎暮らしの関係図書などが主な内容で、できれば森のコミュニティハウスの蔵書として寄贈したいと管理事務所に申し出ていたが難しいようだったので、専門業者に引取りを依頼することに決心した。ただ、店に持ち込むパワーはもうないので、出張引取りということで...。

で、すぐに頭に浮かんだのはご存知「Bオフ」だが、問い合わせてみると清里の山荘辺りだと出張の地域外らしく、一たん横浜自宅に持ち帰らなければ引取り不可能とわかった。しかしこれだけのものを、たとえ何回かに分けたとしても、山荘~自宅間を自力で積み下ろし運搬するのは今さら体力的に無理だし、と言って忙しい働き盛りの子供たちの手を煩わすわけにも行かず、ハタ...と行き詰まっていた。
結局、現地で資源ゴミ回収にでも出すほかない(それでも都会とは勝手が違って管理事務所までは自力で運ばなければならない)かと諦めかかったが、他の件でネットを検索していたときに突然ひらめき、古書専門店に相談してみてはどうかと思いついた。

調べてみたら、ありましたありました“出張引き取り(価値があれば買い取りも)いたします”という古書店が...。沢山ではないが、関東近県はもちろん“出物によっては全国どこにでも伺います”と謳っているところもあって、早速何店かに問い合わせた。が、地理的に山梨県、しかも長野県に近い清里はビミョーなゾーンらしく、“1000冊以上あれば...”とか“その内容では...”とか体よく断られ、1店だけ、“ウーン...ともかく伺ってみましょうか...”と言ってくれたところがあった。
それは東京神田神保町の古書専門店「愛書館N書房」。ホームページを見ると、四代続いている由緒ある古本屋さんのようで、扱い図書もさまざまな分野に亘っており何やら懷の深さが感じられた。はるばる清里までの出張を即断で承諾してくれたところから察すると電話に出た人自身が店主らしかったが、そのご当人が来てくれることになった。

約束の日――自分たちの到着の翌日――約束の時間に、N書房さんが来てくれた。名刺を受け取るとやっぱり社長。でも、思っていたよりもはるかに若い年格好の屈強そうな体格の青年で、この人なら独りでこれだけのヴォリュームの本を搬出することも可能に違いないと、すっかり体力の無くなった我が身としては一安心した。
事実、ザッとではあったが全冊をチェックし、各箱に紐掛けまでしてくれて車に積み込むのに2時間もかかったろうか...さすがプロ、そして若さだと感心。仕事が片付いたところで茶飲み話をしたが、いま古書業界は不景気でよほどの稀書でもなければなかなか買い手がつかないという。この日引取ってくれたようなものも店に置いてみなければわからないとのことだった。ともあれこちらとしては、本として扱って引取ってもらっただけでも有難かったのに、5千円という買い値までつけてもらって嬉しかった。

サテ、これで懸案だった本は片付いたが、まだ山荘には500枚近い30センチLPレコードと100枚近い古CDが残っているので、これも何とかしなければならない。やはりネットで調べて何店もの古レコード店に当たったが、こちらは古書のようなわけには行かず、引取って(できれば買取って)もらうにはどうやら、段ボール箱を送ってもらい自分で梱包し、地元の郵便局の集荷サービスを利用して着払いで送るということになるようだった。
さらにその他にも、やはり長い間に貯まりに貯まって何とか引取り手を見つけなくてはならなくなっているものに食器類がある。これは家内の分野なので自分は数えたこともないが、種類も量も半端な数ではないようで、ブランド品も多く半分以上が新品のままらしい。流石に食器の引取り店というものはないが、不用物として処分するにはあまりにも忍びないので、できれば子供たちや親しくしている方々に受取ってもらえたらと思っている。

ところで、いまこんなに身の周り品の整理に躍起になっているのは、実は、この山荘を手放すことを決心したから。25年経ったとは思えないほど綺麗で何処も傷んでないしメンテナンスもちゃんとできていて、愛着がなくなってしまったわけでもないのだが、いかんせん、前述したように自分たちの高齢化のためコンスタントな来荘と維持管理が無理になり、年金生活の身としては税金・共益費などの負担もこたえるようになった。
建てたときには、いずれ子供たちの誰かがまたは全員で、親の目の黒いうちに引き継いでくれるだろうと当然のように思っていたのだが、みんな仕事がたいへんだったりまずは己の家庭という先立つ事情があったりしてそれどころではなく、何度も考え相談した挙句、やむなくそういう結論を出した。

清里の森の同じ立場の多くの山荘オーナーの方たちがそうしているように、いまのところ売却の広告は「清里の森管理公社」のサイトの“売り物件のご案内”というページにだけ出している。掲載は昨年の夏からで、これまでに2~3引き合いがあり実際に見てもらったりもしたのだが、売値と買手の方の予算が折り合わず、商談はなかなか進んでいない。
土地・建物一切で新築時の費用の半分以下に付値しているので、現地・現物を見た方にはそれだけの価値が十分あることはご理解頂けていると思うのだが、昨今個人で別荘物件を求められている方のほとんどは、土地が狭くとも建物が小さくとも自分の予算内に収まるものを希望されているのだとか。マア我が山荘は土地も建物もやや広く部屋数も多いのでそういう需要には合致しないかも知れないが、きっとどこかにそうでない方もいるのではないかと、期待しながら待っている。

たまたま以前から、我がホームページ(「中澤功ドットコム」当ブログからリンク可能)には、画面の賑やかしとして山荘内・外観のショットを数点載せているので、それなどもご覧になり興味を持たれたら、“清里の森”で検索して管理公社の方に問い合わせてみて頂ければ幸いに思う。

早く買手がついてくれればもちろん有難いのだが、いざそうなったらとても淋しくなるだろうと思う矛盾した自分もいる...。次に行けるのはいつごろになるだろうか。

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