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2013年2月 4日 (月)

春立ちぬ

...と言いきってしまうにはまだ少し早いかもしれないが、確かに寒の内よりは寒さが和らいだと感ずるようになってきた今日このごろ。2月に入って今日は立春...近年珍しく、暦の上での節気と実際の気候がほぼ合致していることを実感する。
陽が落ちるとさすがに一気に気温は下がるが、朝のムッシュとの散歩どきなどはもう、かつての刺すような冷えはなく、道端の植え込みには、連日見かけた霜柱も立っていない。明らかに、陽光には暖かみが加わってきた。

しかし相変らず、パソコン時はもちろん、何もしていなくとも、室内での手袋はなかなか外せない。そのお蔭か今年の霜焼けは、昨年ほど酷くなってはいないが、それでも傍目には気の毒なほどに映るらしく、家内に勧められて1年ぶりに皮膚科へ行って来た。
テレビはあまり見ないが、本とパソコンで目が疲れて仕方がないので眼科にも。が、別に視力が落ちているわけでもなく、齢相応で仕方がなかろうということで、ドライアイ治療と白内障予防の点眼薬を処方されて帰って来た。

というわけで、アチラが終わればコチラと、こまごまとした医者通いはなかなか絶えないが、懸案だった消化器系の検査・診察は、どうやら、これまでのように毎週あるいは隔週といったほどのことはなくなって、かなり間遠になった。
前回のブログアップ日の翌日・翌々日と、告知していた大腸ポリープ切除部の病理分析とピロリ菌除菌薬服用効果判定の結果が出たのだが、それぞれ次の訪院・検査は、1年後および2ヵ月後でいいということになった。

上記の結果は、こんな言い方をしては適切ではないかも知れないけれども1勝1敗の成績。まことに幸いなことに、大腸ポリープの方は良性だった(つまりガンではなかった)が、残念なことに、ピロリ菌の方は除菌でき切れていなかった。
そのため、またまた大粒かつ大量の抗生物質(4カプセル+1錠)を、1日2回1週間、服み続けなければならない破目になり、その苦しみからやっと先日解放されたばかり。胃の再発や腸の悪性化を防ぐためとは言え、なかなか楽ではない。

話は変わるが、このところ我が家では、例の、次々と明らかになってくるアマチュア体育競技指導者の一連の体罰事件の話題で沸騰している。と言っても、自分と家内の見解が異なり紛糾しているわけではない。むしろ、これに関しては珍しく意見が一致している。
二人とも、高校時代は運動部に属し(家内はバスケットボール、自分は野球)、その方面での名門校では決してなかったけれども、一応は平均的なそのころの高校運動部生活を経験しているから、この問題に無関心ではいられないのだ。

自分たちの限られた範囲での体験・知識・伝聞だけからものを言うのは独り善がりのそしりを免れないだろうし、またそれもたまたまのことだったかも知れないが、単純な結論から先にいうと自分たちの時代、周辺では、あれほどまでのことはなかった。
家内の学校は旧高女系の共学校で、男性の運動部監督や顧問などはいなかったそうだから、当然あのようなことは起ころうはずもなく、自分の方も、かなりバンカラな校風の男子校だったにもかかわらず、そういったことはついぞ聞いたことがなかった。

ただ自分の場合、いわゆる1000本ノックとかグラウンド100周(ほんとに1000本や100周なわけではない)といった、ブッ倒れるまでの猛練習はあった。が、これは、辛くはあったけれども、後で、瞬発力や耐久力を養うためのトレーニングとして理解できた。
監督・顧問やコーチからゲンコツやビンタを喰らったことは一度もない...自分だけでなく、部員の誰もがそうだったし、友人たちが所属していたバスケットや柔道やラグビーなど他の運動部、他校の野球部でも、知る限りそんな話はなかった。

体罰は運動部の必要悪的伝統...みたいな暗黙の思い込みが、昨今の体育会出身者のマインドのどこかに潜んでいるような気がするが、いつからそんなことが、高校体育の中でも罷り通るようになったのだろうか?
自分たちの時代、高校運動部全般についてはどうだったか知る由もないが、自分の周辺だけが特殊だったとも思えない。根拠はないが、全国的にそのような極端なことはなかったと思う。当時は、戦前の軍国主義に対する反動で、教育の現場は意外に民主化していた。

