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2013年5月

2013年5月27日 (月)

5月と言えば...

夏を思わせるような陽気が続いた5月も月末間近で、早くも今日は27日。そう言えば5月27日は...5月27日って...ウーン、何かの日ではないか...と頭のどこかに引っかかっていたが、確かアレではなかったかと念のため調べてみると、やっぱりそうだった。
「海軍記念日」――と言っても戦後生まれの人には全然ピンと来ないだろうが、自分たち戦中派は、戦後70年近く経ってもまだ、刷り込まれた記憶が消え去っていない。別に鮮烈な思い出があるわけでもなく、単にそう覚え込んでいただけのことなのだが...。

子供のころのことだから、一体それが何だったのか、なぜそうだったのかなどは、知る由もなかったが、1950年(明治38年)、東郷平八郎が率いる日本艦隊が、ロシアのバルチック艦隊に対して大勝利を収めた日本海海戦に因んで制定された記念日(戦前だけ)とか。と言っても、いまどきの若い人などは、東郷平八郎だ、バルチック艦隊だ、日本海海戦だ、なんて言ったって、チンプンカンプンだろう。わっかるかナァ?...わっかんねェだろうナァ?自分たちから見てさえも、明治は遥か遠くなってしまったから...。

そんなあまりにも古いことはマアどうでもいいとして、5月と言えば自分にとっては、世の中のイマの空気に触れて、頭も身体もシャキッとする季節。恒例の広告電通賞の選考が佳境に入って、普段より集中して頻繁に外出し、快い知的刺激を受けることになる。
それが先週末の総会で終了して、仕事は一段落、総合賞・各賞が決定し、後は7月の贈賞式を待つだけになった。格別にハードというほどのことでもないのだが、常日頃は自宅でマイペースを決め込んでいるだけに、終わると解放感を覚えるというのも本音。

とは言えこの期間は、いまの自分にとっては、ある意味で年間ハイライトの一つとも言える。現役の人々から見たらどうということはないのだろうが、そうではなくなった身には、まだまだ業界とつながっている、多少は役に立っている自分を実感できて元気になれる、願ってもない機会なのだ。
だからこの仕事は、お役御免を言い渡されない限りこれからもずっと続けたいと思っているし、最後まで何とか身体が動き、頭と感性がビビッドなままでいられたら本望だ。

そんな思いはともあれ、今年の選考会でもいろいろ感ずるところがあった。まず、昨年までとは異なったことが二つ。一つは応募・選考の種目で、もう一つは選考の方法だ。
それぞれ独立した種目だった「セールスプロモーション広告」と「ダイレクト広告」が統合されて、「プロモ&ダイレクト広告」という一種目になり、選考委員が受けるプレゼンテーションのかたちとして、従来の「企画概要」(書面)「プレゼンボード」(パネル)に新しく「サポート映像」(オーディオ・ビジュアル)が加わった。

事務局の説明では、旧2種目の統合は、新メディアの台頭や広告戦略の多様化に対応するための発展的融合であるとしているが、これらが別々に存在することの意味を評価し、両方の委員を担当して来た自分のような者の立場からすると、やはり残念なことではある。
これは、本当のところは「ダイレクト広告」の応募点数が昨年・一昨年と減少を続けた(今年も)ことから、他種目とのバランスを欠くということになったからではないかと想像しているのだが、だとすれば、そのような減少傾向の背景にも問題意識を持つべきと思う。

自分はどうも、この傾向に納得が行かない。テレビ・新聞などのマスメディアでも、年々、いわゆる「ダイレクト広告」の占める割合が増大しているし、ある意味ではそれ自体が「ダイレクト広告」とも言える「インターネット広告」も成長の一途を辿っているからだ。
「ダイレクト広告」は従って、広告の“カテゴリー”として収斂・衰退したのではなくて、コミュニケーションの“手法”ないしは“かたち”として、さまざまなマーケティング目的の各メディアの広告の中に、“拡散・定着・普遍化”したのではないかと推定できる。

