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2009年2月16日 (月)

“引越し狂騒曲”後日談――あの会社はなぜ倒れたか

今回の家建替えに関わる引越しについては、昨年8月4日の“引越し狂騒曲”に書いて以来あまり多くを語って来なかったが、実はあのときの雑な仕事をした引越し会社(M引越しセンター)は、9月に倒産、10月に破産をし、そのためわが家では散々迷惑を蒙った。イヤ、今もってそれを引きずっていると言った方が正確かも知れない。
問題は大小いろいろとあったが、先ずは、その会社がこの世に存在しなくなったため、トランクルーム(これは別会社のS倉庫)に運び込んでいた家財を新居まで運び戻す別の引越し会社を改めて自分で手配しなければならなくなったこと。Mの管財人という大阪の弁護士が正式にそのことを通知してきたのはもう12月に入ってからのことだったので、それからの3週間というものは、すでに決まっている帰宅予定を控えてバタバタだった。

理屈の上では自分がしなければならないとは理解できたが、作業すべき現地から遠く離れて打合わせや交渉をするのは至難の業だったし、この会社を紹介・推薦したのが今回の家のビルダーだったこともあり、一切をビルダーにアレンジしてもらうことにして、何とかこの件は目途をつけた。
しかし、もう一つ、小さいようではあるけれども大きな問題があった。それはあの日、旧居がすっかり空になっていよいよ山荘へ出発しようとしていたとき、Mの営業担当者がS倉庫への搬入完了の報告を電話でしてきて、“私が倉庫の必要スペースの予測を誤りまして、どうしてもダンボールが3個ばかり収容しきれず、その分を個人的にお預かりしておきます”と言っていた件。

そのときの状況からすれば良いも悪いもなかったので、“じゃあ、よろしく頼む”と言うほかどうしようもなかったが、これが現在も後を引いている。管財人から通知があってM社の破産を知ったとき、真っ先にこのことが気になって、八方手を尽くしてその営業担当者個人の携帯電話らしき番号を探し当て(預かり伝票上のメモから)コールしてみたが連絡がつかず(電話に出ない)、管財人が消息を尋ね当てて連絡をとった後も、本人が直接自分と話をすることはできないという。
ので、管財人経由で個人的預かり荷物のことを確かめたら、驚いたことには、“あのとき言ったのはそういう予測だということで、実際は全部倉庫に収納できたから自分は何も預かっていない”という、手の平を返したような返事が返ってきた。そう言われてしまうと、自分も直接その場に立ち会ったわけではないし、どの家財がその最後の3個のダンボールに該当しているのかも知る由もなく、電話で、しかも中間者を介して、“言った、言わない”を繰り返しても水掛け論になってしまうので、運び出し預けたはずの家財(それも完璧に記憶・記録しているわけではない)が最終的にすべて戻ったか、戻らないものがあるかがわかった時点で判断するほかないかと、とりあえずは思わざるをえなかった。

トランクルームに保管されていた家財が別の引越し業者によって運び戻されてから、もう1ヵ月半以上経ち、山のようだったダンボールはすべて開梱され、中味のほとんどは置くべきスペース、収納すべき場所に移された。これで結果的に、すべてのダンボールには何が入っていたかが明らかになり、搬出前にあったはずのものでどうしても見つからないものがあることも判明した。見つからない理由は、①8月に旧居から搬出しなかった、②搬出したが何らかの理由で倉庫に収納しなかった、③今回倉庫から出庫しなかった、④倉庫から出庫したが何らかの理由で新居に搬入できなかった――などのどれかになる。
①    は自分たちによって、③は倉庫会社によって、④はMに代って運び戻しを引き受けた
引越し会社によって、あり得なかったことが証明されているので、どうもこれは②が限りなく怪しく、それはMの営業担当者があのとき電話で言っていたこととも符合する。にもかかわらずMの営業担当者がそうでなかったと言っているのは、最早関係なくなった前の会社の客などは面倒になって、シラを切っているとしか思えない。けれども、それに反論するだけの材料もこちら側にないので、何とももどかしい。

