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2009年4月 6日 (月)

望春の清里

例年より一足早く、清里の山荘へ行ってきた。いつもだと、平地のソメイヨシノがすっかり散ったころに出かけ、中央道沿線の山々の白い山桜を眺めながら走って、標高700~800メートルの長坂・大泉あたりでもう一度お花見をするのだが、今年は横浜が2~3分咲き程度で出発して、戻ってきてもまだ5~6分、ここにきてやっと満開になった。
早く出かけたのには訳がある。昨年は自宅の建て替えで、夏から冬にかけて半年近く山荘で暮らしていたが、その際に持って行った秋~冬(冬~春でもある)の衣服類を、暮れに新居に帰ってくるときにまるまる置き忘れてきたので、まずは、それを急ぎ持ち帰りたかった。また、山荘ではあまり役に立っていなかったが新居では使えそうな、籐椅子やキッチンワゴンなどの小家具類を運んできたいという思いもあった。

今回は出かける当日まで、ムッシュを連れて行くかどうか迷っていた。本年度初めての山荘行とあって、到着したとたんにいろいろと作業をしなければならないし、帰りも車いっぱいに荷物を積み込むことになるから、彼にとっては必ずしも嬉しいことではないだろうと考えて...。お馴染みのペット・ホテルに預けて行こうかとも思っていたのだが、いざとなるとそれも可哀そうだし自分たちも淋しいと、結局、連れて行くことに。
賢いもので、こちらがどうしようかと思いあぐねつつ朝から出かける用意を始めていると、彼も敏感にその雰囲気を察知して、ママとパパを交互に見上げながら足元をウロウロ、訴えるような瞳をするので、とても独りおいてゆくわけには行かなくなってしまった。

かくて2人と1匹、ふだん通りの日課も済ませ、成行きまかせでブラブラと遅めの午後に出発。同じ行き先に向けて同じコースを辿りながら、フッと、あの息も絶え絶えだった去年の夏を思い出したが、十分癒えたいまでは、あれは遠い日の夢だったような気さえする。また、本宅から別宅へ向かっているのに、まるで懐かしい田舎の実家にでも帰省するかのような心境になるのはどうしてだろう?新居での暮らしはまだ3ヵ月半だが、昨年は半年近くをずっと山荘で過ごし、身も心もそこに馴染んでしまったからだろうか?
ともあれ、久し振りのことではあるので、水抜き口の閉栓、各ブレーカーのスイッチオン、水道元栓・ガス・オイルなどの開栓、水回り各部の凍結・漏れなどの有無の点検、ボイラーや床暖房の始動など、クローズのときとは逆の作業をしなければならない億劫さはあったが、半面、住み慣れた家に戻るような気楽さもあった。

清里といっても標高1400メートルの高みにある我が山荘の季節感は、平地のだいたい2ヵ月遅れ。だから3月末や4月の初めはまだまだ寒い。清里の森のホームページで気象記録を見ても夜間から朝にかけては氷点下の日が続いていたので覚悟はしていたが、横浜自宅を出たときには2ケタ台だった気温が長坂インターで中央道を下りるころから1ケタ台になり、さらにどんどん下がり続けて、山荘に到着したころはついに0度にまでなった!
夜目でよくは見えなかったが、家の前の道の路肩や玄関ポーチ軒下、横庭の北側斜面などには、まだ少し雪が溶け残っていたようで、車から降りて寒風に晒されると、半端ではない冷気が肌を刺した。

そんな中、自分は屋内と地下室を何度も往復して、すべての排水栓を閉め戻し、水道・ガス・オイルの元栓を開け電源をセット。家内は急いで暖炉を焚き、ボイラーと床暖房をスイッチオン。どこも水漏れはしていない、カランから水も湯もチャンと出る、床も暖まってきた...と、一通りの点検を済ませて、やっと一息ついた。
クローズ時にはチャンと水抜きをしたつもりでも、どこかが凍結して破裂したりしていないか、電気系統は大丈夫か...などと、毎年、ここに戻ってくるまで心配しているが、今年も無事で、ひとまず安心した。そういうことがなくて当たり前なのだが、山荘を建てて数年は、いつも何か一つぐらい忘れたり、見落としをしたりして、春のオープン時に、水が出ない、暖房が利かない、などという騒ぎを繰り返していた。

