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2012年3月

2012年3月19日 (月)

あの日から1年...

何があっても、時は容赦なく過ぎて行くもので、あの忘れられない出来事が起こった日からも早や1年が経った。報道で知る限りでは、復興に向けてだいぶ進んだこともあるようだが一向に捗らないらしいこともあり、自分たちの立場からは、どうして...これからどうなるのだろう...と気が揉めるばかり。あの直後、直接動くことはもう難しくなっていたために、御見舞や義捐金など自分たちにできる応分のことはさせてもらったが、今また、何ができるのか考えてしまう。
原発の事故でフクシマはすっかり世界的に有名になってしまったが、自分の出身も福島県。ただ、県の中通り北端に位置する町なので、辛うじて計画的避難区域の指定外にある。でも、指定地域の霊山・月舘などは同じ伊達市内の隣町だし、飯館村・福島市渡利地区などとも市として隣接しているので、直接ではなくとも、まったく震災・事故の影響を受けていないわけではない。今も町には、警戒・避難区域からの方々が、一時よりは減ったものの仮住まいしておられるし、放射能の風評被害には何かと悩まされているとのことだ。

時間が経つとツイあのときの緊迫感が薄れ、もうあれほどの酷いことは起こらないだろうという希望的観測をしたくなるが、どうやら現実はそんなに甘くはないようだ。このところ頻りとマスコミが取り上げている説に、昨年9月に発表された“M7規模の首都圏直下型地震が4年以内に起こる確率は70%”というのがあるが、これが根拠のない妄説・暴論の類いではないから怖い。ただこれは、その後データを最新のものに入れ替えてシミュレーションし直したら、70%という数字が50%に下がったというが...。
この予測は、“小さな地震の発生数が増えるほど大きな地震の起きる可能性は高くなる”という「グーテンベルク・リヒターの法則」なる経験則をベースとし、それに大震災前後の地震発生件数のデータを加味して算出されたものだそうだが、実際に3.11以前の半年間に首都圏で発生したM3以上の地震は47回だったのに対し、以降の半年ではそれが343回(毎日のようにということになる!)に激増しているという事実データをつきつけられると、30~50%という起きない方の確率を信じたいと思っていながらも、やはりそうは行かないのかという追い詰められた気持にさせられる。

現実にも確かに、有感地震の回数は多い。震源地は、全体的には本州の東側、太平洋の北から南にまでバラけているが、最近ではどうも、茨城県南部や房総半島沖での発生が増えて、刻々と首都圏に迫って来ているような気がする...そんなこともないのであればいいのだが。そして、首都圏直下型地震の引き金になるストレスと言えば、先の大地震の場合と同じ東の日本海溝沿いのものばかりではなくて、南の相模トラフ沿いのものにも可能性があると聞くから、ますますプレッシャーがかかる。
おまけに、富士山の噴火がそれに連動するのではないかという話まで出てきているようだが、流石にこれはまったく相関関係はないと、専門家によって否定された。ただしその否定は、今後富士山噴火と首都圏直下型地震が同時に起こる心配は絶対にないということを意味しているわけではなくて、偶然が重なれば、そういうこともないとは言えないということらしい。地震学的には首都圏直下型地震はいつ起きてもおかしくないし、火山学的には富士山は100%噴火するという状況なのだそうだ。

そんな情報ばかり聞かされると、まったく八方ふさがりのようだが、いたずらに慌てても仕方がない。この国に生まれた宿命と、考えられる状況を冷静に受け止め、騒ぐばかりではなくて、苦難に備え対応することを考えなければなるまい。万が一そういうことが起こっても被害が最小限に食い止められるような工夫をしておくことと、その際に蒙る不自由に何とか対処するための備えをしておくということだ。我が家でも、いろいろな情報を参考にしながら、先ずは、そんなときに不可欠になる品々をまとめてみた。
が、何もかも一緒くたにというのは難しく、結局、大小4つのザックになり、それを自分と家内とで2つずつ分担することに。凡その分類で、現金・預金通帳・証書類・印鑑・貴金属などの非常持ち出し品で1つ、ラジオ・懐中電灯・乾電池・ティッシュ・タオル・軍手・雨具・飲料水・携帯食料品・救急医薬品・ペット用品などの緊急時備品で1つ、家内と自分の財布・携帯電話・腕時計・眼鏡・パスポート・保険証・常用薬・下着などの身の回り品でそれぞれ1つずつ...といったところだ。ただ、実際にはそのときになって詰め込むことになるものもあり、必要だがまだ揃えていないものもある。

