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2009年6月29日 (月)

カンヌ国際広告祭

先週末、まるで梅雨明けのように暑かった日のまだ明るい夕方、仕事先から帰宅して冷たいもので喉を潤しながら何気なくテレビに目をやると、「カンヌ国際広告祭」で日本からのエントリー作品がグランプリを受賞したというニュースが報道されていた。ちょうどその日の朝、出かける前にインターネットで海外のビジネス・ニュースの“見出し”と“掴み”の部分だけ拾い読みして、後で詳細を...と気にかけていた件だった。
カンヌといえば誰でも知っているのは、国際映画祭。だが広告祭となると、その内容や由来を知っていて毎年の結果にも関心を持っているのは、多分、業界関係者ぐらいのものだろう。だからこれまでも、そこでグランプリをとったからといっても、滅多にテレビのニュースとして取り上げられることはなかった。日本作品のグランプリ受賞も、これが初めてというわけではなく過去数回あるのだが、今回のようにテレビで話題になったのは、自分の記憶では15年以上前のN食品のカップ麺CM以来という気がする。

そもそもカンヌ国際広告祭とは、毎年いまごろ映画祭と同じ南仏のカンヌで開催される、世界中の広告作品の独創性を競う公開コンクール。誰でも(もちろん費用を払って申し込んで)参加できる業界フェアーの一環として、世界のトップ・クリエーターで構成される審査員による選考結果だけでなく、そこに至る過程が、オープン・ショー形式で見られるところがユニークで、世界の最先端の広告クリエーティブをまとめて目の当たりにできる勉強の場として、またセミナーやパーティーを通じて新しい出会いやビジネスチャンスを作り出す場としても機能することから、例年、万に近い関係者が参集すると言われている。
半世紀以上の歴史があり、最初は映画祭に付属していた劇場CMだけだったものが、いまではテレビCM、ラジオCM、印刷広告、屋外広告、インターネット広告、メディア、ダイレクトマーケティング、セールスプロモーション、統合キャンペーン、デザインなどにまで部門が拡がり、世界最大級の広告イベントになった。

本年日本がグランプリを受賞したのは、実は、メディア部門とプロモーション部門の2つなのだが、テレビのニュースに取り上げられたのはプロモーション部門の方。財政破綻した自治体、北海道夕張市の観光サービス会社「夕張リゾート」のために外資系広告エージェンシーB社が考え出した、観光客誘致のためにお土産のTシャツやキーホルダーなどの商品のシンボルとして使う『夕張夫妻』という“地元キャラクター”だ。
地元キャラというと、奈良市の「せんとくん」や彦根市の「ひこにゃん」などのいわゆる“ゆるキャラ系”が思い出されるが、この夕張夫妻は、地元名産の夕張メロンを擬人化した“かわいい系”のデザインながらも、市が抱える膨大な“負債”を“夫妻”にかけてネーミングし、夫妻に継ぎの当たった服を着せているなどした、哀愁を誘う自虐的なアイディアが、この世界的景気後退の中で外国人にも理解され、大受けしたようだ。日本でも過去、夕張市の財政破綻はさんざんニュースに取り上げられたから、今回もそれにつながるテレビの話題として報道されたのだろう。

もう一方のメディア部門の受賞作品は、それにくらべると大衆にアピールするトピックス性に欠けるということでテレビのニュースとしてまでは扱われなかったのかもしれないが、自分としてはむしろ、マーケティング戦略という観点から、こちらの方に大いに興味をそそられた。
その作品というか実施企画とは、一言でいえば、すでに人気ブランドになっているチョコレート菓子のパッケージを、ハガキと封書の中間のような郵送メディアと見立てて、受験生を応援するための手段としての利用をプロモートしたもの。もっと具体的に言うと、「ネスレ」社の「キットカット」のパッケージ上に宛先を書き入れるホワイトスペースを設け『キットメール』と名づけて、そのまま郵送できるようにし、メッセージを記入する「e‐センスカード」2枚と140円切手をセットにして(税込価格450円)、数量限定ではあるが全国20,000個所の郵便局を通じて販売したということだ。

“敵に勝つ”というシャレで、学生スポーツ・チームなどが大事な試合の前日にビフテキとトンカツを平らげるというゲンかつぎは昔からあったが、このキットカットも、発音が“きっと勝つ”に似ているところから、この数年来、受験生のお守りになるという信仰(?)が口コミで広まり、受験生自身が会場に持参したり、彼らを応援する教師・家族・友人などから贈ったりするようになっていたという下地があったらしく、そこに着目したネスレと担当エージェンシー(これも外資系のJ社)が、日本郵便にコラボ企画を持ち込んだ。
考えてみれば、商品とターゲットのマッチが証明されている限定的ではあるが確実な市場が存在し、商品自体にユーザー受けのするメッセージ性があって(つまりコミュニケーション・ビークルとして機能するということ)、そのビークル(この場合は商品)を送り届けるのに申し分のない無競合のチャネルを独占的に利用できるのだから、これを思いついた人は絶対イケると興奮したに違いない。自分は迂闊ながらこの企画を最近になって知ったのだが、その独創的に見えて実は極めてオーソドックスな戦略性に感心し、それを実現した広告主・エージェンシーそして日本郵便に、率直な敬意を表する気持ちになった。

