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2012年7月 9日 (月)

清里の森、春から夏へ

ちょっと前の話になってしまったが、先月の末、2ヵ月振りに清里の山荘へ行って来た。例によってセッカチな、2泊3日のショートステイではあったが...。タマに行くのだから、もっとゆっくりしてくればいいのだが、この時季はせっかく清里に来ても特にこれといって楽しみなことがなく、逆に自宅の方にはあれこれと用事ができるので、どうしてもそうなってしまう。それでも、久し振りだし、オープン作業は前回に済ませてあるし、もう寒くはないだろうし...ということで、現地に向かう気持ちは軽かった。
ムッシュに少しでもお昼寝をさせてからと思ったので出発がだいぶ遅くなってしまったが、途中さしたる渋滞もなく、薄明るいうちに山荘に到着。思っていた通り、寒いというほどではなし、雨にも見舞われなかったので、ブレーカーのスイッチ入れやら、ガス・オイル・水道の開栓、荷物下ろしなどのいつもの作業を、落ち着いて滞りなく終えることができた。が、陽が落ちて辺りが暗くなると、やはりそこは標高1400メートルの高地、急激に気温が下がって、何か重ね着しないといられないほどに冷え込んできた。

たまらず、とりあえず携帯してきたGジャンを羽織ったが、それでも冷え込みは抑えられず、さすがに暖炉を焚くところまでは行かなかったものの床暖房はスイッチオン、部屋が暖まってくるまでは震えが止まらなかった。ウールや厚手の衣料を常時備え置いてあるから何とか間に合うものの、この時期山荘に来るときにはいつも、いくら何でももう防寒に気を遣う必要はないだろうと、平地の気温を基準にした身支度をしてきては失敗する。20何年経っても、そのことを一向に学習できていないのは我ながら情けない。
でも、前回4月末のときとは違って、ベッドの寝具やクローゼットの中の着替え類はさほど冷え切っておらず助かった。バスを熱めにしてよく身体を暖めた後は、むしろ少しほてりを冷まさなければならなかったほどで、何も特別なことはせずとも安らかに入眠できた。ムッシュも、お昼寝時間が足りなかった上に、到着時間の遅れでいつもの夕食と就寝の時間がズレこんでしまったせいか、自分のハウス(ねぐら)に入るなり、何もグズることなく寝ついてくれた。

夜半、雨が降り出し、かなり強く天窓をたたいていたので、寝ている間も翌朝のお天気が気になっていたが、目覚めてみると幸いにも上がっていて薄日も射し、気分が良かった。寝室の窓から外に目を遣ると、そこは隙間なく深い緑一色。前回来たときの灰色でスケスケだった景色とはエラい変わりようで、いつものことながら、わずか2ヵ月でも時間が経つと自然というものはこんなにも姿を一変させるものかと、改めて感じ入った。
ムッシュに朝の散歩をさせて戻ってくると、道路から眺める前庭の印象がずいぶん変わっているのに気がついた。何だかイヤにサッパリと明るい感じになっていたのだが、考えるまでもなく、その理由はすぐにわかった。家屋の西北角にあったカラマツの巨樹と、それに追いつかんばかりに枝を拡げていたカツラの高木を伐採し、辺りの日当たりが一気に良くなったからだった。この2本の木は、毎年秋になると大量の落ち葉を降り散らし、それが屋根の東側斜面に積もり積もって、これまで簡単に清掃もできず困っていた。
思い余って管理センターに相談した結果、原因になっている2本を思い切って伐採してしまった方が良いだろうということになり、前回来たときに依頼、伐採と屋根の清掃の作業を同時に行う予定になっていたのだったが、連絡がないのでまだだと思っていたところ、伐採だけは済んでいたようだ。問い合わせてみたところ、屋根清掃の方の作業はまだ業者の都合がつかず、もうちょっと先になるらしいという話しで事情了解。そうは遅くならないということなので、この次に来るころには終っているのだろう。