次は、というよりも本当はこちらの方が先なのだが、防災のための工夫...地震や津波から家や身を守るための対策だ。持ち出すものだけ用意していても、備えは万全とはならない。で、考えてみたのだが、我が家の場合は横浜市と言ってもかなり内陸部にあって、海岸線から約20キロ離れた海抜50mの丘陵地に位置しているので、東日本大震災規模の津波が発生したとしても、まずここまで押し寄せることはないだろうと想定し、とりあえずは地震対策のみに絞ることにした(もし津波がここまで来たら逃げるほかない)。
地震対策を考えるべきものには、家屋そのものと、家具・什器・備品の類いがあるが、家屋自体については、地震が真下で発生したりしない限り、おそらく壊滅的な被害を蒙ることはないだろうと、半ば希望的、半ば確信的に思っている。というのも、我が家の場合、3年前に建て替えたときに調査して、地盤がブルドーザも苦労する岩盤であることを確認しているし、建築工法も、耐震性を最重要視して、わざわざツーバイシックスを選んでいるからだ(建て替え前の家もツーバイフォーで、耐震性が高いことを実体験している)。

他にも耐震性の高い工法はあるのかも知れないが、ツーバイフォー工法による住宅の耐震性の高さは、阪神淡路大震災や新潟中越地震にひきつづいて今回の東日本大震災でも立証されている。社団法人日本ツーバイフォー建築協会が平成23年4月から7月にかけて同震災での震度6弱以上の地域全域の同工法での施工による住宅20,772戸に対して行った被害程度についてのアンケート調査によれば、当面補修しなくとも居住に支障のない住宅は19,640戸(95%)もあり、その割合は津波による被害を除けば98%にも達したという。
そういうわけで、家屋のことは一応楽観しているのだが、問題は家具・什器・備品だ。どういうわけか我が家には、棚の類いがやたらと多い。建て替えのため一時山荘へ引っ越した際に、かなり処分したつもりだったが...。まず書棚がリビングに1台と書斎兼寝室に3台...何れも幅120センチ高さ180センチの大型のヤツだ。これに書物がギッシリと詰っている。食器棚も作りつけ以外に、キッチンに1台とダイニングに2台。2人暮らしなのにこれも食器で満タン。それに、他家にはないかも知れないものとして、家内がセントポーリアを育てているワーディアンケースがリビングに1台と家内の寝室に1台。

棚ではないが似たようなものとしては、リビングに置いてあるアップライト型のピアノもそうだし、各室のテレビも皆スタンド型だ。これらを大地震の際にも倒れないようにするにはどうすればいいのか...いま一生懸命思案しているところ。マスコミなどで盛んに取り上げられているのは、棚だったらL字型金具で壁に固定してしまう、天井との間に突っ張り棒をかます...などの方法だが、新しい家に建て替えてまだ間もなく壁もきれいなところにゴツい金具をとりつけるのはいかにも忍びなく、いちばん安心なのだろうけれども、このやり方にはいまのところ踏ん切りがつかない。
テレビなどの転倒を防ぐためには、チェーンで壁に固定する方法が推奨されているようだが、これも結局壁を傷つけることになるわけで、そうするぐらいなら倒れてもいいかとさえ思ったりもしている。そこまで壁にこだわっているのはおかしいだろうか?食器棚の中の皿やグラスやボトルなどは扉にストッパーをしておけば助かるのだろうか?先日、友人たちと会う機会があってそんな地震の際のことが話題になったが、起きている時間にそうなったら棚のない部屋へ逃げればいいし、寝ているときでも大丈夫なようにするには最初からベッドの位置を考えておくことだという、ごく当たり前の結論になってしまった。

サテ、どうしようか...心配し過ぎてもキリがないが、かと言っていまのまま何もしないのも心許ないので、もう少しよく考えてみよう。もう齢だし、ともすれば、そのときはそのときサ...などと内心虚無的になりがちだが、それではいけないのだろう。

呑気なことは言っていられないのかも知れない。みなさんはどうお考えなのだろうか?

