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2010年3月22日 (月)

アナログな私のデジタルな日々

こうやってブログを書いていながら言うのもナンだが、正直なところこのごろ、机に向かい一定時間続けてパソコン作業をするのがキツいと感ずるようになった。慢性的に目が疲れ、肩が凝り、首が回らず、根気が保たない。昔はそれほどでもなかったのに、だんだんそうなってきた。最近、何かにつけて医者に言われる“加齢”のせいだろうか?
それも確かにあるかも知れない。が、直接的な原因は自分でわかっている。へばり付いている時間が長過ぎるのだ。外出する用事が特にない日などは、食事とムッシュの散歩をはさんで、平均して午前中2時間、午後3時間、夜3~4時間は、パソコンから離れられずにいる。職業としてそうまでしなければならないわけではなく、好きで読んだり、調べたり、書いたりするのに、際限なく時間を費やしてしまうのだ。そういう病気があるかどうか知らないが、もしかしたら“パソコン依存症”とでもいうのかも知れない。

これだけパソコン浸りになっている自分のことを他人が聞いたら、さぞかし齢に似合わぬデジタル人間かと思うかも知れないが、さにあらず。単に、新しいことに首を突っ込むのが嫌いではなく、そうなるとトコトン知らなければ気が済まず、知ったら自分なりに理解し考えたことを表現し発表してみたくなる性分が災いして、そういうことに便利な道具にハマっているだけで、実はITリテラシーの低い、根っからのアナログ人間だ。
子供のころから、絵を描いたり、歌を唱ったり、文を綴ったりなど、理屈よりも感性を活かせることが好きで得手でもあり、まだ誰もデジタルがどうのこうのと言わなかった時代に社会に出て、入った会社が出版社。本当は編集志望で、ヒョンなキッカケから長くマーケティングの仕事に携わってきたが、現役最後の15年くらいを除いては、関わってきたメディアはアナログ(それも印刷)が中心だった。だからいまでも、保存しておきたいネット情報はプリントアウトしておかないと心もとなく、本も、電子書籍やiPadなどのかたちでは、とても読む気にはなれない。

パソコンを使うと言っても、別に、搭載機能をフルに駆使して技術的に難しいことや凝ったことをしているわけではない。毎日午前中は、メールのチェックとメルマガの気になった情報や役に立ちそうなデータのクリッピングから始まって、その日のニュースに一通り目を通した後、“お気に入り”のいくつかのブログを読み、最後に、必要があるメールには返事を書く――という、あまり頭を働かせないでも済むことをするのが、大体の決まり。
午後は、自身のブログも含めて、いま考えている書き物の構想をゆっくりと練る時間に当てている積もりでいるのだが、瞑想しているうちに眠気がさしてきて、なかなかまとまったことができずに、断片的なアイディアを書き留めたり、検索エンジンを使って調べ物をするなど、下準備だけに終始することもしばしば。やっとシャンとして、書き物や資料作りにかかり始めるのは夜間になってからで、この時間帯が結局いちばん能率が上がるのだが、悲しいかな気力・体力が持続せず、日付が変わるころにはチャーンと頭が垂れてきて、上と下の瞼がくっ付きそうになってくる。

ザッとこんな日々を、週末も祝祭日も関係なくなくダラダラと送っているわけで、それでは慢性的疲労に陥るのも当たり前、もっと身体を使うことをして気分転換をはかり、メリハリのある生活を心がけなさいという声も聞こえてくるが、それが、わかっていながらなかなか実行できないでいるから始末が悪い。
ならば、イチイチ痛いの痒いのとこぼすなという話になり、それも重々承知だが、今回、思わず冒頭のようなボヤキを発してしまったのには、訳があった。ツイこの間のことだが、それぞれがまったく関係のない二つの用件で、パソコンを使う上でのごく基本的なプログラムに長時間、そして何回も繰り返し取り組まなければならない破目に陥り、日常作業とは勝手の違う悪戦苦闘を続けた結果、両方とも何とか目的は達したものの、ホトホト疲労困憊してしまったのだ。

その一つは、セキュリティ・ソフトの更新。昨年の春、パソコン自体を買い替えたときに併せてインストールした、Jシステム社の「Kなんとかスキー」というプログラムだ。1年の有効期限が残り1ヵ月を切ると、毎朝デスクトップに“期限まであと○○日です”というお知らせウィンドウが現れ始め、最初のうちはまだまだ間があると放っていたものの、“あと○日”となって、コリャ早くしなきゃイカンと慌ててメッセージに対応、指示に従ってYESボタンを押し続けて、まずは“更新キー”なるものを購入した。
そこまでは良かったのだが、その先が??? 購入確認のEメールが送られてきて、そこに示された20桁のコードを使って製品のセットアップなるステップを踏まなければプログラムは発効しないということだったが、いくつも記載されたURLのどれからリンクすればいいのかわからない。“バージョン○○の製品をご利用の方”とか“会員登録済みの方”とかオプションするようになっているのだが、自分がどういう立場なのかがわかっていないからチンプンカンプン。片っ端からリンクを試みているうちに、やっとそれらしいところに入り込めたが、こんどはそこで説明・指示されていることがわからないときた。

