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2010年3月 8日 (月)

広告費統計を見て考えた

毎年3月が近くなると、電通がまとめた“日本の広告費”の前年度の統計が発表される。今年も2月22日、同社サイト上にニュース・リリースとして2009年度のデータが掲載されたので、早速拝見した。
全広告・メディア業界が関心を持ち参考にもしているレポートだし、自分としても、そのデータをときに引用し自分流に解釈して使わせてもらったりもしているので、本来、これについてとやかく言う立場にはないとわかってはいるが、それでもやはり、例年のことながら一読した後には、物足りなさを禁じることができなかった。

そこでの主な指摘は、2009年度の総広告費は約5兆9000億円で前年比-11.5%、マスコミ四媒体では-14.3%で、特に新聞が-18.6%、テレビもこれまでになく-10.2%と減り幅を大きくし、インターネットと衛星メディアのみが微増で、業種的には「金融・保険」が大幅減、「自動車・関連品」「情報・通信」「不動産・住宅設備」などをはじめとしてほとんどが前年比マイナス...といったところで、その原因は景気低迷による企業の経費削減と結論づけられている。
つまりこの統計は、一般的に “広告費”という呼び方をする企業のビジネス投資に見る全体的な減少傾向と、それを“メディア別”に見た場合のミックスの割合の変化について、集計した数字が示すままにごく常識的なコメントを付しているのだが、なぜそうなったかについては、それ以上掘り下げた原因分析・背景洞察をしておらず、そこが、自分の感ずる物足りなさの原因になっているのだ。

確かに、不景気の影響で広告費と呼ばれる支出の引き締めはあろうし、広告メディアとしてのインターネットには他のメディアと比較した場合のコスト面での優位性があるかも知れず、それが全体額の減少やメディア別シェアの変化に影響を与えていることは間違いない。しかし、だからと言って、それがいまの結果をもたらしている理由のほとんどすべてということで済ましてしまっては、あまりにも皮相的に過ぎるのではないだろうか?
この時代、人々は情報に対して、受発信の両方向性を持ったコミュニケーション・チャネル(オンライン)を自由に選んで、自らの主体性のもとに接触するようになって来ているということは周知のはずなのに、業界はそれを、基本的に発信という単方向性しかないチャネル(オフライン)を通じて、企業の一方的な思惑のもとに到達させようとする“広告”という概念の枠内でしか考えようとしないでいるため、その意味での広告としての扱い高とか、そういう広告を掲載するメディア間の競合・盛衰のみに目が行き、このような集計のし方、結論づけになってしまっているのではないだろうか?

もちろん“メディア別”の広告費集計も、それはそれで意味のあることではあるが、そこからなぜそうなったかという推論を導き出すためには、それが“どんな目的のため”の広告だったのかを知る必要が出てくる。イメージ形成、アウェアネス蓄積、レスポンス獲得、販売またはその促進・サポート、顧客関係形成・維持、ブランドロイヤルティ構築...など、目的によって必要とされるメディアの機能は異なり、メディアの選び方・使い方も変わってくるからだ。
新聞・雑誌・ラジオそしてテレビといった、伝統的ないわゆるマスコミ四媒体の広告費が年ごとに減少し、一方でインターネット(モバイルを含む)や衛星メディア関連の広告費が増えているのも、ただ単に、そういった新しいメディアを通じて到達できる市場が規模的に大きくなってきているとか、その割には費用が嵩まないとかいうことだけではなくて、企業が広告費を使う目的が、かつてとは異なったものになりつつあるということを表しているのではないだろうか?

