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2013年1月

2013年1月21日 (月)

寒中あれやこれや

年が改まって3週間、概ね良いお天気が続いているが、先日の突然の大雪にはビックリした。降っても降ってもまだ降り止まぬ...というヤツで、アレヨアレヨという間に、窓越しに見える庭の芝生や樹木の上にたちまち数センチ積もった。
玄関のドアを開けると、その先も、足の踏み出しようもないほどの、一面のそして深い積雪。自分たちは長靴があったからまだ良かったが、これではいくら外出好きのムッシュでも無理だろうと思ったら、案の定、隙間からチラ見しただけで尻ごみしていた。

雪も凄かったが、寒さも半端ではなかった。一体に、今年は寒気も、昨年とくらべてキツくなっているような気がするがどうだろう?それとも、また一つ齢を重ねたせいで、自分の寒がり度が一段と高まり、そう感ずるようになっているのだろうか?
本人としては、元気なつもりだし食欲もあるのだが、如何せん、嗜好が変わり量も少なくなったためか、失われた皮下脂肪は一向に取り戻せず、その代わり重ね着の枚数が増えた。昔は、伊達の薄着を以って任じていたが、いまはとてもそんな見栄は張っていられない。

何年前からか、気温が一桁台まで下がるころになると、手指に霜焼けができて春先まで苦しむようになり、手首から先、特に指先が、自分で言うのも何だが氷のように冷えるので、パソコンを打つときなどは、手袋なしにはいられない。
ムッシュは、雪の翌日から、溶け残ってアイスバーン状になったその上も踏み歩いて散歩しているが、冷たくはないのだろうかと心配になる。犬だって四肢の肉球が霜焼けになるかも知れないから、今度ペットショップに寄ったら小犬用ブーツを買って来ようか...。

“寒い寒い”ばかり言っているが、それもそのはず(と正当化)、いまは紛れもない“寒の内”で、寒入りの小寒から半月経って昨日は大寒だった。あと半月で節分になり、そうすると明けて立春になるというが、そう文字面通りに春とは行かないだろう。
だが、英詩人シェリーも“冬来りなば春遠からじ”と言っている。ここまで来たら、あともう少しのことだからと、ジッと我慢している他はないのかも知れない...いや、ブツブツこぼし続けていてもいいかも知れない。そうやっている中に、いつの間にか春が来る。

ところで、前回のブログをアップした翌日、8日には、予定通り大腸ポリープの内視鏡による切除手術を受けた。状況によっては一泊入院ということもあるかも...ということで、用意をして行ったのだが、その必要ナシとなって、日帰りして来た。
同じ内視鏡手術でも、これまで2度経験した胃の手術よりもだいぶ肉体的負担が少ないようで、かかった時間そのものも、より短くて済んだようだ。手術台に横たわってからの待ち時間はけっこう長かったが、手術それ自体は1時間とかからなかったらしい。

それもこれも、超売れっ子(という言い方は失礼かも知れないが)、世界のゴッドハンド工藤進英先生に直接執刀していただく栄に浴することができたからこそなのかも知れず、後で、やはり同じ手術を経験したご近所の方に、ともあれそれはラッキーだったと羨まれた。
何しろ受診・受術希望者が多い上に、1人1人の患者に懇切に対応するので、先生の診察・手術は予約時間から2~3時間ズレ込むのはザラという評判で、自分の診察のときにも、順番が回って来るまで3時間近く待った。

手術の日も、当方は予約時間通りに行ったものの、先生の方はまだ診察中ということで実際にはいつになるかわからず、取りあえず病衣に着替えて待機室で点滴を受け始め、1時間ほどしたところで今日は割合早く進行しているという情報が入り、施術室に移った。
そこで、先生がいつ来ても直ちに取りかかれるように準備態勢を整えておくわけで、アシストの先生から手術台上に横になったままでいるようにと指示され、看護師さんが指先や手首や脇腹に、血圧・脈拍・鼓動などをモニターするための端末を取り付けた。

それから間もなく先生が到着したという報せが入ったが、自分は4つある施術室の4番目になるので、さらにまた1時間半ほど待つことに。でもその日はそれでもまだ早い方だったらしく、あるときなどは予約時間から5時間ズレたこともあったそうな...。
無痛治療のための鎮静剤は直前に使用するとあって、もちろん待っている間は正気。リラックスさせようとアシストの先生や看護師さんが気を遣いいろいろ話しかけてくれるので、こちらもそれに答えて世間話に花が咲き、手術前とも思えない和気藹々とした雰囲気。

そうこうしている中に背後から、“やあ中澤さん、お待たせしました”と先生が入って来た。振り向けないので“よろしくお願いします”と言葉だけで挨拶すると、間をおかず内視鏡が入って来て、思わずウッ...。そのうち鎮静剤が効いてきていつしか意識が途切れた。
意識が戻ったのは、看護師さんかアシストの先生のどちらかの、“中澤サーン...取りましたヨー...”という声で。ロレツの回らない舌で“アーイ”と返事はしたものの独力では立ち上がれず、支えられつつ待機室の寝椅子に辿り着き、そこでまた1時間近く仮眠。

