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2012年5月14日 (月)

宅配と訪問販売の間

ムッシュと散歩している途中で、ご近所の何軒かの家の前に食事宅配会社の車がとまっているのをよく見かけるようになった。ご高齢の夫婦二人だけかどちらか一人だけのお宅だが、そう言えばいつの間にか我が町内にも、そういう、いわゆる高齢者世帯(我が家もその中の一つになるのかも知れないけれども)が増えた。どこかの団地やマンションのように“孤独死”などという話しは、さすがにこれまで一度も聞いたことがないが、どのお宅も、かつては同居していた子供世代がとうに巣立って、いまでは2世代以上にわたる家族で同居しているお宅はごくわずかしかなくなってしまった。
先日、生垣を剪定していたら通りかかって、“お元気ですナ、お若い!”と声をかけて来られた裏のTさんも、聞けばもう88歳とか...やはりご夫婦二人だけの暮らしで、運転も止め、杖をついて時たま歩いてはおられるが、奥さんが日常の買い物に出かけるのもだんだんお辛くなってきたようで、食事の宅配サービスを重用していると言っていた。幸いまだ若い(?)我が家の場合は、同じ夫婦二人暮らしでも、車であれ徒歩であれ出歩くのに不自由しない(というよりもむしろ積極的に外出するのが好きな方だ)し、これまで食事の宅配サービスというものは、受けた経験はもちろん、考えてみたこともない。

とは言え、将来のことはわからない。もしかしたらいつかそのお世話になることがあるのかも知れないが、そういう食事をしている自分たちの姿はどうも想像できない。根拠はないが自分たちは、おそらくグッドバイ寸前まで忙しく動き回っているような気がする。が、宅配という商品入手方法の便利さは、いまでも、好きで利用しているネットショッピングですでに十分認識しているから、我が家の場合には、買い物に出かけるのが苦労になったら、完パケの食事ではなくて、自分で調理するための食材やせいぜい惣菜を届けてもらう、“ネットスーパー”利用の方向に走るということはあるかも知れない。
...と言う程度の関心しかいままではなかったのだが、調べてみると宅配は、単に物流の形態としてだけではなくて、商品・サービスと結びついたビジネスのかたちとして急激に成長していることがわかった。通信販売などの諸々の商品の配送手段という意味でだけはなくて、ある特定の商品または商品ジャンルの全マーケティングプロセスというニュアンスにおいてということだ。特に、食品・飲料分野での事業展開が積極的に進められているようで、製造・流通小売・サービスなどそれぞれの業態から、さまざまな企業が参入しており、市場規模は1兆円を優に超え、2013年には2兆円に迫ると言われている。

ただ、一口に“食品宅配”と言っても、事業母体、扱い商材、顧客開拓・受注チャネルなどの違いによって、いくつかのパターンに分かれるようだ。事業母体としては、食品・飲料のメーカーもあればその流通・小売業者あるいは関連サービス業者、さらに異業種からの新規参入もあり、扱い商材としては、調理済み食事から惣菜、加工食品・生鮮食材、またミネラルウォーターまで、そして顧客獲得・受注については、インターネット・チラシ広告、店頭告知・紹介などから定期カタログやメルマガの配布、そして電話・ファックス・メール・訪問などにつなげるチャネルがあるようだ。
参入している個別企業を見ると、すでに実績があり一般にも名の知られている事業者としては、パルシステム(生協)、イトーヨーカ堂、西友、イオン、セブンイレブン、森永乳業、明治乳業、サントリー、ワタミ...などがあり、ローソン、紀ノ国屋、マルエツ、サミットストア、ユニー、三越、キューピー、マクドナルド...などがそれらを急追、食品流通市場の川上から川下までにわたるあらゆるポジションの企業が入り乱れて、特に、スーパー、コンビニエンスストア、乳製品メーカーなどの業界では、同業者間での熾烈な競争が繰り広げられている。

それかあらぬか、先日我が家は、望んだわけでもないのに、ライバル関係にある乳業2社の宅配契約勧誘の訪問を、たて続けに受ける破目に。先に来たのは「森永」だ。ある日、家内が買い物に出かけていて自分とムッシュとで留守番をしていたとき、インターフォンのチャイムが鳴った。モニター画面を見ても、ダークスーツ姿の若い男性としかわからず、ムッシュが大声で啼きたてるため何を言っているのか聞えないので、もしや取引銀行の新人担当者が挨拶にでも来たのかと、とりあえず顔を出した。すると、年配のやはりスーツ姿の男性と二人連れで、若い方が何かモゴモゴ言っている。
牛乳や健康ドリンクの類いが何本か入った袋を門扉越しに差し出して、どうやら“試飲してみて欲しい”ということらしく、“森永から来た”と言っているのはわかった。新入社員が先輩に連れられてサンプリングの現場研修を受けているようにも見えたので、“本社の人?”と聞いたらそうだという。“2~3日後にビンの回収に参ります”と言われたが、そのときは商品普及のための単なるPR・調査活動の一環かと思い、ツイ気軽に受け取ってしまった。でも、一緒に置いて行ったパンフレットを見ると、どうも来たのは販売店の人間らしく、そう言えば名刺も置いて行かなかった。

