« ...ったく、銀行というところは | トップページ | また、森へ »

2011年8月 8日 (月)

この夏、ストレスフリーに暮らす

本日、暦の上では立秋だそうで、これ以降の暑気見舞いは“残暑お見舞い”としなければならない慣わしになっているらしいが、実際の季節感はまったくそれとはかけ離れており、これからもまだまだ、暑さは続くのではないかという気がする。で、第一線の皆さんがそんな中でも頑張っておられるところ、まことに申し訳なかったが、先々週、数日だけ空き時間ができたので、清里の山荘へ行ってきた。
暑さを逃れたつもりだったが、何と、その週は東京・横浜も、あまり気温が上がらなかったらしく、それより10度低い清里の森は、真夏だというのにセーターを羽織っていなければ寒いほどだった。しかし、いくら何でももうそんなことはないだろうと、今週も行く予定だが、また1週間で戻って来る。今年の8月はところどころに、定期検診とその結果判定という病院通いが早くから予定に組み込まれていて、森には行きっ放しというわけにも行かず、1週間ごとに行ったり帰ったりしなければならない。

山荘には、単なる避暑やレジャーで行くわけではなく、疲れを抜きたくて行くのだが、昔と違い最近は、行き帰りそのものが疲れるようになってきた。だから前回も、どこかへ遊びに出掛けようなどという気にはならず、ほとんど、家の中で本を読んだり、音楽を聞いたりしながらゴロゴロしていた。資料の読み込みや書きものなど、少しはデスクワークもするつもりで用意はして行ったのだが、どうにも根気(体力?)が続かず、かねてから家内に頼まれていた雑草刈りなどの庭仕事も、最小限で勘弁してもらった。
一体に、肉体的にも精神的にも、なんらかの原因である程度以上の負荷がかかると、己の心身に警告反応が生じて、自動的にそういう気分になってしまうらしい。このことは、休めば回復するという類いのシンプルなものではなく、慢性症状のようなものになって後を引くので、“ストレス症候群”などという言葉で説明されているようだ。若いころはそんなことは感じず、気にしたこともなく、大概のことは勢いと体力で乗り切ってきたものだったが、どうも近ごろは、そういうわけには行かなくなってきた。

そう言えば確かに、数年前くらいから、ストレスを感じそうなことは自分でも事前に避けようとする意識が働くようになってきたかも知れない。大きなもの、重いもの、厚いもの、硬いものや、ものだけでなく、濃い味、高い音、強い匂い、キツい色や表現、暑さまたは寒さといった、目・口・鼻・耳・肌が感じ取る極端な状況あるいは雰囲気が、あまり心地よくなく、もっと言えばやや苦痛と受け止めてしまうようになってきた。そして反対に、小さなもの、軽いもの、薄いもの、ソフトなもの、マイルドな味、低い歌声、微かな香り、枯れた絵や文、暑からず寒からずの気候が、より好ましくなってきた。
言ってしまえば、単に齢の所為ということになるのかも知れないが、土用が来ても別に鰻を食べたいという気にはならない(けれども嫌いになったわけではなく、ミニサイズの鰻重などというものがあったら食指が動くかも知れない)し、お台場あたりで毎朝やっている若い人向けの音楽イベントのハイテンションなメッセージソングには、元気をもらうというよりはついて行けなくなってきた。だから食事はアッサリめがよく、聞いているのはライトクラシックかせいぜい8ビートまでのイージーリスニングばかり。絵も、大家の油絵はもちろん結構なのだが、正直言うと、名もない素人の淡彩画に癒しを感じさせられる。
身に付けるものに関しては、直接皮膚感覚に響いてくるだけに、考えてみればより以前から、このことにこだわるようになっていた。いつごろからか、コートやジャケット、パンツやソックスなどは、なまじしっかりしたつくりのものが嫌いになって、ソフトで楽な着心地のものを好むようになった。特にこだわってしまうのが腕時計と靴。これがバルキーで重量感があって、それ自体の存在感を主張し過ぎるようなものだと、肩が凝り、頭痛がして、全身が疲れてくる。いまメンズ・ファッションの一方の主流になっているらしいデカい腕時計や重そうなブーツなどは、身に付けている人の気が知れない。