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2012年3月 5日 (月)

ポイントプログラムはSPかCRMか?

“ポイントカードはお持ちですか?”“ポイント会員になりませんか?”...と、いまはどこで買い物をしても、またサービスを受けても、ポイント、ポイント、ポイントだ。日本人の9割以上は何らかのポイントを保有していると言われるが、自分自身のことを考えてみても、クレジットカード、エアライン、高速道、携帯電話、百貨店・スーパーなどの小売チェーン、家電量販店、ドラッグストア、オンラインショップ、そして銀行、書店、ブティック、レストランと、いつの間にかすっかりポイント漬けになっているのに気付く。
その中には、意識して会員になったものもあれば、結果としてそうなったことを知ったものもあり、それぞれに対する関心の程度はマチマチだが、積極的にどれかのポイントを貯めてどうにかしようというほどの意欲もないので成行きにまかせているうち、新たにゲットするそばから古いものが無効になって行く。大半のものについては、特に大きな期待を持ったりしているわけでもないので、それはそれでいいのだが、中には、ポイントの得失について節目々々にリマインドしてくれるものもいくつかあって、その都度、有難いような、だけど残念なような思いにさせられることがしばしばある。例えば...

ここ2~3年、清里の山荘へは年間に数えるほどしか行かなくなっているが、往復には中央道を使うので、毎年ある程度のETCポイントが貯まる。と言っても、節約のために通勤時間帯割引きなどを利用することが多いので、大した得点にはならない。けれども、折角換金できるものをムザムザと捨てるのももったいないから手続きをするわけだが、それで得られるものの割には、しなければならないことが面倒だし、どういうわけかいつも、あと少しだけ走り方が足りなかったために、換金できた分とあまり変わらないポイントを期限切れでムダにする結果になり、やれやれまたか...という思いにさせられる。
似たような思いをするのはETCの場合だけに限らない。ずいぶん長い間利用している国際クレジットカードは、プレミアムカードなので年会費を支払わなければならず、一定額以上使わないとそれがチャラにならないのだが、このところしばらく海外旅行に出ていないため国内での買い物だけでは消費が追いつかず、不本意なまま会費を徴収される破目になる年がある。この1年がそうだったが、さりとて会費を支払いたくないからと言って相当な額の不必要な追加出費をするのも本末転倒だしと、これも何となく割り切れぬ思いを抱いて、そろそろこのカードも辞めどきかなどと考えたりもする。

でも、このポイントプログラムというものには、必ずしも不満ばかりを抱いているわけではなくて、時にささやかな特典も享受して、意味を感じていることもある。最近はなくなったが以前は、貯めたエアラインのマイレージを航空運賃やホテル料金の支払いにずいぶん充当していたし、携帯電話の使用で貯まったポイントをバッテリーと交換したこともあれば、某プレミアム国際カードのポイントをチョッピリ気の利いた景品に交換したこともあった。小売チェーンやドラッグストアなどのポイントは、少額でも利用回数が多いだけにすぐに現金代りに使えるようになって便利だし、銀行のポイントも、ネットバンキングの手数料を省くことができて役に立った。
そんな限られた経験からも、確かにこの制度は、あって悪いものではないと実感するが、消費者としての立場からは、ポイントのつくことが購買活動における何にも優るメリットで、いまのような仕組みが十分満足に値するものであるかと問われれば、何のためらいもなくイエスとは答えられない。躊躇のもとの第一は、前記でフラストレーションを打ち明けたように、有効期限の短さだ。そう設定しておかなければ引当金がどんどん嵩んで行ってしまうという理屈はわかるが、貯めるそばから期限切れになって行くような有効期間の短いプログラムは、初めから積極的に利用しようという気が起きなくなる。

