« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

2009年1月26日 (月)

いま、清里の日々を想う

前半は快晴続きで穏やかな正月と喜んでいた今年の正月だったが、暦はやはりダテではなく、大寒に入ったらチャンと本格的な冬になった。このところ、朝夕は横浜も寒気がきつく、日によっては雪片さえチラつき、清里以来治らない両手足指のシモヤケが辛い。清里の冬は横浜より一足半ぐらい早く11月中旬から始まるが、季語として句をひねるわけでもなし、シャレにもならない自分のシモヤケも、だいたい同じころに発症する。
田舎の子だったころの昔とは生活環境も全然違うし、毎日朝晩の水仕事をしているわけでもないのだから、いまさらシモヤケで悩んでいるのもどうかと思うが、この2~3年、気温が一桁台になる季節がやってくると、身体の末端の冷えがひどくなり、そういう症状になってしまうのだ。要するに血の巡りが悪くなっているわけで、末端といってもこれが手足だからまだいいものの、頭の方まで来たらチョッとヤバイのではないかと思う。イヤ、もうすでに来ているという説もあるが...。

で、細かいことをするとき以外は、家の中でもほとんど手袋をしっ放し。パソコンなども、どうしても時間が長くなってしまうため、手袋のままキーボードにタッチせざるを得ず、しょっちゅう余計なキーまで叩いては打ち直しをしているので、効率が悪いこと夥しい。
治療のため、清里にいる間に麓の診療所で処方してもらった塗り薬と飲み薬を用いているが、1ヵ月分だけだったはずなのにまだ使えている。――ということは、真面目に毎日用いていなかったわけで、これでは治りがはかばかしくないのも仕方がない。

ところで麓の診療所とは、正式に言うと大泉中央診療所。昨年10月20日にも書いたが、何ともレトロな雰囲気がたまらなく、いま思い出しても懐かしい。待合スペースの一角が6畳ほどの小上がり風畳の間になっていて、11月中旬ころからは大きなコタツがしつらえられるので、そこに手足を入れて十分暖をとり、“ガソリンの値上がりは困ったモンですナ”などと世間話をしながら、ノンビリと待ち時間を過ごすことができた。
この診療所がある辺りは、旧大泉村の村役場(現北杜市役所支所)やJP(郵便局)、JA(農協)、駐在所などが集まっている地区の中心地だが、北を振り仰げば八ヶ岳、南には甲斐駒・北岳など南アルプスの山々を見遙かす絶好のビュー・ゾーン。内科や歯科や皮膚科で診てもらいに来たついでに目の保養までできる仕掛けになっていた。

そこを初め、チョッとしたところへ出かけるにはどこへ行くにも、山荘からは車で20~30分かかっていた日常は、不便といえば不便ではあったが、行き帰りに繰り返し眺めた360度の雄大な展望と、フィトンチットをタップリと含んだ澄んだ空気は、それを補って余りあるものがあり、夏から晩秋にかけての清里の暮らしには文句をつけるところがなかった。
ただし、冬場の暮らしはそう生易しくはなく、未明には氷点下まで気温が下がるようになる11月の下旬ともなると、毎日朝晩、暖炉を焚かずにはいられなかった。室内全体が暖まるには時間のかかる床暖房だけでは、とても足りなくなるのだ。

12月の清里の山荘の様子 清里・大泉・小淵沢など、八ヶ岳南麓の山梨県側は、北麓の長野県側とくらべると比較的に降雨・降雪量が少ないとされているのだが、それでも一冬に何回かは相当量の雪に見舞われる。まだ自分たちが居た12月の中旬にも20センチほど積もった日があり、車を出すために、車上の雪下ろしと前庭および前面道路の雪かきに大童だった。
その後数日間も、夜間は轍の跡がそのままアイスバーンという状態が続き、その上にまた何度か粉雪が、薄くではあるけれども降り重なることもあって、予定していた12月24日に無事横浜に帰れるどうかヤキモキさせられた。


1月の清里の森の様子 当日後の様子を聞くと、自分たちは丁度いいときに戻ってきたようだ。その翌日・翌々日には2日続けて積雪があったとのことだし、そのまた翌日には、最低気温が氷点下13度近くまで下がったという。もし、山荘を引き揚げるのが1日か2日遅れていたら、その後いろいろと予定が狂って、面倒なことになっていたかも知れない。
清里の森管理公社がホームページで発表している気象記録によれば、年が明けた1月はさらに寒気が厳しくなった。最低気温は連日氷点下で、これまでのところマイナス10度前後の日も10日以上、積雪(写真は管理公社ホームページから転載)はつい先日も含めて4回あり、そのうち20センチに達したことも2回あったと報告されている。

