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2012年12月24日 (月)

年末随想

毎年同じように感じ、口にするが、ほんとうに1年の経つのは早い。とうとう師走入りしたかと思っていたらもう二十日過ぎ、今年も残すところあと1週間余りにまで押し詰まってしまった。
この時期は、第一線でバリバリやっていたころにはいつも、仕事と正月の準備が重なりどうにもならなくなって、バタバタ足掻いていたものだったが、いまはすっかりそこから退いたお蔭で、そんな思いをすることもなく、心静かに年末を迎えることができている。

懸案だった年賀状も、案ずるよりも産むが易しで、着手すれば思ったよりずっと早くでき上がり、家内の分共々すでに投函済み。ただ、ディザイン・文面はシンプルに、宛先も最小限の方々を除いては頂く都度お出しするというかたちにさせていただいた。
年末恒例の生垣や樹木の剪定も、植木屋さんの予定がなかなかとれずにヤキモキしていたが、運よく数日前に入ってもらうことができて、庭がすっかりきれいになった。これで気持ちよく正月を迎えることができようというもの。

ムッシュも行きつけのペットショップでグルーミングをしてもらい男前が上がったが、自分は前回の調髪からひと月経つものの、このまま年を越すことに。無精をするわけではなくて、いまがちょうどいいかたちになっているから。
...だが、もう一つ、しょうもない本音を白状すれば、あまりサッパリし過ぎると冬は首筋のあたりがスースーして寒いから...ということも。以前はそんなことは気にならなかったのだが、ここ何年かメッキリそう感じるようになった。

たぶん、最初の胃の手術以来激痩せして全身の脂肪がなくなり、前後して甲状腺機能低下症と診断されて発熱・保温効果の悪い身体になったことが影響しているのだろうが、寒がりにはなっても幸いなことに、体調は悪くない。
今年も、内科・消化器科・泌尿器科・放射線科などの定期検診や検査で、毎月のように、というかそれ以上の頻度で、病院通いを余儀なくされていたが、一方では風邪ひとつひかず、寝込むようなこともなく、ここまで無事過ごしてきた。

よほどの大雨でもなければ、暑くても寒くても、1日2回のムッシュとの散歩は欠かしたことがなく、ことに、好天気の朝など一緒に飛び出して屋外の空気を胸一杯吸い込むときには、しみじみと元気であることの幸福感を味わう。
脳天気かも知れないが、そんなときには、自分が昨年まで3年続けてガンで入院・手術し、予後は順調に推移しているけれどもいまも経過観察中(これからも少なくも3年は)の身であることを、ともすれば忘れそうになる。

実際、有難いことに、今年1年は恙なく過ごせたと思う。正月の近所の御嶽神社と川崎大師の初詣から始まって、春の電通賞選考会・示現会展・リーダーズダイジェスト同窓会、秋の早稲田クラス会・日展と、恒例年中行事も滞りなく済ますことができた。
あざみ野駅の近くにある市立図書館にもよく通った。予約はインターネットでできるので受取りに行くだけだが、今年だけで100冊近く読んだ(エンターテインメントばかりだけれども)から、平均して月に2~3回は足を運んだ勘定になる。

例年にはなかったことで今年関わってみたことと言えば、5月から7月にかけて毎週参加した“終活セミナー”だろうか。5月28日のブログにも書いたが、いわば“老後をより良く生き、逝くための勉強会”で、1回3時間、全10回を、辛抱強く通い続けた。
それまでの1年ほどの間に、ご近所の自分と同年輩のご主人方がたて続けに亡くなられることがあり身につまされていたところに、町内の広報で知ったのだが、それですべてがわかったというわけには行かないものの、より深く考えるきっかけにはなった。

そこでカバーされたテーマは、「認知症・介護」「葬儀」「お墓」「遺産相続」「遺言状」など、どれも、言われてみれば自分たちにはまだまだ遠い話とは言い切れないものばかりで、その後さっそく情報収集は始めているが、まだまだ十分な知識を得るには至っていない。
万が一のことがあった場合、家族の負担を最小限にするために、元気なうちに自分の希望や意向を書き遺しておく「エンディングノート」も、下書きし始めたが、自分の一存では決められないことが多くて、結局、折りを見ては家内と話し合っている。

このところ毎年頭に目標として掲げていた新著作や旧著の改訂は、仕込みの勉強はそこそこしているものの、なかなか執筆に取りかかれず、ブログでときたま“マーケティング随論”を書くのが精一杯だった。
元気なつもりでいても、420ページを書き下ろした60代のときと比べると、体力の減退は如何ともし難く、それが気力をも衰えさせているのは否めず、現場を離れて久しくなってしまったことが最新知見の不足をも自覚させて、それに輪をかけている。

だが、このままズルズルと、そういう個人的事情や環境に妥協して目標を取り下げ、思考や創造という精神活動の苦労もないが楽しみもない、ただの好々爺然とした日々を送る生活に甘んじて行こうというところまで割り切る気持にも、まだなりきれない。
誰に頼まれているわけでも、義理があるわけでもない、他人が聞いたらどうでもいいのではないかと思うような、自分だけのこだわりだが、脳の活性維持という名目で、一応、来年も、その目標にチャレンジすることは止めないでおこうと思う。

いまさらながら振り返ってみて軽く驚くが、自分も来年は70歳代の後半にさしかかり、マゴマゴしていると追っ付け喜寿もやって来る。ここまで来ることができるとは、若いころには思ってもみなかったが、いつの間にそうなっていた。
こうなったら行けるところまで頑張ってみるか...と思うが、身体が動かなくなり頭がボケて、ただ命を永らえているだけというのはイヤだ。多くは望まないが、いつまでも陽気で恰好良く、ヤング・アット・ハートなジジイであり続けたいと願う。

選挙は終わったけれども、世の中は問題・課題山積、来年がどういう年になるかまだ見当もつかないが、個人としてはいたずらに悲観的にばかりならず、さりとて意気込み過ぎもせず、ささやかなりとも自分なりの本分を尽くして、日々を前向きに生きて行こうと思う。
とは言え、手始めは恒例の神頼み。この正月も、まずはいつも通りダブル初詣をして、ワンコを含めた家族一同の幸せを祈願して来る。

今夜はクリスマスイブということになるが、老夫婦プラスワンだけの世帯、今年も家内がリースを手作りしただけで、それらしいデコレーションなどは何もしない。
我が家は二人とも、あまり(というよりほとんど)アルコールがいける口ではなく、いつもならジンジャーエルで乾杯するのだが、今年はどうした風の吹き回しか、家内がスパークリングワインでも用意しましょうかと言っている。

それも結構...とりあえずこの1年は3年続いた入院・手術もなく無事に過ごせたのだから、そのお祝いということでいいのかもしれない。
当人はすこぶる元気と意識しているのだが、傍からはヨレヨレのご老体と見えるのか...家内は無理をして窓拭きや大掃除などはしなくていいと言ってくれているので、年内の残っている自分の仕事は門扉の松飾りくらいになる。楽ちん楽ちん...。

今年もそんな穏やかな年の暮れを過ごせていて、ともあれ有難い。いろいろな人と事に感謝しつつ、しみじみとした気持で越年したいと思う。
このブログも、これでもう満7年。タイトルの“気まま”を地で行くコンテンツだが、宜しかったら来年もぜひお立ち寄りのほどを...。

どなた様も、良いお年をお迎えください。

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