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2010年7月

2010年7月26日 (月)

マーケターは長生きするのか?

ついこの間まで、“鬱陶しい...”とか“カッたるい...”とか梅雨に文句をつけていたが、明けたらこんどは、“寝苦しい...”とか“脳みそが茹だりそう...”とか猛暑を嘆いている。実のところは、仕事に集中できないのをそれにかこつけて、誰に言うともなく無意識のうちに言い訳をしているのだが...。
そんな腑甲斐ない自分に引き比べ、米国の大先輩たちが卆寿に達してなお元気な様子を最近の業界誌(デジタル版)で知って、感嘆するとともに、自分ももっとシャキッとせねばと改めて思った。

「DMNews」や「Marketwire」によれば、偉大な広告マンにして“ダイレクトマーケティングの父”とも言われているレスター・ワンダーマンは、先月6月21日に、90歳の誕生日を迎えたという。彼とはこれまで、特に一緒に仕事をする機会があったわけではなく、25年前に東京のホテル・オークラで会って食事をしながら意見交換をしたことがあっただけの間柄だが、そのとき既に“好々爺”という感じだったのに、未だ(と言っては失礼だが)赫灼として日々の仕事に携わっているというから驚いてしまう。
言うまでもなくWPPグループ系のダイレクトマーケティング・エージェンシー「ワンダーマン」の創立者だが、世界55ヵ国にオフィスを持つまでになった現在、その実際の経営責任はCEOのダニエル・モレルが引き受けており、組織上の彼の立場は名誉会長ということになっている。にもかかわらず、彼は今もって、クライアントと会談しスタッフにアドバイスを与えるため毎日ニューヨークのオフィスに詰めているそうで、上記の業界誌のインタビューでも、今後の展望を聞かれて “ワンダーマンというブランドをこれからも世界の隅々まで広めて行きたい”と、尽きない事業意欲を燃やしている。

もう一人、元気な大先輩がいる。名著「Maxi Marketing」の著者として知られ、“ダイレクトマーケティングのアイコン”とも呼ばれているスタン・ラップで、その近況とインタビュー記事が、たまたま上記と同時期の「DMNews」や「SUCCESS」に掲載されていた。現在彼は、独立系のデジタルマーケティング・エージェンシー「エンゲージ」の会長職にあるが、もとはと言えば、ワンダーマンと並ぶグローバル・ダイレクトマーケティング・エージェンシー「ラップ・コリンズ」の創立者。
自分もかつて、同社の世界進出期に日本オフィスを預かり、彼とは同志の一員として苦楽を共にし、マーケターとしてもさまざまなことを学ばせてもらったので、彼のパートナーのトム・コリンズと共にどの先輩よりも親しく思い、つい近年まで、ニューヨークに行ったときには努めて顔を見せ、グリーティングのやりとりも欠かさないようにしてきた。けれどもここ数年、いつの間にか、どちらからともなくそれが自然省略のかたちになってしまっていたので、元気でいるか、仕事は続けているのかと気にしていた。

ところが「SUCCESS」誌上の近影を見ると、確かに白いものが目立つようにはなったものの風貌や姿勢は昔とあまり変わっていない。ワンダーマンよりは少し年下のはずだが、こちらも四捨五入すればアラ卆寿。なのに、意欲的・精力的に執筆・講演をこなし、相変らずの鋭い観察眼で業界のトレンドをリード、いまは特にソーシャル・メディアに注目して、“これからのダイレクトマーケティングは「ワン・トゥ・ワン・トゥ・エブリワン」”など、ウケそうなフレーズを連発している。
ところでこの2人はいまダイレクトマーケティングについて、表現は違っても同じ意味の重要なことを言っている。“自分がダイレクトマーケティングと名づけた業態は最早その言葉では表し切れなくなっている”(ワンダーマン)、“すべてのマーケティングはダイレクトマーケティング化しダイレクトマーケティングも再ブランディングすべき時期に来ている”(スタン・ラップ)というのがそれだが、自分も、5年前に上梓した「体系ダイレクトマーケティング」の序文でそれに共通する見解を述べているので、改めて意を強くした。

