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2010年10月18日 (月)

“痩せマッチョ”を目指す

昨年の夏に胃の手術(内視鏡でポリープを摘出しただけだから大したことではなかったが)をして以来、すっかり小食になってしまった。直後数ヵ月、ドクターの指示に従って食事の内容・量・摂取し方などを意識してコントロールしているうちに自然にそうなり、体重も、成人以来最軽レベルまで落ちた。
そのことの原因なのか結果なのかわからないが、外でも内でも和食にする機会が多くなった。けれども決して、洋食(言い方が古いネ!)や肉類が嫌いになったわけではない。とは言え、ボリュームだけでなく脂肪分が多く含まれる食事はやはりダメで、たまに目と気持ちだけは欲しくなって何度もトライしたが、以前のようなわけには行かず、食事半ばでたちまちギブアップし食後も消化に苦労した。

昔は、特に脂っこいものが好きと言うほどではなかったにしても、ステーキや焼肉が嫌いではなく、昼夜となく六本木や赤坂に出没、銀座・新橋・日本橋方面に出かけたときには鰻や天麩羅にすることもしょっちゅうだったし、家でも、すき焼きやトンカツのときなどは大喜びして、美味しければ美味しいほど腹一杯に食べていたのに...。
そんな自分もさすがに最近は、己の許容量と範囲というものを自覚したので、家内には“ご飯もおかずも、少なめに、少なめに...”とお願いしている。が、どうやらかつての食べっぷりがトラウマとなっているようで、“それにしてもあまり少なくては...”との懸念からか、まだ適量まで減らしきってもらっておらず、こちらも、育ち盛りにひもじかった戦中派の性で、残さずそれを平らげてしまっては、後で独り参っている。

そんな自分勝手は言っているものの、この1~2年は在宅していることが多くなったので、家内には食事のことでだいぶ世話をかけている。だから、ときどき外食に誘うのだが、その際も最近は、小食になったために行き先が限られてしまう。ディナーはもちろんのこと、ランチでも、フレンチや中華のフルコースはとても無理で、あれこれ考えた末、結局いつも、イタリアンのパスタかピッツァにでもするかということになる。
わがままはそれだけではなく、パスタならオイル系やクリーム系よりは野菜系、さらにどちらかと言えばパスタ類よりはピッツァの方が好ましく、具沢山にしたものよりも、バジルとトマトだけのシンプルなマルゲリータのようなものがよくなり、クリスピーでもホールは食べきれずに、八つ切りの1~2切れを残してしまう。サイドは、スープやデザートまで頼んだらもてあますので、せいぜいサラダにドリンク止まり。

仕事で外へ出たときのランチも、独りなら軽めのサンドイッチか饂飩・蕎麦くらいがちょうどいい。そんなだから、誰かと会食するときには店の選択に気を遣わせてしまって、いつも申し訳なく思う。昔は、昼食をザル1枚で済ませているご老体を横目で見て、あんな少量で食べた気がするのかと信じられなかったが、いまは自分がそうなってしまった。
でも、日本国内ならば、外でそういう食べ方をしていてもそんなに奇異な目で見られないからまだいいが、外国のレストランなどでは、少ししか食べないことを説明しなければならないような気がして、余計な神経を遣ってしまう。若いころは世界中どこへ行っても、かなりの長期間、量・質ともに現地スタイルの食事が続いて平気だったが、還暦を越したあたりから、チョッとの滞在でもすぐに日本食が恋しくなる体質になってしまった。

軽め、あっさり系で、カジュアルな食事が好ましくなり、独り旅や内輪のときなどは、ほとんどホテルのレストランなどへは入らず、たとえばニューヨークだったら、朝は屋台からベーグル1個とコーヒー1杯をテークアウト、昼は街の小さなカフェでカップスープにサンドイッチ、そして夜はできれば和食ダイナーで鮨か麺類に日本茶ということに。
仕事その他の関係で、どうしてもチャンとした店でフォーマルな食事をしなければならないときは、好みのオードブルを2品選んで“ダブル・オードブル”とオーダーする。敬愛する老ニューヨーカーにして未だ現役コピーライターの大先輩、トム・コリンズに教わった“シニア向き”メニューの選び方で、これでお店側も同席者も納得する。