そう言えば、こちらに戻ってからまだ1ヵ月しか経っていない勘定だが、早や、あの厳しい清里の寒気に耐えてきたことを忘れて、氷点下にも達しない横浜の寒さぐらいで音を上げている自分が、考えてみると情けない。森には、家族3代で20年近くも定住して、小学生のお子さんたちを数キロ離れた学校まで通学させているお宅もあるというのに。
5ヵ月あまり清里の森で暮らし、そんな一家ともお近づきになれたりして、楽しいことも沢山あった。マックもミスドも回転寿司もないが、とびきりのパンやケーキやアイスクリームや手打ち蕎麦を食べさせてくれるお店があり、果物・野菜をはじめ地元産の食材もすこぶる美味で、食生活にも何の不満もなかった。デパートやブランド・ブティックはないが、1時間足らず車を走らせれば小淵沢の林間にはアウトレット・モールもあって、ボストン郊外のタングルウッドあたりを散策しているような気分も味わえた。

いまとなっては、そんな清里での日々は、時間がシンプルにゆっくりと流れる異次元の空間で過ごす夢を見ていたようにさえ思えるが、どうやらその夢を、別れを告げる日が過ぎてもボーッと見続けていたようで、大事なものを忘れてきたことを数日気付かなかった。出発する直前に車に積み込もうと思っていたコートやジャケットやパンツなど4組、お気に入りの冬の外出着一式で、自分的には欠かせなかったものだった。
ので、少し落ち着いたら日帰りででも取りに戻ろうかと思っていたが、こんな気候だし、代わりに着るものがないではなしと引き止められ、春まで待つことにした。

いま清里は、真冬に突入したところ。2月に入ると気温はさらに下がり、雪もこれだけでは済まなくなるが、山荘をオープンしに行けるのはいつになるだろう。
建てたばかりのころは本格的な春が待ちきれず、残雪の下にフキノトウが顔を覗かせる3月下旬には出かけたものだったが、最近はそれほどの元気はなく、雪がすっかり消え去ってコブシの花が満開になる4月下旬まで待つようになった。

でも今年は、忘れ物のこともあるし、少し早めに行ってみようか...。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年1月19日 (月)

コンピューターがわからんッ!

昨年の暮れに清里から横浜に戻って来て、こちらでインターネットに再接続して以来、どうもパソコン(本体かソフトウエアかわからないが)の調子がよろしくない。よろしくないなどというレベルではなく、かなり悪いといった方が当たっているかも知れない。
どう悪いかというと、まず起動(いわゆる“立ち上がり”?)に時間がかかり過ぎる。朝起床後、電源を入れてからデスクトップにすべてのアイコンやツールバーが現れるまで、正確に計ってみたわけではないけれども、10分近くかかる。

そしてメールボックスの受信画面が現れアンチスパム・ソフトウエアによる承諾メールと拒否メールの振り分けが終るまでさらに数分。それも、まともにその段階にたどり着くことは滅多になく、ほとんどの場合、最初は「エラー」画面になり、それを閉じるとやっとメールを開封できるところまで進む。
ウイルス汚染防止やセキュリティ保護のために、毎朝3種類のプログラムのアップデート作業を行うのを日課にしてきたが、このスピードも遅い。特にセキュリティ保護のためのNというプログラムは、従前だとほぼ1時間で終ったのが、半日もかかるようになった。その中の1項目については毎日のように、“1月1日以降アップデートされていないが今すぐしますか?”という警告が表示されるので、そんなことはないはずだがと訝りつつもただちにOKボタンをクリックするが、翌日また、まったく同じ表示が現れる。

