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2010年1月12日 (火)

平凡な正月の幸せ

松が明け、七草粥もいただき、今日はもう鏡開き。すっかりのんびりさせてもらっているうちにだいぶ日が経ち、新年のご挨拶が遅くなってしまった。
皆さん、昨年は有難うございました。本年も何とぞよろしくお願いいたします。

1年前とくらべて、ずいぶん落ち着いた暮れ・正月を過ごすことができた。冷えは厳しかったが、押しなべてお天気も良く、元日の朝も休まず気持ちよくムッシュと散歩。身は引き締まるが、何やら体内から元気が湧いてくるような気がした。
体調が悪くないからだろうが、恒例にしていた年末・年始の決まりごとを意識的に簡素化し、心身に無理がかからぬように心がけたのも良かったのかもしれない。

まだ独身の倅たちは、数年前までは実家に泊りがけで年越しするのが当たり前と思っていたようだったが、いつまでも昔のままではない両親の負担を察して、このごろは元日に顔を出し日帰りするようになった。
つい2~3年前までは、家内のオール手作りのお節料理と2種類の雑煮をただ美味い美味いとパクつくだけだった自分も、流石に感ずるところがあり、今年はあえてそれを簡素化することを、あらかじめ提案していた。

おせち それがある程度は効を奏したようで、確かに、かつてのように睡眠不足のまま疲れ切って元日を迎えるようなことにはならずに済んだが、長年の習慣はなかなか変えられないもので、家内はお節料理の内容を多少は出来合いで間に合わせたものの、やっぱりあらかたを手作りして、結局、例年と変わらないボリュームとバラエティにしてしまった。
自分も、年末の窓ガラス拭きなどの作業は倅たちに任せてできるだけ楽をしようと思っていながら、連中が仕事納めになるまで待てずに、彼らの顔を立てるため1室分を残しただけで、1階も2階もほとんど自力で済ませてしまった。

元日は、倅たちが昼ごろに来るということだったので、自分たちも朝食抜きで思いっ切り朝寝坊し、顔ぶれが揃ったところでお雑煮のブランチと行くつもりだった。
が、何のことはない、いつも通りの時間に目が覚めてしまって、彼らがやって来るのを待っているうちにお腹がグーグー言い出して困った。

恒例によって我が家の元日のお雑煮は、昆布・鰹節ダシの澄まし汁に鶏ささ身・竹の子・かまぼこ・三つ葉・柚子などの具が入ったいわゆる“東京風”だが、餅好きの彼らは、好物がタップリと詰まったお節料理も促進剤になって、食が進むこと進むこと。
半分頼もしい思いで、しかし半分は腹も身の内と心配しながらその様子を見ていたら、家内が“お父さんも昔はそうでしたョ”と横で笑っていた。そうだったかなあ?もう忘れてしまったが...。

独り者にはなかなか機会がなかろうと夕食はすき焼きにしたら、これまたたらふく平らげ、風呂にも入って芯から温まり、倅たちは二人とも遅くまで談笑して大満足で帰って行った。でも、こちらの心も温まる思いもあった。
世間では連中ぐらいの年齢になってもまだ親からお年玉を貰っている向きもあるという話をテレビで聞いたが、彼らは何年か前から、両親にお年玉を呉れるようになった。

また今回は、ガラス拭きこそ間に合わなかったが、自分が独力ではできない力仕事を2人にしてもらったのも助かった。1年前の引っ越し以来とりあえず1階のリビングルームに置いたきりになっていた重いマッサージチェアを、2階の私室に運び上げてもらったのだ。
ムッシュは、久々にお兄ちゃんたちが2人そろって顔を見せたので大はしゃぎ。ちょうど昼寝の時間のはずだったのに、寝ている場合じゃあないとばかり、飛び付くヮ舐めるヮとジャレまくり遊びまくり。正月に免じて許していたら夜になっても遅くまで寝つかなかったが、やがて疲れ果て自らダウンしてしまった。

あくる2日は娘一家が来宅。午後からだったので、家内は夕食のためにと、我が家では“富山風”と通称しているブリ雑煮の汁(素焼きして細かくほぐしたブリをメインに、ニンジン・ゴボウの笹がき、こんにゃくの薄切り・焼豆腐などを具として、日本酒と味醂を隠し味にしたケンチン風の醤油味)をタップリと作って待っていた。
が、遊び疲れた孫娘が眠くなりおウチに帰りたいということになったので、折角だからとそれを、タッパーウエアに入れて持ち帰らせた。若い所帯は特にお雑煮の用意もしていないということだったから、餅も十分に持たせて...。

