« かくて、今年も暮れ行く | トップページ | 拡大するネットショッピングのシニア市場 »

2012年1月 9日 (月)

何年ぶりか...風邪っ引きの正月

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年も何とぞよろしくお引き立てのほどを。で、話は少しだけ遡るが...

暮れの30日、どの病院・医院も一斉に休診に入ったとたんに...折悪しく風邪症状。と言っても、熱も頭痛もなく、ただ喉と鼻に違和感があって何かムズムズと煩わしかっただけだが...。で、寝込むほどでもなかったので、マスクをし、市販の風邪薬を服み、イソジンでうがいをしながら、3が日を凌いだ。インフルエンザの予防注射は毎年マメにしており、この10年あまり風邪など引いたことがなかったのを自慢にしていたが、ついに記録が敗れて、チョイ不調な正月を迎えることになってしまった。
...ということで、サッサと完治しておきたいと思い、行きつけの内科が開院すると早速、診てもらいに駈けつけた。すると先生は、風邪という大雑把な括り方はせず、単純な病名も言わなかったが、抗生物質を含むさまざまな薬を出してくれ、これらをキチンと服めば、症状が治まるだろうとのご宣託だったので一安心。実際に、薬を服み始めまだ数日だが、喉も鼻もスッキリ、それらしい症状はほとんどなくなり、やはり餅は餅屋だと感心した。ただ、服用する薬の数と種類が(常用薬と合わせて)一時的にせよやたらと増えたので、間違えた服み方をせぬように気を遣わなければならなかった。

でも、そんな程度で、基本的には身体はシンドくなかったし、何しろ歩いて1分だからということで、大晦日から元日にかけての御嶽神社への初詣には、例年通り行ってきた。地の利を生かして、いつも早目に出かけて行列の10番目前後に並び、早々とお参りを済ませるのだが、今回は、気が向いてそれよりもさらに早く家を出、日付が変わる40分前ぐらいに行ってみたら、それでもすでに並んでいる人が約1人(家族)いて、自分は2番だった。夕方からかなり冷え込んでいた夜だったが、暗いのを幸いなりふり構わず、裏フリースのカーゴパンツを穿き、ロングのダウンコートを着用し、モコモコとした姿で行ったので、家内が心配していた寒さは完璧に防げた。
昨年も、家族一同の健康と安全を祈願したはずだったが、にもかかわらず、そのお参り代表の自分に2年続けてガンが発見されたり、ムッシュも手術を受けなければならない破目に陥ったり...というようなことがあったので、もしや、祈る心と信心を表すかたちが足りなかったかと反省し、今年は、お賽銭も思いっきり奮発、お祈りにもより時間をかけた。祈願したのは、まずは何と言っても家族全員の健康で、自分ももうこれ以上病気に取りつかれたくないし、家族にも取りつかないで欲しいと念じ、加えて、願わくは独り者の2人の倅には、今年こそ良縁が舞い込んで来ますようにとも祈ってきた。

お節料理明けて1日は、3人の子供たちがそれぞれに年賀にやってきて、それぞれ祝意を表して行ったが、当方二人ともまだ風邪気味のこととて、小さな孫にうつしでもしてはいけないと、折角だったが娘とは玄関での立ち話だけ。でも、自分たちの好物をどっさりと届けてくれ、先にクリプレをくれたのだからそれ以上気を遣うなと言っていた倅たちからは、今年もまたお年玉をもらった。そうしてくれるのは嬉しいことは嬉しいのだが、気張ってそんなにまでして大丈夫なのかと、かえって連中の懐具合が心配になるのが複雑な親心。
元日は東京風の鳥雑煮で始め、その夜はチョッとペースを変えてすき焼にし、二日は富山風のブリ雑煮をいただくというのが、長い間に自然に定着した我が家の流儀だが、これは家内が今年も手を抜かずに頑張ってくれたものの、お節料理は、毎年すべて100%自前で用意するのはたいへんだから、今年から一部またはほとんど全部を出来合いのものにして、できるだけ負担を減らして欲しいと、こちらから家内に頼み込んだ。その結果が、写真に写っている3つのお重だが、そのうち2つは結局、ホームメードになってしまった。いつもはお重を4つ用意するから、その意味では手間を半減したと言えなくもないが、こういうところで何の役にも立てなかった自分は、有難くも申し訳ない気持ちだった。