文字の入力画面が現れるまでにも異常に時間がかかり、長時間(と言っても1~2時間だが)使い続けていると文字の入力・変換が乱れ出す。ひらがな入力でキーボードを叩いても文字がなかなか現れず、漢字への変換にも手間取る。あまりに遅いので、キーボードの叩き方が悪かったかと2度・3度繰り返すと、時間をおいてこんどはそれが全部一度に、ドドドドッと変換され、ヤレヤレとバックスペース・キーで余計な部分を削除しようとすると必要な部分まで消えてしまい、やり直す破目になる。
これを入力している今ここでも、その現象が起こっているし、メールの文字入力をするときにも、同じような状態になることがある。そうそう、必死にキーボードを叩いている最中に、“ムービー内のスクリプトが原因でAdobe Flash Player9の実行速度が遅くなっています。このまま継続すると応答しなくなることがあります。スクリプトの実行を中止しますか?”という警告がしばしば現れるが、IT音痴の小父さんにはワケがわからない。一体自分が何をしたというのだ!どうすりゃあいいのだ!。

メルマガやウエブサイトのリンクから他のサイトにジャンプするためにクリックしたとき、ランディング先の画面が開かれるまでの時間もずいぶんかかるようになった。
とにかく、このごろ我がコンピューターは、何につけても反応が遅くて、辛抱強いことでは定評のある(?)この私も、さすがに我慢しきれなくなって、ツイ、マウスをクリックし過ぎたり、エンター・キーを叩き過ぎたりしては、自らトラブルを招いている。

自分のパソコンはS社のVで、テレビも受信できるモデル。OSはウインドウズXPで、購入してからまだ2年半だが、テレビの画像・音声にも、時期を同じくして異常(音声がほとんど出なくなる、出ても途切れ途切れになる、画像がテレビ電話のようなストップ・モーションになる)が発生するようになった。
毎朝、電源スイッチオン後、リモコンまたはパソコン上のボタンでテレビに切り替えようとすると、一度では反応せず、2度目の切り替え操作でやっと反応し始めるが、画面や音が出てくるまで、やはり10分ぐらいかかる。

したがって今はもう、朝のテレビは自室のパソコンで見るのを諦めているが、癪なことに、パソコンをある程度使い出すと、切り替えにもさほど時間がかからなくなり、画像・音声の異常も感じられなくなる。が、どういうわけか夜遅くなると、また、朝ほどではないけれども、画像のストップ・モーションと音声の途切れが起こる。何故だ!まだそんなに古くなったとは思えないが、自分のパソコンはイカレてしまったのだろうか?
しかし自分の場合は現在、インターネットもテレビも、電鉄系のIというケーブルテレビ会社兼ISPの通信回線に拠っており、具合の悪くなったタイミングがたまたま、電話回線でインターネット通信だけを行っていた清里から切り替えたときからだったので、パソコンだけでなく、ケーブルテレビ回線の通信環境も疑ってみる必要があると思った。

こんなことが毎日続いて3週間以上経ち、不便さを遂に我慢できなくなったので、パソコン・メーカーとケーブルテレビ会社の双方のヘルプデスクにサポートを仰ぐことにし、まずはケーブルテレビ会社兼ISPのI社に電話をかけてみた。
カスタマーサービスとして表示されているフリーダイヤルに電話をしたら、そこはインターネットのことだけしかわからないのでテレビ担当の方にも電話(有料)するように言われ、電話をかけ直して状況を話すと、結局、I社側で調べたところでは送受信とも問題箇所は確認できずパソコンの問題かと思われるのでメーカーに相談して欲しいと、あっさりいなされてしまった。

ので、S社のVカスタマーリンクに電話した。ここはさすがに、なかなか親切に対応してくれた。状況から判断して問題かも知れないと思われる点のチェックと改善のためだろう、普段は経験したこともないさまざまなステップを踏む作業の指示を受け、間違えるまいと気を張り詰めながら何とかフォローすること小1時間。途中、コンピューターを再起動している間は特に話すこともないわけなのだが、お互い電話口でただ黙っているのに耐え切れず、“こりゃあ、やっぱり時間のかかり過ぎですね”、“でしょう”などと雑談。
で、いろいろと説明してくれたが、素人なりに何となく理解できたことは、“ディスクの容量に対してマイ・ドキュメントの保存データがかなり一杯一杯になっているので、Dドライブに移します”という部分。そういえば確かに、横浜に戻ってくるまでの半年間に、建築中の家の進行状況(自撮・ハウスビルダー撮)や清里の山荘近辺・八ヶ岳・南アルプス・富士山などの画像を、やたら沢山ため込んでいた。

