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2013年6月24日 (月)

己の無能さ加減を知る

家内が黄斑円孔の手術を終えて退院してきた...というよりも、どうも強制的に退院させられた感がある。入院前は最短11日、手術直後には2週間と言われていたのに、わずか1週間でそういうことになったのだから、尚更その思いが強い。
個室だったためか、特別に切迫した事情のある患者が後に控えているとかで、最初と約束が違うと言ってもとりあってもらえず、明け渡さざるを得なかった。回復が順調ということの証左でもあるらしいが、それにしても、納得が行かなかった。

そのため、本来ならば入院したままで受けるはずの治療や検査を通院して受けなければならず、術後の患部および周辺部のケア(消毒や何種類もの目薬の頻繁な点眼など)や食事・洗濯など身の回りのことについての面倒も、いやでも患者本人にもかかって来る。
自分がナースのように患者の世話ができて、主婦のように家事万端をこなせれば、こういうことになっても何とかフォローできるのだろうが、そのどちらの能力も欠如している悲しさ、今回は、退院して来たばかりの家内に大きな負担と迷惑を強いてしまっている。

家内の入院中は、それでも、あらかじめ彼女が用意しておいてくれた食材と事前アドバイスがあったので、自分自身はそう不便な思いはせず、ムッシュの食事・散歩などの面倒も見つつ、毎日のように病院にも足を運ぶことができた。
ムッシュも協力してくれた。入院・手術の当日こそペットクリニックに預け、翌日長男に面倒見に来てもらったものの、他の日はすべて、病院通い・買い物といった自分の外出中、何の問題もなく大人しく留守番していてくれた。

だからといって自分が、今回の家内の入院中、彼女が長年やってくれていたことの万分の一かでもカバーすることができたかと言えば、到底そうは思えない。四苦八苦しながら何とかやっと辻褄を合わせていた...というのが偽らざるところ。
それも、自分独りだったから、多少のウッカリや失敗があっても結果何とかなり、まだ傍に迷惑が及ばなかったが、いま家内が帰って来ているところでもその調子でいると、たちまち、不十分や非効率だけでは済まない問題が発生してくる。

家内は、手術した方の目がまだまだ本復しているわけではなく眼帯を外せない状態だし、つい先日までベッドに横たわっていた身だから、とても普通には動けない。ところへ来て自分は、気持ちだけは何でも...と思うのだが、実際にはロクなことはできない有様。
家事の助けになろうとして、彼女に教えてもらったり指示してもらったりしても、カン違い、聞き洩らし、ド忘れ...などばかり仕出かし、行き届かないだけならまだしも、余計なミスを発生させては、彼女にストレスを与える結果になってしまっている。

以前から夕食後だけはやっていた食器洗いなどは、もちろん毎食後するようにしているし、各種ゴミのまとめとゴミ置き場への運搬などは、比較的単純・規則的な作業なので何とか遺漏なくこなしているが、家事諸般となるとそうは行かない。
家内のような目配りと気働きができないので、買い物や食事の準備などでも目的がシンプルな場合ならいざ知らず、少しでも複雑な、同時に多種多様なことを進行しなければならないケースに遭遇すると、ギブアップにこそならないまでも、何かしらミスを犯す。

揚句、俗な言葉で表現すると、“アホ”“間抜け”“オッチョコチョイ”“役立たず”...などと言われても仕方がないことを、このところは連発していて、我ながらまことに情けなくなり、己がいかに無能だったかをつくづく覚る。
と同時に、病み上がりの身を押してそれをリカバーしている家内を見て、心底済まなく思い身の置き所もなく、ひたすら平謝りするばかり。謝ったからとて、彼女の蒙った不快や迷惑や余計な手間が軽減・解消するわけではないが...。

自分でそうすまいと意識もし注意もしているつもりなのに、それでも次から次へと失敗をやらかしてしまう自分の無能ぶりは、自分でもどうしたらいいかわからず呆れるほどで、とうとう自分にも、認知症のお迎えが来たかとさえ思ってしまう。
家内が退院してきたら、意外にチャンと家事をこなしていた自分を見てもらって、“やればできるじゃない”と感心してもらう予定だったが、そんなことはトンデモない夢想だったようで、甘かった考えを改めて大反省している。

ただ、そんな中でも良かったことは、家族の絆が再確認できたこと。娘や倅たちが、家内の入院中だけでなく退院後も、一丸となり、それぞれ自分たちの得手な分野で、何かと不自由な母親のことはもちろん、この至らぬ父親をもサポートしてくれている。
そして何よりの朗報は、家内の視力が日を追うごとに回復してきているらしいこと。いまはまだ大仰な眼帯を欠かせず、外見は痛々しいが、先週の術後第1回の検診では、術前0.1~0.2まで落ちていた視力が0.4まで戻ったということだった。

自分の手術のときもそうだったが、術後しばらくの間は検診々々で忙しい。家内の眼科の場合もそのようで、明日もまた2回目の検診があり、その後は間隔が2週間空いて3回目、以降は1ヵ月・2ヵ月・3ヵ月おきと、だんだん間遠になって行くらしい。
ネットに掲載されている他の手術経験者の手記などを読むと、こうして、1年をかけて薄紙を剥ぐように視力が良くなって行く様子がつづられているが、家内もそれを楽しみに、交通の便の悪さと予約時間の不自由さにもめげず通院に頑張っている。

今月は、本来なら“金婚パーティー”をと思っていたのだが、とてもそれどころではないことになってしまった。ので、心配がなくなるまで十分療養した上、年内にでも開催できればと考えている。が、それとてMUSTではない。まずは目の本復が第一だ。
清里にも、実は6月中に一度行く予定をしていたが、当然無理だ。何しろ遠いところへの往復だし、自分の運転では家内が嫌がるので、彼女自身のコンディションが整うまではお預け。早くて、7月中旬の梅雨明けごろに、ごく短期間ということになろうか...。

退院から早や10日あまり...直後はまだ暗くて辛そうだった家内の表情にも、日に日に明るさが戻りつつあるのが嬉しい。
目の手術(内臓などよりも考えようによってはたいへん)と聞いて、神経の繊細な彼女に耐えられるかと実は心配していたが、よくぞ耐え抜いたと思う。改めて敬意を表したい。

この上は、スムーズな経過と一日も早い完治を心より願うのみ。

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