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2010年6月15日 (火)

バスと図書館

最近は...というよりも近年は、あまり車を運転しなくなった。自主的に止めたわけではないが、まだ激務に明け暮れていたころから山荘通いの際に家内が代わってハンドルを握るようになり、それ以来なし崩しに機会が減って、最近はほとんど助手席が定位置。清里の森の中で管理センターに用事のあるときや、横浜の自宅~あざみ野駅間で娘と孫を送迎するときぐらいしか車を動かしていない。運転歴は45年、腕が鈍ったつもりはないが、車庫入れで後ろを向くと首が痛いし、そろそろ自重すべき時期ではあるのかも知れない。
でも、運転をしなくなったからといって、そんなに不便を感じてはいない。我が家の辺りは、T急電鉄が田園都市線の敷設とともに開発造成した住宅地なので、T急バスが四通八達、バス停も最寄りに2ヵ所ありどちらへも徒歩1~2分、あざみ野・たまプラーザ行きには、行き当たりばったりでもまずほとんど待たずに乗れ、通勤・通学時間帯以外はほぼガラ空き状態だから、利用し始めたら便利で楽で止められなくなった。

すっかりバス愛好家になったのには、もう一つ理由がある。自分の住んでいる横浜市では、
70歳になると希望者には「敬老特別乗車証」(通称“敬老パス”)なるものが発行され、これを使うと市営の交通機関(地下鉄・バス・新交通システム)と市の委嘱を受けた民営バス(T急・K急・O急・K中・S鉄など)には、市内の全線、乗り放題ということになっているので、便利この上なしというわけなのだ。
ただし“敬老特別...”と言っても無料ではないし、どこでもその辺で簡単に手に入るというわけでもない。年間所得額によって4段階ある負担金の相応額を毎年払わなければならないし、その齢になると必要の有無を確認するため送られて来る通知書同封の申請書に記入返送した者だけに届く納付書(振込用紙)で郵便局から負担金を払い込んで、初めて受け取ることができる。毎年この手続きを繰り返さなければならないのは少し面倒な気もするが、負担と言っても自分の場合には毎月平均バス3往復もすればモトがとれる額だから、そんなに高いという感じはない。

...ということでこのごろは、買い物だ、食事だ、医者だ...と、どこへ行くにもバス。いちいち駐車場の心配をしなくていいから、実に気楽だ。昨年初めに脚を骨折してそれ以来完全に治り切らず、どうしても車に頼らざるを得なかった家内も、適度の徒歩と組み合わせて丁度いいリハビリになるというので、いまはバスの大フアン。やはり敬老パスをフルに活用して、スーパーやクリニックに行くのに、一駅だけでもと乗っている。
車ではなくてバスにしてから、自分の日常の行動範囲はかえって拡がったし、機会も増えた。チョッとした用事なら、あざみ野やたまプラーザの駅近辺に出かけても1時間とかからずに戻って来られるし、市営地下鉄であざみ野から2~3駅までのところなら、バスから乗り継いで気軽に往復できるようになった。自宅の建て替えのため一昨々年初めから一昨年半ばまでの1年数ヵ月間におよぶ「ハウスクエア」という住宅展示場通いも、昨年のほぼ半分にわたった「昭和大横浜市北部病院」への診察・検査・手術のための通院も、そのお蔭でどれだけ楽にこなせたかわからない。

しかし、いま一番重宝しているのは、あざみ野駅の傍にある市立図書館へ行くとき。今年の春先から急に通い出した。それまで図書館というものは、学生時代や大学講師時代にキャンパス内のそれを、ときどき学習室代わりに利用していたくらいで、町の図書館には、横須賀に住んでいた10年間とこちらへ来てからの25年間を通じて、子供を連れて行ったことはあっても自分が本を借りることはトンとなかった。
本は大好きだったが、子供のころは家に経済的余裕がなくてなかなか買ってもらえず、後年自分の小遣いで自由に買えるようになったときには本当に幸せで、どこにいても本屋があれば飛び込み、好みのものを見つけ出しては買い込むのが無上の楽しみになった。常に新刊ばかりを追いかけていたわけではないのでいくら探しても見つからない本も当然あったが、どういうわけかそのときは、図書館で探してみようという考えは浮かばなかった。

