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2009年8月24日 (月)

手術は無事完了。あと少しで体調も...

3週間のご無沙汰でした!...と言っても、その間も見に来てくださっていた方もいると思うが...。

前回8月1日に宣言したように、手術の直前まで清里の山荘にいて、上手く猛暑をやり過ごした積りでいたが、今年の夏はそんなに甘くなかった。病院からの帰還後(というか、すでに入院する頃から)本格的な猛暑が訪れて居座っている中で、いまは事後体調管理中のため、直ちに山に移動というわけにも行かず、横浜の家に籠りっきりでいる。
とは言っても、前々からの約束だったのでつい先日は、気持ちを奮い立たせて半日がかりの顧問仕事に出かけた。退院後5日目で、まだ体力には自信がなかったが...。

何しろ手術の個所が胃だったので、術前・術後を通じてほぼ2日間絶食し、入院中は点滴と流動食だけ、家に戻ってからも指定された素材・調理法・量に基づくメニューでの離乳食状態の食事を余儀なくされており、これがあと1週間続く。
ために、すぐにエネルギーが切れて疲れてしまい、正直言うと実は、仕事日の前日まで暇さえあれば横になって昏睡していた。こんなことは未だかつてなかったが、齢のせいによる基礎体力の低下もあるのだろうか...情けなや。で、久し振りの外出は、まるでフワフワと雲の上を歩いているような感じだった。

でも、手術自体は成功とのこと。問題部分は完全に摘出できたそうだ。ただし、生体検査とやらで、その部分の組織が現在病理チェックに回っているということで、最終的な診断が下されるのは9月の中旬になると言われた。
直接執刀(内視鏡手術の場合もそういうのかどうか知らないが)して下さったのは、術前検査の判定にあたったこの昭和大横浜市北部病院の上部消化器(胃・食道)外科のリーダーI先生の愛弟子M先生。多分評判になっているのではないかと思うが、我が娘ほどの年頃のすこぶるつきの美人女医。手術部位が下部消化器でなくて良かった...。 

まあ、それはともかく、お二人とも診察・施術に多忙を極めておられるにも関わらず、術前の説明も術後のケアも懇切丁寧。短期の入院にも関わらず何度も回診に足を運んで下さり、些細なことにも親切に相談に乗っていただいた。
それと対比するわけではないが、これだけの大病院でも(あるいは、だからこそかも知れないが)、看護師さんのマネジメントには少し問題があるのではないかという感じがした。自分の僻目であればいいのだが...。

というのは、こんなことがあったから。手術日が決定した日の診察後、もう閉院時間はとうに過ぎていたので一人だけ残っていた看護師さんから、入院手続きの時間や病棟入室の段取りについての説明を受け、それを記載した書類も受け取ってその積りでいたのだが、手術・入院の前日になって夜の7時ごろ突然、同病院のナースセンターから電話がかかってきた。承知していた時間(午前10時~11時)ではなく、施術予定時間(午後4時)の30分前に来て欲しいと言う。
電話をしてきたのは、先に説明を受けた看護師さんとは別人で、どうやらナースセンターの責任ある立場の方と察せられたが、なぜ急にそのように変更されたのか(例えば前の看護師さんのカン違いだったとか、未手配の状態だったとか、何らかの理由で都合がつかなくなったとか...)については、一切事情説明はなかった。

明日に手術・入院を控えた患者としては、一本の電話だけでそう言われても、果たしてそれで間違いないものか、手術予定30分前の入院手続きで間に合うのかと、正直のところ不安だったが、ともあれそれを信ずるしかあるまいと思うほかなかった。が、しかし...
最初の入院手続き予定では手術まで十分な時間的余裕があったから、先ず病室に入って、室内を点検したり、利用上の注意を受けたり、携行品をしかるべきところに収めたりし、病衣に着替えを済ませた上で、手術のスタンバイ・コールがあるまでゆっくりとそこで休んでいようと思い、またそれでいいと言われていたのだが、30分前ではそれは無理と感じた。だから、あえて余裕をみて、それよりさらに30分早く行くことにした。

当日はその通り1時間前に到着し、入院手続きを始めると果たして、まだルームメークができていないとかでしばらく待たされ、病室に通されて一通りの説明や注意が終ったところで、ちょうど、呼び出しがかかった。やっぱり余裕を見ておいて良かった。
それにしても、術前・術後を通じて、自分の病室担当の看護師さんが毎日、朝・昼・晩と交代したのには面食らった。分担制・勤務時間制限など、何か理由や方針があってのことなのだろうか?みんな礼儀正しく、明るく優しい人たちだったが、コロコロと変わってしまうので、とうとう一人も名前と顔を覚えずじまいだった。

