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2009年12月 7日 (月)

清里、また来春まで

先月末、週間天気予報と睨めっこをし、雨が降らない日が続くのを待ち兼ねるようにして、1泊2日で清里の山荘へ行ってきた。その日の午後3時に着いて翌日の1時にはもう発ったから、実質的に滞在していたのは丸1日にも満たなかった。
今年最後で、目的はいわゆる“水抜き”、すなわち来春までのクロージングなので、何かと作業が多くムッシュをかまっていられないため、独りにして可哀そうとは思ったが、近所の行きつけのペットクリニックに預かってもらった。年に1~2回のことだし、連れて行ってもこの時季こんな短時日では、寒いばかりでゆっくり散歩もできるわけでもなく、本人(犬?)のためにもむしろその方が、ストレスが少なくて済むと思ったからだ。

とは言え、いつもなら後部座席に同乗し、一般道では信号でストップするたびに“早くスタートしろー”と(でもいうように)叫んだり、高速道のSAで休憩したときには束の間を惜しんで忙しく走り回って用を足したり居合わせたワンちゃんたちとジャレ合ったりしているはずのムッシュが傍にいないのは、何だかチョッピリ淋しかった。
水抜きのときに預けてくるのは初めてのことではなかったが、山荘暮らしの中でもすっかり生活の一部となっていたムッシュの存在が、ほんの一時的にせよ欠落すると、手がかからない分だけ気楽でいいと自己納得はしつつも、やはり物足りないものだった。

ところで、紅葉はどこも前回の山荘行のときで見納めかと思っていたが、どうしてどうして、小仏トンネルの手前から笹子トンネルを抜けたあたりまで、中央道沿線の山々はまだまだいい色に染まっていた。もしかしたら今回の方がむしろきれいだったかも知れないとさえ思え、予想外の目の保養をした気分だった。
そういうこともあってか、往路の談合坂SAではパーキングするのに列ができる有様。こんなことも近年珍しい。久し振りの好天で週末でもあったし、高速道路料金1000円のご利益もあったのかも知れない。

横浜を昼前に出て明るいうちに到着したので、車を降りたときにはあまり寒さが気にならなかった。けれども、屋内に入るとさすがに冷え切っていて、やはり何よりも先に暖炉を焚かずにはいられず、やっと人心地がつき窓の外に目を遣る余裕が出たところで、庭の広葉樹もすっかり裸になって森は遠くまで見通しがよくなり、約1ヵ月前に来たときにはまだ冠雪してなかった周辺の山々が薄っすらと白くなり始めているのに気がついた。
意外だったのは、シーズンオフにもかかわらず、森のあちこちのお宅には結構沢山の車が見えていたこと。近辺で何かイベントでもあったのだろうか?あるいは皆さんもたまたま我が家と同じく水抜きだったのか。

着いた途端に作業を始めるのも慌ただしいと思い、その日はゆっくりとして翌朝早起きし、昨年秋に手が回らなかったベランダの脚部と土台の塗装をした。思ったより寒くなかったので、楽に1時間足らずで終えることができた。ほんとの朝飯前だった。
で、朝食を済ませたら本番。前回から間もないので、床にはたいして塵も埃もなかったが、まずは1・2階全室の掃除機がけ。クローズする当日だから、床暖房だけにして暖炉は焚かず、灰の中に残り火のないことを早々に確認する。

そして自分は地下室へ回って、順番に、ボイラーの循環ポンプのプラグをコンセントから抜き、ガス、オイル、水道と、元栓を閉めて行く。
けれども、運転中枢の凍結防止のために、ボイラー本体につながるプラグと床暖房のプラグは抜かない。最初はよくわからなくて、全部抜いてしまったり逆に抜かなかったりして失敗し、何年か経ってやっと覚えた。なかなかややこしいのだ。