事実、自分もこれまで選考を担当してきた「セールスプロモーション広告」(特にキャンペーン型)と「ダイレクト広告」(特に非通販目的)を構成する手法は限りなくボーダーレスになりつつあって、後者と言える筈の作品が、前者として応募されているケースが多い。
また、インターネット広告の中で益々存在感を強めてきている「Eコマース」はもちろんのこと、近年すっかり定番になった「モバイル」での来店誘致やアプリ・ダウンロード→会員化なども、目的・手法において「ダイレクト広告」に他ならないと思えるのだが、応募の際にはそれが意識されていないようだ。

極めつけるわけには行かないが、その原因の一つには、「ダイレクト広告」というものの定義づけ方、その種目内での部門区分のし方が、最近では初めのころと較べてとみに曖昧・大雑把になって、分かりにくくなっていることがあるかとも思う。
そしてそれが、広告主や担当代理店の注目・関心不足につながり、無理解・誤解を引き起こして、結果、「ダイレクト広告」という概念についての“啓蒙不徹底”という状態が生じ、応募への意欲低下や無関心を招いているのではないかという懸念がある。

因みに「ダイレクト広告」は、初期においては“広告接触者から何らかのかたちでのレスポンス・行動を発生させ、関係構築のためにその個人情報を顕在化させる”という目的の、“グラフィック/ダイレクトメール/TV・ラジオ/ニュ―メディア・クロスメディア”などによる広告と規定されていた。
ところが後期ではそれが、“通販または非通販”という形態の“ターゲットに具体的な行動を起させる”ことを目的とした広告という風に簡略化、そして本年はもっと単純に、“通販・非通販を問わずダイレクトアプローチの手法”で実施された広告ということに変化した。

この広告賞は、歴史的に種目区分が“メディア別”だったところに、「セールスプロモーション」「公共」などが、次元を異にする“目的別”というかたちで加わり、さらにその中に「ダイレクト」が、もう一つ次元の違う“コミュニケーション形態別”ということで含まれるようになって、何やら不整合感が発生した。
ということで、定義を明確にし直してもう一度「ダイレクト広告」という種目を復活させるべしなどと主張するつもりはないが、その実態としての浸透度・普遍化に鑑み、将来どこかで、現在の種目規定の全体的見直しを考えるなど、何らかの検討を望みたいものだ。

さて、本年度の「プロモ&ダイレクト」としての選考会は、昨年までの「セールスプロモーション広告」=インストアプロモーション/プロモーショナルキャンペーン、「ダイレクト広告」=通販プログラム/非通販プログラムの、2種目各2部門という区分に対して、プロモメディア/プロモキャンペーン/ダイレクトアプローチという3部門にわたって行われた。
受賞作品は、部門区分に照らして妥当なところに落ち着いたと思うが、全体を通じては、古いメディアを新しいアイディアで活かすという手法、SNSによる情報の拡散・共有とモバイルによる顧客エンゲージメントという戦略などが注目された。

オーディオビジュアル・プレゼンテーションは任意だったので、応募の53%だけだったが、やはりそのインパクトは強く、受賞にも大きな影響があったような気がする。
このことは、種目間においても言えるようで、全種目を通じてのグランプリは、今年も、潤沢な予算でオーディオビジュアル・メディアを中心に多角的な戦略を展開できる受賞常連の大企業に決定した。

そういう総合優勝にはもちろん文句をつける積もりはないが、スケールはなくとも一点キラリと光る作品にあげる、“技能賞”や“敢闘賞”や“殊勲賞”のようなものも今後考えられて良いのではないか...。

そんなアイディアが、フと頭に浮かんだのは、大相撲夏場所が昨日終わったばかりだからだろうか?