実は、出かける前に見出しと掴みの部分だけを拾い読みして気になっていたというのは、デジタル版の「Advertising Age」と「USA TODAY」(いずれも6月23日号)の記事で、前者は“キットカット、食べられるハガキでカンヌ広告祭メディア・グランプリ受賞”、後者は“カンヌ広告祭で受賞するためには、創造性だけでなく結果が問われるようになった”というヘッドラインだったが、後者USA TODAYのそれに、特に強いインパクトを受けた。自分のマーケティング関連のコンテンツをいつも読んでくださっている方にとっては、もう耳タコだと思うが、このことこそは、“そうあるべき”として自分も毎年の広告賞選考の季節になると、繰り返し言ってきたことだったからだ。
両者ともこの企画が、コミュニケーションと販売の目的を合体させて商品自体をビークル化し、大量ではないが確実な需要と流通チャネルを開拓し、換算すれば1100万ドルに相当する無料パブリシティ効果をあげたことを賞賛しており、AD Ageは伝統ある広告専門誌らしく、Kit Katとは日本語では“きっと勝つ”すなわち“surely win”に聞えるので、キットメールは入学試験合格という目的に合わせて“食べられるお守り”としてポジショニングされた――といったクリエーティビティの部分を評価していた。

これに対してUSA Todayの方は、それもさることながら、この企画によって広告主ネスレは使用目的にピンポイントした商品実売効果も上げ、日本郵便もメディア手数料ともいうべき郵便切手の売上(そしておそらく全国20,000の郵便局の展示チャネル利用料も)を達成し、そしてエージェンシーは全体の企画費と運営手数料を得るという、明確に数字に現れる結果を出したという点を評価し、記事の冒頭で、“世界最大の広告創造性のコンクールで、初めて、達成したビジネス成果によって評価された作品がグランプリを受賞した。今後の広告はアイディアだけでなく、それによってどういう成果が上がったかということの証明が重視されるようになるだろう。”とコメントしていた。
自分としても、USA Todayの視点はきわめて重要だと思っている。カンヌ広告祭でも本年からは、すべての部門にわたるというところまではまだ行かないけれども、特にこのポイントが重い意味を持つメディア部門とダイレクトおよびプロモーション部門では、審査基準が改新・厳密化され、広告は消費者の何らかの行動・反応――たとえば商品の購入、サービスの利用、組織への入会や登録、キャンペーンへの参加、口コミ、ウエブ上でのクリックスルーなど――を発生させ、促進する必要があるという考え方が明確にされた。

当然のことではあるが、単にどんなメディアを使ってどのような見せ方をしたかということだけでなく、それが背後のどういう戦略によって、どれだけの成果・問題解決の実現につながったかということを注目するようになったわけで、単にアイディアが面白いだけでその点が伴わず、きちんと理論的な主張がなされていない企画・作品は、今回はどんどん振り落とされて行ったということだった。
メディア部門の審査委員長でニューヨークの「メディアブランド」社のCEOでもあるニック・ブライアンも、“結果を出せないメディア企画はグランプリの対象となるような革新的アイディアとは言えない”としている。“広告の最終目的は最適ROI(対投資効果)の達成であり創造性はそれをサポートするもの”という当たり前の評価基準が、こういう場でもやっと認識されるようになってきたのだろうか。サテ、日本ではどうだろう...?

このキットメールは、セットではなく単体としても(210円で)全国のスーパー、コンビニエンスストアで販売され、バリエーションとして、期間限定オリジナルフレーム切手(80円切手10枚1シールタイプの商品、送料・税込2,700円)も発売されたそうだし、ユーザーは受験シーズンが過ぎてもキットカットを、親しい人の幸せを祈るときのお守りとして贈り続けているという。
前出のニック・ブライアンは、この企画を、“これまでに存在しなかった新しいビジネスモデル、メディアの革新”と激賞しているが、ビジネスモデルとまで言うのはオーバーであるにしても、チャネルとビークルを置き替えて他商品にも応用できる効果的な“戦略モデル”であることは確かだし、さらに、上記のバリエーションのような“コア・コンセプトに基づいた多角的展開”も十分考えられる。その意味でこの企画は、カンヌ広告祭でグランプリを受けたのも当然だった。

久し振りに、よく考えた仕事を見せてもらった。また、カンヌ国際広告祭とその審査員も見直した。

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