ともあれ、彼らのますますの健在ぶりは驚嘆に値するが、人は彼らのように常に意欲を持ち続け先を見続けて生きると、老いることを忘れてしまうのだろうか?自分などはセミ・リタイアのようなつもりになって、“マイペースで好きなことだけ”などと嘯き、顧問業と名誉職そしてときたまの頼まれ講演のようなことぐらいしかこなしていないが、“無理をしない”という美名にかくれたそういうライフスタイルは、かえって老いを早めることに繋がってしまうかも知れないと反省した。
マ、平均寿命まで行けば、それ以上の欲は出さないつもりでいるけれども、その間に自分の仕事人生の総仕上げとして完成を見ておきたいことはいくつかある。もちろん、いまさら得手でもない事業意欲などは起こさないが、あと何冊か本を残しておきたいと思っているのだ。出版社から特に依頼を受けているわけでもなく、既著の読者や業界関係者などから望まれ、自分もその必要を感じているというのが理由で、だいぶ前からテーマは決めてあり、どれから手を着けようかと繰り返し計画だけは練っている。が、誰とも締め切りの約束をしていないせいか、尻には一向に火がつかないまま。

しかし今回は、ワンダーマンとスタン・ラップの近況を知っていささか刺激を受け、自分も妙にご隠居気分でいないで、ここらでまた少し発奮してみようかという気になった。この暑い夏が終ったらいよいよ計画を行動に移すとするか。でも、そんな先の予定にしていると、またその予定がもっと先にズレ込んでしまうことになる恐れもあるから速やかに着手すべきではないのか...だけど暑い...と、思いは堂々巡り。
かくなる上は、手をつけ易いところから少しずつ...ということで、2004年から2006年にかけて業界誌に連載した「ダイレクトマーケティング・グラフィティ」の大幅増補・改訂から始めようかと思う。ワンダーマンの「改訂版・Being Direct」に啓発されて既に3年半前(当ブログ07年1月22日)にも執筆宣言していることもあって、いくら何でもこのあたりで取りかからねば面目が立たぬ。連載は2年間24回だったが、今回は12回分増やして全36章仕立てにしようと思う。特に意識しているのは、単なる読み物ではなくて役に立つマーケティング知識・事例も含まれている実用書にしたいということ。

ところで、本当はこれより先に出す必要のあった本がある。ソフトカバーでコンパクトな学生・新人マーケター向けのダイレクトマーケティング基本書で、これも06年1月17日のブログで花火を打ち上げたままになっていた。にもかかわらずこちらを後回しにした理由は、これの底本にするつもりだった「体系ダイレクトマーケティング」の一部が、この5年間で市場実態に十分対応しているとは言い難くなり、そちらを先にアップデートする必要に迫られているからだ。
言うまでもなくその一部とは、インターネットというメディア、デジタルあるいはオンラインというかたちでのマーケティングに関わる部分のことだ。正直言ってこの部分については現役中に実務に携われなかったこともあり、その後情報では武装し、傍らで多少のプロジェクトに関わらせてもらったことはあったが、まだ、読者を納得させられる新しいコンテンツが書けそうな段階には至っていない。特に、ソーシャル・メディア、モバイル・アプリケーションは、もう少し勉強が必要だ。でもこの基本書と体系ダイレクトマーケティングの新訂版は、必ず実現しようと思うし、しなければならないと思っている。

余談だが、ここで“マーケティング随論”というカテゴリーで書いてきたものが、もう50篇近く貯まった。どれも、それなりに精一杯文献・データを当たり、客観性と文責を意識して書いてきたので、このまま埋もれさせてしまうには忍びない気持ちがある。またその他にも、頼まれて書いてきた広告・CRM・コールセンターサービスなどに関するコラムが36篇ほどあり、「DRM要語録」という連載をもとにまとめた“ダイレクトマーケティング用語集”のような原稿も、手もとに眠らせている。
あれもこれもと欲を出せばキリがないが、せっかく力を入れて書いたものだし、関係する仕事に就いている人にはきっと役に立つはずと思えるだけに、いつか何らかのかたちで陽の目を見させることができればと思う。いまここで思いついたのだが、“マーケティング随論”などは時系列で書いているだけに、「改新版・ダイレクトマーケティング・グラフィティ」の付録的コンテンツにしてもいいかも知れない。

...と、話題はワンダーマンとスタン・ラップの近況から自分のこれからの抱負に繋げ、ここでまた強引にオチに持って行くが、どうやら人は、ただ病気にならないように気をつけているだけでなく、“仕事に情熱を燃やし続け頭を使い続けていると長生きする”そうだ。今回のテーマからこじつけているわけではない。いろいろ資料を調べてみると、チャンとその根拠が示されている。

