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2012年11月26日 (月)

山荘の水抜き

今年の清里の秋は気温の低下が急速に進行しており、近ごろは最低温度が氷点下まで下がる日も珍しくないというので、山荘の水廻りの凍結が気になっていた。で、できるだけ早く “水抜き”(すなわちクロージング)をしなければと思っていたが、色々な予定があってなかなかそれがならず、やっと先日行ってきた。
その日は、どうやらこの秋一番か二番の寒さという日だったようで、山荘に着いたときの冷え込みは半端ではなかった。いつも水抜きに行くころは、ある程度の寒さは想定内なのだが、それでも思わず、“ウ~”と、声にならない声を上げてしまうぐらいだった。

昨年の同じ時季に夜間に到着して、電気系統のトラブルに遭遇し途方に暮れたことがあったものだから、それがトラウマになって今回も、先ずポーチ灯が点き、次に床暖房が暖まって来るまでは心配だったが、どちらも無事で一安心。
かなりの寒さだろうとは覚悟していたので、暖衣は抜かりなく用意して来ていたのだが、冷え切った寝室で直ぐに着替えるのはチト辛いし、さりとて、暖炉も焚いて暖かくなっているからと言って、オープンなリビングルームでご開帳というわけにも行かず、取りあえず、アウターを重ね着して凌いだ。

ヨーキーは全身長めの体毛で覆われているといっても、ムッシュだって寒かろうと、彼用のケージは全面を何枚かの毛布で完全にカバー、ベッドも冬仕様にして、布団代わりにフリースの小さなケットを重ね掛けしてやり、ペット用の電気アンカも入れてやった。
人間さまのベッドもすっかり冷え切っているので、暖めないととても寝つけない。だが、横浜の自宅では使っているのになぜかこちら山荘には電気毛布や暖房シーツの用意がなく、いつも布団乾燥機のお世話になる。1時間ほど稼働させておくのだが、これがなかなかの優れモノで、一たん温まれば朝まで十分それが維持されて安眠できる。

散り敷いたカエデそうして、家族一同その夜は何とか寝就いたが、夜半に目が覚めると天窓を叩く生憎の氷雨。宵の内は雲一つなく晴れ上がっていて、あんなにきれいな星空だったのにと気落ちしたけれども、幸い夜が明けるころは小止みになり、起床時にはほとんど上がっていたので、寒くはあったが、いつも通りムッシュを散歩に連れ出すこともできた。
一夜明けた外は、モミやトウヒなどの常緑針葉樹以外はすっかり葉が落ちて、晩秋というよりはもはや、寒々とした初冬の景色。もしやまだ少しは紅葉が残っているかと淡い期待を抱いてきたのだが、やっぱりダメで、いちばんいい色だったはずの裏庭のカエデは、茶褐色に変色した落葉を、術もなく地上に敷き積もらせていた。

ところで今回の目的は、紅葉でもキノコでもなく山荘のクロージング、早い話が凍結防止のための水抜きだったが、昨年もボヤいたように、年々作業がシンドくなってきた。肉体的にだけでなく、精神的にも...。
ボイラー・床暖房の電源をオフにし、ガス・オイルの栓を閉め、もちろん水道元栓を閉めた上で、台所・洗面台・浴室・トイレ・洗濯機など全館の各蛇口と排水バルブを全開にして水を抜き切るわけだが、地下室から2階まで何往復もするだけでなく、文字通り漏れがないようにと何度もチェックするのに、体力も神経も消耗するのだ。

山荘を建てて最初の2~3年は、どこかを開け忘れたり気がつかなかったりして、蛇口や水道管を凍結で破裂・変形させ大騒ぎしたことも再々だったが、毎春オープニングのときにはビクビクしながらもだんだん慣れて来て、20年あまり何とかこなしてきた。
その間、家内と二人で分担しまた相互チェックしながら、頭と身体の両方で手順を覚え込んだ積もりでいたが、どうもこのところ、メッキリ自信がなくなってきて、一度やったことを再度確かめなければ不安になるなど、作業にエラく時間がかかるようになってきた。

