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2012年12月10日 (月)

師走入り

とうとう、今年もあとひと月足らずになってしまって、何となく焦燥感を覚える。別に、現役のときのように、年内にどうしてもケリをつけなければならないような重要案件があったりするわけではないのだが...。
何か差し迫ったものがあるとすれば年賀状くらいか。毎年多少は趣向を変えようと思って、アアでもないコウでもないと乏しくなった知恵を絞ろうとするものだから、PC上でディザインしプリントの段階に進むまでに、けっこう時間を食ってしまう。

今年こそは(つまり来年の年賀状こそは)早めに仕上げて、20日過ぎは悠々と過ごそうと思っていたのだが、いまはまだ年賀状を買い込んできただけで何も手を付けていないから、多分、いつものように押せ押せになってしまう可能性が大だ。
学生のときの試験勉強から始まって、サラリーマン時代のレポートなどもそうだったし、物書きになってからの入稿も然りで、どうも切羽詰まらないと集中できない。...というのは言い訳で、ただ単にグズなだけかも知れない。

それはそうと、先日の中央道笹子トンネルの天井崩落大事故には、背筋が寒くなった。清里往復でこれまで何百回あそこを通ったかわからず、あの日のちょうど2週間前の日曜日にも今回の現場を通過して帰宅した自分たちには、とても他人事とは思えなかったからだ。
まことに運悪くこの災難の犠牲者となられた方には、謹んでご冥福をお祈りするばかりだが、これがもし自分たちの身に降りかかっていたらと想像すると、心底ゾッとする。こじつけではなく、あり得ないことではないと感じたので...。

にしても、あのトンネルの天井が釣り構造になっていたとは少しも知らなかった。距離が長い割には低くて、圧迫感があるとは思っていたが、上部からの加重に対する力学上、当然、側壁との一体構造になっているものとばかり思い込んでいた。
まして、報道されているような杜撰な(としか言いようがない)メンテナンスしかなされていなかったとは、想像の外だった。専門家ではないから軽々しい批判・非難は慎まなければならないとは思うが、こうなって見ると疑問が百出する。

原因の究明と復旧には相当の時間がかかるだろうが、かかっても仕方がないから、こんなことが二度と繰り返されないよう、この際徹底的に行ってもらいたいものだ。自分たちがよく使う中央道はトンネルがやたら多いけれども、他は大丈夫なのだろうか?
この事故で首都高速道路の老朽化も引き合いに出されているが、首都高と同じように高架も多い中央道は、そちらの方も心配だ。この分では当分国道20号が混雑を極めることになるだろうし、自分たちの足も鈍らざるを得なくなるかも知れない。

ところで、秋から冬に差しかかるころには訃報が多くなるような気がする。先週、中村勘三郎丈が急逝し、1ヵ月前には森光子さん、2ヵ月前には大滝秀治氏が他界した。自分の身内、友人にも、この季節に旅立った人が多い。
万物のエネルギーが弱まる季節なのだろうか、人間も病を得ている人々にとっては、ここを乗り切るのが難しいようで、懸命に灯し続けていた生命の灯も冷たい季節の風に耐えきれず、いつしか吹き消されてしまうのかも知れない。

それにしても、森さん(92歳)大滝氏(87歳)の場合は大往生と言ってもよく、自分などはむしろあやかりたいくらいのものだと思ったが、勘三郎丈の場合はあまりにも若過ぎた。享年57歳とは、どう考えても早過ぎる。
もちろん、役者としての彼の、これまでの実績のみならず今後のそれに勝る可能性を惜しんでも惜しみ足りないという意味ででもあるが、同時に、なぜもっと早い段階で病の兆しを覚ることができなかったのかということが惜しまれてならない。

自分自身が胃と前立腺の2つの早期ガンで手術を受けた実体験からの憶測だが、手術が成功したと言われていた彼の食道ガンは果たして本当に早期だったのか、もしかしてかなり進行した状態にあって、身体全体の力が弱まっていたのではなかったかと疑いたくなる。
自分の場合のように本当に早期だったら、胸部切開まではせず、12時間もかからなくて済んだろうし、言われているように、手術は成功したがその予後の問題から急に容態が悪化したなどということもなかったのではないかと思う。

が、彼のケースをいまさらあれこれ詮索しても何の役にも立たないし、懸命に気遣ってきた周囲の方々に対しても失礼にあたる。またそれは、自分がここで書こうとしている目的でもない。にもかかわらず自分がこうして言及しているのには、自分なりの理由がある。
自分たちほどの齢になれば、たとえ難しい病気に取りつかれたとしても、余命と寿命の残高はさして差がなくなっているので、比較的淡々とした心境でいられるが、働き盛りの人たちはそういうわけには行かないだろうから、警鐘を鳴らしておきたいのだ。

その年代の人たちは、芸能人であれ普通のサラリーマンであれ自営業者であれ、猛烈に忙しいはずで、生活が不規則になっても仕事を優先せざるを得ないような立場にあり、少々のことでは病院に足が向かないに違いない。自分も実際そうだったからよくわかる。
だが、それがいけない。自分はまだまだ大丈夫だと思っているうちにこそ、そして何の自覚症状もないうちにこそ、検診を受けておくべきだ。たった年1回、半日で済むのだから、その後の長い月日の安心を考えたら、それぐらいの時間は何としても割いて欲しい。

個人的なことを言えば、自分の倅たちの世代がちょうどその年齢層にあたるから、このごろは連中が訪ねて来るごとに、口やかましく、チャンと定期検診を受けているかと質してはうるさがられている。
幸い大人になってからは入院・手術などを必要とする病気にかかったことのない彼らは、親の心配をどれだけ理解しているか疑問だが、まだパートナーもいない段階でそんなことになったら大変だ...と、ツイ取り越し苦労な考え方をしてしまう。

翻って今年の自分自身の健康について振り返ると、体調はまずまず問題なく、というよりはむしろ元気なくらいだったが、信条にしたがって真面目に各種の定期検診を受けた結果、来年に宿題ができてしまった。
前に、ノロウィルスの除菌薬を服用したことを報告したが、その効果確認のための検査を年明けにしなければならないことになり、これも既に公言していた大腸内視鏡検査の結果、中程度のポリープが見つかって、またまた手術を受けなければならないことになった。

が、ノロウィルスの除菌効果検査は呼気テストと言って事前絶食はしなければならないもののそう大変なことでもないようだし、大腸手術も内視鏡で1泊2日程度で済むらしいから、あまり大ごとには考えていない。ただ、またかと、少し面倒くさいだけ。
でも、この“面倒くさい”が禁物だ。そう言ってズルズル必要な検診・処置を引き延ばしていると、後で本当に面倒なことになる...からと、取り返しのつかないところまで行く前に、幸い自分はそう自覚できるようになった。

...などという自分のことは、この際さて置いていい。けれども、若い人たちにはどうかそんな目に会って欲しくないと、勘三郎丈の訃報や雨上がり決死隊の宮迫博之君の胃ガン手術など、昨今の芸能ニュースを聞くにつけそう思う。
以前にも、“検診で安心”などと語呂合わせめいたタイトルでブログを書いたが、是非、それを実行することを、若い諸君たちには真剣に考えてもらいたいものだ。

各々方、これから仕事は追い込みに入り、年内はさらに忙しくなるだろうが、来年こそは時間を見つけて、なるべく早い機会にオーバーホールをされんことを!

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