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2010年6月

2010年6月28日 (月)

つかの間の山荘、そして梅雨入りとワールドカップ

暑いの寒いの、痛いの痒いの、忙しいのヒマだのと言っているうちに、今年も半分が過ぎてしまった。事実、4月からずっと、仕事もプライベートも忙しかったので、清里の山荘へは前回以来予定していたタイミングで行くことができず、今月の中旬になってやっと何とか、2泊3日の時間を捻り出した。
幸いギリギリ梅雨入り前ということで、3日間まずまずの好天、夜間も例年ほどの冷え込みもなく、久し振りに気持ちのいい山の空気に浸ってきた。今回は往きはウイークデーで、高速道は1000円乗り放題の特典がなかったので通勤割引を利用し、須玉インターで下り141号線を登ったが、途中から入った牧場通りは入り口から小海線の清里駅傍の踏切まで、道の両側が文字通り色とりどりの花々で彩られていて、まことに美しい眺めだった。

Flowers あとで聞いたら、行政と地域の方々のコラボ(「朝日ヶ丘景観委員会」という名称だそうな)で実現したものとか、パンジー、ペチュニア、イングリッシュラベンダー、サルビア、マロウ、チェリーセイジ、ルピナス、ベゴニア、キャットミントなど、四季折々の花々が植え込まれていたようで、車を止めて撮影する時間はなかったが、花好きの方ならこれらの花の名から、容易にそのカラフルさをイメージされるにちがいない。
森はいま木々の緑がすっかり厚く深くなり、ピンク・朱・オレンジ色の各種ツツジがそれにアクセントをつけている。春にはすでに遅く夏にはまだ早いので、チョッと高みにあるわが山荘の庭には限られた花しか見られなかったが、それでもヤマツツジがあちこちに開花し、珍しいことに、3年半前の伏流水路改善工事で埋め立てた沢跡から、当時そこにあった九輪草が3株ばかり地表に顔を覗かせ、可憐な赤い花をつけていた。

カラマツやミズナラやカツラなどの樹々が育ち過ぎ葉が繁り過ぎるにつれてほとんど姿を消してしまっていたタラの木が、2年半前の思い切った立木伐採のお蔭で再び日当りの良くなった場所にニョキニョキと生えてきたのも、今回の嬉しい発見だった。本当は5月末~6月初めが新芽の食べごろなのでそのころに来たかったのだが、今回のタイミングでも、2番芽が1食分には十分なほど摘めたので、天ぷらにして舌鼓を打った。
日が高くなるまでやかましいほどの音量で降り注いでいる蝉しぐれの中にとき折り聞える長閑なカッコウの声。ちょうどレジャー・シーズンの端境期なので、ムッシュと散歩に出かけても誰にも出逢わず、気兼ねなく声を張ってお歌のお稽古...が、いつも鼻歌ばかりで声を抑えているうちに、思ったように発声できなくなってしまっているのに気がついた。そう言えば、仲間との例会にもすっかりご無沙汰している。

マ、そんなことはどうでもいいが、こういう場所へ来たときは汗をかくのも良い気分転換になるので、前回管理センターに頼んで伐採・裁断し現場に積み上げてもらっていた倒木材を、さらに細分して薪にするため雨の当たらないベランダの下まで運ぶ。長さ1メートル前後、径15センチ~25センチのもの10本ほどだったが、一本々々が予想外に重く、精々15メートルの距離を動かすのに悪戦苦闘した。
何年か前にも同じような作業したが、そのときはあらかじめ管理センターから“猫車”(手押し式一輪台車)を借りていたので、もっと太いものもあり本数も沢山あったけれども何とかこなせたけれども、今回は重量予測を誤った上に自分の力がまだまだ衰えてないと過信して苦労をした。“まかせておきなさい”と家内に言った手前弱音は吐けず、何度も休み休みしつつ何とかこなし切ったが、その後数日間、アチコチの筋肉が悲鳴をあげていた。残念ながら、もはや若くはないことを改めて自覚しなければならないようだ。

