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2008年9月29日 (月)

マイ・オールディーズ

週末の朝、家内が早い時間から出かけたので、独り(といってもムッシュは傍にいるが)テレビのニュースショーを見ながら、ゆっくりと時間をかけて朝食を楽しんでいたら、懐かしや、ポール・アンカがゲストとして登場した。芸能ニュースなどにはすっかり疎くなっていたので、トンと知らなかったが、話を聞けば翌日が初来日記念50周年記念コンサートとのことで、そのプロモーションのための出演とわかった。
1958年の初来日以来、日本には何度も来ているのだろうが、自分が最後に聴いたステージは、彼がNウイスキーのコマーシャルに出演していたころ、1970年代の後半で、確か新宿の厚生年金会館ホールだった(?)と思う。そのころすでに、デビュー時のアクはなくなっていて、フランク・シナトラのために彼が訳詩をつけた「マイウェイ」をシットリと歌い上げる、熟年歌手のいい味を出していたが、あれからさらに30年経ったいまも、あまり印象が変わっていないのには感心した。歳相応に髪のボリュームがなくなり、白くなってはいたが、体型もあのころのままだし、姿勢も年寄り臭くなっていなかった。自分の方が少し年上だが、“俺だってまだまだ若い気で頑張っているぜイ”と、心の中でひとり張り合ってしまった。

サービスで歌ったメドレー3曲のトップは、やっぱり、お約束の「ダイアナ」。古き良き時代の軽快なエイトビートの前奏が始まると思わず気持ちが浮き立ち、半世紀前の、金はなかったが若さと元気だけはあったあのころにタイムスリップ。
食事中だし、いささか軽薄とは自分でも思ったが、家内がいないのをいいことにウキウキと歌い出してしまった。♪ I’m so young and you’re so old...と。 あのとき誰かが傍で見ていたら、多分、自分は遠くを見る瞳をしていたに違いない。

この曲が日本でも大ブレークした1950年代の後半、自分は、せっせとアルバイトをして学費を稼がなければならない貧乏学生だった(正確には、授業料は出身の県が、下宿代は親が出してくれていたので、小遣い分を自分で賄わなければならなかった)が、田舎高校生時代ガチガチの体育会系でそれ以外の興味を封印させられていたことの反動か、大学生になってからというものは一気に軟弱化し、音楽を聴き、弾き、唄うことに惹かれて行って、折角稼いだ金をもっぱらそちらの方に注ぎ込んでいた。
ラジオで聞いて覚えたいと思った曲のレコードを片っ端から買うなどということはとてもできなかったので、せめてもと歌本(楽譜集)を買い求め、古道具屋で中古のギターを仕入れて、同好の友人たちと下宿の一室で、弾いてハモり合って楽しんでいた。

エルビス・プレスリー旋風がある程度おさまり、ポール・アンカの「ダイアナ」「君はわが運命」「クレージー・ラブ」などと共に、二ール・セダカの「恋の片道切符」「おお!キャロル」「カレンダー・ガール」、パット・ブーンの「砂に書いたラブレター」「アイル・ビー・ホーム」などが巷に溢れていたころで、友人たちと一緒にいるとき耳にし口にしたのは、決まってそういった明るくて甘酸っぱい、1950年代から60年代にかけてのヒット・アメリカンポップス――つまりいまで言う“オールディーズ”だった。
だが実は、そのころ自分が最ものめりこんでいたのはシャンソン。独りでいるときに聴き、唄い、ソング・ライティングの真似ごとまでしていたのは、オールディーズ的な曲ではなくてシャンソンだった。シャンソンのレコードを沢山コレクションしていた喫茶店に通い詰め、コーヒー1杯(当時は50円!)で何時間も粘り、イブ・モンタン、シャルル・トレネ、ジルベール・べコー、エディット・ピアフ、ジュリエット・グレコなどの唄を何度も何度もリクエストし、店の人に辟易されていた。いまでは誰も信じないだろうが、本当はネクラだったのだ、私は。

