« 手術は無事完了。あと少しで体調も... | トップページ | 今年の夏は... »

2009年9月 7日 (月)

ビジネスも“チエンジ”が肝要

先月、現地の日付で8月17日、創業以来87年の歴史を持ち、かつては20世紀のアメリカ・メディアの象徴とまで言われた名門出版社の経営破綻を報じるニュースが、米国の主だった新聞やビジネス紙・誌に一斉に掲載された。
その見出しは、いずれも「リーダーズダイジェスト、連邦破産法第11章(日本でいう民事再生法)適用申請へ」といったものだったが、あるメディアは簡潔に事実だけを、またあるメディアは独自の観点から、この企業がそこまでの段階に至った経緯を伝えていた。

ごく限られた人々の注目しか惹かなかったかも知れないけれども、そのニュースは、翌日には日本の新聞やネット上でも取り上げられ、それを目にした何人かの友人からは、それぞれの感懐を込めたメールも届いた。
自分はといえば、6月ごろにも外紙のデジタル版でいろいろと読んでいたので、そのニュースにそれほど驚いたわけではなく、“やはり...”、“とうとう...”といった淡々とした心境だったが、胸の中に束の間、フッと風が吹いような気はした。

というのも、自分は、プロファイルに明記しここでも何度か書いているように、この米国を本拠とする国際出版社リーダーズダイジェストという企業の日本法人の、言わばOBだから。この会社で自分は、社会人になって最初の15年間を過ごし、マーケターとしての自分の骨肉となっているさまざまなことを学び、身に付けた。
のみならず、国際舞台の場数を踏み、事業経営の難しさも味わうなど、いま思い出しても、まことに得難い経験をさせてもらった。が、自分がこの会社に在籍していたのは、もう30有余年も前までのこと。会社自体が日本市場から撤退してからもすでに四半世紀経って、自分の中のリーダーズダイジェストは、いまや、遠く古き良き時代の思い出の中の存在でしかない。

同社の旗艦月刊誌「リーダーズダイジェスト」は、いまも日本以外の市場では、50ヵ国語で世界78ヵ国の読者1300万人に読まれ、合計発行部数ではなお世界最大と言われているが、1970年代をピークとして、業績は徐々に悪化の途を辿ったようだ。
1990年代に入って株式を公開し、一たん小康状態に転じたかに見えたが、時代に遅れまいと手を出したさまざまな事業が必ずしも成功せず、2007年に投資ファンド「リップルウッド」の傘下に入って再び非公開化してからも、改善を果たせないまま債務負担に耐え切れなくなり、遂に今日の事態に至った。

その原因について報道各社は、おおむね、大衆のテーストの変化(多岐化)による総合月刊誌市場の細分化(読者数低下)、ネット広告の急成長による印刷メディア広告の急激な落ち込み(広告収入減)と、“時代の流れ”という側面から論評していた。確かにそれは、基本的・大局的に的外れではないかも知れない。
が、自分には、リーダーズダイジェストのケースはどうもそれだけでは言いつくせていないような気がしてならず、他にも新・旧の関連記事を読み漁り読み返しているうちに、次のようなコメントが目についた。

“リーダーズダイジェストは変り行く世界に適応できなかった”そして“ダイレクトメールで雑誌を販売するという前提がもはや時代遅れであるということを認めようとしなかった”(ビジネスウィーク)というものと、“リーダーズダイジェストを変えようとすることは狭い場所で航空母艦を急旋回させるようなもの”(フィナンシャルタイムズ)というものがそれだったが、どちらも、この問題の本質に迫っているように感じられた。
一方「ニューヨークタイムズ」はこのニュースを報じるときに、リーダーズダイジェストのことを、多くの出版事業を手掛ける“大手ダイレクトマーケティング企業”と形容していたが、これもリーダーズダイジェストの実体を言い表していると思えた。

リーダーズダイジェスト社は確かに、アメリカの代表的な雑誌出版社であると同時に、かくれもない元祖ダイレクトマーケティング企業で、その厳密な出版物編集哲学と共に、今日でも何ら遜色ない科学的マーケティング体系は誇るに足る卓越したものであったが、そのことへの過信が、変わりゆく市場環境を洞察する目を曇らせ、適応を妨げ、長い年月の間に自縄自縛の状態をつくり出してしまったと、内部にいた者としても実感する。
その兆しは、自分が在籍していた時代にもすでにあった。日本リーダーズダイジェストは、何事も(製品企画もマーケティング計画も)、米国本社の哲学・体系に照らした厳しい審査と最終認可がないと進められず、その手続きのために多くの時間がとられていた。