カラマツの切り株 カラマツはもう少しで幹が屋根の端に触れそうになっていたし、カツラはあまりにも四方に枝が伸び葉が茂り過ぎて周囲の中・低木への日当たりを遮っていたしで、何れにしてもこのまま放置しておくわけには行かなかったのだが、いざ伐採してみると、折角あそこまで育ったものをスッパリと切ってしまってよかったのだろうかなどと、詮ない反省の念のようなものも胸をよぎった。でも、これで屋根の破壊が助かり、他の伸び悩んでいた樹木の成育がはかどるようになったのだから、以って瞑すべしと考えるべきなのだろう。
いまさら意味があったかどうかわからないが、その2本の樹の切り株を覗きこんで年輪を数えてみた。裸眼のままではよく見えないので、わざわざ老眼鏡を取りに戻って...。近くで見ると思っていたより太いその切り株は、カラマツの方が直径約50センチでカツラが25センチほど。山荘を建てる前からそこに生えていたカラマツの年輪は何度数え直しても50年以上、山荘建築と同時に苗を植樹したカツラも、30年近くに達していた。人間の勝手で植えたり切られたりしたこの樹たちは、そのとき何を思っていたのだろうか...。

ところで前回、今年初めて来たときは、時間がつくれなくてどこへも外食に行けなかったが、今回はムッシュをお昼寝させている間にそっと脱出、藤乃家へ行って来た。昨年11月以来の半年(以上)振り。森はまだ肌寒くとも、この辺りまで下りると平地とほとんど差のない初夏陽気なので盛り蕎麦と天麩羅を頼んだが、相変らずの味で大満足。この店の天麩羅は京風でも江戸風でもないがカラッと揚がっていて美味、つゆも甘過ぎず辛過ぎずほど良いので、いつも食後の蕎麦湯を楽しませてもらう。
天麩羅はタラの芽など地場の山菜が美味しいのだが、今年は時期が遅くてありつけず残念した。タラと言えば我が山荘の庭にも十数本生えているので毎年楽しみにしているのだが、今年も食べごろのタイミングに都合を合わせられず、今回来たときにはもう、ほとんど葉が開き切っていた。5月末か6月初旬がベストなのだが、なかなかその時季にマッチするのが難しく、賞味は2~3年に一度くらいしか実現しない。来年こそは...と毎年思うのだが、さて、どうなるか...。

ヤマツツジとヤマボウシ 今回の清里の森は、春から夏へと移り行く途中で、そのどちらともつかない言わば端境期。春の花ツツジは、赤紫色のミツバツツジや黄色のレンゲツツジ、暗紅色のドウダンツツジが終わって、オレンジ色のヤマツツジの花だけがまだ咲き残っていたが、横浜の自宅では真っ盛りのピンク色のタイムや青紫色のツルニチニチソウはまったく開花しておらず、彩りとして淋しい限りで、ヤマボウシとナナカマドの花だけが、幾重にも重なる木々の濃い緑の中に白く浮き上っていた。
仕事を抱えてきたわけではなかったけれども、滞在時間が短かったことと、何となく気分が乗らなかったこともあって、今回は庭仕事ができず、樹の枝葉も下草も伸び放題繁り放題にしたまま、後ろめたい思いで帰途についた。今度来るころにはおそらくジャングル状態になっているだろうが、それを考えると次の作業が一層億劫になる。できる中は自力でと思っていたが、いつの間にか齢をとって厳しくなってきた。業者に頼めばいいのだろうが、相当費用がかかりそうだし、倅たちでも動員して人海作戦で解決するか...。

あれから10日あまり経ち、こちらはそろそろ梅雨明けかと思わせられる日もあるが、清里はいま、どこまで夏に近づいているだろう?
次回山荘を訪れるのは、多分、土用に入って平地が本格的な夏になるころかと思うが、そうなったら今度こそ森は、寒さの心配をしなくともよくなっているに違いない。

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