つまり、広告費も“目的別”という切り口から見ないと、過去と現在のつながりがわからなくなるということなのだが、残念ながら現在のところこの国では、そのような統計データにはお目にかかれない。広告費の推移に関するオフィシャルなデータと言えば、他には経済産業省の「特定サービス産業動態統計」があるが、こちらも集計のかたちは基本的に電通データと変わらないので、そこからは、企業の広告支出に対する市場・個人生活者の現実的反応との相関、そしてそれにもとづくその投資の有効性の有無は見えてこない。
これは、長い間この国ではマーケティングというものを、市場・個人生活者の側からではなく産業・企業の側からしか見てこなかったことの構造的帰結で、なにも広告業界のみならず大部分の広告主企業が、いまに至るまでその変化の実状を理解できないままそれとは噛み合わないコミュニケーション政策をとり続け成果を上げられずにきたのも、この一方的な企業目線に起因しているのではないかと思う。

リサーチ先進国の米国でも、フォレスターリサーチ/ANA(全米広告主協会)をはじめ、ニールセン、ジュピターリサーチその他の調査機関が実施・報告するこの種の統計の大勢は、基本的にメディア別(ただし日本の場合よりも細分化)で、2009年度については、電通資料とほぼ同時期にニールセンのデータが発表された。そこからは、総広告費は1054億ドル(@90円換算で9兆4860億円)で前年比-9.0%、新聞・雑誌がそれぞれ-13.7%と-19.3%で、テレビは-9.9%、インターネットは0.1%の微増...と、日本とよく似た傾向が見て取れるが、自分としてはこれらとは別系統の、DMA(米国ダイレクトマーケティング協会)発表の調査・分析報告にも注目している。
それは、同協会が毎年発行する業界白書「Power of Direct Marketing」上に掲載されているもので、業界の性格からして当然ではあるが、米国の年間総広告費を、メディア別だけでなく“ダイレクトマーケティング”という“目的”の面からも捉えている。すなわち、各メディアに投下された広告費を、General Ad(ブランド認知・イメージ形成などのための伝統的な単方向発信型広告)とDirect Marketing Ad(直接販売・セールスリード開発・店頭集客・顧客関係維持などのためのダイレクトマーケティング的な双方向交信型広告)とに区分して集計、その割合を対比しているのだ。

それによると、ニールセンの統計にもあるように、2009年度の総広告費およびほとんどのメディアのそれは前年度を大幅に下回ったが、その中のダイレクトマーケティングを目的とする広告の割合は、全体として3%ほどではあるけれども前年を上回った(総広告費中のシェアが52.7%から54.3%に上がった)という。
この、伝統型広告とダイレクトマーケティング広告のシェア逆転という現象は、今年だけの偶然ではなく、2007年度の統計以来もう3年間続いているが、それは、情報通信技術の進化(デジタル化・オンライン化への傾斜)とそれによる市場・生活者の情報に対する接触し方の変化(消費者・顧客主導)によって伝統型広告への投資効果が薄れ始め、企業が個別客のターゲティングとロイヤルティ獲得のために、“ダイレクトマーケティング的なコミュニケーション戦略”をとらざるを得なくなってきたことの現れに他ならない。

マーケティング・チャネルとしてのインターネットの大躍進も、単に広告メディアとしていろいろな新しい工夫ができて面白いからということだけが理由ではなく、実はこの現象と密接な関連があるはずだ。にもかかわらず、電通の統計でもニールセンのそれにおいても、インターネットへのマーケティング投資は単純に“インターネット広告”として一括りにされているが、インターネットをこのように伝統型メディアと同列の単なる広告メディアとして扱っていると市場の動向観測を誤ることになるだろう。
インターネットによるマーケティングコミュニケーションは、ディスプレー広告、サーチ広告、メール広告など広告と言う概念で括っているかたちばかりでなく、それに当てはまらないEメール、ソーシャルネットワーキングなどをも含めて、細分化して把握しないと使用の背景がわからなくなると思うのだが、前出のDMAの統計は、そのような詳細にまでは徹していないにしても、印刷メディアの中では“ダイレクトメール”を他から区分し、インターネットは“Eメール”と“非Eメール”に分けているので、“目的との関連における何か”が少しはわかるような気がする。