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2013年5月13日 (月)

ゴールデンウィークも過ぎて

バラ♪バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが ... 植えて四半世紀になる庭のバラの古木に一輪だけ花が開いて、いまはもういい齢のオッサンになっている長男が幼いころ片言で歌っていたこの古いフォークソングを思い出した。
景気が回復したのかどうか、ほんとうのところはわからないが、今年も国内・国外を往来する人々で賑わったゴールデンウィークも終わって早や1週間、5月も半ば近くまで来ると、ようやく、春も終わり初夏に近づきつつある感じがしてくる。

でも、我が山荘のある清里は、ここ横浜とは1~2ヵ月の季節差があり、これからが本格的な春。だからゴールデンウィークはまだ寒いのだが、例年4月末には向うへ行って済ませなければならない用事があるので、今年も同じタイミングで行ってきた。
ただし、こちとら気ままな退役生活の身とあって、遠出するにも連休にこだわる必要もなく、高速道路の渋滞予測表をにらみながら空いていそうな日を狙い、前半3連休の最終日に出かけ、後半の4連休に入る前日に帰って来た。

予測はズバリ的中して、往きも還りも中央高速道はまったく渋滞がなく、ドライブは快適そのもの。天候も、山の方はかなり寒いとの予報だったが、着いてみたら、確かに寒いには寒いにしても、想像していたほどでもなかったので助かった。
いつもの年ならまだ甲府盆地一帯は、山あいには白くボカしたような山ザクラが、そして平地には濃いピンクの桃の花が咲き残っている時季だったはずが、今年は早くに一度暖かくなったせいか、もうその面影はなく緑一色になってしまっていた。

思わぬ儲けものをしたような気分になったのは、国道141号線の標高500メートルを超えたあたりからの満開の桜。道沿いを、山腹を、また谷あいを、ソメイヨシノがまだ十分美しく彩っていて、走りながらではあったが、今年2度目の花見を楽しんだ。
しかし1000メートルを超すとさすがに桜は姿を見せなくなり、その代わり白いそれかと見紛うばかりのコブシの花盛り。牧場通りの並木から小海線の踏切を渡って清里の森のゲートまで、浅い高原の春が咲き続いていた。

フキノトウとスミレけれども標高1400メートルの我が山荘の辺りは、例年のことながら、まだカラマツの芽も吹かず、モミやトウヒなどの常緑針葉樹を除いてはほぼ一面の灰褐色で、明るい花の色などは見えず、冬は越したが春はまだまだ遠い...といった光景だった。
だが目を凝らして地面をよく見ると、秋・冬の間に厚く降り積もった枯れ葉の間から、開ききったフキノトウが頭を出し、可憐なスミレの花も薄紫色の顔を覗かせて、歩みは遅いながらも春はすぐそこまで近づいて来ているのかも知れないという気にもさせられた。







5月のゴールデンウィークのころはいつもそうだが、高い山々の上半身はまだ冠雪したまま。清里からその北面を望む富士山、北岳・甲斐駒ヶ岳などの南アルプスは真っ白で、南面を見せている八ヶ岳も、残雪というには多過ぎるほどだった。
今年も幸いなことに、滞在中は、到着翌日の朝を除いてはほぼ快晴に恵まれ、床暖房を利かせた屋内にいると陽射しもあって心地よかったが、一歩外へ出れば山から吹き下ろす風も冷たく、ムッシュは大好きな散歩もせずに家の中に籠りっきり。25年も来続けていると、いまさら来るたびにどこかへ行きたいという気にもならないので、今回3泊4日の中2日はひたすら山荘内でのんびりしていたが、それもやっぱりもの足りないということになって、近くの美し森の土産物屋まで行ってみた。
我が山荘よりさらに高いところにあるので、しっかりダウンジャケットを着込んで出かけたが、店内はまだオイルヒーターでガンガン暖房中で、それでも丁度よかったくらい。今年は未だに明け方の気温が氷点下まで下がるなどという、オーナーとの寒さ話が弾んだ。