“誰からも何の制約も受けず読みたいときに読めるように自分で買う”といった明確な意識やポリシーが特にあったわけではなく、“そこへ行くのが何となく面倒くさい”とか“いろいろな人が触っているからあまり衛生的でない”とか“自分の読みたい本が必ずしもあるとは限らない”などという誰でも思っているようなごく一般的な理由でなかなか足が向かなかったに過ぎないのだが、ヒョンなことがきっかけで横浜市立図書館のホームページを開いてみたら、思っていたより蔵書がありそうだということがわかり、想像していたほど面倒もなさそうなので、チョッと寄ってみるかという気になった。
横浜市の図書館は全部で18ヵ所、区ごとにあるが、どの区の市民もその地域の図書館の蔵書だけでなく、インターネットで検索することによってすべての図書館の蔵書にアクセスすることが可能になっており、最寄りの図書館に出かけてそこの書架にある本を借りるのはもちろんのこと、すべての本をネット上で予約して、通知があったら自分が指定した図書館で受け取れる仕組みになっている。いままでそんな便利なシステムになっていたとは知らなかったが、東京都をはじめ他の大都市でも多分そうなのだろう。

これを利用するためにはまず、自分にとって好都合な図書館に直接足を運んで手続きをしてカードを発行してもらい、さらにサイト上でメールアドレスとパスワードを登録することになるが、それを終えれば、カードに記載された固有の番号(バーコード化もされている)がIDとなって、蔵書検索ページから借りたい本の予約をしたり、順番待ちの状況をチェックしたり、借り出し期間を延長したりすることが可能になり、希望の図書館での受け取りができる状態になると、Eメールで連絡がある。
利用し始めてからまだ2ヵ月余りにしかならないが、切れ目なく予約しては受け取り行っているのは、そのシステムと敬老パスの便利さだけが理由ではない。基本的にそれらもさることながら、図書館の蔵書リストの中からは、相当の大型書店にも置いてなくて、アマゾンなどのオンライン・ブックストアでも扱われていない、掘り出し物のようなタイトルを探し当てることもできるのだ。おまけにそういう作品は、自分のような物好き以外には借り手がないらしく、待ち順位ゼロですぐに借り出せる。

前にも書いたかも知れないけれども、自分は古代史好きが嵩じていまはSF伝奇小説に走り、高橋克彦や半村良といった作家のもう書店には出ていない古ーい作品ばかりを遡って読んでいるが、ずっと探し求めていた作品にやっとめぐり逢えることがあるばかりでなく、知らなかったタイトルの詳細を開いてみて、こんな作品もあったのかと思わぬ発見のできるのがまた楽しい。仕事関係での調べものは機能性から言ってインターネットに軍配が上がるが、いくらiPadやキンドルが出現してもエンタテインメント系の読み物はヤッパリ“本”に限り、元気でいる間は当分、図書館通いは止められない。
だが、古い本ならすぐに借りられる半面、新しめの、それも人気作家の本は、なかなか借り出せる順番が廻って来ない。上記2作家と同じ理由で、いまを時めく人気警察小説作家の今野敏もそのSF伝奇物から入りあらかたの作品を購入読了してしまい、残すはまだ文庫化されていない最新作3冊だけになってしまったので試しに図書館に予約を申し込んでみたら、2ヵ月経ってもまだ自分の前に100人以上の人が待っている。どうやらあと数ヵ月はかかりそうだが、ここでキャンセルしてしまうのも勿体ないので、気長に待つことにした。

そんなわけで、敬老パスをフルに利用して週に一度は図書館通いをし、やっと横浜市民として納めた税金の一部を取り戻していることを実感している今日このごろだったが、先日2010年度分の納税通知書が送られてきた。それによれば、今年度からは年金からの天引きになるという。納税者の手間が省けるようにとのことだが、何となく釈然としない。同じことかも知れないが、昨年までのように自分で振り込む方が、税金を“取られる”というよりも“払っている”という感じがするからだ。
マア、税金は自分だけのために納めるわけではないから、アレコレ文句ばかり言っていても始まらないが、ひとつ使い途だけは有効に願いたいもの。横浜市も全国では有数の赤字自治体のはずだが、まずはぜひとも、財政を立て直して欲しい。自分たちはこれから先そんなに長いわけではないが、次世代・次々世代のために...。

市のサービスを褒めていたつもりだったが、最後は注文になってしまった。

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