雑誌出版以外のすべての事業(書籍をはじめ教育・教養・娯楽製品の制作と販売)に関わっていた自分は、現場の指揮・管理だけでなく、米本社へのプレゼンテーション資料と申請書類の準備・作成に、いつもかなりのエネルギーを費やさなければならず、本社の認識・理解の範疇にない新しい試みを提案・説得しようとするときなどは、まことに苦労した。
たとえば、インターネットなどまだ影も形もなかった日本の1970年代は、ダイレクトメールのターゲットに行き詰まっていたダイレクトマーケティング企業が販売を拡大するには、市場顕在化のために新聞やテレビなどのマスメディアによるレスポンス広告を展開するほかない状況に至っていたのだが、それが有効だということを証明するデータが存在しない、ダイレクトメールを使う場合のようにROI(費用対効果)を正確に予測できないという理由で、何度試行を願い出ても却下された。

そうこうしている間に、リーダーズダイジェストに倣い追従していた後発の競合企業は、そんな厳密なことにこだわらずに直感的に通販広告に投資のウエイトを移行し、あくまでもダイレクトメール販売だけにこだわって新顧客獲得に苦戦していたリーダーズダイジェストを、やがて追い越して行った。
看板である雑誌「リーダーズダイジェスト」も、広告獲得のために保証している部数を維持するために、もっぱら、“計算できる予約購読者獲得の方法”であるダイレクトメールに拠らざるを得なかったが、それで精一杯努力しても、“古き良き時代のアメリカの価値観と編集哲学に基づく海外情報の要約月刊誌”という性格のこの雑誌の存在意義が徐々に薄れてきた日本の市場では、部数の減少に歯止めをかけることが難しくなっていた。

そこを去って久しく、いまや部外者に過ぎない自分は、その後の同社の内情についてはほとんど何も知らぬも同然なので、推測であれこれ言うのは僭越とは承知しているが、報道によって明らかになっている情報だけからも、ある程度の想像はつく。恐らくここまで来るまでには、内部・外部の知恵を総結集してさまざまなことが試みられたには違いない。
しかしリーダーズダイジェストは、ビジネスウィークやフィナンシャルタイムズが指摘したように、結局、気がついたときには物理的にも観念的にも自分自身を動かすことができなくなっていて、かつての黄金則であったビジネスモデルから“チエンジ”しきれないまま今日を迎えてしまったのだろう。

と言っても、これでリーダーズダイジェストが消滅してしまうわけではない。今回の申請は米国部門のみを対象とする“プリアレンジド(事前調整)型”と呼ばれるもので、現在22億ドル(約2100億円)の債務を4分の1の5億5000万ドル(約520億円)まで圧縮することにすでに主要債権者との間で合意が成立しているそうで、今後も経営を継続しながら再建が進められるという。
何と言っても、リーダーズダイジェストが築き上げたグローバル・ネットワークと、一説には1億人分とも言われる精緻な顧客データベースがあるのに、この時代、ビジネスが続けられないわけがない。噂レベルの話かも知れないが、メディア王ルパート・マードックやマイクロソフト帝国の皇帝ビル・ゲイツも、この、金銭的価値では計り知れないほど貴重な資産に、いたく関心を持っているとか...。

さて、リーダーズダイジェストはどんな新しいビジネスモデルに“チエンジ”するのだろう...誰がリーダーシップをとることになったとしても、恐らく、この比類ないリソースを活かした、しかし最も今日的なマーケティング(と言えばやっぱりダイレクトマーケティング!)を展開することになると思うのだが...。

まあ、どういう結果になろうと、いまのわが身には何の関係も影響もないこと。ただ、OBの端くれとしては心のどこか片隅で少しは気になるし、マーケティングの仕事に長く関わってきた者としてもいささか興味がある。

|

« 手術は無事完了。あと少しで体調も... | トップページ | 今年の夏は... »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ビジネスも“チエンジ”が肝要:

» スゴワザ!読者獲得サービス [スゴワザ!読者獲得サービス]
すぐにスタートできる読者獲得サービス『スゴワザ!読者獲得サービス』です。 [続きを読む]

受信: 2009年9月12日 (土) 01時37分

« 手術は無事完了。あと少しで体調も... | トップページ | 今年の夏は... »