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2010年4月26日 (月)

繰り返し見る夢

齢のことはあまり意識したくないと思っているが、自分の起居振舞が己の意に反して若いころのように行かなくなると、そうとばかりも言っていられなくなる。 ...というのも、近年は若いころにくらべると、どうも朝目が覚めるのが早くなった――というか、本来起床する積りでいた時間よりも、1~2時間早めに目が覚めてしまうようになったからだ。もっとも、現在の生活での起床予定時刻は7時半~8時くらいだから、それより1~2時間早いと言っても、一般的には早過ぎるうちに入らないかも知れない。
でも、この1~2時間が、心身の調子を維持する上では、けっこう大きなウエイトを占めている。一たん目が覚めて、そのまま眠れなくなってしまったときなどは、何だか疲れが溜まったままのような気がして一日中頭が重いし、もう一度眠りに就くことができたときでも、眠っている気がしないまま夢を見ていることが少なからずある。そして、その夢というのも、妙に心のどこかに引っかかるような内容のものが多い。

夢と言えば、働き盛りで仕事でもプライベートでもまだ何かとプレッシャーやストレスが多く、それを抱えながら毎日必死に目の前の一つ一つのことに取り組んでいた時代にはよく見た。そしてその内容も、現実の欲求や願望を反映したような、後で考えてもわかりやすいものだったような気がする。が、そういうことをすっかり乗り越えたところまで来た齢になってからは、ロクに夢などというものは見なくなっていた。
...はずだったが、“明け方のもう一眠り”をするようになってからのある時期には、ときどきではあったけれども、前に見ていたような“願望の仮想実現”や“問題からの仮想逃避”といった、良かれ悪しかれその時点々々での現実の裏返しのようなものではなくて、忘れ去っていた遠い過去の一コマが蘇ったような夢を、繰り返し見た。やるせなく甘酸っぱいような夢ならそれもいいが、たいていは、辛い苦しい夢だった。

その夢には、どういうわけか3つのケースがあり、そのそれぞれのケースの中では、なぜか似たようなシーンが何度も登場した。ケースの1は“大学時代の自分”で、シーンは“卒業間近の教室”。その2は“会社勤務時代の自分”で、シーンは“かつて働いていたオフィスの中”。そして3は、“公私どちらの自分かはよくわからない”が、シーンは“外国の街中、またはホテルの室内”だ。
それらのどのケースとシーンの中でも、自分はたいがい、さまざまな不安で冷汗をビッショリかき、深い孤独感に襲われ、絶望の淵に立たされている。が、うまくしたもので、毎回、破局が訪れる直前に何とか目が覚めて、“アア、夢で良かった”となり、その後にチョッピリ、心の痛みとほろ苦い思いが余韻として残った。

学生時代の夢は、朝どうしても起きられなくて、ある曜日の1時限の授業に出席できず、それが何週か続いてその科目の内容について行けなくなり、それがもとで以後も足が遠のいてしまう話。久し振りに教室に顔を出すと、級友の顔ぶれが変っていて、周りはほとんど知らない連中ばかり、自分の教科書だけが他人と違っていたりして恥ずかしい思いをする。挙句、出席日数が不足していて単位が取れそうもないことを知り、茫然として枯れ葉舞うキャンパスを彷徨い歩きながら、心の中で田舎の両親に手を合わせた。
...と、夢の中で涙がこぼれそうになっていたそのあたりでハッと目が開き、現実に戻って、自分はチャンと卒業できているし、あのころからもう半世紀も経っているのだとわかり、思わず胸を撫で下ろす。事実、それに近いこともなくはなかったから、それがトラウマになっているのかも知れないが、何でいまもってこんなに何度も..と考えさせられた。でも、不思議なもので、そんな辛い夢も、1年半くらい前からパッタリと見なくなった。

会社勤務時代の夢は一様ではなくて、さらにいくつかの時代に分かれる。自分は多くの級友たちのように生涯を一社に捧げたわけではなく数社を歴任したが、それらの会社では、入るときは乞われたかたちであっても、辞めるときは不本意ということもあったし、仕事上では成功ばかりでなく失敗もあり、必ずしも自ら望んだわけではなかったが結果的には、さまざまな立場でのビジネス・キャリアを積んで来た。
そのためか、夢に出てくるシーンは一定ではなく、最初の、がむしゃらに勉強もして、自分が得意なことに思う存分腕を振るわせてもらっていた会社のこともあれば、後年、経営に携わるようになって、専門のマーケティングだけでなく“金”と“人”のことにも頭を悩ませ、文字通り身を削る思いをしていた会社のこともあり、晩年、そういった煩悩とは無縁の立場になって、自分の子供ほどの年代の若い人たちの指導と育成に使命感を見出す日々を送っていた会社だったこともあった。