...ために考えた。家内は自分よりずっとマシだと思うのだが、それでもやはり心許ないということなので、チェックリストを作ることにしたのだ。これがあれば、誰かに頼まなければならなくなったときのマニュアルにもなると思って...。
作業プロセスを思い起こしながら草稿を書き、カン違いや過不足のないように実際にそれに沿って現場をなぞってみながら推敲を重ねたので、けっこう時間がかかった。でも作り上げたら一安心で、昨年からは、それと首っ引きしながら念を入れてやっている。

だが、毎年そんな思いを繰り返していると、いつまでこれを自力で続けて行くことができるのだろうかと、フと考えてしまうことがある。水抜き、クロージングだけでなくオープニングもそうだし、ひいては日常の管理・維持にも思いが到る。
マニュアルさえ作っておけば、山荘の開け閉めぐらいのことは管理センターが仕事として引き受けてくれるが、掃除や洗濯や布団干しなどの日常のメインテナンスは、何さまでもないのだから、すべからく頼むわけには行かないだろう...等々。

今年はこれでやっと6回目の来荘。4月から11月のシーズン内でも毎月というわけには行かなくなってきた。横浜の自宅の方で、病院だ何だかんだとケジュールに縛られてということもあるが、寄る年波には勝てず、清里との間の150キロを車で往復するのが昔のように何の苦もないというばかりではなくなってきたというのも大きな理由だ。
こうやって、来る回数が年々減ってくると、このままずっと自分で山荘を保持し続けることにどれだけの意味があるかとも考えてしまう。確かに、ある種の満足感はあるかも知れないし、実際にも夏などは、ここがあることの有難さを再認識はさせられるのだが...。

いっそ手放してしまう...という選択肢もなくはないが、それではあまりにも淋しい。自分たちの好みに合わせて設計し、什器・備品も何不自由なく揃えて、家族や友人たちと楽しい時間を過ごしてきたこの山荘には、簡単に断ち切れない深い愛着がある。
家屋にも、まだ十分な耐用年数はありそうだし、理想を言えば、子供たちが代を引き継いで、共同で使用・管理の主体になってくれれば言うことないのだが、彼らも気持としてはわかっていても、いまは仕事や子育てに忙しくて、それどころではなさそうだ。

かと言って、今後いつまでもこれまでのように自分たちが主体であり続けることも、実際問題として限界があるのは明らかなので、好むと好まざるとにかっかわらず、いずれそう遠くないうちに、どうするか結論を出さなければならない。
この1~2年は、そんなことを、山荘に足を運ぶたびに家内と話し合い、特に水抜きの時季などには強く意識しては話題を蒸し返してきたが、そろそろ決められる気持ちになったと思いながら、いざとなるとなかなか決め兼ねている。

そうやって今回も、そのことを話し合いはしたが、結局結論は先延ばし...その間にどんどん自分たちの齢は重なり、体力も精神力も衰えて行くというのに...。

牧場通りからの富士山と、チョッピリ胸にわだかまるものはありつつも、今年も無事作業を終えて帰途についたが、折り良くすばらしい好天で、牧場通りから富士の絶景を遠望し、弘法坂の下りで新雪の赤岳を仰ぎ見たら、ひととき、そんな憂さも吹き飛んだ。

斯様に、決めなければならないがまだ性急に決めたくもないという複雑な心境にあるこの問題。いつまでも保留しておくわけにも行かないから、そのうち子供たちと率直に話し合わなければなるまい。

長い歳月が経つと、山荘ライフにも楽しみばかりでなく悩みも伴ってくる。

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もっとずっと・・・山の仲間でいてください。

投稿: Mami | 2012年11月26日 (月) 11時57分

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