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2012年2月20日 (月)

冬の星座

2月も末に近づきつつあって、日中は陽射しが暖かくなったと感じる日もあるが、日が暮れると相変らず冷えが厳しく、季節はまだまだ冬から抜け切っていないと思わせられる。にも拘わらず自分は、雪か雨でも降らない限り、その寒い暗がりの中での散歩(?)を、この何年間というもの欠かしたことがない。と言っても、ただでも寒がりの自分が自発的にそうするほど酔狂なわけではなく、ムッシュの生活リズムに引き摺り回され、止むを得ずそうしているのだ。長年一緒に暮らしているうちに、朝食前とお昼寝(彼の)後の中・長距離散歩と、昼食・夕食後の小散歩が、すっかり習慣化してしまった。
夕食後の小散歩は、夏だったらまだ暮れきってもおらず、人通りもあるし、夕涼みの感覚でエンジョイできるのだが、いまの時季はさすがに、震え上がるほど寒い上に辺りは真っ暗で、行き合う人も極端に少ない。だから自分などは、外へ出て5分も経つともう我慢ができなくなって、“お家に帰ろうョ”と彼に向って弱音を吐くのだが、彼は立ち止ってアッチを向いたりコッチを向いたり、なかなか動こうとしない。誰か知っている人やワン友と出逢うのを待っているのだ。付き合っているこちらは楽ではないけれども、本人(犬)の心中を察するといじらしいものがあり、しばし、グッとこらえることにしている。

でも、冬の宵の散歩は辛いことばかりでもない。雲がなく大気の澄んだ日には、空を見上げると満天の星が見えて美しい。我が家は南に向かって緩やかに傾斜している低い丘陵地に位置しているので、東から西にかけての空が大きく開けており、晴れた夜には屋外に出るとまず真っ先に、三つ星が並んだオリオン座が自然に目に飛び込んでくる。星座にはあまり詳しくないので、その他にわかるのは北斗七星くらいだが、ずっと西の方へ首を廻らすと、ひと際明るく輝いている星(金星)が目に入り、もっと上を仰ぎ見ると、もう一つ、天空高くよく光って目立つ星(木星)があって、それらの間を縫うように、赤いライトを点滅させながら航空機が飛翔して行く。これはなかなかファンタスティックな眺めだ。
そんな冬の夜空のパノラマを観察していると、束の間、寒さも忘れるような気分にさせられ、単純だが、目で見た印象がすぐに唱になって、自然に口から出てくる。

木枯らしとだえて さゆる空より 地上に降りしく 奇しき光よ
ものみないこえる しじまの中に きらめき揺れつつ 星座はめぐる...

ほのぼの明かりて 流るる銀河 オリオン舞い立ち スバルはさざめく
無窮をゆびさす 北斗の針と きらめき揺れつつ 星座はめぐる

戦後の昭和22年に発表された、ご存知文部省唱歌中等音楽1、「冬の星座」(W.S.ヘイズ曲、堀内敬三詞)。九品仏にあった堀内先生のお宅には、自分が社会人になりたてのころ何度か仕事でお邪魔したことがあるが、あの辺りを先生も犬連れでそんな宵に散歩し、近くの多摩川上空を見上げて想を得られたのかどうかはわからないけれども、けだしこの歌は、神秘的な冬の夜空の情景を雄大なスケールで描いて万人の共感を呼んで止まない。自分なども、60年以上も前に教わったはずの歌詞が、1番も2番も、当時抱いたイメージとともにクッキリと脳裏に焼き付いている。
もちろんそのイメージとは、いまも現実に目の当たりにしている満天星の冬の夜空で、1872年に書かれたというヘイズの原曲も、広大なアメリカのそのような情景に触発された曲かと長い間思いこんでいたが、日本語とは似ても似つかぬ詞だったことを、後年になって知った。音楽関係の仕事に携わっていたころ、カントリー&ウエスタンのアルバムを制作するために選曲をしていて、その曲が「Mollie Darling」という甘く素朴なカントリー・ラブソングだったことを知ったのだ。エディ・アーノルドやエルトン・ブリット、スリム・ホイットマンなども唱っていたスタンダードナンバーで、これはこれでいい味があり、自分の中ではどちらも、珠玉のような愛唱歌となっている。