“データの移し替えには30分以上時間がかかるが、それが終れば恐らく状況は改善されるはずなので、結果をみてまたご相談を”ということだったし、こちらも後の予定があり、それ以上パソコンにへばりついているわけにも行かず、その場は一たん終了。
しばらく経って験してみたら、確かに、サイトからサイトへのジャンプ、文字変換などは幾分早くなったように感じられたので、さらに身軽になろうと、余計なデータをファイルから削除するなど自助努力もして、翌日からを楽しみにその晩は電源オフ。

ところが、翌朝また電源をオンにすると、依然としてパソコン自体もテレビも、立ち上がりには今までと同じくらくらいの時間がかかり、テレビの画像・音声の異常も変わっていない。ガックリ来たが、そこでまたVのカスタマーリンクに電話をして長時間のやりとりをするのも、当方としても大変だし、パソコンとしての機能がまったく利用不可能というわけではないので、我慢しつつ、“私設ヘルプデスク”の長男が来てくれるのを待った。
しかし、これまで歴代のパソコンでも何度かあった不具合をその都度駆けつけては解決してくれていたコンピューター・プロの長男も、今回ばかりはかなり手を焼き、時間切れのため未解決部分を残して帰って行った。予想以上にたいへんな思いをさせたようだった。

解説されても、とても全貌は理解できなかったが、保存データをDドライブに移し替える必要があったという指摘はVのヘルプデスクと同じ。フーム、そういうものかと思わせられたのは、セキュリティやアンチ・スパムのためのソフトウエアが何かにつけて勝手に作動しては、他の目的での操作の枷のような存在になっているかも知れないということ。そして驚いたのは、よく調べてみたら見えないところに、接続してあるプリンターのプログラムによって印刷を実行する際に表示される印刷状況画面が、保存データとして山ほど蓄まっていたということ。
後者には思い当たるフシがある。自分は内外のビジネス・ジャーナルの情報をほぼ毎日チェックし、必要があると思ったものは資料として印刷保存しておくことにしているが、その際にプリンターから発信されてパソコン上に現れるこの画面を、印刷が終らないうちに消してしまうようなことを何時もしていた。どうもそれがいけなかったらしい。

メーカーと長男に助けてもらって、OSの立ち上がりの遅さとテレビの不具合を除いては、まずまず使える状態に戻った我がパソコンだが、すべてがスッキリともとのようになるのはいつのことか...。
パソコンを使用する高齢者が増えているこの時代、その知識・利用スキルのレベルが自分程度の方はけっこう多いのではないかと思うが、そういう方は自分と同じような経験をしたときにどうするのだろうか?

今回のことで、“コンピューターはわからんッ!”とばかり言っていないで、もう少し理屈を勉強しておかなければと、つくづく思い知った。

トラブルはまだ完全に解決していない。何か改善のヒントをくださる方がおられたら大歓迎!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月12日 (月)

2009年にマーケティングで曙光を!

松の内は近来めずらしく晴天続き。自分のような低血圧人間にとっては、寒いけれども快適な正月だったが、世界経済の先行きは相変わらず不透明で、超優良企業だったはずのトヨタ自動車が予想もしなかった苦境に立たされ、製造業系の大企業が軒並み“派遣社員切り”に走るなど、日本経済も低迷・混迷の中に沈みこんでいる。
こんな時こそ、政官が力を発揮すべきと思うが、霞ヶ関方面からは何の抜本的改善案も聞こえて来ず、一時給付金などと言った小手先の愚策しか出てこない。米国では早くも、国ぐるみで速やかな改革を目指し、着手しているように見えるが、わが国でもそれは火急の要であるはずだ。

しかし、過去何回かの景気落ち込みのときもそうだったが、誰かが何かをやってくれるのを待っていてもダメで、こういうときには文句を言っているだけでなく、たとえ影響力は僅かでも、自分で考え発言し、自分ができる分野で自ら行動することが肝心。
そこで、引越しも一段落して久しぶりにチョッピリ心の余裕ができたこの正月の数日に思い立ったのが、自分が関係しているマーケティングという分野で、何か元気が出そうになる情報や意見を見つけ出せないものかということ。で、お餅の食べ過ぎでいささか緩んでしまったかも知れない精神状態に自ら鞭を入れ、手の届く範囲で年頭のオンライン・ビジネスマガジンを読み漁ってみた。