行方不明になっているアイテムというのは、引越しの直前まで愛用していた温泉卵製造器、カセット・コンロ、包丁用砥石、赤飯・白飯などのご飯パック、海苔缶、袋詰コーヒー、一部の客用食器類、相当枚数のタオルなど、旧居でキッチン戸棚やユーティリティー、パントリーなど日用生活用品収納のための一定の場所に置いてあった品々で、自分たちが段ボール詰めをしたわけではないが、ちょうどその3箱分くらいに当たる。
どれも、新居に戻ってすぐにでも見つからないと不便なものではあったが、何物にも代え難い貴重品というものでもないだけに、きわめて腹立たしくはあるものの、もう存在していない会社を相手どって事を構え、あくまでも是非を追求しようという気にまではなりにくく、かといってこのまま泣き寝入りするのも気持ちが治まらず、ハテ、どうしたものかと考えた。

そこで思いついたのが、大・中・小の企業経営が立ち行かなくなって次々と倒産に追い込まれているこの時代、客としての自分の不満足体験を通じて、その原因をつくったM社のビジネスのやり方を振り返り備忘ログしておくことは、引越し会社に限らず諸々の会社にとっての、企業経営・マーケティング上の“反面教訓”になるのではないかということ。
会社を衰退に導きたくない、事業の基盤を確固たるものにしておきたいならば、このM社のようなやり方をしていてはダメだということを、大きなお世話だろうが言っておきたくなったわけである。もちろん、裏を返せばこのことは、客が危ない会社を見分けるためのポイントにもなる。

ところで唐突だが、「企業にとって株主と顧客と従業員のどれがいちばん大切か」という議論があることをご存知の方は多いと思うが、あなたはどういう意見をお持ちだろうか?いろいろな考え方があるだろうけれども、自分はこのような質問は、一見鋭いポイントを突いているようでいて、はなはだトリッキーだと思っている。どれを最重要としても何とでもロジックはつけられ、実はそれぞれのどれもが他の前提でありかつ結果であるという相関関係にあって、どれが一番とか択一して差をつけることなどできないからだ。
つまり、“どれも大切”というのが平凡な正解なのだが、要は、この中のどの一つを忘れてもならないということで、忘れる部分とその割合が大きくなるほどその会社は、危険に向かって突っ走って行くことになる。

株主というのは資本家で、中小企業などの場合には経営者と言い換えてもよく、彼らを大切にするというのは儲けさせること、つまりせっせと売上・利益を伸ばすことで、そのやり方が正しいかどうか、上手いか下手かは別として、これを忘れる会社はないはず。というよりも、それだけが大切と、他の2つ、すなわち顧客・従業員にまで思いが至っていない会社が圧倒的に多いのが、残念ながら実態だ。
そういう会社は、顧客・従業員の中にも会社に対する愛情や忠誠心が形成されていないから、経営は下支えのない砂上に楼閣を築いているようなもので、何かの理由で収支のバランスが狂うとたちまち悪循環に陥ってしまう。前置きが長くなったが、M社の場合がまさにその典型と言える。

世の信用調査会社などは、M社倒産の原因を、経営者一族間の私的不祥事による金融面での信用低下によるとしているが、それは一つのきっかけではあっても根本的な原因ではなかったのではないかと自分は感じた。問題なのは、M社には“一方通行”の広告宣伝と営業と生産(引越し作業)はあっても、“双方向性”を持った本当の意味でのマーケティング活動が行われていなかったのではないかということだ。
具体的に言うとM社は、広告宣伝には結構力を入れ、実体を伴わないある種のイメージづくりには成功していたようだが、それを裏付ける顧客満足の形成、その満足を生み出すための従業員教育、そしてそれらすべての根本となる積極的市場・顧客情報獲得とそれに基づく絶え間ないシステム改善ができていなかったようだ。