ところで、この歌を唱っていると必ず一緒になって浮かんでくる...というか、これとゴッチャになってしまう、次のような曲がある。

月なきみ空に きらめく光 嗚呼その星影 希望のすがた
人智は果なし 無窮の遠に いざ其の星影 きわめも行かん

雲なきみ空に 横とう光 ああ洋々たる 銀河の流れ
仰ぎて眺むる 万里のあなた いざ棹させよや 窮理の船に

戦前・戦中派でないと馴染みがないかも知れない、明治43年に制定された統合中学唱歌2の中の「星の界」(杉谷代水詞、C.C.コンバース曲)で、原曲は「Erie」という名の器楽曲...と言うよりも、キリスト教式のお別れ会で必ず唱われるあの讃美歌312番「いつくしみ深き...」と言った方がわかり易いだろう。興味のない方にはどうでもいいことだが、この「星の界」と「冬の星座」がゴッチャになるほどよく似ていることが、自分にとっては長年の謎(大袈裟か!)だった。それぞれまったく別の曲なのに、同時に唱うときれいに重なってしまうのだ。余談だが、「故郷の人々」と「ユモレスク」、「キラキラ星」と「アマリリス」なども同様で、こういう関係の曲を“パートナーソング”と言うらしい。
「星の界」「冬の星座」のどちらも、16小節で日本語詞が8・7調、メロディーが日本人好みのヨ・ナ(ファ・シ)抜き長音階でリズムがまったくと言っていいほど同じ。1つ1つの音符を照らし合わせるとずいぶん違うし、コード進行の形式も異なるのだが、全体としてはとてもよく似ているという印象を受ける。双方とも同じように天界や星をテーマにし、“銀河”とか“無窮”とか共通の語彙が使われていることが、一層、それから受ける印象や思い浮かべる光景を似たものにすることに拍車をかけている。根拠のない自分だけの想像だが、作曲者がどちらも、アメリカのマサチューセッツ州とケンタッキー州という同じような風土でほぼ同時代に生きた人たちであること、杉谷詞に対する堀内詞の無意識のオマージュといった偶然も、もしかしたら潜在意識下で作用しているのかも知れない。

ムッシュとの冬の宵の散歩がだいぶ横道に逸れ、個人的な長年の疑問にまで話が飛んでしまったが、ものはついでというから(強引!)、ここでもう一つだけ、この曲に関する疑問を取り上げさせていただく。実は自分は、なぜか歌詞もよく知っていてチャンと唱えるのに、「星の界」を学校で教わった覚えがない。多分、母か姉がよく口ずさんでいたのを、傍にいて聞き覚えたのだろうと思うが、その代わり、まったく同じメロディーで歌詞が異なる次のような歌を、昔(中学時代?)どこか(学校の授業?)で誰か(音楽教師?)に、女声合唱曲として教わったように記憶している。

何にか譬えん 尊き母を 夜すがら輝く 御空の北斗
人生航路の 行く手に耀り 行けども行けども 耀りてやまず

何にか譬えん やさしき母を 湧き出て尽きざる 谷間の泉
慈愛は御胸の 奥より流れ 汲めども汲めども 溢れてやまず

「讃美歌312番」と「星の界」が一緒になったような詞だが、自分としては、コンバースのあの曲にはこの詞がいちばんシックリ来るような気がしている。特に2番を唱うと、年甲斐もなくいまも鼻の奥がツーンとし、眼がウルウルしてくる。作者不詳でタイトルも定かでないようだ(自分の記憶では「母の愛」だったような気がする)が、もしご存知の方がおられたら、ぜひお教えいただきたい。

サテ、夜になると冷え込む時期はもうしばらく続くようだが、今宵もムッシュは散歩を休まないだろうから、自分も気持を奮い立たせて付き合ってやらねば...。で、また空を見上げてあの曲を口ずさむことになるのだろうが、出てくるのはどの歌詞か...。

今回は、季節の夜話のつもりが、とんだマニアックで懐旧的な音楽談義に脱線してしまい、自分と同年代の一部の物好きな方々以外(多分大半の方)にはたいへん失礼いたしました。

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