家内が帰って来て、事の顛末を話すと、“そんなもの受取ったらダメよ、後でしつこくセールスされるんだから...だいたい宅配の牛乳なんてスーパーで売っている値段の倍はするのヨ。そういうところが来ても、出て行って話を聞くまでもないの!”と叱られた。まことにご尤も、当方、日常生活必需品の買い物に関する常識の無さと、突然の訪問者に対する脇の甘さを反省するばかりだったが、大企業の名前を出すだけで己の身分も明らかにせず、曖昧な言を弄してお人好しの老人に取り入り、とにかくセールスの足掛かりをつくろうとしたあの連中のやり方には腹が立ち、ブランドに対する強い違和感も覚えた。
その理由の第一は、アポもなく事前の予告的情報周知もなく、突然訪問というかたちで他人の時間に割り込んで来たこと。そして第二は、キチンとした身形をして知名度のある企業の名前を出せば門前払いはされないと思ってか(こちらはまんまとそれに引っかかってしまったわけだが)、本来の身分を“詐称”した(と言ってキツければ“明確に社名・個人名を名乗らなかった”)こと。これではその辺の胡散臭い訪問販売そのものではないか?“大森永”ともあろうものが意識してこのようなやり方を進めているのだとしたらとんでもないことだし、もし無意識だったら、ずいぶん杜撰なことだと思った。

わが国では“特定商取引”という括り方をされている「通信販売」「訪問販売」「電話勧誘販売」などの中で、通信販売はいまではすっかり体系化され市民権を得ているが、訪問販売や電話勧誘販売は、なお問題が多い商法として、一般消費者から決して歓迎はされていない。太陽光発電・住宅リフォーム・宗教(商品ではないが)...などの招かざる直接宅訪による勧誘、墓地分譲・結婚仲介・先物投資...などの望まざる直接電話による勧誘には、自分も一市民としてきわめて迷惑で腹立たしく感ずるのみならず、もとマーケターとしての目から見ても、なんと稚拙で理屈に適わないことをしているのだろうと呆れ返る。
そもそもそんなビジネスのやり方をしていたら、たまたま間違って売込みや成約に結びつくことはあっても、大方の場合その商品・ブランドに対する疑念を増し反感を高める結果になって、長い目で見ての成果は決して得られないはず。事前にも事後にも、売り手と対象客の間に良好な関係を構築するという努力が何もなされていないからだ。関係構築とは、少なくとも、たとえばチラシその他の周知メディアである程度の予告をし事前認知を得ておくこと、そしてコンタクトの事後にも(その可否如何にかかわらず)相手に迷惑をかけないかたちでのフォローアップ・コミュニケーションをはかることである。

そのような一連のプロセスが、最も始原的なかたちでのマーケティングと言えるわけで、そのプロセスの前後を省略したいまの訪問販売や電話勧誘販売はマーケティングの体をなしておらず、従ってビジネスとしての真の成功を得られるわけがない。ところで、宅配の話が途中で訪問販売にズレてしまったが、宅配は個宅訪問のかたちをとるビジネスではあるけれども訪問販売とイコールではない。だから大方の企業は、この事業を前記のようなオーソドックスなプロセスにしたがって展開し成功させているのに、何を狙ってかそれを問題の多い訪問販売のかたちと組み合わせている企業の意図は理解に苦しむ。
牛乳の宅配事業は確かに、定着させることができれば、価格競争の厳しい量販店での販売に比べれば安定して収益性の高いビジネスになるから、今後のためそこへ注力するのは経営方針として間違っていないが、だったら、マーケティングを知り尽くしているはずの森永ほどの企業なら、訪問販売まがいの短絡的なアプローチに走らず、手間隙かかるようでも段階を踏んだ戦略をとったらどうなのだろうか?結局その方が、事業の長期的観点からすれば成功確率が上がり、ひいては採算性も良くなるはずだから...と自分などは思う。余計なお世話かも知れないが...。

そんな理屈を捏ねていると、例の勧誘員が試飲サンプルのビンを回収に来た。“貴方が出るとまた話がややこしくなるから私が出ます”と家内が出て行ったので玄関のドアーの内側で聞くともなく聞いていると、“ウチでは牛乳は私がお店でしか買わないの!そういうことのワケが何もわかっていない年寄りにこういうものを勧めないでネ!”と家内がピシャリと断っているのが聞えた。(ワケのわからない年寄り?‼ トホホ...)

サテ、これで一件落着かと思っていたら、日を置かずまたインターフォンが鳴った。モニターを見ると中年の大人しそうな女性だったが、またムッシュが騒いで言っていることが聞えないので、こんどは家内が出て行ったら、“明治乳業です...宅配牛乳のお勧めに参りました”だと...。ヤレヤレ...

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