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2008年5月12日 (月)

食べる楽しみ

生来アルコールがダメなので、食べることは、毎日の暮らしの中での楽しみのうち、かなり大きなウェートを占める。とは言え自分は、別にグルメぶって能書きを垂れ、家で食べるものにあれこれ注文をつけるわけではなく、毎食、家内が出してくれるものを有難くいただいている。たまに、栄養はあっても本当はそれほど好きではないものが食卓に載る場合もあるが、そんな気持ちはおくびにも出さず、好きなものと同じように美味しそうに平らげることにしている。でも、もしかしたら家内は、とっくにお見通しかも知れない。
何しろ、食事をつくってもらうようになって45年、元来苦手なものは別として、不味いと思ったことは一度もなく、それどころか、子供が全員家を出て二人だけになってからは、黙っていても、食べたいものが食べたいころに出てくるし、さほど食べたくなくても食べた方が良いものは、適度なタイミングで出てくるようになった。

若いころは(というか中年になっても)、朝食をしっかり食べないと仕事ができぬなどとうそぶいて、朝から食パン4枚重ね(薄切りだが)のBLT(ベーコン、レタス、トマト)サンドイッチを頬張り、牛乳2杯をガブ飲みしていたが、今ではとてもとても...。自分としては、すっかり淡白で少食になったと思っている。
ご飯1杯(ときにプラスアルファ)に味噌汁1杯、納豆半パックに卵料理か魚肉料理、それに野菜のお漬しか大根おろしと白魚またはキノコ類、あるいは長芋と海藻類の酢の物、そしてその後にフルーツ(季節によって柑橘類かリンゴ、イチゴなど)と牛乳8割のカフェオレ...といったところが毎朝の標準メニューだが、それを聞いた子供たちからは、“たしかに和食系にはなったけれども、どこが少食だか...”とツッこまれている。家内に言わせれば、若いときの“大食い亭主”のトラウマを消し去れなくて、ついつい色々なものを用意してしまうのだそうだ。

夕食はどちらかというと少品目というか一品重点主義で、洋風または中華風の肉ッ気のある献立のことが多く、和風でも多少オイルを使ったものになる。どちらにしても、サラダや炒め物や煮物のかたちで野菜がタップリ添えてあり、料理に使っているオイルも植物性のものなので、翌朝もたれるということがないのが有難い。スープも、常に味噌汁ではなくて、ミネストローネだったり、クラムチャウダーだったりすることがときどきある。
もっとも、胃がもたれなくなったのは、いただく方も昨今では多少賢くなって、美味しいからといってバカ食いしなくなったことも関係しているのかもしれない。なにしろ、昨年の胃部検診で精密検査を申し渡されてヒヤリとし、それ以来、医者のアドバイスにしたがって“腹八分目よく噛んで”を実行しているから。

昼食は、家で食べるときはたいがい、パン(サンドイッチ)かピッツァか麺類、たまには雑煮などで軽く済ませるが、ムッシュをカットとシャンプーのため近所のペット・サロンに預かってもらったときには、少し足を延ばしてイタリアンか寿司か中華の外食に出かけることもある。
たまには自分で台所に立って、少しでも家内の労を軽減すればいいのだが、クッキングをマスターするとは口ばかりで一向に実行できないので、その代わりというほどにもならないけれども、外食に誘ったり、テークアウトの寿司・幕の内弁当・ハンバーガーなどを買ってきたりしている。

月に何回かは仕事で都心部まで出かけ、一人で昼食をとることもしばしばあるので、それも楽しみのような、面倒くさいような。以前ならば、まずまずいい味で満腹するものなら何でもよかったから選択の幅が広かったが、最近は、もてあますほどボリュームがなく、しかもあまりオイリーではなく、しかし美味しそうなもの...などと、難しい注文をつけてあちこちの店を回っているうちに、次の予定までの間に時間がなくなってしまったこともあった。
で、結局はほとんどいつも、蕎麦・饂飩かサンドイッチなど、どうということもないものに落ち着くのだが、近ごろチョッとハマッているのが“フカヒレそば”。と言っても、フカヒレが丸ごとドカンと載っているような高級品ではなくて、ほぐしたものがスープの中に見え隠れし、それをレンゲで掬って口に入れると微かに舌触りはあるといった程度の、しかしダシには生姜も利いていて、いい味の出ているヤツ。入っている具といえば青梗菜と細切りタケノコくらいだが、中華麺なのにシンプルでサッパリしているところが実にいい。仕事が早めに終った日のそんなに遅くならない午後に、一段落して客がチラホラしかいない店で、好きな本などを読みながらゆっくりとコレを味わうのは、ある種の至福だ。

そんなささやかなことで食の満足と幸せを感じていた今日このごろだっただけに、「船場吉兆」の“食べ残し料理使い回し”のニュースを聞いて、腹が立つ前に唖然として、料理店というものは看板や味だけではわからぬものだという印象を焼き付けられてしまった。大阪や京都の船場吉兆には行ったことがないが、東京吉兆の帝国ホテル店などでは食事をしたことがあり、値段は別として味と接客はなるほどと思っていただけに、もしあれがグループ全体の体質だったらと、頭が混乱する。
自分などは、ああいう高級店の顧客にはあたらないから、直接的なショックは何もないが、贔屓筋や常連客の失望はどれほどのことか。こんな不祥事があってもまだ足を向けてくれるお客さまがいたら、その方は神様か仏様のような人だが、世の中そんなに甘くはないだろう。それは自業自得としても、このことで“吉兆”の看板を掲げる他店にも、何らかの影響が出ないはずがないし、吉兆に限らず、“美味しい食事を出してくれる店でも蔭で何をしているかわからない”などという疑念が頭にチラついた人も、自分をはじめ少なからずいるだろう。

やがて時間が解決してくれるのかも知れないが、このことが記憶に残っている間、何だかせっかくの外食タイムにも気分が乗らない。

家内の手間を増やしてしまうが、しばらくはその分もよろしくお願いしますということで。

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