が、やたら範囲を広げても焦点がぼやけてしまうと思い、結局、米4誌に絞ることに。広告業界誌の「Advertising Age」、通信販売誌の「Catalog Success」、モバイル・マーケティング誌の「Mobile Marketer」、インターネット・マーケティング誌の「eMarketer」だ。
Advertising AgeとCatalog Successはどちらも、伝統的な業界の代表的なジャーナルだが、重要視していることに共通性がある反面、それを実現するための戦略というか政策が相反しているのが、それぞれの現況と将来を物語っているようで興味深かった。

Advertising Ageの注目記事は、同誌1月5日掲載の“デジタル化の波に揉まれながら「原点回帰」に集中しようとする各社マーケティング・トップたち”といった見出しで、Anderson Analyticsが昨年11月から12月にかけて、選ばれた大企業のマーケター1800人から成るMENG(Marketing Executive Networking Group)のメンバー634人に対し実施した調査の結果とそれに対する関係者のコメントをまとめたもの。
それによれば、ほとんどが異口同音に、2009年度は広告費を削減し雇用も縮小ないしは凍結しなければならないと答えているが、4分の3は革新を導き出すための研究開発への投資を据え置きかむしろ増額するとし、3分の2が、顧客をより良く理解するために市場調査費は減らさないとしている。

この調査から読み取ることができた全体的なトレンドが “基本に立ち戻る”という戦略だったからと思うが、それを裏付けるように、マーケティングの重要概念は何かという問いに対する彼らの答えの上位4項目は、「顧客満足」(79%)、「顧客維持」(76%)、「マーケティング投資効果」(65%)、「ブランド・ロイヤルティ」(61%)だった。
このこと自体はその通りで、一方的なマスメディア広告中心でやってきた彼らがよくぞそこに目覚めたと思うが、その半面“?”と思わせられたのは、Web2.0、ソーシャル・ネットワーキング、ソーシャル・メディア、ブログ、バイラル・マーケティング、モバイル・マーケティングといったデジタル時代のキーワードが、彼らにとっては飽き飽きするような流行語としてしか聞こえていなかったフシが、調査の結果に現れていたことだ。

これと対照的にCatalog Successはその1月6日号で、通信販売の専門家が“2009年は繋がりの年”というタイトルの下、顧客を商品・サービスそしてブランドに定着させるための重要なファクターとして、ソーシャル・メディアの強い効果について言及している。
企業が一方的に発信する広告のようなマーケティング活動だけでは今やどうすることもできなくなった、顧客に対するブランド・イメージのコントロールに、ブログやWOM(口コミ)やネットワーキング・サイトは多大な影響を及ぼすというのだ。

近年ますます全小売中に占める割合が高まっている通信販売の顧客・見込客は、購買を決定するのに可能な限りさまざまなチャネルで情報検索をするのが当たり前になっており、相対的に、ブランド側が発信する情報のインパクトはどんどん小さくなってきている。
彼らは、ブランド側の情報をそのまま受け入れるわけではなく、客として受けた印象・体験を仲間うちで伝え合い判断するから、そのプラス・マイナスの影響力には神経を使わなければならないし、Advertising Age上で言われているマーケティングの基本を守るにも、そこを等閑にするわけには行かないということである。

元日に目に入った“2008年を振り返って”というMobile Marketerの記事の視点もそれに近い。コカコーラ、プレイボーイ、フォード、マクドナルドなどの大企業のプロモーション・キャンペーン、それにバラク・オバマの全米選挙キャンペーンなどの事例を取り上げ、いまやケータイは、伝統的なメディアにはないその独自の特性によって、より本格的に、マーケティング・チャネルミックスの不可欠な一部になったとしている。
ケータイは、最もパーソナルなコミュニケーション・メディアであり、PCよりもさらに特色あるネットワーキング機能を持っているので、それを活かしてこれまで到達できなかった市場にリーチし、そこで新たなアクションを惹き起こすことを可能にしたというのだ。

コカコーラも、プレイボーイも、マクドナルドも、他のチャネルを通じてはなかなか顕在化できていなかった年齢層のブランド接触を可能にするために、ケータイ専用のポータルサイトを設け、それにネットワーキング機能も複合させてバイラル効果を狙った。
大企業のマーケティング・スタンスとしては、Advertising Ageの記事に見る大勢とは印象を異にするが、これらの企業が他に比べて、より意欲的で先見性があるということではないのだろうか。