その晩は2人ともヘトヘトに疲れてしまい、まともに食事する気にもなれず、途中談合坂SAのリトルマーメイドで買ってきたサンドイッチを熱いミルクティーで流し込んだだけ。部屋が暖まってくるにしたがって猛烈な眠気に襲われ、テレビを見る気も話をする気も起こらなくなり、それぞれ早々と2階の自室に引き上げた。
眠りにつく前、目の隅で天窓を見上げると、屋根にも雪が残っていることに気がつき、改めて寒気の厳しさを認識したが、天気予報では翌日は晴れて温度も上がるということだったので、目が覚めるころにはそれも溶けてなくなっているだろうと勝手に想像していた。

ところが翌朝、どうも室内が暗い。カーテンを開けていないからかと思ったが、それだけではないようだ。眠い目をこすりながら上を見ると、天窓が全面雪に覆われているではないか。ン?と思って起き上がり、眼下の裏庭を見ると、そして表側にまわって前庭を見ても、地面もベランダも車の屋根も一面真っ白になっていた。空は確かに青く晴れ上がってはいるが、どうやら昨夜のうちに降ったらしい。
ムッシュに朝の散歩をさせるため外へ出ると、積雪というほどには当たらない1~2センチのパウダースノーで、朝日の当たるところから溶けて行く様子。陽が高く昇るにつれ、軒先のツララもポタポタ水を垂らして痩せ出した。清里はまだ冬から完全に抜け切っていたわけではなかったが、それでもやはり、春は確実に近づいているようだった。

冬から完全に抜け切らない清里 午後には、以前からの残り雪は別として、昨夜の雪はあらかた溶けてしまった。そこで、折角だから家の中に籠ってばかりいないで出かけてみるかということになり、まずは清泉寮のパン工房へ。ここは、食パンも美味しいがデニッシュやジャム類がまたいいと、家内はお土産を含めてしこたま買いこんだ。ムッシュが店内に入れないので、自分は一緒に外で遊んでいたが、シーズンオフのためか建物の周りには人影もなく、広い庭の向うで、夕暮れの八ヶ岳が逆光の中に黒ずんでいた。
ちょっと時間が早かったが、ついでに夕食も済ませて帰ろうと、その足で藤乃家へ。冷えた体を中から温めたかったので、たまには汁ソバもいいかと“八ヶ岳きのこそば”なる特別メニューを注文したら、これが大正解。いいダシが出ていて実に美味かった。

雄大なパノラマ ...と、それぐらいで、とりたてて何もしないうちに時間が経ち、帰る日がきた。でもまずまずの天候だったし、束の間の滞在ながら山荘開きも恙無く終え、未だに冠雪したままの八ヶ岳・富士・南アルプス・奥秩父の山々の雄大なパノラマも、久し振りに目に収めることができた。
昨年末の帰り支度とは違ってのんびりと、しかしこんどは忘れずに衣服・小家具類もみな積み込んで、山荘を後にしたのはやはり来るときと同じ午後だったが、帰り道は甲府盆地一面の桃畑が、麗らかな陽の光に映えて美しかった。たぶん、濃密な春の香りが漂っていたのだろうが、無粋な花粉症マスクの内側までは届いてこなかったのが残念だった。

清里の森が本格的な春になるまでは、あと暫くかかりそうだ。

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コメント

清里の春はいささか未だ遠いのですね。
北杜市に桜の銘木のあると聴き、見に行きたいと願っております・・・が。
我家の山入りは今年もゴールデンウイーク頃となりそうです。
山の空気・・恋しいです!!

投稿: まみ | 2009年4月 6日 (月) 08時17分

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