でも、病院自体が新しいせいか、特別環境と称するだけあって病室の設えはなかなかのもの。電話(外線通話料無料)はもちろん、壁付けのアームで自在に高さや角度を調節できるテレビ、エントランス/シーリング/ダウンライト/手許灯など4タイプの照明、冷蔵庫、ロッカー、応接セット(アームチェア2脚とテーブル1台)、バスタブこそないがシャワーとシャワー・トイレ、洗面台が化粧室内と外に1つずつ付いて、ちょっとしたマシなビジネスホテルといったところ。
A新聞朝刊の無料差し入れサービスがあり、付き添いが必要な場合にはもう一台ベッドを入れられるだけの余裕スペースもあって、7階なので窓からの眺めも結構なものだった。

ところで、7月13日にもレポートしたように、検査だけのときは、内視鏡室への入室が予約時間から3時間も遅れたが、今回はさすがに手術本番とあって、呼び出されて10分と経たないうちに室内に招き入れられ、喉にゼリー状の麻酔薬を注入されて、その15分後くらいには手術台の上に横になっていた。
血圧を測られ、鎮静剤(睡眠薬)を点滴注射され、マウスピースを咬まされるところまでは前回の検査のときと同じ。だが、手術は当然単なる検査より時間がかかるためか、今回の配剤はやや強めらしく、呼吸困難に陥らないように、鼻の両穴に酸素吸入用チューブも差しこまれた。

前の2回の内視鏡検査は、眠りに落ち込んだと思ったらいつの間にか終っていたという感じだったが、今回は半睡半醒といったところで、確かに眠ってはいるものの、内視鏡やその他の器具が何度も出入りしている感覚はあり、時間も長めのように思えた。
朦朧とした意識の下でそんなことを考えているうちに、“終りましたよー”という声がかかって目が開き、背中を支えられながら上半身を起こして自分で履き物をつっかけ、しかし立って歩くことはできないので車椅子に座らされて室外へ。

どれだけ時間がかかったかよくわからなかったので、同行してきた家内はまだ待っているかどうか定かでなかったが、待合ロビーに出たところで目だけ動かして探したら顔が見えたので、恰好をつけて笑顔をつくり(つくった積り)、親指を立ててOKサインを送った(積りだった)。
病室に戻って看護師さんも立ち去るとこれで一段落という感じがして、改めて振り返ってみると、左手首に点滴のチューブがついていて、喉の麻酔がまだ取れないためロレツが回らない以外は、どこも痛いわけでも苦しいわけでもなく、内視鏡手術というものは患者の身体に負担がかからなくて、つくづく有難いと思った。

亭主の初めての内臓手術ということで、家内もさぞ緊張・心配の時間(あとで聞いたら、入室して約2時間だったそうだ)を過ごしていたことと思い、それを解きほぐそうと、まだボンヤリとした頭と回らぬ口で一生懸命ジョークを飛ばそうとしたが、どうにも不完全燃焼で、これがホントの舌足らず。それでも家内は苦笑し、多少は安心したらしい表情になって、面会時間が切れると共に家路についた。
ムッシュは、その夜はかかりつけのペットクリニック泊まり。ママもパパもいつもの時間帯とは違う出入りの中で留守番をさせたり、連れ歩いたりするのも可哀そうと思い、病院に出かける前に預けて、翌朝早々に引き取ることにしたのだ。

手術の晩はもちろん、入院中は実によく眠った。テレビも点けてみたが、ニュースを“聴く”以外は煩わしくて目が疲れるばかり。本も2~3冊持ち込んだのだが、片手で掲げ持ちながら、もう一方の手で老眼鏡をかけたり外したりするのが面倒くさくて、ほんの少しだけで読むのを止めた。
で、結局いちばん役に立ったのがiPod。目を閉じて、イヤフォンから流れるハワイアンやポール・モーリア、サイモン&ガーファンクルなどを聴いているうちに、すっかり神経が癒されて、何度も深い眠りに引き込まれた。

20余年ぶりの入院だったが、過ぎてみれば2~3日はホンの束の間で物足りないほど。手術からすでに10日経ち、いまはようやく体内にエネルギーが少し蓄まってきたのが感じられ、昼寝で補わなくて済むようになった。今週もまた顧問仕事に出かけるけれども、もう、先週のようにフワフワすることはないだろう。
今月一杯で普通の食事も摂れるようになるし、来月中旬になれば生体検査の最終結果もわかって、完全に無罪放免となるはず(と信じている)。

皆さん、ご心配をかけました。また、お心遣い有難うございました。

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