それがいまの強権的管理の体質に変わり始めたのは、もっと後からのことだったのではなかろうか。これも根拠はないが、東京オリンピックなどがあってスポーツ至上主義が高まり、そのためなら多少のことはやむを得ないとされる風潮が生まれ始めたころか...。
その先頭に立ったのが戦前の軍国主義的教育を受けて来た指導者たち...自分らなどより一回り以上年上の人々だ。そして、その人たちに直接教育・指導を受けたのが戦後生まれ、自分らよりも一回り近く下の世代。自分たちはちょうどその狭間にあった。

自分たち戦中派は、良くも悪くも、戦前と戦後の両極端の教育を受け、第2次大戦の敗戦を境にその価値観が180度転換するという混乱を経験したので、いささかアナーキーなところがあり、人格形成時期に、戦前派・戦後派のどちらにも与することができなかった。
つまり、スポーツに限らず、学校や職場や組合などで後輩・次世代を指導してゆく際に、何の疑いもなく“しごきの鬼”になり切れるほどの信念も持てず、常に懐疑的で、他人を攻撃するより自己批判が先に立った。

だが、嫌な記憶もある。小学校の低学年のとき、戦前派の教師がクラス担任になり、軍人志望で果たせなかったとかのその教師は、戦争はすでに終わっていたというのに、わずか十歳にも満たない児童を対象に、自分の思い描いていた軍国主義を実現しようとした。
クラスはいくつかに班分けされ、ある班の誰か一人が何かミス(他愛もないことだったと思う)をすると、連帯責任だとして班長がその班全員を平手打ちし、こんどは全班長を級長が同じようにして、最後に級長が教師に、吹っ飛ぶほどの往復ビンタを張られたのだ。

往復ビンタを張られた児童とは、実は自分で、その度に、痛みや恐怖のみならず、子供心にも納得できない理不尽さを強く感じた。だから“なぜボクだけをシバく...”という顧問宛の手紙を遺し自殺した桜宮高校バスケットボール部主将の気持は察して余りある。
幼かったから、そこまで思い詰めるに至らなかったし、“これは体罰でも何でもなくてただの暴力に過ぎない”とか“自尊心を傷つけられた”とか意識する知恵も術もなかったが、こんなことは何のタメにもならないのにという思いだけは、深く胸の底に残った。

教育やスポーツの現場で、ハードトレーニングは能力・体力の向上のためにあって然るべきだろうし、原義ではなくて比喩的な意味での“スパルタ式訓練”も肯定できる範囲内にあるが、体罰の導入はどう見ても科学的な根拠がなく、何の役にも立たないと思う。
体罰で信頼関係が形成されるなどという理屈も成り立たない。そこにあるのは、教師と生徒、監督と選手といった立場を利用して絶対服従を強請する主従関係の形成、その上に立った上位者の特権意識から来る自己満足でしかない。

スポーツ至上主義結構。それを個人や学校や企業や国家の達成目標の一つにするのもアリだとは思うが、そこに体罰(というより実態は明らかに暴力)を持ち込むのは、決してあってはならないことと思う。一部でとは言え、それが構造的に黙認されていた罪は大きい。
プロは、そのような考え方を捨て切れなかったら悪しき結果が自分自身に戻ってくるだけだから自業自得だが、アマの場合は、間違った指導者がついたら自分の人生・将来が台無しにされるという大問題が起きる。ここは根本的に改革しなければならないところだろう。

橋本大阪市長の言を批判する向きもあるが、我が国の教育やスポーツを長期的視点で考えるとき、それぐらいの抜本的なことをしなければ同じことがまた繰り返される。
春が立ち、万物が希望にふくらむ息吹を感ずるようになったと思っていたが、心も冷えつきそうな連日の報道から、つい我が身の昔まで振り返って、この問題を考えてしまった。

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