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2009年3月16日 (月)

マイ・パソコン...その後

<祝>カムバック!! 自分で祝ってりゃあ世話はないが、予想よりも早くここに戻ってくることができたのでツイ嬉しくなってしまって...。

我がパソコンは、1月19日に報告した後も相変わらず調子が悪くて悪くて、薄氷を踏むような思いをしながら使っていたが、先々週の記事をアップした後、電源を入れたまま小一時間外出し戻ってきたら、画面が真っ暗になっていた。省電力やスリープの状態ではなく、どうやっても明るくならず、角度を変えて光を当ててみると、かすかにデスクトップの画面が見えるが、アイコンの絵柄や文字はとても読み取れない。でも、だいたいの位置で覚えていたメールやインターネットのショートカット・アイコンをクリックしてみると、それまでと同じように時間がかかりはするものの、画面は開くのがわかった。
ンー...この状況、どこかで経験した記憶があるゾ...と考えてみたら、前機の終末がそうだった。やはりこれと同じS社のVで、約2年半前のこと(その顛末は06年7月20日ご参照)。だがそのときは、極小型ノート(これもS社のVでカメラ機能がついていることなどで一時話題になったヤツ)に繋げて使っていた14型のディスプレーが手元にあったため、それに接続して使うことで作業には穴を開けずに済み、しばらくはそうしていたが、結局、“修理には10万円くらいかかるし、いっそ買い替えては?”というS社カスタマーリンクの兄ちゃんの甘言に乗せられ、同社Sスタイルの通販で新品を買ってしまった。

前のモデルは、それでも4年は保った勘定になり、そんなものかも知れないとまあまあ納得していたが、今回はそういう状態になるのがいささか早過ぎた気がし、もしや回復してくれるのではと一縷の望みを抱いて、ヘルプデスクにサポートしてもらいつつ何度も、さまざまなリカバリーを試みた。しかし、どうやってもダメ。前と同じく、“ディスプレーの液晶バックライトの寿命が尽きたのだと思いますが、修理をいたしますので送ってください”ということになった。とうに保証期限が切れている(メーカー自身の通販だったから量販店で購入した場合のような延長保証の制度もない)ので当然有償、やはり7~10万円で、前後10日間ほどかかるということだった。
こんなに早く、こんなことになるとはまったく思っていなかったから、例のディスプレーはずっと清里の山荘に置いたまま(接続ケーブルも)。それがあれば当座は何とか凌げるのにと思ったが、まだまだ寒い中それだけのために清里まで出かけるのもシンドく、修理に出すか、はたまた買い替えるかの択一を迫られることになった。そしてどちらにしても、データのバックアップを取って置かなければならないことも...。

そう言えば前回のときには、コンピューター・プロの長男にSOSを発し、既存データのバックアップ取りと新機への移し替えをしてもらった。そこで今回も何とかならないものかと、忙しいのはわかっていたので気を遣いつつ相談してみたら、週明け早朝出張の前日、何とか時間を作ってバックアップ取りと移し替え作業をしに来てくれると言う。となると必然的に、現機を修理に出している時間はなく、新品を買うほかない。ならば今度は、行けばその場で手に入り、長期(5年)保証も付けられる家電量販店でと腹を決めた。
長男によれば、バックアップを取るためにパソコンと繋げるディスプレーの代わりには、いま我が家にあるテレビが使えるし、接続ケーブルも持参してくるというので、あと必要なのは新しいパソコンだけになって、その日にまず買いに行き、その後一気に作業をやってしまおうということになった。

で、ちょうどそのころ、引っ越し後まだ完全に済んでいなかった室内の整頓や家具の配置替えなどのための力仕事で次男も来ることになっていたので、男たち全員がタイミングを合わせ、次男の車で最寄りの量販店Y電機へと走り、さっそく新機を仕入れてきた。
これまで9年、3台にわたりS社のV(プラス・ディスプレー1台)を使ってきたが、まったく同じ不具合が、それも思ったより短期間に続けて発生したので、Sはもう沢山という気分になり、長男や販売店の兄ちゃんの意見も聞いた上で、自分の好みも取り入れ、今回はN社のVNというモデルにした。ディスプレーとキーボードが分離している一種のデスクトップ型だが、AC電源以外はコードレス(マウスも)かつ軽量、屋内ならば持ち運びもできるタイプで、なかなか気に入っている。