結局、着替えて一般待合室に戻ったのはもう夕方で、予約時間から5時間半かかった勘定、想定していたよりもだいぶ長かった。こちらは俎板の鯉で、観念して我慢しているほかなかったが、様子もよくわからないまま待たされ続けた家内は楽ではなかったろう。
こういうこともあろうかと、ムッシュは近所の動物病院に預かってもらっていたが、半日足らずのことだったし、普段食べ慣れたドッグフードを2食分と座り慣れた毛布を持たせてやっていたので、何も問題なく、元気にしていたようだった。

その後1週間は、食事や運動や入浴に制約があって、窮屈な思いをしていたが、いまはそれもすっかりなくなり、まったくこれまで通りの日常生活。ただ、取れば終りというわけではなくて、摘出部分の病理組織検査というのがあり、その結果が明日わかる。
どうも、検査づいているようだが、別途、例のピロリ菌の除菌薬服用効果を確かめるための呼気テストというのも先日受け、その結果も明後日にわかる。何だか、相変らず病院通いが多くて、まるで病人みたいだけれども、本人は至って元気なのでご心配には及ばず。

昨年は、冬の間はやはり“寒い寒い”と騒いでいたくせに、暖かくなってきたらやたらと高揚し、“若い身体をもう一度...”みたいなことを妄想して後先考えずに行動に移し、結局長続きしなかったということがあったが、今年はその轍は踏まないようにしよう。
後で“あれはどうしたの?”と尋ねられて返答に困らないように、最初からジムだプールだと大きなことを言わず、家族以外の誰にも言っていない呼吸法による地道な腹筋トレーニングを、実はいま、密かに続けている。...ア、ここで言ってしまったか...。

いずれにせよ、人間、何はともあれ健康第一。今年も家族共々つつがなく過ごしたいものだ。このところそればかり言っているようだが、どうか皆さまもくれぐれもご自愛を。

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2013年1月 7日 (月)

先ずは穏やかな年始め

寒気は厳しいけれども、好天に恵まれたいい正月だった。昨年末に門扉に松飾りを取りつけてから雨が降ったりしてヤキモキしていたが、大晦日から持ち直して元日の朝は最高の日本晴れ、ムッシュとの今年の初散歩にも、気分よく出かけることができた。
恒例によって近所の御嶽神社に年越しの初詣をし、就寝するのがいつもより2時間ほど遅れたので、その分、朝寝坊しようと思っていたのが、どういうわけか定時(と言っても7時)に目が覚めてしまい、その日は午後になってから眠くて仕方がなかった。

...で、独り者の長男・次男がお雑煮を食べにやって来て一緒に祝い、次いで娘一家が合流し新年の挨拶を交わし終わったところで、たまらずコックリし始め、みんなからの“チョッと休んだら...”の声を背に、自室のベッドに倒れ込んだ。
そのまま1時間ほど爆睡したようで、後はスッキリだったが、考えてみるとずいぶん弱くなったものだ。昔は(と言っても50才台までの話だが)越年の徹夜など何でもなかったのに...やはり加齢というものは厳しい。

家内の方も、暮れからキッチンに立ち詰めで相当疲れていたはずなのに、子供と婿・孫たち総勢5人を相手に、テキパキ仕事をしながら談笑も絶やさずいたのには感心させられた。自分だったらきっと、マゴマゴして邪魔になるだけで、何の役にも立たなかったろう。
それにしても久し振りに家族7人揃っての夕食は、ある意味で壮観だった。我が家の食卓は90センチx180センチあって決して小さい方ではないのだが、すき焼きの鍋とお節料理のお重を囲んで7人分の取り皿・小鉢が並んだら、隙間が見えなくなった。

お節料理この何年か、家内の苦労を少しでも減らせればと、お節料理のメインは出来合いのものにし、長年馴染んできた我が家独自のものだけを手作りしてそれに加えてもらうことにしていたはずだったが、今年はどうやら、その目算を誤ったようだった。
デパートに予約していた大増のお重は、実際に見たらカタログで想像していたよりもはるかにボリュームがあって、これなら誰かがやって来てもかなりのところまで間に合いそうと思えたが、そのとき既に自家製の方も、それに負けないボリュームで完成済み。

ブリ照焼き・焼豚・錦玉子・こんにゃく・きんぴら・昆布巻・豆きんとん...と、家内は、少しは手を抜かなければと言いながらも結局は、みんなが喜ぶからと手をかけたご馳走を用意し、感謝されつつも、来年はどうかそんなに頑張らないで...と恐縮されていた。
その上、元日の東京風鳥雑煮、二日の富山風ブリ雑煮も例年通りタップリ、夜にはすき焼まで登場するに至って、さすがの我が健啖家族たちも平らげ切れず、その後2~3日は老夫婦二人で、それらの正月料理の残りを食べ続けなければならない破目になった。