ところで、こう言っていると、山荘開きは何事もなく済ませることができたように思われるだろうが、実はそうも行かなかった。オープンの際にはいつも念頭をよぎる、クローズのとき水抜きはチャンとしたはずだけれども...という懸念が的中してしまったのだ。
水漏れ(というよりは噴出)事故発生!場所は風呂場のシャワー・ユニット。この個所は十数年(もしかしたら20年近く)前だったか...にも壊れて、全ユニットをそっくり付け替えたが、今回もそういうことになるようだ(工事は今日~明日あたりのはず)。

いつも、その年最初の来荘では、先ずは前年の最後に開放して帰った生活用水とボイラーの排水管、および風呂場のシャワーと台所のカランの水抜きバルブを閉め戻し、その後で各所に水が回って来るのを確認するため水道元栓を開ける。
そうすると、どこかが詰まっているとか漏れているとかいう異常が判明し、真冬の間の凍結で通水管や端末部品が変形や破損していることがわかるのだが、今回は、シャワー・カランの温度調節レバーの付け根のところが割れてしまっていた。

ために、自分が屋外で水道元栓を開けたら、水圧でそのレバーが吹っ飛び、口が開いたところから勢いよく水が噴出したらしく、屋内にいた家内が“水を止めてェー”と悲鳴を上げたのが聞えて、慌ててまた閉め戻した。
しかしサア困った。元栓を閉めているとどこからも水は出なくなるから、炊事もできなければ風呂にも入れなくなるし、トイレも使えなくなる。そこで、一昨年秋の電気系統の事故の際の経験から、こういうときはまず管理センターに相談と、直ちに電話を入れた。

幸いその日は横浜の家を1時間余り早く出ていて途中も混雑しなかったので、山荘にも夕刻6時前に到着し、いつもお世話になっているSさんとも連絡がとれ、すでに退出後で帰途につきつつあったのに、トンボ返り急行してもらえることになった。
よく調べてもらったら、やはり金属部分の凍結膨張による、樹脂部分の破裂。水はチャンと抜いたつもりでいたが、どこかに残っていたらしい。とりあえず、ユニットの元栓のようなところを閉める応急処置をしてもらい、他はすべて使えるようになってホッとした。

事故ではなく自分の不注意からも、もう一つ、水の噴出事件を起こしてしまった。洗濯機は、毎冬水抜き後、導水カランからホース末端のジョイント部分を外して帰る(水が抜け切っていることを確認するために)のだが、その嵌め戻しを完全にしなかったのだ。
このカランのバルブも、元栓を開ける前に閉め戻しておくべきだったのだが水抜き時の開放状態のままにしていて、ジョイントも甘かったからたまらない。ホースが水勢で外れて、洗濯機室の床だけでなく廊下までが水浸し!(直ぐに止めたので最小限で済んだが)

雑巾やマットや古いバスタオルなどを総動員して溢れた水を拭き取り、何とかこちらも一段落させたが、ジョイントを十分押し込んで外れないのを確認しなかったこと、そして水を出す前にバルブを閉めなかったことの間抜けさ加減を、イヤー叱られた、叱られた。
ごもっとも...と言うほか、返す言葉がないが、自分としては、身体が覚えていたはずのクロージング&オープニングの諸作業の段取り・手際が、だんだん心許なくなって行く己を感じて、独り情けなくまた侘しい気持になった。

第三者が作業する場合を意識したマニュアルは作成してあるので、時間と手間はかかり疲れはしてもそれと首っ引きで自分でやるか、それともいっそ管理センターに有料で依頼するか、このところ毎年のように、こういうことがある度に考えてしまう。
このことだけでなく、横浜自宅での日常生活の上でも、些細なことながら、記憶力・注意力の衰えを自覚せざるを得なくなってきたが、そろそろ自分たちも、暮らし方をもっとシンプルでスローなものに変えるべき時期に来ているということなのだろうか?

...などと、清里から帰ってきてからもしばらくは思い煩っていたが、いつの間にか、今回もともあれ楽しかったし、次はいつにしようか...と早くも考えている自分に気付いた。

マ、余程のことが無い限りは、そうやって、しばらくは行き続けることになるのだろう。

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