そのような、企業の広告戦略の歴史的転換の兆しを感じさせるかのように、2009年には、テレビによるブランディング広告の代表格だった「ペプシ」が、長年続けてきた“スーパーボウル”のスポンサーを降りて、その予算300万ドルをCRMプログラムに投ずるという異例の決断をし、同様に典型的伝統型広告主だった「フォード」も、製品の販売とユーザー・ロイヤルティ確立の目的で、遂にソーシャルメディアの利用に踏み切った。
が、これは大きなうねりが始まる予兆のようなものに過ぎなかったのかも知れない。フォレスター/ANAが米国の大広告主104社に対して実施した最新の調査で77%が今後テレビ広告の予算を大幅にインターネット――特にソーシャルメディア――にシフトすると回答していることからも推察できるように、おそらく2010年からは、ペプシやフォード以外の多くの広告主企業で、テスト中だったこのような新戦略がどんどん本格化されてくると容易に想像できる。自分もこの場で毎年のように(2006年12月18日2008年1月14日2009年1月12日)指摘してきているが、広告は最早、投資に対する明確な効果(ROI)の追求を曖昧にしているわけには行かなくなっていることの、それは当然の結果だからだ。

自分は何も、毎年たいへんな手間をかけて作成発表される貴重なこの年間広告費統計に、それをただ利用するだけの気楽な立場から好き勝手な注文をつけているわけではない。この種の統計がいかに難しく手がかかるかは百も承知の上だが、それでも、常により意味のある内容を目指すことには意義があるから、誰かがそのことを言い続ける必要があると思って、あえて発言している。
“言うは易く行うは難し”かも知れないが、一つの企業だけの骨折りに甘えずに、広告・マーケティング関連の協会をはじめ、セールスプロモーション、ダイレクトメール、テレサービス、インターネット、通信販売、モバイル...など各分野の業界団体が協力して調査を企画・実施し、いわゆる広告費だけでなく、その名目では表面化してこないマーケティングコミュニケーション支出のデータも持ち寄って、これまでとは異なった(たとえば“目的別使用実態”といった)側面からそれを捉え直してみることができたら、ひとり広告・マーケティングコミュニケーションのみならず、新時代の産業経済全般の未来予測にも、どれだけ役に立つかと思う。

きっとそこからは、“いま何が起りつつあるのか”が浮き彫りにされて、企業もエージェンシーも、それぞれの関連業界が“将来に向けて何を考え為すべきか”が見えてくるはず。いきなりそのような方向転換をとは言わないが、まずは、現在の統計データを手がけてくれている電通あたりが、クライアントに協力を要請して、そういう方向づけをしてくれないだろうか?
もしそれが実現されたら、広告統計は単に、よく言われる“景気を映しだす鏡”に止まらず、“景気を見通す望遠鏡”にもなって、より大きく国家の産業経済に貢献できることになるのではないかと思ったりするのだが...。

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コメント

おっしゃる通りだと思います。

自分はいま28歳ですが、新聞をとっていません。
お金もかかるし、かさばるからです。
特に、フロー型のものが物理的にストックされるというのは
まったく歓迎できない特徴だと感じています。

テレビもWBSのようなニュースを除いて、
決まって見る番組はほとんどありません。
雑誌はかろうじて読んでいますが、それも立ち読み程度です。

そういう状況でいちばん頼っているのがインターネットで、
なかでも「はてなブックマーク」「TweetBuzz」といった
「たくさんの人が注目している話題」がわかるサイトをよく見ています。

いまも記事の下にある「t」マークから
記事のリンクをTwitterに投稿したところですが、
いい情報はソーシャルメディアを通じて広まっていく時代になってきています。

逆にそうでないものもすぐにわかります。
午後の紅茶に「ヘルシーミルクティー」というラインナップが追加されたのですが、
自分はこれを飲んでいる人が物足りない味だとTwitterでつぶやいているのを見て、
購入するのをやめました。
(まずいわけではなく、「茶葉2倍」などと比べて薄い、ということだと思います)

こうした自分の生活を見ても、広告に触れていない…
わけでは決してありませんが、「伝統メディア広告が効果を出しにくい」状況にはあります。
どちらかというと、伝統メディアでいま効果を発揮しているのは
「シルシルミシル」のような半分宣伝になっている番組ではないでしょうか。

投稿: RJ | 2010年3月 8日 (月) 16時26分

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