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2011年6月27日 (月)

休息の森

ハッキリした宣言もないまま、何だかいつの間にか梅雨に入っていたという感じだった。が、数日カンカン照りの猛暑日が続いたので、今年はこれで早めに明けるのかと思ったらそういうわけでもなく、また、冷んやりと湿気の多い天候に戻った。毎年のようにボヤいているが、この時季は自分のような低血圧人間にとっては、片頭痛がし身体がむくんで憂鬱だ。でも、そんな中、億劫ではあったがいろいろと用事もあったので、重い(?)御輿を上げて、約8週間ぶりに山荘へ行ってきた。
今年になってまだ2度目。当初の予定では6月の初めか遅くとも半ばまでにはという積りだったが、身内の法事があったり、その他の何やかやで、数日延ばしを繰り返し、ようやく出掛けようかと思ったら、今度は雨が続いて、結局、高速道休日特別割引――いわゆる“1000円高速”――の最終日になってしまった。

いろいろ用事といっても、そう大したことではない。一つは、毎年の恒例になっている家内のセントポーリアの避暑大移動。花鉢を入れた沢山の段ボールを車に積み込み、また下ろすのは、数は多いけれども重くはないので、面倒というわけでもないが、脆い花茎・葉茎を折ったりしないように結構神経を使う作業ではある。秋にはまたそれを山荘から横浜の家に持ち帰ることになるので、そのときもまた一仕事。
もう一つは、家内の寝室用のテレビを地デジ化するための、デジタルチューナーの接続。他の部屋のテレビはすでに地デジ専用機への切り替えが済んでいるのだが、そうしてしまうとこの地域では4つのチャンネルしか映らなくなるので、チューナーだけは早々と購入したものの、ギリギリまでアナログのままにしていた。しかし次に来るのは7月24日以降になるのは確実なので、いよいよ今回で切り替えということになった次第。帰る日の朝まで、今後は見られなくなるアナログチャネルのお馴染みの番組を見ていたいと家内が言っていたので、作業は出発直前にアタフタと行った。

それはともあれ、今回も中二日の短期滞在でどこにも出掛けなかったが、ひねもす降り注ぐヒグラシの音のシャワーを浴びながら、フィトンチッドを胸一杯に吸って、休息だけはとれたような気がする。往き帰りのドライブで疲れが残る齢になったので、これは正解だった。でも、そんなにシンドいのなら、わざわざ遠くまで出て来ずに横浜の自宅で落ち着いていれば良さそうなものを...と、自分でも思うのだが、やはり人はときどき、何でもいいから慣れ過ぎた日常から非日常の世界へ脱出したくなるらしく、自分たちの場合はたまたま山荘に来るのがその目的に合致しているということなのかも知れない。
山荘で思い知る非日常の最たるものは気温だ。横浜を発った日は、グズついた天候が続いて薄ら寒かった日々の後で、午後には24~25度まで上がり、夏仕様の軽装で出てきたが、山荘に着いてみたら、まだ日も暮れないのに早や12~13度までダウン。その後の2日も、テレビでは東京が連日30度超えとか言っているのがピンと来ない涼しさ...というか寒くさえ感ずるほどの低温で、厚手の長袖シャツにセーターを重ね着していた。

でも、森の様子は前回4月末とは一変、どの木も例年になく枝が伸び葉が厚く繁って、隣地の建物が見えないほどになり、日の当たらないエリアがまた拡がってしまった。夏は涼しくていいのだが、これでは、ツツジやシモツケ、ギボシやオダマキなど、中低木や山野草の花がつきにくくなるし、地面近くまで陽光が届かないと、春のタラの芽や秋のキノコの出来にも影響が及ぶ。3年前に高く太くなり過ぎた木を20本以上伐採して、ヤレヤレと思っていたが、どうやらまた、相当の本数を間引かなければならないようだ。
タラの芽と言えば、今年こそグッドタイミングで来て、たらふく(タラだけに!)賞味しようと思っていたのが、前述のような何やかやでその時機を逸し、やっと来てみたら、ほとんどが開き切って葉になっていた。スーパーなどに出回っているハウスものはさておき、自生ものは、標準的には(高地・寒冷地では)5月末から6月初めが好機とされており、さらにその年の気候などにも影響されるので、旬を捉えるのがなかなか難しい。いまから言うと鬼が笑うかも知れないが、来年こそはということで...。