どちらにより多くの月謝を払ったかといえば、それは疑いなくシャンソンだ。思い起こしてみると、オールディーズのレコードは一度も買ったことはなかったが、シャンソンは結構集めたし、ただ聴くためだけにも、ずいぶんコーヒー代を使った。
だけどいま自分が、どちらのジャンルを聴いてより懐かしく思うかと問われれば、躊躇なく“オールディーズ”と答えるだろう。その時代、特別に夢中になっていたわけではなく、「ダイアナ」なども一過性のヒット曲として楽しんでいただけで、シャンソンのようにジックリと聴き込んでいたわけでもなかったのに、どうしてかスラスラと唄え、いまではあのシンプルなリズムとコードまわしのメロディーが聞こえると、ただ単純に楽しかったそのころのさまざまなシーンがありありと甦り、手足がひとりでにリズムをとり出す。

月2~3回の仕事で長坂・高根―新宿間を往復するハイウェイバスの中では、ほとんどの時間、イヤフォンから流れてくるiPodの収録曲に、聴くともなく耳を傾けているが、疲れた神経をいちばん癒してくれるのはハワイアンやカントリーソングであり、体の中で眠っていた青春の記憶を目覚めさせ、元気を吹き込んでくれるのはオールディーズだ。
あれほどのめり込んでいたシャンソンは、なぜかいま聴くと、あのときの沁み入るようだった情感を思い出すことができない。モーツアルトやショパンにも慰められ、シュトラウスやレハールにも心が弾み華やぐのだが、まどろみながら聴き流すには芸術的完成度が高過ぎて申し訳ない気がし、あまり車中リスニングはしていない。

学生時代の友人たちとの顔合わせにはカラオケが付きものだが、そこで主として唄われるのはどうしても、自分たちの世代が働き盛りだった30~40年前の時代相を映し出しているナツメロ歌謡ということになる。しかし、もうそろそろお開きという時間に、それではもの足りなかった自分が「ダイアナ」や「砂に書いたラブレター」を唄い始めると、座の情緒的時空は一気に50年前まで飛び、いつの間にか全員が小さく口を動かしている。古稀を越えたジジイたちが青春に還っているのだ。
決して構えて聞いていたわけではなく、何気なく誰の耳にも入っていたオールディーズは、あの時代の明るく屈託のない気分を共有していた自分たちの体の中に、いつの間にか自然に、ささやかな連帯感の因子を植えつけてくれていたようだ。

久しぶりにポール・アンカを聴いたことから、途切れ途切れにそんなことを思い出していたその日の午前だったが、午後になって一通の郵便が届いた。11月上旬開催というクラス会の案内だった。
清里から早稲田まで、今年は出かけるのも一苦労だが、何とか繰り合わせて出席し、二次会で1曲だけ、オールディーズを歌って帰ってこようか...。

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コメント

月曜日のお楽しみ!
功様のブログは読み物好きの私のお気に入りにございます。
1957年産まれの私にも、ポールアンカはしみこんでいるメロディーの多く、今や無用の長物となったLP盤にて貯蔵されているのも数枚。
同じ朝の同じチャンネル、同じように口ずさみ・・・懐かしさを覚えたのも同様。
是非是非カラオケの一曲、マイク握っての後日談も又更新のページに・・・ウフ!
お待ちしています・・・。

投稿: まみ | 2008年9月29日 (月) 09時49分

マイ・オールデイーズ(の曲が)がいろいろ出てきましたネ、
楽しく拝見しました★

私は≪カチューシャ≫スタッフ、務台和子と申します~

≪カチューシャ≫新宿・歌声喫茶では相変わらず元気に
皆で「マイウェイ」や「山男のうた」など合唱しています☆

どうぞ、お心に留めていただければ幸いでございます~♪

投稿: ≪カチューシャ≫ | 2008年10月 2日 (木) 16時58分

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