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2008年12月 1日 (月)

やっぱり本が好き

エンタテインメントもニュースもナレッジも、大概の情報は、インターネットやテレビ・ラジオ、そして新聞・雑誌など、いわゆるコミュニケーションメディアを通じて得られるもので間に合うが、人の好奇心や非日常的状況への夢想などは、それだけではなかなか満たされるものではない。
だから、未知・未踏なる内容の、“本”というかたちの情報源を、常に最小限5冊ぐらいは傍に置いておかないと何か落ち着かず、残りがあと1冊になると、早く次のストックを用意しなければと、少し焦ってしまう。

しかし、山で暮らしていると、歩いて行けるようなすぐ近くに大型書店があるわけでなく、15キロ先のショッピングモールまで行けば本屋さんがあるにはあるが、小規模で自分が欲しいと思っているような類いのものは揃っていない。
東京に出たついでに寄れたらいいのだけれども、生憎、移動コース上には格好の書店がなく、たまに寄り道をしようと思っても、ギリギリのスケジュールで動いているため、まずその余裕をつくり出すことができない。

...と、ないないづくしを嘆いているうちに、とうとうストックが全部切れてしまい、どうしようかとあれこれ考えているまま1ヵ月。家の中にいるときはともかく、仕事で出かけて独りランチをするときなど、もの足りなくて困った。というのも、面白い本を読みながらだと、ありきたりのメニューでも、より美味しく食べられるような気がするからだ。
前にも、外出携行用の本を切らして、移動途上のKIOSKで買った週刊誌で間に合わせようとしたことがあったが、やはりそれでは代わりにならなかった。片手で持ち、その親指でページをめくれる、文庫か新書版の単行本でなければダメなのだ。

で、切羽詰ってとうとう、オンラインで注文することに。もっと早くすればよかったのだが、書店で買うようにパラパラと何ページかをチラ見し、タイトルだけではわからない内容をある程度覗くわけにも行かないため、何度も検索しては、欲しいものを見つけあぐねていた。また1店でまとめ買いしようと思っていても、店によって在庫がマチマチだったりして、一たんカートに入れては途中で止めるということも繰り返していた。
本のオンラインショッピングは、タイトル・著者・内容がわかっていて決め買いをするのなら実に便利だが、自分の好みに合いそうなものを特に当てもなく見つけ出そうというときには、けっこう根気が要る。それでも、専門書の新刊などは、概要や目次が紹介されているからいいが、いま自分が漁っているような既刊のエンタテインメント書の文庫版などにはそれがないから、あれこれ類推を働かせざるを得ず、なかなか決めにくい。

Book_2 とかなんとか文句を言いながらA社一つにまとめて一度に10冊注文した本が先日届き、やっと落ち着いた気持ちになった。これで、横浜に戻るまでのあと3週間あまり(うち仕事での東京往復は1回を残すのみ)は、何とか間に合うだろう。
07年4月30日「書店の楽しみ」の回にも書いたように、今回仕入れたものも、例の分野(古代史もの)ばかり。これまで、通説から新説・珍説・奇説まで、歴史学をはじめ考古学・文化人類学・宗教学・地質学・天文学まで、日本だけでなくアジア・中近東・ヨーロッパ・北南米・太平洋地域まで、そして現代から先史・神話の時代まで、お堅い研究書・ノンフィクションの類いはほとんど読みつくしてしまい、いまでは遂に、学者や研究者ではなくて小説家による、創作読み物にまで対象を拡げた。

それも、必ずしも歴史小説と言われるような文芸作品とは限らず、最近ではミステリー、SF、伝奇ものと、本来それほど見向いていたわけではなかったジャンルも視野に入れ、史書に基づいて日本の古代そのものを舞台にしたオーソドックスな作品ばかりでなく、舞台は現代だが、タテ・ヨコの伏線として日本のみならず世界の古代史や科学とオカルティズムが虚実ないまぜに織り込まれた、超常的な物語をも楽しんでいる。
不遜な言い方かもしれないが、何でも勉強のためと読んだ若いころと違って、いまさら読書からは、なまじの知識や教訓を求めようとは思わない。期待するのは逆に、そんなもので一杯になってしまった頭の中を空っぽにしてリフレッシュしてくれるエンタテインメントだけ。それには、このジャンル、スタイルの読み物が打って付けなのだ。

今回も、まずは定番ものをと、故・黒岩重吾の古代史長編小説の中でこれまで書店で入手できなかったものを、ネット上で丹念に検索して掘り出した。豊田有恒・邦光史朗・井澤元彦など、この系列の作品を書いている作家は他にもいるが、この人ほど量・質両面で徹底した人は見当たらない。一般的には社会派現代小説作家として知られているが、自分はむしろ、その古代史小説作家としての活動側面に大きな関心があり、これまでに購入し読んだ作品は、30点以上にのぼる。

“浅見光彦シリーズ”の内田康夫や、“十津川警部シリーズ”の西村京太郎など、一般愛好家向けミステリー作家として人気の高い人たちの作品の中にも、舞台は現代だが古代の歴史ロマンを巧みに取り入れたものがあるのに気がついた。全作品数からすれば決して点数が多いとは言えないが、ひとつひとつを読んでみると、この人たちも古代史が嫌いではないなと思わせられる。
同趣向のよりマニアックな作品を書いている若手に、高田崇史という作家がいるが、書店で読みたい文庫本が見つからず、新書版のいわゆる“ノベルス”ものの棚を何気なく眺めていてフとタイトルに惹かれ、読んでみたら病みつきになった。気が付くと黒岩重吾に次ぐ購入点数で、今回は新刊にも飛びついてしまった。篠田秀幸なども同じタイプで、この手のものをもっと沢山書いてくれればと思っている。

そして、いま最ものめり込んでいるのが大河伝奇小説。半村良・高橋克彦・明石散人などを読み尽くして、やはりノベルスを物色しているうちに、篠田真由美の“龍の黙示録”という超伝奇シリーズに行き当たった。つぶさに見て行くと、富樫倫太郎・三田誠広、西風隆介など、ミステリー・ノベルスのフィールドには、他にもこのタイプの作家がいる。
史実ともっともらしい仮説を伏線にして、時空を超えた何でもありの世界が作者の力量の限りに繰り広げられるから、面白くないわけがなく、その仮説や伏線について少しでも知識や関心があれば、さらに楽しみが増幅する仕掛けになっているから堪えられない。

読む本を十分ストックできた嬉しさに、思わず、大方の読者諸氏にはあまり興味がないかもしれない自分の偏った好みについて、得々と語ってしまった。可笑しくも何ともないだろうけれども、どうか憫笑くだされ。
でも、もしかしたら、中にはもの好きな同好の士もいたりして...。おられたら、ぜひ、面白そうなタイトル・作家をお教えいただければ有難い。

サテ、こんど出かけるときには、どれを携えて行こうか。

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