川崎大師医者の薬のお蔭もあり、5日にはすっかり元気を回復したので、例年よりも1~2日遅れたが、川崎大師にも初詣に行ってきた。さすがに三が日を過ぎると、人混みはずっと少なくなっていて、交通制限も渋滞もない参道・仲見世をそぞろ歩きしているうちに、いつの間にか大山門の前に着いていた。元日からずっと好天続きだったが、この日も晴れて暖かく、初詣用の防寒ウエアでは、ときに汗ばむほどに感ずることもあった。ここでも、時間をかけて祈る内容はまったく同じ。そしてお参り後は例によって、御札と御守を購入...横浜自宅と山荘のそれぞれ用には災厄消除札、自分たち夫婦とムッシュには厄除け、倅たちや娘家族には開運、そして車には交通安全の御守を...。
...と、ここまで済んで、本来のお役目は終了と、ホッと一息。その後はいつも通り山門脇の住吉で土産の葛餅を買い、帰途に着いたが、どこかで昼食を摂ろうとあれこれ思案しているうちに、たまプラーザまで来てしまった。ので、それならと、行きつけのベーグル・カフェで、プレーンベーグル&クリームチーズとセブンナップの遅いランチにし、持ち帰り用も買い込んだ。こうしてみると、美術館へ行ったとき同様、出かけた際の1人ランチと手土産はたいがいベーグルになってしまうが、自分でも好きだな...と思う。

正月は、お節料理だ、お雑煮だと、つい食が進みがちだが、よく考えてみれば自分は昨年胃の手術をしたばかりの身。それを忘れるほど食欲が出てきたのは、ある面好ましいことなのかも知れないけれども、やはり過ぎては身の毒、ほどほどを心がけねばと改めて自戒する。幸い、食べ過ぎて苦しくなるようことはなかったから、セルフコントロールできてきたと思うのだが、お雑煮のお餅だけはチョッと想定外だった。昨年までは4個くらいはどうということなくイケたが、今年は2個でギブアップ、3個食べたらしばし食休みしなければならなくなる始末。節食しているうちに胃が小さくなったのだろうか?
胃が小さくなるのは構わないが、このごろウエアを買おうとしてサイズ合わせをすると、従来身に付けてきたものよりもワンサイズ下のものがピッタリするようになってきた。体重がギリギリまで減って、それ以来太れないのが原因だが、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか?女子の場合はそうなったらきっと喜ばしく思うのだろうが、男子としては体格が一廻り小さくなったのは、何となく情けない気がする。が、医者に話しても、別に健康に影響が出ているわけではないから問題ないと言われるし、今風のファッショナブルな着こなしができるようになったことを、むしろ喜ぶベきなのかも知れない。

さて、松が明けると、そろそろ年賀状も届かなくなり、友人・知己たちの情報も出そろって、消息が判明してくるが、中には音沙汰が途絶える方も出てきて、いささか気になってしまう。特にそれが、自分と同世代、あるいはそれよりも上の世代の方だと、もしや...と、余計な気を回したりもしてしまうこともある。これまではそれが、たまたま年賀状の出し忘れだったことが後でわかって、密かにホッと胸を撫で下ろすことも多かったが、お互い齢をとってくると、それでは済まないこともあり得なくはなくなってくるから、自然に安否がわかるようになるまでのしばらくの間は、何となく気が晴れない。

明日には自分も、とうとう70代の中間点に達してしまう。ここまで来たという意味で、ともあれ祝うに値することと思うべきなのか...それとも、もうあまり先がなくなってきたという意味で、喜ぶほどのことではないと思うべきなのか...。
一休和尚の“門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし”という狂歌を思い出したが、マア、哲学的な思索はさておき、あるがままに任せ、自分としては一通過点とだけ意識してその日を送ろうと思う。

|

« かくて、今年も暮れ行く | トップページ | 拡大するネットショッピングのシニア市場 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 何年ぶりか...風邪っ引きの正月:

« かくて、今年も暮れ行く | トップページ | 拡大するネットショッピングのシニア市場 »