そうしておいて、いよいよ水抜きにかかる。ボイラー内に貯まっている分(実際にはお湯だが)と生活排水を、それぞれ3本ずつの排水管のバルブを全開にして排出する。生活排水の方はそれほどでもないが、ボイラーは我が家の場合ペンションなどで使われる業務用サイズなので、水が抜け切るまでにはかなり時間がかかってジリジリする。
一方、1・2階のすべての水回りは家内の領分。キッチン、洗面所、風呂場、サンルームの流し台などは、カランのハンドルやレバーを全開にした上で下部の水抜きバルブも緩めて、水を完全に出し切る。シャワーや洗濯機のホースもよく振って水が残らないようにし、トイレはタンクを空にして電源は入れたままにしておく。長年そうしていたのに、2年ほど前にはカン違いしてウォシュレットをダメにしてしまった。

これらすべてを、持ち場を代えて相互確認した後、必要なそれぞれの個所に不凍液を流し込んで、やっと水抜きのプロセスが終わる。そして最後に、配電盤のスイッチのONのままにしておくところとOFFにするところを確かめて、すべてのチェックは終了、屋外へ出て玄関のドアに施錠する。
20年繰り返してきたことだが、それでもときに、忘れたり間違えたりすることがあり、前述のウォシュレット事件の他にも、最初のうちは毎年のように水道管やカランのどこかを凍結破裂させていた。そんな事故をもう起こさないようにと、昨今は何度も何度も見直しをしないと自信が持てなくなって、結果、作業にかかる時間がどんどん長くなっている。

そんなわけで、着いた日はゆっくりとしたものの、翌日の午前はベランダ塗装で外へ出ただけで庭を見回る暇もなかったが、帰途に就く直前、家内が急に思い出したように裏庭に走って行って、モミの木の枝を何本か切り取って来た。今年はまた以前のように、クリスマスデコレーション用のリースを作るのだという。
そう言えば1年前のいまごろは、新居のビルダーと毎日のようにメールや電話のやりとりをして工事の追い込み状況を確認し、引っ越し業者をはじめ電話・電力・水道会社やインターネットプロバイダーと入居時の作業タイミング・段取りを打ち合わせ、郵便の宛先や新聞配達の切り替え日を手配するなど、横浜に戻るためにしなければならないことが山ほどあって、とてもクリスマスにまでは気が回らなかったことを思い出した。

あのときのことを考えると、齢のせいで作業にかかる時間が多少長くなり、その手間を面倒に感ずる気持ちが増したとは言え、今年の水抜き作業ぐらいは苦労の中に入らないのかも知れない。ともあれ無事に済ませ、雨や雪にも降られず、早めに山荘を出ることができてホッとした。
ムッシュ連れでなかったので、帰りは141号線を通って久し振りに須玉の「ぼのボーノ」に寄って行きたかったが、彼が首を長くして待っているだろうから一刻も早く帰ってやらねばと思い直し、長坂インターから高速に入ることにして、ランチはその途中の「藤乃家」の蕎麦で軽く済ませた。と言っても、いつも通り十分美味かったが。

帰りの中央道は、日曜日の午後という時間帯のせいかやや渋滞。でも、預けるときに予定していた時間よりも1時間早くムッシュを迎えに行くことができた。
さぞかし待ちかねて、喜んで飛びついてくるかと思っていたら、お姉さんに連れられて泊っていた部屋から出て来たムッシュは、何だか拗ねているような表情。“ボク一人をおいてどこへ行ってたんだョ”とでも言いたげに、サッサと出口へ向かい、外へ出ると家までまっしぐら。でも、玄関で待っていたママの顔を見たら、引っくり返って喜んでいた。

あれからわずか1週間しか経っていないが、平穏な日常が続くともう一月も経ったような気もする。
週末、こちらは雨だったが、清里の森には雪が降ったようだ。我が山荘もいまは白一色の中に埋もれて静かに冬眠していることだろう。

この“山荘四季だより”のカテゴリーも、本年はこれでクローズとし、来春まで休ませていただくことにする。

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