さて、ここまでさんざん、食が細くなったの、痩せたのと、ショボくれた話ばかりしてきたが、小食は決して悪いことではなく、食べる量を減らした方が寿命は延びるという説もあるようだ。食事から摂取するカロリーを制限することで、身体全体の細胞にダメージを与える「フリーラジカル」と呼ばれる化学物質の生成量が削減され、「スーパーオキシドジムスターゼ」や「グルタチオン」という抗酸化物質の合成量が劇的に高まって、それが身体全体の生物学的年齢を若くする、すなわち老化プロセスを遅らせるというのだ。
その裏付けとして、食事量を30~40%減らした低カロリー食の実験動物は、通常よりも1.3倍から1.5倍長生きし、実年齢は同じでも生物学的年齢では半分ほどしか齢をとらない、とジーン・カーパー(米国を代表する医学ジャーナリストで健康と栄養の権威)も書いているし、長寿県沖縄に住む高齢者は、本土日本人とくらべて摂取カロリーは17~40%低く、慢性病に罹る率は30~40%低いというデータもある。

さらに重要なことは、この“身体全体の老化防止”という意味の中には“精神機能”も含まれるという事実で、それは極言すれば“軽度の飢餓はアルツハイマーなどの神経性疾患から脳を守る”ということになる。ケンタッキー大学サンダース・ブラウン老化センターの神経生物学者で脳研究の権威、マーク・マットソン博士も、“カロリーを少なくすることが脳を救うためにできる最も効率の良い方法の一つだ”と言っている。
食べ過ぎは、脳細胞のダメージへの抵抗力を落とし、逆にカロリー制限は神経細胞を元気にしてダメージへの抵抗力を高める――摂取カロリーを減らした“軽度の飢餓”によってストレスを与えられた神経細胞では、特定の遺伝子にスイッチが入り、脳内での成長因子の生成量が高まって、脳細胞を破壊する原因になるフリーラジカルへの抵抗力が増大する――というのが彼の推論だ。

ウエブ・ザッピングをしていてそんな要旨の記事が目にとまり、興味が湧いてフムフムと読んでいたら、折しもビッグ・ニュースが飛び込んできた。北海道大学名誉教授の鈴木章氏と米パデュー大学特別教授の根岸英一氏のノーベル化学賞受賞の知らせだ。このことを知って、日本国民の一人として心より嬉しく目出度く思う気持ちになったのはもちろんだが、自分個人としても、人知れず“ビビッ”と来るものがあった。
鈴木先生が80歳、根岸先生でも75歳で、自分よりも2~7歳年上なのに、お二方とも極めて若々しくお話しも明快、また研究・教育意欲も旺盛なのを拝見して、仕事はマイペースで...などと、いささか年寄りじみたことを言っていた我が身を大反省。と同時に、そのとき読んでいた上記のコンテンツが頭の中でひらめいて、両先生のあの若さの秘訣はヒョッとしたら食生活にもあるのではないか...と想像した。客観的根拠はないのだが、自分たちと同世代の両賢夫人の何気ない言葉から、そう思えたのだ。

時を同じくしてテレビや新聞には、“65歳以上の高齢者の体力・運動能力は12年連続でアップしている”というニュースが報道されていた。背景には高齢者が積極的に何らかのエクササイズをする時間が増えてきたことがある、と指摘されていたが、実際に路上でのジョギング、ジムでのトレーニング中にテレビのインタービューを受けていた溌剌とした80代・90代の男性たちを見て、これにもまた、いたく刺激を受けた。
もと体育会なので、単純と笑われるかも知れないが、まだ古稀にもならないうちにスポーツから離れてしまっていたのはやはり早計過ぎたと、早速考えを改めた。ムッシュの散歩ぐらいがちょうどいいなどと、ご隠居さん的ライフスタイルに満足してないで、来月の手術が終わったら、この十年あまり会費を払い込んでいるだけでトンとご無沙汰していたゴルフコースにもまた出かけ、ジム通いも再開しようかと思う。イヤ、マジで...。

“健全な精神は健全な肉体に宿る”とも言うし、心身共に健康になってもう一仕事も二仕事もするため、小食で痩せるだけでなく筋トレなどもして、“痩せマッチョ”を目指す!

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コメント

そうだ!そうだポジポジで、ゴルフにもお出かけあそばせる元気をとりもどされるように・・・
オペなどヒョイとクリアーなさいませね

投稿: まみ | 2010年10月18日 (月) 07時15分

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