最初の会社は、古き良き時代の典型的な米資会社で、いまはもう日本にはオフィスが存在していないのだが、夢の中ではなぜか細々とそれが再開されていて、けっこう齢をくった自分が脇役として地道に働き、名も知らない主役の誰かを支えている。オフィスのつくりや机・備品などのレイアウトは、奇妙なことに昔のまま。自分はそこで十分長く働き自分の意思で退社して、それで良かったし、悔いはないと思っていたのだが、夢の中では、辞めるのをいささか早まったかな?などと後悔している。
経営に携わっていた会社の夢はチョッとキツい。現実にはそんなことはなかったのだが、自分が不在の間に、個室が取り払われて自分の机が部屋の片隅に寄せられていたり、たいして評価していなかった部下が、いつの間にか自分に代わって会社をとり仕切っていたりする夢だった。あのころは、自信と重責の狭間で、常に疑心暗鬼だったのかも知れない。それにくらべると、そういったしがらみからは一切解放された晩年の会社の夢には、胸が締め付けられるような口惜しさはなかった代わりに、諦めにも似た淋しさがあった。

外国の夢は、よく考えてみると、奇妙といえば奇妙だ。第一、夢の中の場所には既視感がほとんどなく、道筋や風景がよく頭の中に入っているニューヨークのマンハッタンや、サンフランシスコ、ロサンゼルスのダウンタウンなど、米国の街はまずほとんど出て来ない。夢に現れるのはどうやら欧州らしく、市街地の場合にはパリのようでもロンドンのようでもローマのようでもあり、田舎だとスイスやオランダやドイツのどこかに思えた。
ホテルの中や空港行きのバスターミナルや見知らぬローカル鉄道の駅でいつも何か問題が生じ、航空機の出発時間に間に合わなくなるというシチュエーションだが、問題にもいろいろあって、ホテルの部屋で着替えをしようと思うと衣服が散らかっていて何がどこにあるかわからなかったり、汚れていたり、ヨレヨレだったり、破けていたり、着るのにやたら時間がかかったり...というパターンと、帰国前に急ぎ買い物を済ませようと街を歩き回っているうちに道に迷ってしまい、時間ばかりが経ってゆくというパターンがあり、後者の“迷子編”には、“ホテル自室のルームナンバー忘れ”と“ローカル鉄道駅または市街地バスターミナルでの予約漏れ”というバリエーションもある。

断っておくが、これまでどれだけ多くの回数、世界のどれだけ多くの街に足を運んだか、覚えていられないほどだが、何かを失くしたことも、移動で困ったことも、一度もない。ただ、20年以上前、グループの国際会議のため深夜パリのオルリー空港で乗り継いでスイスのモントルーに向かったとき、スーツケースが3日間行方不明になって、初日のレセプションにジーンズ上下の旅姿のまま出席する破目になり肩身の狭い思いをしたこと、また15年以上前に、パリで街外れの安ホテルに泊まったとき、夜遅く地下鉄を降りてから暗くて帰り道がわからなくなり、英語のほとんど通じない人々に片言のフランス語を交えて尋ねながら、やっとの思いでホテルに辿りついたということはあった。
だから、妙な場所でのおかしなシチュエーションの夢は、そんな体験の記憶がかたちを変えて出てきたと言えば言えるのだろうが、根本のところは、どんなに馴れた積りでも外国にいるときには、意識下で相当の緊張を強いられており、それが長い間に蓄積されたストレスとなって夢に現れたということになるのかも知れない。

睡眠に関するコンテンツを読み漁っているうちに、夢の話にも興味を惹かれ、ツイ、他人様にとってはどうでもいい己の夢の分析を始めてしまった。“繰り返し見る夢は潜在意識下で気になっていることのメッセージ”だとも言うが、自分の場合はどうだったのだろうか?

このごろは、相変らず早めに目が覚めはするが、いつの間にかそんな夢は見なくなった。

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