折角来たのだからどこかへランチにでも出かけようかと思っていたのだが、家内との呼吸がビミョーに噛み合わず今回は見送り。ムッシュ連れでも入れる、いつでも何をさておいても行きたいと思えるほどの店がすぐ近くにないこともその一つの理由ではあるが、基本的には、自分たちが齢をとって自然に、何ごとにつけてもアクティブさよりスローさを求めるようになってしまっているのかも知れない。
気が向いたら帰り途にどこかで...とも思っていたが、その日は日曜で事故とかもあったりして、中央道は近来にない大渋滞。とてもそれどころではなく、談合坂SAでほんの一息入れただけだった。それでも何とか明るいうちに横浜の家に着いたが、ムッシュの夕食の時間に遅れて、泣かれてしまった。慌ただしい往復ではあったが、持って行くもの(家内のセントポーリアの鉢多数)は持って行き、持って帰るもの(向うで休眠していた籐椅子などの小家具)は持ち帰るという用事は果たしたし、つかの間、山を楽しんで来もした。

庭のアジサイ 戻ったとたんに梅雨入りで、庭のアジサイはシットリといい色に花をつけていたが、自分は何とも憂鬱モード。元来低血圧なのでこの季節は四六時中、片頭痛と倦怠感に悩まされるし、昔傷めて治療が中途半端だった腰痛が湿気の多さのためにジワーッとぶり返して、人知れず辛い。今年は花粉症もきわめて軽く済んだから体調良好でこの時季を乗り越えることができるかと思っていたが、そういうわけにも行かなかった。
...で、ちょうど始まったワールドカップ第1戦を、こめかみに指を当て眉間にシワを寄せながら観ていたら、何とジャパンがカメルーンを抑え切って勝ってくれたではないか!気がついたらお蔭で、頭痛はどこかに吹っ飛んでいたが、2時間肩に力が入りっ放しで首回りがガチガチに凝ってしまい、ベッドに横になってもしばらく寝つけなかった。

父の日のプレゼント その週末に久し振りで長女と孫娘がやってきた。気がつかなかったが、翌日が「父の日」とか。このところ子供たちからの“誕プレ”や“母プレ・父プレ”は、母へはお花、父へは和菓子とだいたい相場が決まっていたが、今回は“いつも羊羹や最中ばかりでは...”と頭を捻ってくれたらしく、“名入りボールペン”だった。父が文房具好きでもあることを知っていたのだろうか。 贈呈式は孫から、可愛らしい絵と言葉が添えられて...。
そんなにベタベタしているつもりはないのだが、孫はなぜか自分に懐き、来ればいつも一番に、“オジイチャンのお部屋で遊ぶ...”と言う。我が家には、3人の子供たちが幼いころ愛用した「ダルマ落し」や「鉄棒人形」など古典的な玩具がまだ残っているが、孫もそれが気に入ったと見え書斎の床に座り込んでひとしきり遊び、終わるとこんどは庭に出て、ホースで水撒きすると言い出す。と言っても独りでは手許が狂い本人がビショ濡れになりかねないので、しばし、腰を屈めて後ろから手を添えた“二人羽織”状態。正直、いささか疲れた。“孫は来てよし帰ってよし”とはよく言ったもの。

その夜は第2戦、オランダと。惜敗だったが、強豪に食い下がってほぼ互角に渡り合っていた印象。第1戦の勝利は期待以上の結果と思っていたが、この第2戦で、それがフロックではなかったことがわかった。1勝も上げられなかった大会前の強化試合を通じてはほとんど感じられなかった個々の選手とチームとしての力が確実に高まっているのが伝わって来て、観戦疲れはやはりしたけれども、気分は高揚した。
対デンマーク、予選リーグ最終戦は、未明の試合開始まで眠らないでいるわけにも行かないので早めにベッドに入ったが、深夜2時ごろに一度目が覚め、ウトウトしているうちにまた眠りこんでしまい、5時過ぎに“勝ったヮヨー”というドアの外からの家内の声で我に帰って、結局ハイライト・シーンだけしか見られなかった。でも、ともかく立派な結果。ジャパンは、“こうなって欲しい”と思っていたような強いチームになった。

この南アフリカでの快進撃と関係があるわけでもないだろうが、梅雨も途切れ途切れになり、意外に晴れて気持ちのいい日も何日かあって、片頭痛や倦怠感も意識しないで済むようになって来た。サッカーでパワーをもらったし、自分もここらでそろそろシャンとしなければ...。来週はまた公用で沢山の人の前に出なければならないし、いつまでもグタグタ言ってばかりはいられない。
今年は梅雨の最中にも、真夏のような高温の日が何度もあった。明けたらさぞかし暑くなることだろうが、元気を出してサッカー同様“攻めの姿勢”で乗り切りたい。年の後半は、公私共にやることが沢山ある。気分一新、早速取りかからねば...。