サテそれでは、暑いけれども、いまからボチボチ始めようか...。

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2010年7月13日 (火)

社内公用語=英語に戸惑っているお父さんへ

先月末、ヤフーのポータルサイトを眺めていて、トピックス欄の“楽天12年中に英語を社内公用語化”という見出しが目に入った。同じようなことは、ユニクロのファーストリテイリングもしようとしているようだし、日産自動車やソニーはすでに社内会議を英語でやっているとも聞いていたので、“またか...”とも思ったが、何となく引っかかる気がして、そのページにジャンプしてみた。
三木谷楽天社長の記者会見談話にもとづく毎日新聞の記事で、要は「世界で事業を成功させるには、スタッフ・レベルの英語コミュニケーションが重要になってくる」「海外の優秀な人材を得るためにもそれができるようになることは必要」「役員会議や幹部会議などでの会話は英語で行う」ということだったが、実はその10日前の『週間東洋経済』にも、より詳しい同趣旨のインタービュー記事が、“英語ができない役員は2年後にクビにします”というセンセーショナルな見出しで掲載されていた。

そのコンテンツがウエブにもアップされると、今度はそれについての感想を述べ持論を展開するいくつかのブログが出現し、さらにそのブログに対するコメントとして賛否交々の意見が百出、喧々諤々の議論が捲き起こった。そして、お定まりの論争がまた始まったとばかり、その様子を見て批判している人もいたりして、関連記事を次々に読んで行くとこの“日本人にとっての英語”という問題の根深さが見えてきて、なかなか興味深かった。
論戦は延々と続き、とても全部には目を通し切れなかったが、①ビジネス公用語=英語の流れについて行かなければ日本は世界で生き残れない。②世界に進出してビジネスをする会社に入ったら英語を使うのは当たり前、できなければ辞めることになっても仕方がない。③大事なのは会話力ではなく仕事の能力、英語は自分ができなくとも通訳を使えばいい。④英語なんて必要な状況に追い込まれれば何とかなる、そうなってから強制的に覚えれば良い。⑤ほとんどの日本人にとって英語を使いこなすのはムリ、社内公用語=英語などもっての外。...といった意見が大方のところだった。

が、これらのやや観念的・感情的ではないかと思われる意見に混じって、⑥意思疎通ができなければグローバル・ビジネスではその土俵にも上れない、共通語としての最低限度の英語は身につけておくべき。⑦英語は、話したり書いたりという情報発信のためだけでなく外部からの情報を取込むためにこそ必要、語学力がないと仕事力をつけるための情報も限られてくる。⑧英語を話すということは、相手の文化を知りその社会的背景と価値観と思考回路を理解するということでビジネスにはそれが大事、英語が重要なのは単に言葉を操るためだけではない――といった、なかなか理性的・現実的な意見も見られた。
いろいろな意見があるのは、人によってそれぞれ環境や立場が異なるからだろうし、どれがどうとは一概には言えないが、50年のビジネスマン人生のうち5分の4は外資系の多国籍企業に在籍し、このような議論以前の問題としてともかく英語を使う環境をあるがままに受け入れざるを得なかった自分としては、上記で言えばやはり、①~⑦の気持ちはわかるにしても、⑥~⑧の意見の方により共感を覚える。そこでは好むと好まざるとにかかわらず、社内公用語=英語などは当たり前のことだったから、この記事の見出しを見て“何を今さら、とりたてて...”と感じたのかも知れない。

と言って自分は、外資系の会社ばかりで40年も過ごした割には、読み書きはともかく話すことはとうとう上手くはならなかったと思う。ただ、さまざまな国・立場の外国人を相手にし、社交・連絡・折衝・プレゼンテーション・契約・問題解決などのさまざまなビジネスシーンで、内容においても回数においてもさんざん場数は踏んできたので、いまでは、ビジネス上の目的を達するための英語コミュニケーションという意味においては、何とか大過なくこなせるようになったと思っている。
もっとも、そこまで辿りつくのも決して簡単な道のりだったわけではなかった。学校を出て就職したのがたまたま世界各国にオフィスのある国際出版社だったが、英語が喋れたわけでもないのに入社1~2年で突然、米本社から来た助っ人とプロジェクト・チームを組まされ、否も応もなく、最初は連日の打ち合わせに喉はカラカラ、冷や汗タラタラだったが、恥じらいとかプライドとかいったデリケートな神経を元来持ち合わせず、調子にノリ易い性格が幸いしたのか、何ヵ月かの間そうして回を重ねるうちに場に慣れ、何とか必要最小限の意思疎通ができるようになっていた。