ドウダンツツジ・ヤマボウシ・ナナカマド そんなわけで、タラはもう遅いだろうと来る前から半ば諦めていたが、季節の花々にはいささか期待していた。特にレンゲツツジは、地域のイベントとしてもこの時季に設定されているくらいなので楽しみにしていたのだが、これも大外れ。ドウダンツツジとヤマツツジだけが開花していた。わが山荘のドウダンツツジはベニササラと言われる種類だが、今年はいつも以上に沢山の花がつき、色彩もひときわ深い紅色になっていた。
中木に咲く花は地上からではなかなかわからないが、2階自室の窓から見渡したらヤマボウシとナナカマドの花盛り。ヤマボウシは、横浜の家の近辺ではもう完全に散ってしまったが、牧場通り辺りではまだ満開のままだったし、我が山荘では白くなる一歩手前のペールグリーンの状態。ナナカマドは、小さな花がアジサイ状に密生した大きな白い塊になってあちこちについているという、これまでに見たことのない印象的な眺めだった。どちらもこのまま行けば、秋には美しく紅葉し、赤い実がたわわに生って目を楽しませてくれるに違いなく、いまから待ち遠しい気がする。

八ヶ岳 今回は梅雨のさ中とあって、森に来ている人もほとんどいないだろうと思っていたらそうでもなく、ムッシュとの朝夕の散歩のときに何組ものワンコ連れ家族に出会った。みんな晴れ間を待つようにして外へ出て来たので、たまたまタイミングが合ったのだろうが、ベストシーズンではないときに森に来ると滅多に他所の人やワンコに会う機会がなく所在なげにしていなければならないことの多いムッシュは大喜び。一緒にいる自分も、何だか幸せな気分になった。
さて、前日までは降ったり曇ったりで終始肌寒かったのに、帰宅する日になって一転、早朝から快晴で気温はうなぎ昇り、八ヶ岳も何日ぶりかで豪快な夏姿を現した。帰途、昼過ぎに甲府辺りに差しかかったときにはすでに34~35度、夕方横浜の自宅に着いてからも、30度を下回ることはなかった。我が家は自動換気なので、夏季に数日留守をしていてもそんなに熱気が籠ることはないのだが、それでも、山から車中ズーッと適温に馴れきってしまった身体はなかなか室温に順応できず、その晩は寝苦しかった。

エアコンを点ければ、問題は簡単に解決するのだろうが、あえてそうしないのが自分たち世代の厄介なところ。“欲シガリマセン勝ツマデハ”のスローガンを刷り込まれ、“我慢は美徳”と教え込まれてきたので、ここではときどき気を許して愚痴ったりしているけれども、実は、変に我慢強い。節電のためエアコンの設定温度を高めにして扇風機を併用するなどということも、むしろ贅沢なくらいに思え、このところの熱帯夜にも、窓とドアを開けっ放しにして、団扇を使いながら、エアコンを点けずに凌いできた。
昔は...というより自分が所帯を持ったころでも、まだエアコンなどというものは庶民の家庭には無縁だったのに何とか夏をやり過ごしていたのだから、“何のこれしきの暑さ”と、自室では日中も自然風だけで頑張ってきたが、齢は争えないということか、午後の2~3時になると全身が気怠くなり頭がボーっとしてくるようになった。吐き気がしたり体温が異常上昇したわけではないから熱中症的症状ではなかったと思うのだが、かえって家族に迷惑をかけるようなことになってはと考え直し、我慢もほどほどにすることにした。

...と、山から戻って以来、自分なりの節電協力のつもりで、あまり賢明とは言えないかも知れない密かな葛藤を続けてきたが、幸いこの1~2日は、グッと気温が下がって助かっている。と言っても、この涼しさがいつまで続くかは保証の限りではないし、あと2週間もすれば梅雨が明けて本格的な暑さの毎日になるのだろうから、それなりに過ごすための妥当なスタイルを考える必要があると思っている。
若かったころは、そんな季節の変わり目などには無頓着で、降ろうが照ろうが、暑かろうが寒かろうが、オフロード車のようにただバリバリ突っ走ってきただけだったが、本人が意識しないうち、パワーは年月と共に容赦なく衰えてきて、いまでは定期点検とときたまのオーバーホールが欠かせなくなっている。今年も8月に、前立腺の9ヵ月検診と胃の6ヵ月再検診があるが、問題なくパスすることを、正直、自分でも祈っている。

次回の山荘行は、どうやら来月の末あたりになりそうだが、できれば少し長めに滞在して、心身共に休めてきたい。

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コメント

節電にうだる東京を捨て山入り計画のわがやも・・・。
父が過ごしやすかろうと・・・。
私は東京清里を往復して・・・。
7月の連休辺りから生活の中心を山に置き9月くらいまでそんな暮らしで、エコ??

未だ東京も捨てきれず・・・。友人は今夏東京の暮らしを捨て、事務所だけを残し、後は山に移り住むことを決断されたが・・・。私には未だ都会にすべきこともあり、或いは息子の人生に絡み、捨ててしまいも出来ないが・・・。上手に2つの地点でウロウロしましょうか?

投稿: まみ | 2011年6月28日 (火) 10時04分

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