Y電機から戻ってすぐにバックアップ取りの作業を始めたが、新機の基本的な設定とデータの移し替えが終わった(といっても、すべて長男がやってくれたのだが)ときには、かなり夜も更けていた。翌日の早朝出張のため長男はそれから自分のアパートへ戻り身支度を整えた上で都内前夜泊をせねばならないということだったが、作業が終わるまで文句も言わず次男がずっと待っていて、夜中までかかって兄を送り届けてきた。
グラフィック・ディザイナーの次男は使っているパソコンがMacなので、今回の作業自体には直接タッチしなかったが、決して忙しくなかったはずはないところ黙って時間を割き、機動力を発揮してくれた。ITにあまり強くない上に馬力も衰えてきた父のピンチに直ぐに飛んできて協力してくれた二人とも、どうも有難う。父も母も感謝している。

...が、これですべてが終わったわけではなく、翌日は自分自身でインターネット接続の設定に取り組んだ。長男が心配して、出張先からたびたび電話をしてきたが、プロバイダー(ケーブルテレビ会社I)のサポート・センターのお姉さん(小母さんかな?)がとても親切で無事開通。また、OSが前機のウインドウズXPから新機ではVistaに変わったためやり直さなければならなかったプリンターの設定も、翌々日に済ませることができた。
早速、溜まりに溜まった公私のメールや購読している内外のメルマガをチェック、返事を書いたり情報をクリッピングしたり、お気に入りのブログもまとめて読ませてもらった。そして、なぜこんなことになったのか、いま一つ腑に落ちなかったので、事後ではあるが、自分の使い方に何か問題があったのか?他のVユーザーの場合はどうなのか?そもそもパソコンの寿命はどれくらいなのか?といったことを、さまざまなサイトで調べてみた。

すると、自分とまったく同じように、“処理能力が著しく落ちてきた”、“バックライトがダメになった”と言っているVユーザーが予想外に多く、パソコンに限らずS社の製品は壊れるのが早過ぎると感じている人もかなりいて、それもタイマーでも設定してあったかのように保証期限が切れたころにそうなるため、“Sタイマー” なる都市伝説まで存在する(Wikipediaにも書いてある)ことを知った。
S社のノート・パソコンはスタイリッシュだし、何か1つ同時期の他社にはない新機軸があったりして、好きで3台も続けて使ってきたのだが、どのモデルにも苦労させられた(9年前に買った極小型は裏面のゴム足がベタベタに溶けてしまうほどの異常な高温を発するので、まだ使えるには使えるけれども断熱板に載せなければならない)身としては、そんなことでも言いたくもなる気持ちもわからないではない。

パソコンの寿命というか耐久時間についても、正常な使い方をして約2万時間という説が妙に説得力があった。これは、1日3時間くらいしか使わない人にとっては約10年間に相当するが、仕事柄、自宅などで寝る時間以外はほぼフル稼働させている人の場合は約2年間に相当するという話。
自分などのケースはまさにこの後者に近いのだが、そうすると目いっぱい消耗したということで、今回の件は仕方がなかったのだろうか?確かに、パソコンだけでなく、それを使っている自分自身をも同時に酷使し過ぎていた嫌いがあり、どちらももう少し長持ちさせるには、これを機会に一日の過ごし方を考え直した方がいいかも知れないと、実はそんなことに、まったくパソコンが使えなかったこの1週間で気がついた。

パソコンが使えなくなった最初のうちは、サッサと机の前に座って仕事を始められないことが何か物足りなく苛立たしい気がしてならなかったが、この齢ではむしろそういう何もしない時間のあることこそが正常なのかも知れないと、だんだん思えるようになってきた。またこれまで、情報はほとんどインターネットで間に合うと思い新聞はザッとしか目を通していなかったが、そうでもないことを今更のように認識し、昔のように時間をかけてよく読み、クリッピングしたりもするようになった。
“親が死んでも食休み”などと俗に言うが、食後ゆっくりするようになったら、消化にもいいような気はするし、パソコンの画面と四六時中睨めっこしていなければ、目の疲れも少なくなる。パソコンのない生活は考えられないが、これまでは知らず知らずのうちに中毒症状に陥っていたかも知れないと反省した。

不便でいろいろと困りもしたが、そんな、自分を見直す機会にもなった今回の一件だった。

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