こういった更新や立ち上げの作業をいつまでも倅に頼っていずに、なんとか自力でやってみようと、せっかく始めたのだが、説明・指示の用語だけでなく文章そのものが、日本語なのに、アナログ人間の自分には理解できないのだ。必死になって自分なりの解釈を試み、壁に突き当たっては初めからやり直すこと数回、気分を変え、日を改めてもみて、延べにして5時間以上は粘ったような気がするが、頭が痛くなって遂にギブアップ!そして、フリーダイヤルでないのが癪だったが、J社のサポートセンターに電話した。
率直に初心者だとことわり(一応キャリア15年余ではあるが実際その域を出ていないのだから仕方がない)、“メールからリンクして作業を始めたけれども指示されていることの意味がわからず立ち往生している”と事情を話すと、“コリャア、この人あかんワ”と思われたのか、リンクではなくてキーワード検索からのアクセスに導かれた。その後は、“次に...してください”と言われるまま、途中に無言の待ち時間も含めて数十分、やっと目的地に辿りついたが、その間自分が何をどうしたか、全然憶えていない。特に根拠もなく、今回も有効期限を1年にしてしまったが、いまから次回の更新が思いやられる。

もう一つは、上記の件とほぼ並行して取り組んでいた、デジカメ写真の縮小プリント。家内が運転免許の更新のため指定サイズ(横25mmx縦30mm)の写真が必要になり、スーパーのセルフ撮影ボックスで撮ってきたところトリミングが上手く行かず、“アーア、今回もまたあそこ(警察署内の交通安全委員会)で撮ってもらうしかないのかしら、料金が高い上にキレイに写してくれないからイヤなのよネー...”と言っているのを小耳にはさみ、知らぬふりもできなくなって、自分が撮って縮小プリントしようかと言ってしまった。
とりあえず、何カットか撮った中の良さそうなものをパソコンに取り込み、画面クリックだけで指定のサイズまで縮小できたので、それをプリントしようとしたらその通りに行かない。アレコレ何度試みてみても、印画紙のサイズ(たまたま在庫があったL判)に拡大されてしまうのだ。チャンとしたやり方をしなかったのがいけなかったかと、改めて、パソコンにプリインストールされていた写真編集プログラムに従ってみたが、それでも上手く行かない。サテどうしようかと迷ったが、前記のセキュリティ・ソフトの更新で手を焼いたことに懲りていたので、それ以上無駄な労力を使うのは止め、その段階でPCのメーカーN社のカスタマーセンターに電話(これはフリーダイヤル)をした。

パソコン本体の問題でもないのに、N社の顧客サポートは意外に親切だったが、同じ写真編集プログラムに従って導いてもらったた結果、やはり失敗した。いく通りかのアプローチが試みられ、自分のやり方が間違いではなかったこともわかったが、家内の写真のL判プリントがドンドン増えてゆくだけで、どうやってもダメ。結局、これはプリンターの設定の問題のようだから、そちらの方をいろいろ試してみて、それでもダメだったらプリンター・メーカー(C社)のサポートセンターに電話するほかないということになった。
けれども、C社はフリーダイヤルではないし、長引いた挙句またダメだったら骨折り損のくたびれ儲けになると、まずはコールはせずに、少し頭を冷やした上で、自分で設定にチャレンジしてみようと決心した。プリンターの設定画面には、ページ・レイアウトや用紙サイズなどの選択で日頃から割合馴染みがあったので、もしかしたら自分にもできるのでは...と一縷の望みをつないで。すると...プロパティを開いてデータ・サイズと関係ありそうな設定を片っ端から選択してはプリントしているうちに、幸運にも、まったく偶然に、希望サイズのプリントに行き着いた。縦・横の数字を指定したわけでもなく、どうしてそれができたのかいまもってわからないが、ともあれギリギリのところで面目を保てた。

こうして、いまはまたいつもの低レベルのデジタルライフに戻っているが、パソコンなどに縁がない悠々自適の友人から手書きの季節便りをもらったりすると、いっそ、この道具を使わなくなったらどんなにか心が解放され身体が楽になるかと一瞬夢想する。そしてフと、パソコンを始めていなかったら、一体いまごろ自分はどんな暮らしをしていたろうかと、詮ないことを想ってみたりもしたが、どうやらいつの間にか、ケータイはともかく、これなしの自分というものは考えられなくなっていた。
十二分に使いこなすというところまではとても到達していないが、物を書くときの紙とペン代わりだけでなく、勉強や調べ物での図書館・百科事典の代わり、内外ニュース・天気予報・路線・グルメ・健康などの生活情報源、和洋書・CD・DVD・保険・チケット・地方名産などの購入や金融機関との取引手段として、そして何よりも、人と人とのつながりを維持し、強め、新たに創り出し拡げもする有難いツールとして、パソコンとインターネットはいまの自分にとって、掛け替えのないものになっている。

長い付き合いのホームドクターも、アレコレ不定愁訴を漏らす自分にこう言っていた。“困りましたネー。だけど、いまの中澤さんにパソコンを止めろというのは、私に医者を止めろと言うようなものかも知れませんから、どうしようもないですネー...”と。

マア、身体はともかくオツムの状態をできるだけ老化させないように保つため多少は役に立つだろうから、四の五の言わずに何とか折り合いをつけて、自分なりのデジタルライフを続けて行くしかないと自らに言い聞かせている今日このごろデシタ。

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