それはともあれ、家内は何かとたいへんだったが、誰も病気で寝込んだりせず、みんな元気で賑やかに、明るい新年を迎えられたことは何よりだった。とりたててビッグニュースもなかったけれども、平々凡々であることの幸せを噛みしめた。
これも、毎年欠かさずダブル初詣をしている御嶽神社と川崎大師のご利益だろうか?一昨年までの3年間は自分の手術・入院が続いて、ご霊験に疑いを差し挟むことがないでもなかったが、そもそもこれだけ軽くて済んでいることが何よりの証しなのだろう。

ということで本年も、これまでのお礼と今後の祈念のために川崎大師へも。昨年から混雑のピーク時を外して遅めの日に出かけるようにしたが、今年もそれに倣って5日に。昨年は実際、それでだいぶ楽だった。
今年もさぞ、三が日にくらべれば人出も少なかろう...と思っていたら、ドッコイ、そうは問屋が卸さなかった。自分は田園都市線から溝の口で南武線に乗り換え、JR川崎駅で一たん降りて京急線で行くのだが、この辺りの日としては珍しく、どの電車も満杯状態。

川崎大師この様子では参道も鮨詰めかと懸念していたら、こちらはさほどでもなく、人出は確かに少なくはなかったものの、流れはまずまず滞ることなく、混雑時のように交通整理の警官が出てチョッと進んではまた止まり...というほどのこともなくて境内に辿りつけた。
本殿での参拝も、いつもの押し合いへし合いはなかったが、チョッと首を捻ったのは、別殿での、御札を受けようとする人の数の多さと御祈祷待ちの人の列の長さ。参拝ではなく、その後がこんなに混んだのは初めて経験した。

結局、トータルでの所要時間は三が日とあまり変わらず、昨年よりも長くかかったような気がして、5日にもなるのに...と解せなかったが、後で考えてみたら、どうやらその日は土曜日だったことが原因らしい。そう言えば昨年は同じ5日でもウイークデーだった。
でも、今年も無事参拝を済ませ、家族全員(ムッシュも含む)のために御札と御守りを受け、仲見世で毎度恒例の住吉の葛餅を買い求め、一向に疲れも覚えず家路に就けたのは、我ながら喜ばしい限りで、来年もまたこのように...と思わずにはいられなかった。

...と、体調はきわめて良好、昨年に引き続きどこも具合が悪いと感ずるところはないのだが、実を言うと明日8日には、以前胃腺腫と早期胃ガンの手術を受けた昭和大学横浜市北部病院で、大腸ポリープの摘出手術を受けることになっている。
昨年11月に2年ぶりで、内視鏡による大腸の定期検診を受けた結果、中程度(経8ミリ)のポリープが見つかったからだが、放置すれば悪性化する恐れはあるものの、現状では問題ないとドクターも言っているし、自分も心配はしていない。

所要時間の短さから判断しての素人の思い込みかも知れないが、大腸ポリープの内視鏡手術は、胃の場合と違ってそんなにたいへんなものではないらしい。事実、手術そのものは30~60分程度で終わるようだし、入院せずに日帰りも可能だという。
まして今回は、大腸ガン手術の世界的権威と言われ“ゴッドハンド”と謳われている同大学病院の工藤進英教授に直接診断をしていただいているので、すっかり、大船に乗った気持になっている。

ただ、前にもどこかでボヤいたことがあるかも知れないように、大腸の場合は、検査でも手術でも同じことだが、かなり時間をかけステップを踏んで事前の体調を整えておかなければならないのがいささか煩わしい。
術前にお腹を空っぽにしておくために、前夜からタブレットの下剤を服用し、当日は早朝から2リットルの経口腸管洗浄剤を2時間かけて飲み尽くし、頻繁にトイレに通うのだが、これがけっこう忙しくて敵わないのだ。

...などというのは贅沢で、ほんとうに重篤な症状になったら、そんなことをしても言ってもいられず、それどころではないわけだから、むしろいまのそういう状況は、感謝の気持ちで受け止めなければならないのだろう。
この手術は、正確に言えば、8日のその日ではなくて、2週間後の22日に終わる。そこで、摘出した組織の病理分析の結果がわかるからだ。だからそれまでは、簡単な手術で軽く済んだなどとはしゃがずに、神妙にしていることにする。

まったく何ごともなくというわけには行かないけれども、今年も何とか、まずは平穏なスタートを切れたような気がする。これからも、一日々々を大切に過ごして行きたい。

皆さまも、どうぞ健康にはくれぐれもご留意くださるように...。本年も何とぞよろしくお願い申し上げます。

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