しかし、それが幸いしたのか災いしたのかわからないけれども、数年後にこんどは、米国のリゾート地で各国オフィスの代表者が参加して毎年行われる恒例のグループ年間事業計画会議への出席を命じられ、ついでに1ヵ月半かけて各国オフィスに立ち寄りながら世界一周をしてこいということになった。もちろん、それまでの取るに足らない経験など、そういった場では通用するはずもないことはわかっていたが、武者修行として願ってもない機会と、喜び勇んで旅立たせてもらった。
が、そうして初めて海外に出てみると、単なる観光旅行ならともかくビジネスの場では、思っていた以上に自分の英会話力が未熟であったことを深く悟らされる結果となった。行く先々のオフィスの同僚から個人的に食事に招かれたときなどはともかく、事業計画会議の期間中、連日のコーヒーブレークやランチョンそしてアフターファイブのパーティーなどでホストの米国人社員を初め各国代表たちが一堂に会した際には、関心事や価値観の共通する西欧人ばかりということもあってほとんど発言できず、ともすれば会話の輪からはみ出しそうになり、人知れず口惜しい思いをした。

そんな思いに一念発起し、その後チョッピリ意識して勉強した甲斐もあってか、その国際出版社では以後何度も何度も、グループの国際会議や日本オフィスとしての事業開発、そのための他外国企業との提携・契約などのために世界中を駆け巡る機会が増え、国によって歴史背景と文化が異なり、したがってそこの人々の考え方を理解しこちらの考えを理解してもらう方法もさまざまに異なって、意思疎通のためには英語という共通語ができればいいというだけのことでもないことをも知った。
それでもその当時までのビジネス・コミュニケーションは、気心の知れた身内同士でのそれだったり、自らが意思決定の主体になれる立場でのそれだったりして、目的を通すこと以外にさして神経を使う必要はなかったが、その後に180度転換して、エージェンシーやコンサルタントというクライアントあってのサービス業に転向してからは、自己の目的を通すためのビジネス・コミュニケーションは、それまでよりもっと難しくなり、語学的だけでなく心理学的にも掘り下げた、より高度のプレゼンテーション技術や、問題が発生した場合の折衝技術をも磨かなければならないことを学んだ。

そうやって40年間、決して避けずに思いがけず多くの国際舞台にチャレンジしてきたが、自分としては、下手ながらけっこう通用する英語が身についたと思っている...。でも、そんなタフなシーンには縁がなくなってだいぶ経ったいまは、英語を使うのは家内と米国やヨーロッパの英語通用圏に個人旅行に行ったときぐらい。ふだんは家庭内でしょっちゅうドジを踏みモタついてばかりで、自他共に認める“役立たず”の自分も、そのときばかりは耳から英語が聞えてきたトタンに自動的にスイッチが切り替わって、やっとささやかながら本領を発揮でき役に立っている自分を発見する。
話が逸れたが、そんな自分の経験から言えば、誰かも言っていたけれども、英語は何も上手くならなくとも、通じるようになればいいと思う。それには、ともあれやはり、それが必要とされる環境に進んで飛び込んで行き、ともかく場数を踏んで、“倣い”かつ“慣れる”ことだ。“習う”こともどこかの段階で必要とは思うが、それは後になってからでいい。恥をかくことを恐れず、知っているだけの単語を使い、表情・ゼスチュアも活用し、場合によったら自国語も駆使して、全身で気持ちを伝えればいい。ニューヨークあたりに行くと、そうやって逞しく暮らしているアジアや中米や東欧からの人々が沢山いる。

自分の来し方を振り返れば、必ずしも楽で愉快なことばかりではなかったが、英語を使わなければならない環境から逃げ出さずに、むしろ進んで入って行くようにしてきたことで、どれだけ人生の間口が拡がり、楽しい思いを多く味わってきたかと思う。
そう考えれば、楽天やユニクロのような会社は、むしろ社員にすばらしい思いをするキッカケを与えてくれようとしている親切な企業に思えてくる。それは、これまでに経験のなかった新しい視野と楽しい人生が開ける、願ってもないチャンスではないのだろうか?

今後ますます増えると思うが、そういうことになった会社の皆さん、チャンスを無駄にしたらもったいない。ぜひチャレンジしてモノにして欲しい。 “Yes, You Can!”

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