第二は、ポイントのつき方が“使用金額”のみに対応しているということ。それ自体は間違いではないし、顧客評価基準の一つを満たしてはいるから文句はつけられないが、それだけで済ましているところが引っかかる。つまり、もう一つの評価基準である“購入頻度”も、ポイント・ゲットに反映されて然るべきと思うのだ。本来ポイントプログラムは、リピーターづくりないしは顧客の囲い込みを目的として始まったはずだが、なのに、使用金額だけで利用頻度が考慮されていないというのはおかしい。そもそも、このプログラムの源流は“Frequent Shopper(多頻度購入者)Program”(略してFSP)だったはずだ。
現在のポイントプログラムは、事実上、購入の頻度にかかわらず会員なら誰にでも一律に適用される単なる割引還元制度で、“多頻度購入客こそ収益への貢献度が最も高い優良顧客”という証明済みの大原則に基づくFSPとは、似て非なるものになってしまっている。このレベルのプログラムは、顧客情報の取得を必要としないスタンプ・切手方式の“販売促進”手法として昔から存在しているが、本来あるべき姿の顧客ロイヤルティ形成のためのプログラムが、これと混同されてしまっているのだ。というよりも、“ポイントプログラム”というあいまいな概念の和製英語による呼び方がいけないのかも知れない。

紛らわしいからここでは、顧客情報の取得に基づくデジタル化されたプログラムの方をFSPと呼び、アナログによる単純な販促プログラムをスタンプ方式と呼んで区別するが、スタンプ方式は販促が目的だからいまのままで良いとしても、FSPの方はこのまま(実態として単なる販売促進)では、会員が最適なサービスを得られないばかりでなく、それを提供する企業の方としても、満足な優良顧客形成ができないということになるだろう。ポイントプログラムを取り入れている大半の企業が、これは販促の手法としてそれなりの効果を上げているのだからこのままでいいと言うなら、何をか言わんやだが...。
提案したいのは、一消費者としても一退役マーケターとしても、企業はこれを、「CRM」的見地から、もっと直接的に言えばポイントプログラムの本質であるはずの「ロイヤルティプログラム」という立ち位置から、見直すべきだということ。わざわざ会員の個人情報を獲得しておき、それをデータベースとして持ちながら、ほとんどの場合、プログラム利用の対価として提供されるサービスには、会員の要求・希望や利用実績(特に頻度)そして購買内容が反映されておらず、それらを踏まえていれば会員満足をより高めつつ収益も増大させられるであろう大きな可能性が開発されないままになっているからだ。

キーポイントは、“顧客情報分析”と“コミュニケーション”。機械的に会員の獲得ポイント・データの管理をしているだけではなくて、会員個人とその購買情報が結びついたデータを分析するところから、掘り起こすべき顧客満足と収益拡大の可能性が見えてくるし、アンケート調査をはじめ、キャンペーンや利用明細報告や商品情報など諸々の発信活動を行いそれに対する受け皿を設定するところから、思わぬ飛躍のヒントが得られる。こういった施策をとることによって、獲得し蓄積した会員情報は常時更新され、長期にわたる双方向の個別コミュニケーションが可能になって、会員はさらに活性化される。
見えてくる可能性、得られるヒントには、ポイントのより高い換金レートや倍率とか、高額な景品アイディアといった、金銭的欲求を刺激するだけの“特典”的なことばかりではなく、非会員には得られない優先権や優待サービスといった非金銭的で心理的な欲求を満たす“特権”的なものもある。カナダの調査会社Maritz Researchでは、前者を“ハード・ベネフィット”後者を“ソフトベネフィット”と呼んで、いわゆるポイントプログラムでは、ハードよりもむしろソフトを充実させることこそが重要だとしているが、これは十分、耳を傾けるに値する指摘ではないだろうか。

この見解は、VISAカードがスポンサーになってMaritz Research社が2011年12月~2012年1月に行った調査の報告書「Maritz insights: the loyalty report」として発行されており、同レポートにはその他にもきわめて示唆に富んだ内容が掲載されているので、興味のある方はぜひwww.maritzcanada.com.をビジットされることをお薦めしたい。

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