娘は元日には、3世代の大家族が顔を揃えた亭主の実家に挨拶に行って来たようだったが、自分の両親とワンコだけの我が家に来ると、やはり気が楽になるのか寛ぎっ放し。
家内が独りでお茶を淹れたり菓子を出したり孫の相手になったりしていたが、そのことを気付いていたかどうか...父親のB型をそっくり受け継いだ彼女は、終始、喋って笑って、上機嫌で帰って行った。ムッシュはこの日も、嬉しくてロクに昼寝せず。

久し振りに賑やかで楽しかったがチョッピリ疲れもした2日間が過ぎ、3日になって自分たちはやっと一息。ムッシュも、ここで一気に睡眠不足を取り戻そうと思ったのか、この日は散歩もそこそこに寝てばかりだった。
そして翌4日は、川崎大師への初詣でだ。毎年頭のブログに書いているように今年も、元日午前零時の御嶽神社への参拝とのダブル。何もご苦労様に毎年2ヵ所もと、自分でも思わぬでもないが、前者へは30年以上、後者へは25年間続けて来て、今さら止められない。

まあ神様と仏様だからバッティングすることもなかろうと、地元の御嶽神社にはご町内に住まう者としての家内安全を、より広域の川崎大師には離れ住む息子たちや娘家族一同をも含めた開運厄除をと、勝手に役割分担をお願いしている。
考えようによっては、年1回のこの行事は気力・体力のバロメーターにもなるし、こうなったら身体が動かなくなるまで続けようと思っている。

川崎大師の境内 例年だと川崎大師は、3が日の内に詣でるのだが、今年は心がけた一連の省力化の方針に沿い、大方の企業の仕事始めで人出も減るだろうと推測した4日の月曜日にした。
読みは的中し、大師駅からの参道の人波はいつもと違ってかき分けるまでもないほど。例年なら道幅いっぱいに広がった群衆が少し進んでは止まりして1時間近くはかかった大山門まで難なく15分ほどで到着。境内に入ってからも混雑状況は7~8割といったところで、お参りを済ませお札とお守りを購入するという全行程を終えても、かかった時間はいつもの半分だった。

川崎大師の屋台 これまでならばこの後は、お参りに時間を食ったということで帰り足を急いだものだったが、今年は余裕で沿道の風景を見ながらブラブラ歩き。で、改めて気がついたのは、参道の両サイドに連なった屋台の数の多さと多彩さ。
焼きそば・たこ焼き・イカ焼き・お好み焼き・トウモロコシなどの伝統系軽食から、ホルモン・串ステーキ・唐揚げ・じゃがバター・豚汁などの新興系スタミナ食、さつまスティック・メープルカステラ・りんご飴・バナナチョコ・クレープなどのギャル系スイーツ、そしてコーンドッグ・シャーピン・トッポキ・ドネルケバブなどの国際系ファーストフード等々、いつの間にこんなに増えたのかと思うほどだった。

山門前の「住吉」で“久寿餅”を求め、帰途溝の口で乗り換えるついでにデパートMに寄って「紀の国屋」の“相国最中”を買って帰るのも毎正月の慣わし。その日の夕食作りは休んでもらおうと、店内の「ちよだ鮨」で家内の好物の“貝づくし”もテークアウトした。
早めに家を出て、思った以上にお参りの時間が少なくて済んだので、珍しく十分明るいうちに帰宅、ムッシュのお昼寝後の散歩にも間に合った。軽く疲れはしたが、程よい距離を歩いた快さもあり、今年もお役目を果たしたという満足感と久し振りに活気のある雑踏に身を委ねた楽しさを味わった一日ではあった。

何ごともいつも通り、恙無くスタートできた2010年。娘と家内から“誕プレ”をもらって、自分はまた一つ齢を重ねたが、特にその実感はない。体調が良くなったせいか気持ちが前向きになって、今年は公私共に何かを成し遂げられそうな予感がしている。

お蔭さまで元気に迎えることができ、平凡であることの幸せさを感じた正月だった。

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