1月5日付けの“2009年を予測する”という記事でeMarketerは、さすがにマスマーケターとは対極的な見方をしている。伝統型メディア向けの2009年度の全体広告費は間違いなく削減され、雑誌・ラジオ・新聞は広告収入のさらなる激減に苦しむことになり、デジタル・メディアとリンクしネットワークして行かなければ存続自体さえも困難になるという指摘は他とほぼ同じだが、これまでは良好に推移してきたテレビ広告への投資も、2009年からいよいよ下落が始まる(初年度は5%)と大胆な予測をしている。
広告費の削減とともに、広告投資効果の測定・評価方法とそれに伴う料金支払システムについても伝統的メディアは変更を迫られ、それは最終的にメディア・ミックスにも影響を及ぼすとも同誌は予測している。

ただし、このような全面的な経済規模縮小の中でインターネット・マーケティングへの投資だけは、ペースダウンはありながらも増え続ける(成長率2007年25.6%、2008年11.3%に対して2009年は8.9%の予測)と同誌は読む。
オンライン広告の成長率が10%を下回るようになって、インターネットの栄光の日々は終ったなどという向きもあるが、それは誤りで、マスメディア広告で2桁の減少率が続いている中、依然インターネット広告だけがプラスの状態を続けていることを注目しなければならないと同誌は力説する。

より細かく見ると、効果測定のしやすいEメール広告とサーチ広告は、相変わらず伸びているようだ。特にサーチ広告は2009年度も15%の成長率が見込まれている。新たな注目領域であるオンライン・ビデオは、もっと急激な伸びを見せるだろうと目されている。
オンライン・ディスプレー広告は、昨年12月8日のブログでも取り上げたように、今のままだとここ2~3年マイナス成長を免れないだろうが、舞台裏で、他のオンライン広告との連繋戦略の開発、クリエーティブと効果測定の手法の革新などが業界ぐるみで進められているので、おそらく事態は改善されて行くだろうというのが、同誌の観測だ。

オンライン・コマースは、成長は続いているものの、その率は2008年の7.2%から2009年の4.1%(予測)と、やや頭打ちの感がある。が、これは、一般店頭小売の傾向と共通する景気後退による消費者の買い控えの影響で、本質的な現象ではないと考えられている。
興味を惹くのは、Mobile Marketerでもマクドナルドなどの事例として取り上げられていたネット上でのデジタル・クーポンの大流行。景気後退が始まって以降、87%の顧客は同じ買い物をするならクーポンをオファーする店を選ぶようになったと言い、買い物の際に以前にも増してクーポンを使うようになったという顧客も89%に達していると、同誌は報告している。

しかし、以上のような調査統計やその分析・予測はあくまでもデータであって、それらを超えてより重要なことは、“物事はいつかは良くなるものだ”ということを忘れないことだと、この記事をまとめたeMarketerの最高経営責任者Geoff Ramseyは言う。
彼は、2009年の末かそれより少し後には世界経済は冬眠から目覚め、そのときには以前に増して強固なものになっているはずとポジティブに言い切っている。楽観主義を単純に信ずるわけではないが、自分もぜひそうあって欲しいと願い、それに向かって自らを鼓舞しつつできる努力をしたいと思う。

米国ペンシルバニア州立大のGary Lilien教授も、いいことを言っている。

“SKILL(マーケティングの専門技術力)とWILL(タフな状況に立ち向かう精神力)とTILL(投資できる何らかの資源力)があれば、この困難な時期にも、目指す市場への道を切り開き、そこでのより強いブランド・ポジションを勝ち取ることができる。”――と。

マーケター諸氏、マーケティングで知恵をしぼり、2009年を何とか良い年にしようではありませんか!

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2009年1月 5日 (月)

あらためて感謝の気持ちのお正月

明けましておめでとうございます。穏やかなお天気で、まずは結構なお正月。
本日よりブログ再開、今年で4年目に入るが、よろしければ引き続きご愛読のほどを...。

昨年の暮れ、丁度クリスマスイブの日に清里の山荘から新居に戻ってきて数日、無我夢中で引越し荷物の開梱をしているうちに、いつの間にか大晦日になり、年が明けた。
戻ってきたばかりは、うず高く積まれたダンボールの山の中で、一体どこから手をつけたらいいか途方に暮れていたが、家内の妹が当日、息子2人と娘が週末に駆けつけてくれ、年内にとりあえず6~7分通りカタがつき、元日と2日も息子たちが通いで手伝いにきてくれたので、室内はだいぶ整理された感じになった。

