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2011年7月25日 (月)

...ったく、銀行というところは

ソーシャルメディア・マーケティングの勉強の足しになるかと思って「コトラーのマーケティング3.0」という本を買ったら、カバーの帯に“消費者志向はもう古い!”という惹句が大々と書かれていたので、いささかカチン!と来た。自分が普段からマーケティングにおける顧客志向の大切さを説き、それこそが最強のビジネス戦略などとアチコチで書いたり話したりしている立場だからということもあるが、それよりもっと直接的には、いまちょうど、ある企業(見出しにあるように“銀行”)の、そういう配慮の無さによる個人的な迷惑・不快を蒙っている最中だったからだ。
この本は、読めばわかるが、決して帯書きにあるような上滑りなことを主張しているわけではない。巻末の「マーケティング3.0の10の原則」という章でも、「原則1:顧客を愛し、競争相手を敬う」「原則7:顧客を獲得し、つなぎとめ、成長させる」「原則8:事業はすべてサービス業」と、顧客志向の重要性に言及しており、コトラー本人も、古いとか新しいとかは言っておらず、“マーケティング3.0も、消費者志向の2.0と同じく消費者を満足させることを目指す”としている。

またこの本には、“ソーシャルメディア時代の新法則”という副題もつけられているが、これも必ずしも当たっておらず、こうまで言い切ってしまうのは、いささかこじつけに過ぎる気がする。思うに、この本の日本語版の出版社・編集者は、「マーケティング3.0」という原著のタイトルに刺激されて、これにいま流行りの“ソーシャルメディア”を組み合わせれば最強のアピールになると踏み、“...はもう古い!”というところまで、筆が走ってしまったのだろう。
...とは言っても、自分は別にこの本の批判をしているつもりはない。謳い文句をまともに受け止めた人(自分のような)からすれば読後に若干の違和感はあるが、ここで説かれていること自体は、特に革新的ではないにせよ肯定し共感できることばかりで、この本が、マーケティングの過去から現在までの歴史を踏まえて今後のあるべき方向性を示唆している好著であることは間違いない。その意味ではこれは、マーケティングのハウトゥー書ではなくて“哲学書”とでも言うべきで、帯書き惹句が誤解を招きそうなのが残念だ。

オッと、前置きがすっかり長くなってしまったが、今回ログっておきたいと思ったことは、実は上記の本の読後感ではなくて、冒頭で引き合いに出したような、銀行の消費者志向の欠如による、個人顧客としての我が家の迷惑体験。直接の当事者は家内だが、途中から自分も参加、現在も進行中だ。発端は、つい先ごろ家内が、自宅最寄りにある我が家のメインバンク(というほど大層なものでもなく、家内と自分の各種支払・受取の口座がそこにあるという程度の意味)へごく一般的な用事(引出すとか、預けるとか、別のタイプの預金にする...とか)で出掛けたときに、そこの若い女性窓口行員から掛けられた一言。
その銀行とは、旧財閥系のMとSが中核になって形成されているメガバンクMS銀行のあざみ野支店。我が家では地理的に最も近いということで、そこがまだSと合併せずMだった時代からの取引で、もう20年以上になる。リスク分散や運用のため、外資系を含む他の2~3行とも取引をしているから、そこに預けてあるのは大したものではないけれども、それでもソコソコの価値があると思われているのか、これまでにもよく、外回りの営業担当者から、普通預金を定期に、定期が満期になると投信に...などという話しはあった。

が、その日の窓口行員の話というのは、要するに保険加入の勧め。そういうことを頼んでいたわけでも、相談を持ちかけていたわけでもなかったけれども、自分の一昨年・昨年の入院・手術費用が加入していた保険でほぼ完全に賄えたこともあり、たまたま、家内自身も何らかの保険への加入を検討する必要性は感じていた矢先だったので、一応、話を聞いてみる気になった。勧められたのは、入院給付があり先進医療特約がついている医療保険で、中高年世代でもまずまずの範囲の月額保険料で加入できるということだった。
それ自体は悪くないと思って心が動いたが、家内は、複数の持病のため朝・昼・晩と多種の薬を服用しているのでおそらく加入は無理だろうと、あまり乗り気にならなかった。するとその行員は、服んでいる薬によっては大丈夫だから、その名前を教えて欲しいとさらに粘る。家に帰らないとわからないと家内が答えると、それを調べてもう一度ここに来て下さいと言われた。その話を聞いて自分は、保険のセールスをするのに客に何度も足を運ばせるとは、銀行というところはずいぶん態度の大きな商売をするものだと思った。

それでも、人の好い家内は、服用中の薬のリストをつくって、また銀行に足を運んだ。そういう言い方をする限りは当然その場で適格かどうかがわかるのだろうから、そうなって初めて本格的に話を聞き、十分時間をかけて考え、納得できたら後日改めて加入申し込みするかも知れないし、あるいはそこまで行かないかも知れない...という程度の気持ちで。ところがその日、事態は思いがけない段階にまで進んでしまった。
窓口行員の他に“保険コンサルタント”なる女性が現れ、服用中の薬による加入の適・不適格は、申込書に記入するかたちをとってもらわなければわからないということで、家内は内心、話が違うとは思いつつも、アレヨアレヨという間に一方的に押し切られ、手続きさせられてしまった。その保険はMSの系列保険会社のもので、同行が扱っているはずの他3社の5タイプの保険(自分で調べて後でわかったことだが)については一切説明がなく、家内自らが比較検討した上で自由意思で選択するということはできなかった。