まずは、明29日の決勝トーナメント第1戦での勝ちを祈ろう。理屈はないが、何だかイケそうな気がする。

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2010年6月15日 (火)

バスと図書館

最近は...というよりも近年は、あまり車を運転しなくなった。自主的に止めたわけではないが、まだ激務に明け暮れていたころから山荘通いの際に家内が代わってハンドルを握るようになり、それ以来なし崩しに機会が減って、最近はほとんど助手席が定位置。清里の森の中で管理センターに用事のあるときや、横浜の自宅~あざみ野駅間で娘と孫を送迎するときぐらいしか車を動かしていない。運転歴は45年、腕が鈍ったつもりはないが、車庫入れで後ろを向くと首が痛いし、そろそろ自重すべき時期ではあるのかも知れない。
でも、運転をしなくなったからといって、そんなに不便を感じてはいない。我が家の辺りは、T急電鉄が田園都市線の敷設とともに開発造成した住宅地なので、T急バスが四通八達、バス停も最寄りに2ヵ所ありどちらへも徒歩1~2分、あざみ野・たまプラーザ行きには、行き当たりばったりでもまずほとんど待たずに乗れ、通勤・通学時間帯以外はほぼガラ空き状態だから、利用し始めたら便利で楽で止められなくなった。

すっかりバス愛好家になったのには、もう一つ理由がある。自分の住んでいる横浜市では、
70歳になると希望者には「敬老特別乗車証」(通称“敬老パス”)なるものが発行され、これを使うと市営の交通機関(地下鉄・バス・新交通システム)と市の委嘱を受けた民営バス(T急・K急・O急・K中・S鉄など)には、市内の全線、乗り放題ということになっているので、便利この上なしというわけなのだ。
ただし“敬老特別...”と言っても無料ではないし、どこでもその辺で簡単に手に入るというわけでもない。年間所得額によって4段階ある負担金の相応額を毎年払わなければならないし、その齢になると必要の有無を確認するため送られて来る通知書同封の申請書に記入返送した者だけに届く納付書(振込用紙)で郵便局から負担金を払い込んで、初めて受け取ることができる。毎年この手続きを繰り返さなければならないのは少し面倒な気もするが、負担と言っても自分の場合には毎月平均バス3往復もすればモトがとれる額だから、そんなに高いという感じはない。

...ということでこのごろは、買い物だ、食事だ、医者だ...と、どこへ行くにもバス。いちいち駐車場の心配をしなくていいから、実に気楽だ。昨年初めに脚を骨折してそれ以来完全に治り切らず、どうしても車に頼らざるを得なかった家内も、適度の徒歩と組み合わせて丁度いいリハビリになるというので、いまはバスの大フアン。やはり敬老パスをフルに活用して、スーパーやクリニックに行くのに、一駅だけでもと乗っている。
車ではなくてバスにしてから、自分の日常の行動範囲はかえって拡がったし、機会も増えた。チョッとした用事なら、あざみ野やたまプラーザの駅近辺に出かけても1時間とかからずに戻って来られるし、市営地下鉄であざみ野から2~3駅までのところなら、バスから乗り継いで気軽に往復できるようになった。自宅の建て替えのため一昨々年初めから一昨年半ばまでの1年数ヵ月間におよぶ「ハウスクエア」という住宅展示場通いも、昨年のほぼ半分にわたった「昭和大横浜市北部病院」への診察・検査・手術のための通院も、そのお蔭でどれだけ楽にこなせたかわからない。

しかし、いま一番重宝しているのは、あざみ野駅の傍にある市立図書館へ行くとき。今年の春先から急に通い出した。それまで図書館というものは、学生時代や大学講師時代にキャンパス内のそれを、ときどき学習室代わりに利用していたくらいで、町の図書館には、横須賀に住んでいた10年間とこちらへ来てからの25年間を通じて、子供を連れて行ったことはあっても自分が本を借りることはトンとなかった。
本は大好きだったが、子供のころは家に経済的余裕がなくてなかなか買ってもらえず、後年自分の小遣いで自由に買えるようになったときには本当に幸せで、どこにいても本屋があれば飛び込み、好みのものを見つけ出しては買い込むのが無上の楽しみになった。常に新刊ばかりを追いかけていたわけではないのでいくら探しても見つからない本も当然あったが、どういうわけかそのときは、図書館で探してみようという考えは浮かばなかった。

