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2009年5月11日 (月)

清里グータラ日記

例年だと、ゴールデンウィークをチョッと外すところだが、せっかく高速道路1000円乗り放題という恩恵に与れることだし、4月の下旬がずっと晴天続きだったからもう清里も寒くはなかろうと思って、先月末に山荘へ出かけた。前回から丁度1ヵ月、オープンのための作業はすべて済ませてあるので、何とはなしに気楽な感じで...。
とは言っても、渋滞に巻き込まれるのは避けたいとアレコレ考えた末、横浜の家を出たのはムッシュの夕食も済ませた18時過ぎだったが、ズバリ、読みが当たった。連休の谷間ということか、ピーク前だからか、これまであまり経験したことのないほどのガラ空き状態で、予定より早く21時前に着いてしまった。でも気温に関しては予想が外れ、やはりいつも通り、山の夜更けはまだまだ寒かった。

遊歩道 カラマツ フキノトウ しかし夜が明けると一転、明るく暖かい朝の陽光がカーテンの隙間から室内に射し込んでいて、窓を開けて見ると裏庭の木立は、さまざまな春色に彩られていた。モミジの新芽はまだ赤褐色に蕾んだままだったが、前回は灰褐色だったカラマツの枝々が乳緑色に煙り、ナナカマドの葉が清々しい若緑で開き始めていた。
気分よく外に出て庭の遊歩道を一めぐりすると、足元はスミレの花でいっぱい。ミツバツツジももうすぐ開花しそうで、その傍の実生のカラマツにも、小さな緑の新芽が沢山息吹いていた。1ヵ月前は影もかたちもなかったフキノトウもそこかしこに顔を出していたが、もはやすっかり開き切って、今年も食べごろを逸してしまった。

コガラ 横浜の家の周辺も緑は多く空気は悪くないが、ここに来るとハッキリとその新鮮さを意識する。大気に何とも言えない芳香と味があるのだ。もちろん、排気ガスやウィルスなどとは無縁で、今回は考えて行動したわけではなかったけれども、期せずして新型インフルエンザから逃れてきた格好になった。平地からやって来ると気温は1ヵ月あまり逆戻りするが、ここでは杉花粉が飛ぶ心配もなく、煩わしいマスクなどなしで、澄んだ空気を思いっきり呼吸できるのがありがたい。
小鳥のさえずりも、この時季の森の風物詩。スズメよりも小さいコガラやヒガラは早起きで、“ツツピー、ツツピー”というよくとおるその声は目覚まし時計代わりだ。その間を縫ってウグイスも負けずといい声で、“ホー、ホケキョ”と啼く。ふだん人がいないので、この辺の鳥たちは物怖じせず、アカゲラやキビタキが毎日のように窓先の樹木に餌を啄みに来ていたし、ベランダに出しておいたヒマワリの種をコガラがセッセと食べていた。

森を散歩していて気づくのは、この20年の間にかなりの数の別荘のオーナーが変わってしまったこと。経済的な理由で維持しきれなくなったお宅もあれば、高齢化のため利用できなくなったお宅もあるようだ。法人所有だった保養所などは手放す際に更地に戻すのが条件だったらしくいつの間にか解体されてしまっているかと思えば、久しく主の訪れが絶えていて軒に落ち葉が積り庭先は草茫々という個人の家もある。
さながら、この世の人それぞれの移ろいを映しているかのようでもあるが、翻って自分たちの場合はこの先どこまでこうやっていられるのだろうかと考えてしまった。あと5年もすれば、車での往復は体力的にかなり厳しくなるだろうし、春・冬のオープンとクローズおよび日常の管理もいまのようにマメにはとてもできなくなるだろうが、そうなったらどうするかということだ。子供たちが共同で管理して、親に楽をさせてくれるようにでもなればいいのだが、それが難しかったら手放さざるを得ないかも知れない...などと。

ムッシュ 実際、最近は、気分転換としての楽しみでもあった山の力仕事がだんだんシンドくなってきただけでなく、机仕事にさえ昔のような気力が続かなくなってきた。だから今回もパソコンはあえて携行せず、日ごろ溜め込んでいた資料読みくらいで仕事らしい仕事はほとんど持ち込まなかったのだが、それで正解だった。
予想以上の温暖さに体がふやけてしまい、かっタルくてたまらなかったが、これまでのように刈払機やチェンソーを振るいストイックに汗をかいてそれを解消しようという気にもなれず、運動はムッシュの散歩と焚きつけ用の柴集めくらいでお茶を濁す有様。フラリと屋外へ出ては、日一日と雪が少なくなって行く八ヶ岳と、緑の濃さを増してくる木々を眺めて過ごし、何も好んで人が沢山出ているところに行くこともないと、滞在中はほとんど森の中にいた。






ムッシュ 家内もこのところ、大人数になると家事をするのが決して楽ではないようで、今回は子供たち(と言ってももう立派なオジさんオバさんだが)が全員一緒のタイミングで訪ねて来そうになっていたのを、家庭のある娘には日を改めてもらうことにし、先ずは独り者の長男・次男だけを受け入れることにした。ただし2泊3日、力仕事とムッシュのお守つきという条件で...。
そうでもしないととても保たなくなった親の衰えを、連中は実感できているのだろうか?もっとも、それを意識させるためには自分たちとしても、つい最近まで、あまり泣き言を言わず、年寄りらしからぬ行動力を発揮して威勢のいいところばかりを見せ過ぎていたことを、反省しなければならないのかも知れない。しかしながら古人曰く、“いつまでも あると思うな 親と金”。わかっているかな?

ムッシュには、まったく手がかからなかった。この4年間、年に数回ずつ来ているだけでなく、昨年は半年間ここで暮らしたこともあってか、何の違和感もなく、横浜にいるときとまったく同じペースでこちらでも、食べ、眠り、散歩して過ごしていた。お兄チャンたちと一緒の数日間も殊のほか楽しかったようで、ママやパパに対するのとはまた違った甘え方、ジャレ方をして、タップリ遊んでもらっていた。
そんなこんなで、取り立ててどうといったことは何もなく、できたら...と思っていた藤乃家にも、ハットウォルデンにも、ぼのボーノにも行けなかったが、森で過ごした1週間はまずまず心身の癒しにはなった気がする。最後の2日は生憎の雨だったが、帰途通った牧場通りの山桜が、高原の春の名残を惜しんでくれていた。

横浜に戻ってきて数日も雨続きで、あまり清里のことを思い出す気分にならなかったが、このところは朝から暑いくらいの陽気なので、ムッシュと散歩しながら“清里の朝は涼しくて気持ち良かったネー”などと話し合っている。

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