思い起こすと自分たちも昨夏のあのとき、物理的・心理的余裕のないまま十分な作業工程の比較検討もせず、ほとんど価格だけでMに決めてしまったが、その一連の作業の質は“引越し狂騒曲”にも書いた通り、杜撰の一語に尽きた。作業員が記したダンボールの表書を開梱のときに見ても、用語・記号などが人によってバラバラ(しかも表現が稚拙)で統一性・一貫性がなく、どこにあった何が入っているのやらサッパリわからず、必要なものを探し出すのにエラく苦労した。
自分たちはこれまで、業者に依頼するような大きな引越しは3度ほどしていて、利用した会社はその都度違い、どれにも必ずしも満足していたわけではなかったが、今回ほど混乱を極めたことはなかったように記憶している。どの場合も、少なくとも事前の打ち合わせはあったし、当日の作業もまずまず統御されたやり方で行われ、事後の対応もなされた。それから判断すると、直近でも四半世紀近く前のことだから明文化されていたかどうかはわからないが、どの会社にも、それなりの作業要領と顧客対応の体制、そしてそれを実現するための社員教育のようなものはあったと思える。

ところがMには、事前営業・当日作業・事後対応を通じて、何のマニュアルも、チェック・システムも、教育プログラムもなかったようだ。営業担当者は単に値引きを武器に注文をとるだけで客の希望や事情を知ろうともせず、当日の作業員はただただ仕事を早く終わらせようとするだけで引越しの目的にもその場の客の気持ちにも無頓着、そして事後は...それっきりナシの礫で、客が問い合わせても平気で嘘をつく。現に、10月の破産前に9月の倒産が報じられたとき心配になって問い合わせたら、“あれは大阪のMセンターのことで、東京はまったく関係ありません。”と言っていた。
こういうことになって、いまさら遅いとは思ったが、念のためインターネットで“引っ越し業者評判サイト”を見ると、イヤハヤ出るわ出るわMの悪評が...。いわく「約束を守らない」「作業はメチャクチャ」「問題が起きても営業はノラリクラリ」「もう二度と頼まない」「あんな会社は倒産して当たり前」等々。もっと早くこれを読んでいればと思ったが、投稿日付をよく見たら、すべて自分たちが依頼して以後のものだった。残念!

無理に結論を急ごうとしているわけではないけれども、これらの根源はすべて、“顧客を大切にしない”、“顧客の言うことに耳を傾けない”というM社の体質に集約されるのではないだろうか?だから、波及的に仕事が拡大するということがなく、逆にどんどん萎んで行って、ああいう結果になったのだと思う。
おそらく、“テレビCMでそれらしいイメージを振りまき続ければ引き合いは入ってくるから形振り構わず値引きしてでも注文を取り込め”、“引越しにリピートは期待できないから釣った魚にエサをやる必要はない”、“作業は人件費の安いアルバイトでともかく手早く沢山こなせ”...と、こんな方針でやってきて、スパイラルに嵌まって行ったのだろう。

一度受注した客を大事にしないという、とんでもない勘違いをしていたわけだが、たとえ引越しビジネスの客には、それ自体の反復・継続性は乏しいにしても、良くも悪くも波及効果のハブとなる大きな可能性があることに気が付かなかったのだろうか?現在のようなソーシャル・ネットワーキングの時代には特にそうだと思うのだが。また、客を大切にし、客の言に耳を傾けていれば、それがベースになって社員の士気も上がり、新しいビジネスの芽も大きく育ったかもしれないとも思わなかったのだろうか?
同族会社のMは、昔ながらの経営の意識・哲学から抜け出せないまま事業を運営してきて、自ら最悪の結果を招いた。誰の考えだったのか知らないが、広告宣伝によるイメージづくりよりも顧客を満足させることに、そしてそのための社員育成とシステム構築にもっと投資していたら、違った展開があったかも知れない。

M社ほどではなくとも、似たような経営スタイルの会社は案外多いのでは?余計な心配かも知れないが、改めて意識してみてはどうだろう?...顧客本位に考えず、社員を大切にしていない会社は、いつ危険に晒され、倒れることになるかわからないということを。

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