“誰からも何の制約も受けず読みたいときに読めるように自分で買う”といった明確な意識やポリシーが特にあったわけではなく、“そこへ行くのが何となく面倒くさい”とか“いろいろな人が触っているからあまり衛生的でない”とか“自分の読みたい本が必ずしもあるとは限らない”などという誰でも思っているようなごく一般的な理由でなかなか足が向かなかったに過ぎないのだが、ヒョンなことがきっかけで横浜市立図書館のホームページを開いてみたら、思っていたより蔵書がありそうだということがわかり、想像していたほど面倒もなさそうなので、チョッと寄ってみるかという気になった。
横浜市の図書館は全部で18ヵ所、区ごとにあるが、どの区の市民もその地域の図書館の蔵書だけでなく、インターネットで検索することによってすべての図書館の蔵書にアクセスすることが可能になっており、最寄りの図書館に出かけてそこの書架にある本を借りるのはもちろんのこと、すべての本をネット上で予約して、通知があったら自分が指定した図書館で受け取れる仕組みになっている。いままでそんな便利なシステムになっていたとは知らなかったが、東京都をはじめ他の大都市でも多分そうなのだろう。

これを利用するためにはまず、自分にとって好都合な図書館に直接足を運んで手続きをしてカードを発行してもらい、さらにサイト上でメールアドレスとパスワードを登録することになるが、それを終えれば、カードに記載された固有の番号(バーコード化もされている)がIDとなって、蔵書検索ページから借りたい本の予約をしたり、順番待ちの状況をチェックしたり、借り出し期間を延長したりすることが可能になり、希望の図書館での受け取りができる状態になると、Eメールで連絡がある。
利用し始めてからまだ2ヵ月余りにしかならないが、切れ目なく予約しては受け取り行っているのは、そのシステムと敬老パスの便利さだけが理由ではない。基本的にそれらもさることながら、図書館の蔵書リストの中からは、相当の大型書店にも置いてなくて、アマゾンなどのオンライン・ブックストアでも扱われていない、掘り出し物のようなタイトルを探し当てることもできるのだ。おまけにそういう作品は、自分のような物好き以外には借り手がないらしく、待ち順位ゼロですぐに借り出せる。

前にも書いたかも知れないけれども、自分は古代史好きが嵩じていまはSF伝奇小説に走り、高橋克彦や半村良といった作家のもう書店には出ていない古ーい作品ばかりを遡って読んでいるが、ずっと探し求めていた作品にやっとめぐり逢えることがあるばかりでなく、知らなかったタイトルの詳細を開いてみて、こんな作品もあったのかと思わぬ発見のできるのがまた楽しい。仕事関係での調べものは機能性から言ってインターネットに軍配が上がるが、いくらiPadやキンドルが出現してもエンタテインメント系の読み物はヤッパリ“本”に限り、元気でいる間は当分、図書館通いは止められない。
だが、古い本ならすぐに借りられる半面、新しめの、それも人気作家の本は、なかなか借り出せる順番が廻って来ない。上記2作家と同じ理由で、いまを時めく人気警察小説作家の今野敏もそのSF伝奇物から入りあらかたの作品を購入読了してしまい、残すはまだ文庫化されていない最新作3冊だけになってしまったので試しに図書館に予約を申し込んでみたら、2ヵ月経ってもまだ自分の前に100人以上の人が待っている。どうやらあと数ヵ月はかかりそうだが、ここでキャンセルしてしまうのも勿体ないので、気長に待つことにした。

そんなわけで、敬老パスをフルに利用して週に一度は図書館通いをし、やっと横浜市民として納めた税金の一部を取り戻していることを実感している今日このごろだったが、先日2010年度分の納税通知書が送られてきた。それによれば、今年度からは年金からの天引きになるという。納税者の手間が省けるようにとのことだが、何となく釈然としない。同じことかも知れないが、昨年までのように自分で振り込む方が、税金を“取られる”というよりも“払っている”という感じがするからだ。
マア、税金は自分だけのために納めるわけではないから、アレコレ文句ばかり言っていても始まらないが、ひとつ使い途だけは有効に願いたいもの。横浜市も全国では有数の赤字自治体のはずだが、まずはぜひとも、財政を立て直して欲しい。自分たちはこれから先そんなに長いわけではないが、次世代・次々世代のために...。

市のサービスを褒めていたつもりだったが、最後は注文になってしまった。

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