とうわけで、首を傾げつつも、最初の話の通りに聞いていたような条件(保障内容・保険料・制約など)で加入できるのなら結果オーライということにしてもいいと、家内はその日はそれで戻ってきたが、それからしばらく経ってまた、例の窓口行員から呼び出しがかかった。先日の結果が判明したのだろうとは想像がついたが、それにしても、こちらから頼んだことでもなく、またこれまでローンなどで世話になったこともないのに、何故、顧客の方が再三足を運ばなければならないのかと不快感を新たにしながら顔を出したら、とんでもない報せが待っていた。
何と、聞かされていたこととは大違いで、加入の条件は、服薬中の疾病に対する保障は5年間免責、保険料5割増し(5000円アップ)だという。もちろん、そんな条件で加入する気には毛頭ならないし、大丈夫のようなことを言っていてこの答えとは一体全体どういうこと?だからこちらは最初から無理だろうと気乗りしなかったのに、さんざん手間と足労をかけさせておいて“馬鹿にしないでョ!”と、家内は怒り心頭。自分も話を聞き、これは“非・顧客志向”もいいところだし、のみならず商売の手法にも問題があると直感した。

問題の一つは、今回のような銀行窓口での保険販売の前提とプロセス。もう一つは、加入申込というかたちで保険会社に渡った家内の個人情報の行方。単に“加入を取り止める”と言うだけではこちらに徒労感と不快感だけが残り、銀行との間には何もなかったことになってしまうので、それでは納得できないと、上記のポイントについての見解を書面で回答して欲しいと要求した。銀行・保険会社からは何度か電話があり、来宅もあって、再三、問題点と要求の趣旨について説明したら、保険会社からは“当該個人情報は返却・抹消はできないが責任を持って管理する”という責任者名での署名・捺印のある文書が送られて来たので、それはそれで一応了とすることにした。
しかし銀行の方は、こちらの言い分はわかったが、それに対する見解(肯定するのか否定するのかわからないが)については、“本部の意向により書面では提出しないことになった”と、電話で言ってきた。どうやら、言われていることがチットもわかっていないようで、顔が顧客よりも本部の方に向いているらしく、自分たちの商法に問題があることの自覚もない。“...ったく銀行というところは”と、怒りを通り越して驚き呆れるほかなく、そんな回答では到底受け入れられないと、それを突っぱねたことは言うまでもない。

「保険業法施行規則」ではその211条に、“銀行業務で知り得た顧客に関する非公開情報(顧客の預金・為替取引・資金の借入れ等に係る情報、その他特別の情報)が保険募集に利用されることにつき、事前に当該顧客の書面その他の適切な方法による同意がある場合を除き、この非公開情報を保険募集に利用してはならない。”と定めて、銀行の圧力販売を禁止しているが、厳密に言えば今回の家内のケースは、それに抵触している疑いがあり、自分は、銀行がそれを自覚していないとしたら怠慢だと思っているわけだ。もっとも、知っていてそうしているのだったら尚更悪質だが...。
また、“服用中の薬の名前を聞いて適格かどうかを知るだけ”と言いながら、それを申込書に記入させて結果的に家内の健康状態に関する個人情報を取得した経緯については、明らかに途中での“すり替え”ないしは“行き過ぎ”があり、これは、「個人情報保護法(正確には“個人情報の保護に関する法律”」の15条(利用目的の特定)、16条(利用目的による制限)、17条(適正な取得)にも引っかかるような気がする。長くなるので原文は省略するが、関心の向きはhttp://kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/hourituan/030307houan.html
を参照されたい。

いちばん気に食わないのは、このような法的な問題点だけでなく、こちらが希望したわけでもないのに個人の時間を拘束して一方的にセールストークを行い、その上商品の購入をお願いする立場なのにもかかわらず自ら顧客の方に足を運ぼうとせず、逆に顧客の足を再三店に運ばせるという、高姿勢かつ無神経な商法。そして顧客から問題を指摘されたときに、頭だけは下げるが決して事実関係を書面上の記録に留めようとはせず、結果的にそのことがどこにもなかったことになるように持って行こうとする、自己保身の姿勢。
銀行窓口での保険販売は、業界では「銀行窓販」と通称されているそうだが、この“窓販”では、我が家の場合だけでなく、預金者個人情報の無断流用、行員の不適格と知識・説明力不足、成績至上主義、などが原因で、これまでにも、特に高齢者に対するトラブルが頻出していたとの報告がある。「社団法人 生命保険ファイナンシャルアドバイザー協会( JAIFA)」も、保険業の信用のためにこういった点を危惧し、さまざまな角度からの調査・分析を行った上で、生保商品の銀行窓販のこれ以上の拡大に反対している。

誤解を招かぬように言っておくならば、自分は、すべての銀行がそうだと言っているわけではないし、感情的になって銀行の果たしている役割を全否定しているわけでもない。ただ、これまでにも1度ならず不愉快な目に会わされて(ここでも06年9月14日08年2月11日に書いている)、銀行という組織の体質にはホトホト参り、世のためお互いのために何とかならないものかと、せめてもの弱者の抵抗を試みているだけなのだ。
自分はさまざまな支払い・受取り口座をこの銀行支店に集中しているので、腹が立ったからと言ってそれを直ちに他の銀行に移すということも面倒でなかなかできないが、家内は、自分の方だけ泣き寝入りは癪だと、ちょうど満期だったこともあり、ここの普通・定期預金を全額引き出してしまった。

先週末現在、銀行側の結論はまだ出ておらず、今週支店長が来宅すると言っているが、サテ本質的な問題の解決になるかどうか...。

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