なので、普段着の腕時計は、たまたまニューヨーク―東京間の機内で買った CK(カルバンクライン)のボーイズ(ユニセックス?)・サイズを長年愛用してきた。径32㎜、厚さ4㎜、革ベルト――のストレスフリー・デザインなので、何の変哲もないクラシックな文字盤と共にとても気に入っていた。15年以上経つから、そろそろ寿命らしく、同じモデルの新品に買い替えたいと思っているのだが、それ以上のメンズ・サイズとそれ以下のレディース・サイズはあっても、このサイズだけが見つからない。
同サイズのオメガ・コンソレーションがあるので、とりあえず実用的には不自由はしていないが、如何せん金属ベルトなので重くて敵わず、何とかこのモデルが手に入らないものかとリアルショップとネットショップで探している。が、いまのところ、ネットオークションに出品されている中古品ぐらいしか見つからない。ボーイズ・サイズならば、いっそ他モデルでもいいかと割り切ってもいるのだが、それでもなかなか、好みに合うものは見つからず、こうなったら分解掃除にでも出すほかないかとも思っている。

夏は履物も気になる。チャンとした場所に出るときは別として、春・秋・冬のカジュアルシューズは、履き心地・歩き心地の良さで専らロックポートを愛用してきたが、夏だけはそのフィット感が逆に鬱陶しくなり、これまでいつもシーズンになると、浅くて超軽量のハッシュパピーのスリッポンに履き替えてきた。石田純一ではないが、素足に履いても何の違和感もないのが気持ちよくて幾夏も愛用し続けたため、残念なことに最近はチョッピリくたびれた感じになってしまい、そろそろ次を考えなければならなくなってきた。
そこで今年の夏は、何とかそれと同じか似たようなものを探そうと、近所のデパートやショッピングモールをさんざん探し回ったが、イメージに合うものがなかった。元町まで行けば直営店があるので見つかるかも知れないのだが、暑いさ中そこまで足を延ばすのも億劫(ほんとのお洒落心がなくなった証拠!)と、発想を変えて、たまプラーザに最近オープンしたABCマートを覗いてみることにした。

一応あらゆるタイプの靴を取り揃えていることになっているのだが、中心はやはり若い人向けの、赤や黄や紫などの派手な色をアクセントカラーにしたスニーカーやランニングシューズで、紐で結ぶタイプが主流。...だとは思っていたので、せめて、より浅くて軽くて通気性が良さそうで、しかも色的には地味なものをと品定めしていたら、結局、黒一色のメッシュ・タイプのものを選んでいた。セール品だったし、ブランドなどは気にもかけていなかったのだが、帰宅してショッピングバッグから取り出してみたら、ナイキだった。
ナイキといえば、あのときは自分でもよくやったョという思い出がある。1990年代の中ごろに、ナイキの「エアマックス」というトレーニングシューズに異常な人気が集中したことがあったが、日本ではなかなか手に入らないので、米国へ行ったついでに買ってきて...と倅たちに頼まれた。ちょうどそのころ、ニューオーリンズに出掛ける用事があったので、仕事の合間を縫って同地のスポーツ用品店を何軒も探して回り、彼らの分だけではなくて、サイズのそれぞれ異なる5人家族全員の分を買いそろえ、傍目もかまわず、大きなビニ袋を担いで日本まで帰って来た。

当時あの騒ぎは何だったのかと思うが、いまそれらのエアマックスは、子供たちの分は疾うに履き潰されて跡形もないけれども、自分と家内の分は、多少ほこりをかぶってはいるものの、まだまだ使用可能な状態でシューズクローゼットの中に眠っている。何しろ、2人とも数えるほどの回数しか履いていないので、何となく処分し難くてそのままにしているが、ランニングシューズは他にも幾つも持っているし、自分たちの齢や体力から言っても、それを使わなければならないような機会もおそらくもうないと思うから、何れ、思い出と共に捨て去らなければならない日が来るのだろう。
新しく買ったメッシュのランニングシューズはなかなか履き心地が良くて、さっそく重宝しているが、ややお疲れ気味のハッシュパピーもまだまだ捨てたものではなく、この夏もサンダル代わりとして、ストレスの少ない暮らしのために役に立ってくれている。

ところで昨日、例の腕時計の分解掃除の見積りをしてもらったら、最低でも購入したときと同じくらいの額、場合によってはその倍額ほどかかるというので、急遽、考え直した。
そしてその売場で何気なくファッションウォッチを眺めていたら、角型ではあるが他は望む条件にピッタリの「ピエール・ラニエ」というモデルを発見。価格も極めてリーゾナブルだったので、思わず衝動買いしてしまった。...ということで、こちらも一件落着。

|

« ...ったく、銀行というところは | トップページ | また、森へ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: この夏、ストレスフリーに暮らす:

« ...ったく、銀行というところは | トップページ | また、森へ »