そんなバタバタで、今年は例年のようなお正月は無理かと諦めていたら、娘から豪華3段重ねのお節料理が届き、家内も忙しい中でもお雑煮だけはと腕を振るってくれ、元日の“東京風”、2日の“富山風”と、男性陣はいつもの年とさして変わらぬ正月レシピに舌鼓を打たせてもらった。
まだ完全に片付いてはいないが、前の家よりかなり広くなった新ダイニングルームで、孫も交えた身内一同が久しぶりに顔をそろえ賑やかに談笑しながら食事をしていると、何とも言えぬ幸福感がじんわりと湧いてきて、ただでも美味しい料理が一入いい味に感じられ、本来はからっきしダメなアルコール(ただしワイン)も何気なく飲めてしまった。

ずっと続けてきた自分の年末・年頭の慣例行事も、2008年末~2009年初はそれどころではなかろうと簡略化するつもりでいたが、結果的にはいつも通り。大晦日から元旦にかけての御嶽神社(わが家から徒歩1分のところにある鎮守の社)へのお参りも、3日の川崎大師への初詣も、つつがなく済ますことができた。
引越しの疲れでバテが来るかと思っていたら、意外なほど、まったく問題なし。川崎大師には過去30年以上、御嶽神社にも25年近く詣でているが、古稀を2年近く過ぎたいまもこうして元気に続けていられることを、あらためて幸せに、かつ有難いと思う。

自分で勝手に決めて、これまで御嶽神社には家全体のことを、川崎大師には身内の一人一人(ムッシュも含め)のことをお願いしてきたが、家の建替えというプロジェクトも昨年中に無事達成でき、みんな元気に新年を迎えられて、今年はどちらにも、お願いするばかりでなく心からの感謝の気持ちを捧げてきた。
世の中は不景気の真っ只中というが、両参道の賑わいは、なぜかそれを感じさせなかった。所要時間から判断すると、同日同時刻の人出と混雑の度合いは昨年とくらべて僅かに少なかったかも知れないが、何か、それを補って余りあるほどの活気があったような気がする。若い人々が増え、自分ぐらいの世代はだんだん少なくなっているからなのだろうか...。でも、川崎大師山門前仲見世の飴屋では、お年寄り向きに、名物の“咳止め飴”だけでなく、“ボケ止め飴”なるものも売っていた。昨年までは一向に気がつかなかったのだが、今年になって目に入るようになったとは、“コリャまた癪でしたッ!”

というわけで、また、いつも通りの暮らしが始まったが、家の中ではまだ、シンプルだった山の暮らしのスタイルを切り替えきれずに、何かにつけマゴマゴしている。
今度の家は、いつか来るかも知れない日のためにバリア・フリー、ケア・フリーにしたいということで、いわゆるオール電化にし、さまざまな箇所をフルオート化してセキュリティ・システムも導入したので、なかなかコントロール・パネルの操作を覚え込みきれず、何をするにもイチイチ取扱説明書と首っ引きしなければならない。どうやらそれも、マゴマゴに輪をかけているようだ。

ムッシュは、新しい家では床暖房と換気装置つきの専用コーナーをもらって、一層熟睡するようになり、お蔭で朝と昼寝の後の散歩は元気一杯。慣れたコースを先に立つようにして小走りし、久しぶりに仲良しのお友達や顔見知りの小母さん・小父さん、お姉さん・お兄さんと会っては嬉々としている。
夏に清里へ移ってから約半年間、最近の氷点下で雪の積もる季節まで、人っ気も生活音も乏しい環境にすっかり溶け込んでいただけに、こちらへ帰ってから調子を狂わせなければいいがと心配していたが、そんな懸念は無用のようだった。

他の方にとってはどうでもいいことだけれども、来る1月10日は自分の誕生日。しかも今年は自分の干支と来ている。だから何だと言われても困るのだが、ともあれ節目には違いないので、公私にわたって、自からいい年にしたいと願っている。
無理は禁物だろうが、元気なうちに、いろいろなことを実現し、成し遂げておきたいのだ。

さて、今週は8日に、初仕事で外出する。そろそろ頭の中も仕事モードに切り替えておかなければ...。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »