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2008年5月

2008年5月26日 (月)

広告電通賞、新たに「ダイレクト広告賞」制定

先週は、広告電通賞選考会に明け暮れた感じ...と言ったらチョッと大げさか。毎日、何らかの種目の選考会が行われ、自分は月曜の「ダイレクト広告」と木曜の「SP広告」そして金曜の「最終選考委員総会」に出席した。
「ダイレクト広告」は、これまでなかったのが今年から新たに制定されたもの。期待していたことが実現したわけで、まずは喜ばしい。賞の制定が発表される前に、SPだけでなくダイレクトの選考委員も引き受けてくれるかという打診があったが、この賞は自分も提案していたことであり、喜んでお引き受けした。勉強にもなるし...。

ここで規定されている“ダイレクト広告”の概念は、“ダイレクトマーケティング”と必ずしもイコールではなく、「ダイレクトマーケティングの“一環”として制作された広告やコミュニケーションツール」ということで、具体的には、「資料・情報請求、試用(無料・有料トライアル、試乗等)の申込、商品やサービスの購入、登録・入会、コミュニティ参加、来店誘引、寄付など、“広告接触者のレスポンス行動”や“個人情報の提供を伴う関係構築”を目的とする広告」とされている。
“ダイレクトマーケティング”という概念だと、さまざまな目的を持った局面の連続・循環というマクロなプロセスになるが、ダイレクト広告はその中の“一環”と断ってあるので、そこにニュアンスの違いを汲み取るべきなのだろう。

選考のポイントは、①戦略アイディア(広告の目的・課題は何で、課題解決のために、どんなメディア/ターゲット/訴求方法などの戦略を立案したか)②クリエーティブアイディア(課題解決のために、どのようなクリエーティブの切り口や表現を実施したか)③レスポンス・成果(レスポンス数量、顧客データ獲得数、費用対効果、CPRの数値など、広告の成果)の3点。そのうち、クリエーティブのウエートが40%、戦略と成果はそれぞれ30%ずつのウエートで評価されることになっている。
日本における“ダイレクト”関連のアワードでは、この他に日本郵便が主宰する「日本DM大賞」があるが、あちらはメディアがダイレクトメールに限定されているので、応募企業や適用分野にどうしても広がりが乏しくなる嫌いがある。その点こちらは、応募規定から想像して、どんな企業と適用分野の広がりになるかと期待させられ、選考の前から楽しみでさえあった。

最初なので、もしかしたら応募数が少ないのではと懸念していたが、そんなこともなく、選考するのに必要十分な量ではあったと思う。選考にあたっては、全応募作品についての上記のポイント①(戦略)と③(成果)が記入された「企画概要」を前もって熟読し、その上で、当日の選考開場に提示されている上記②にあたる制作物(クロスメディア、ニューメディアの場合はそれらが視覚的にプレゼンテーションされたパネル)をつぶさに見させてもらったが、結果から言うと、自分が評価したものと、選考委員全員の投票によって選ばれたものの間には、かなりの違いがあった。おそらく、大部分の選考委員の方々と自分の、視点の差異によるものだろう。
自分は選考にあたって、“達成・解決すべき「目的・課題」を設定し、そのためにどんな「戦略」と「クリエーティブ」で、どういう「成果」を上げたか”というところが、首尾一貫して明確に設計・実現されていたかどうかを重視し、その意味では“戦略”と“成果”を合わせて60%のウエートを置いた。“クリエーティブ”は当然重視するにしても、あくまでも40%以上のウエートは置かなかったわけで、その辺りが見解の分かれ目だったのではないかと思う。そのことの是非については、いろいろな方の意見を伺いたいものだ。

率直な感想と提言が1~2ある。全体的を通じての印象として、“これはどう見てもSP(セールスプロモーション)キャンペーンではないのか?”と思わせられるようなものが相当数あった。戦略・クリエーティブはともあれ、成果を“ダイレクト広告的”に捉えていないのだ。つまり、広告の発信量と直接関連付けたレスポンス率として、またはそのための投資額に対する収益率あるいは損益レベルとして算出していないということである。
また、通信販売広告でありながら、損益がどうだったか、それまでの標準戦略(コントロール、ダイレクトマーケティングを知っている方ならご承知のはず)と比較してレスポンス率または利益率に改善があったかどうかに言及していないものも見受けられた。

これはどちらも、失礼ながら、応募広告主の“ダイレクト広告の場合の成果をどう把握すべきか”ということについての理解・認識不足のためかも知れないし、あるいは応募規定での“成果に関する記入必要事項”についての要求不足によるものかも知れない。
自分は、ダイレクト広告の成果というものは、単なるレスポンスまたは獲得顧客データの絶対数ではなくて“広告発信量に対するレスポンス率”で表わされ、“CPRは採算点のそれに対してどうなのか”ということがわからなければ、そしてそれらもROIも“コントロール”(現在の標準値)に対してまたは“設定目標値”に対しての“改善度”または“達成度”を見なければ、評価のしようがないと思っているので、あえてこういう指摘をしている。

広告主の事情や意向によって具体的な数値を公開できないこともあろうが、そういう場合でも、レスポンス率やROIやCPRが、基準(現在標準または目標)値に対する改善度が“顕著だった”とか“まずまず”だったとかぐらいの表現をしてもらうことはできないものだろうか。せめて、投資に対して十分採算がとれたとか、そこそこの採算度だったとかいうぐらいの表現でもいい。
今後、広告主サイドにおいて、あるいは本賞の事務局において検討してみていただければ幸いと思う。

もう一つ、“部門”の分け方について。作品現物を見て比較評価する際の印象に形式から生じる差があってはとの配慮からか、「グラフィック」「ダイレクトツール」「テレビ・ラジオ」「クロスメディア・ニューメディア」という“メディアタイプ別”になっているが、「SP広告賞」が昨年から変ったように、“目的別”を考えてはいかがなものだろうか?たとえば「商品・サービスの購入、登録・入会、寄付」「資料・情報請求、試用」「コミュニティ・イベント参加」「来店誘引」「その他・複合目的」などというように。
メディアやクリエーティブはその目的を達成するための戦略だから、成果を生み出すことができさえすれれば、表現もかたちも予算の投入し方も、いろいろあって構わないのではないかと思うのだが。

などと、うるさいことばかり言っているが、素直にポジティブな印象を持ち、意を強くした面もある。一つは、予想以上にウエブ、モバイルというニューメディアがよく使いこなされ、バイラルやブログなどソーシャル・ネットワーキングの手法も活用されていたこと。また、伝統的なマスマーケターだった企業が、意欲的に“ダイレクト広告”への取り組みを開始し始めたと実感できたこと。そしてその一方で、長く通信販売に取り組んできた伝統的なダイレクトマーケターは、さすがに明確な戦略構築力と、それに対するキチンとした成果の把握・分析力を体得しているなと、改めて感じさせられたこと、等々。

木曜日の「SP広告」の最終選考会でも、従来のSPの常識からすれば意外な業種・商品の広告主が、伝統的な手法だけにこだわらない柔軟・新鮮な戦略発想とそれによる顕著な成果で最高得点を獲得し、選考委員一同から思わず、複雑な気持ちのこもった感嘆の声が上がった。
応募企画全体を通して見ても、ダイレクト広告の場合同様、クロスメディア戦略の中へのデジタルメディアの取込み方と、それ独自の手法の活用の仕方が、年々進化してきているのを痛感する。ダイレクト部門やSP部門への応募は、今や“広告”というワクで括るのは難しくなっているのではなかろうか?

基本的に“メディア別広告”の部門分けで始まり、続けられてきた広告電通賞だが、この異色の2部門が、今後はどんなダイナミックな進化・変容を遂げてゆくか楽しみだ。

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2008年5月19日 (月)

リーダーズダイジェスト 日本市場へ再参入?

先週末、年1回5月中旬ごろを期して開催される日本リーダーズダイジェストの同窓会があった。けれども今年は、どうしても変更できない予定と重なって、出席できなかった。事後に、出席した友人に様子を聞いたら、だいたいいつも通りの参加状況で、珍しい顔も、1~2人見られたらしい。
国内の大企業などと違って、今ではこの日本に存在していない会社なのだが、開催場所が旧社屋のあった竹橋の、パレスサイドビル内のレストラン「アラスカ」なので、参加者のそれぞれが、その辺りの現在に、かつての自分の懐かしい思い出を重ねつつ集うのだろう。毎回数十人が顔を出す。特にイベントがあるわけでもなし、お互いの息災を確かめ合って、世間話をするだけなのだが...。あの会社にはどこかに、そうさせる求心力のようなものがあるのかも知れない。

リーダーズダイジェスト(ビジネスのスタイルも含め、その象徴としての雑誌リーダーズダイジェスト)については、人によって(といっても、もはや現在では一部の人にしか知られていない存在だろうが)評価がマチマチで、ひどく辛口のコメントをする人もいれば、とても好意的に受け止めてくれている人もいる。
現に、グーグルでもヤフーでも、このキーワードで検索すると実にいろいろな記事に行き当たって、散々なことを言っている人もいれば、1986年以来の日本語版無期休刊を惜しんで、いまだに再発刊を望んでいる人もいる。

このブログでも過去1~2度、リーダーズダイジェストのことを書いたが、旧社員か旧顧客かはわからないけれども、その記事には、掲載時だけでなくいつまで経っても、結構な頻度のコンスタントなアクセスがあって驚かされる。
また、2004年から2005年にかけて業界紙とウエブサイトで連載した自伝的ビジネス・エッセー「ダイレクトマーケティング・グラフィティー」も、有難いことに、かなりの方に読んでいただいているようだ。まあ、こちらの読者は多分、友人か旧リーダーズダイジェスト関係者、およびビジネスがらみの知人だと思うが。

ところで、今回リーダーズダイジェストの話を持ち出したのには、同窓会の他にもわけがある。実は、ちょうどそれと前後するタイミングで、リーダーズダイジェストの日本市場での最近の動向についての質問というかたちでのコメントが、わがブログについたのだ。
どうやら、かつてのリーダーズダイジェストの愛読者で、拙ブログも時々読んでくださっているらしい方からのコメント(というか質問)で、Wikipediaに“リーダーズダージェストが「リーダーズダイジェスト・ジャパン」という名で昨年度から日本市場に再参入”という記事が出ているが、もしやこの中澤が関わっているのでは?日本で何か商品を販売しているようだが、どうしたら手に入るのか?という内容だった。

自分の思い出の中のリーダーズダイジェストは、とっくに心の中で完結しており、現実の場でいまさら何が始まろうとあまり関心がないが、自分の名前をあげて尋ねられると何となく気にはなるので、この方が教えてくださったリーダーズダイジェスト・ジャパンなるものの公式ウエブサイト(http://readersdigest.co.jp)にアクセスしてみた。
すると、いきなり、“総額380万円キャンペーン 大賞200万円、スーパー・ボーナス50万円、その他賞金総額130万円以上、 ビジネスクラスで行くオーストラリア旅行が当る!”といううたい文句とコアラのビジュアル、そしてReader’s Digestの英文ロゴの下に小さなゴシック文字の片仮名でリーダーズダイジェスト・ジャパンと入った、ダイレクトメールの外封筒のようなデザインの画面が飛び出してきたではないか。まるで、40年以上前の“スゥイープステイクス”(一種のオープン懸賞)のチラシで、これを見ただけでは、何が目的のサイトなのかわからないし、色彩も、ピンクの地に青と黄色の文字と、あまりセンスがよろしくないので、いささか怪しげな感じがする。

“なんだコリャ!”と思いながら、そのサイトの「特定商取引法に基づく表示」「プライバシーポリシー」なるページに読み進んでみると、これはどうやら、通信販売の見込客を導入するのが目的のようで、オーストラリア(シドニー)のリーダーズダイジェスト社内に運営(多分懸賞キャンペーンの)責任者がおり、香川県高松市の大手通販会社「C社」が商品の販売代理店となって、「リーダーズダイジェスト・ジャパン」と名乗る販売業者が、価格5980円プラス送料・手数料580円の書籍を販売しているらしいことが読み取れた。
そして、懸賞応募者や商品購入者のデータは、この業者が後続新商品を販売する際に使用され、他社の利用にも供される場合があり得ることが断り書きされていた。

暇でもないのにもの好きなとは思ったが、C社のコールセンターに尋ねてみたら、確かにC社は代理店になっており、事務所も同社内に存在していることはわかった。ただし、詳しいことは直接、0120-65-1855(リーダーズダイジェスト・ジャパン)に聞いて欲しいとのこと。で、それ以上時間をかけて詮索もしなかったが、これを、リーダーズダイジェストの日本市場再参入と考えたら、いささか腑に落ちない。
商品が日本語の出版物だとしたら(日本人向けに販売しているのだから当然そうだろうが)、その編集品質を誰が責任を持ってチェックしているのだろう?リーダーズダイジェストの出版物だとしたら、なぜしかるべき出版社が販売代理店になっていないのだろう?リーダーズダイジェスト・ジャパンと名乗っていながら、なぜそれ以上の実態を明らかにしていないのだろう?等々、次々と疑問が湧き起こってきた。

第一、リーダーズダージェストという会社が日本市場に進出するのに、オーストラリアだ、他の通販会社だという、回りくどいチャネルを利用するはずがない。さんざん市場調査やテストを重ねた上で、可能性が確かめられれば、正攻法で再進出してくるはずだ。
聞くところによればこれまでにも、リーダーズダイジェスト誌再刊の話は何度か持ち上がったことがあるらしいが、その度に立ち消えになっては、またしばらくして再燃というパターンを繰り返してきたということだ。そう言っていた消息通も、この話は知らなかった。

それ故、勝手に決め付けるわけにも行かないが、どうもこれは、リーダーズダイジェストのブランドが責任を持てるようなものではないような気がする(そうでなければ幸いだが)。過去に愛してくださったからこそ関心を持たれた方々は、前記のウエブサイトにアクセスし、フリーダイヤルで詳しく実情を問い質してみられた方が良いのではないだろうか?
コメントを寄せてくださったJさん、アドレスがわからないのでこのページでお答えするかたちになりましたが、こんな見解でよろしいでしょうか?

それにしても、忌憚なく言わせてもらえば、これについての商売のかたちと訴求のし方は、今どき驚くほど古臭い。自分などがとやかく言う筋合いのものではないのかもしれないけれども、リーダーズダイジェストの名前がこういうかたちで出てくると、かつてそこに在籍し学んだ多くのことを自分のベースにし誇りにもしている者としては、憮然とした気持ちになってしまう。

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2008年5月12日 (月)

食べる楽しみ

生来アルコールがダメなので、食べることは、毎日の暮らしの中での楽しみのうち、かなり大きなウェートを占める。とは言え自分は、別にグルメぶって能書きを垂れ、家で食べるものにあれこれ注文をつけるわけではなく、毎食、家内が出してくれるものを有難くいただいている。たまに、栄養はあっても本当はそれほど好きではないものが食卓に載る場合もあるが、そんな気持ちはおくびにも出さず、好きなものと同じように美味しそうに平らげることにしている。でも、もしかしたら家内は、とっくにお見通しかも知れない。
何しろ、食事をつくってもらうようになって45年、元来苦手なものは別として、不味いと思ったことは一度もなく、それどころか、子供が全員家を出て二人だけになってからは、黙っていても、食べたいものが食べたいころに出てくるし、さほど食べたくなくても食べた方が良いものは、適度なタイミングで出てくるようになった。

若いころは(というか中年になっても)、朝食をしっかり食べないと仕事ができぬなどとうそぶいて、朝から食パン4枚重ね(薄切りだが)のBLT(ベーコン、レタス、トマト)サンドイッチを頬張り、牛乳2杯をガブ飲みしていたが、今ではとてもとても...。自分としては、すっかり淡白で少食になったと思っている。
ご飯1杯(ときにプラスアルファ)に味噌汁1杯、納豆半パックに卵料理か魚肉料理、それに野菜のお漬しか大根おろしと白魚またはキノコ類、あるいは長芋と海藻類の酢の物、そしてその後にフルーツ(季節によって柑橘類かリンゴ、イチゴなど)と牛乳8割のカフェオレ...といったところが毎朝の標準メニューだが、それを聞いた子供たちからは、“たしかに和食系にはなったけれども、どこが少食だか...”とツッこまれている。家内に言わせれば、若いときの“大食い亭主”のトラウマを消し去れなくて、ついつい色々なものを用意してしまうのだそうだ。

夕食はどちらかというと少品目というか一品重点主義で、洋風または中華風の肉ッ気のある献立のことが多く、和風でも多少オイルを使ったものになる。どちらにしても、サラダや炒め物や煮物のかたちで野菜がタップリ添えてあり、料理に使っているオイルも植物性のものなので、翌朝もたれるということがないのが有難い。スープも、常に味噌汁ではなくて、ミネストローネだったり、クラムチャウダーだったりすることがときどきある。
もっとも、胃がもたれなくなったのは、いただく方も昨今では多少賢くなって、美味しいからといってバカ食いしなくなったことも関係しているのかもしれない。なにしろ、昨年の胃部検診で精密検査を申し渡されてヒヤリとし、それ以来、医者のアドバイスにしたがって“腹八分目よく噛んで”を実行しているから。

昼食は、家で食べるときはたいがい、パン(サンドイッチ)かピッツァか麺類、たまには雑煮などで軽く済ませるが、ムッシュをカットとシャンプーのため近所のペット・サロンに預かってもらったときには、少し足を延ばしてイタリアンか寿司か中華の外食に出かけることもある。
たまには自分で台所に立って、少しでも家内の労を軽減すればいいのだが、クッキングをマスターするとは口ばかりで一向に実行できないので、その代わりというほどにもならないけれども、外食に誘ったり、テークアウトの寿司・幕の内弁当・ハンバーガーなどを買ってきたりしている。

月に何回かは仕事で都心部まで出かけ、一人で昼食をとることもしばしばあるので、それも楽しみのような、面倒くさいような。以前ならば、まずまずいい味で満腹するものなら何でもよかったから選択の幅が広かったが、最近は、もてあますほどボリュームがなく、しかもあまりオイリーではなく、しかし美味しそうなもの...などと、難しい注文をつけてあちこちの店を回っているうちに、次の予定までの間に時間がなくなってしまったこともあった。
で、結局はほとんどいつも、蕎麦・饂飩かサンドイッチなど、どうということもないものに落ち着くのだが、近ごろチョッとハマッているのが“フカヒレそば”。と言っても、フカヒレが丸ごとドカンと載っているような高級品ではなくて、ほぐしたものがスープの中に見え隠れし、それをレンゲで掬って口に入れると微かに舌触りはあるといった程度の、しかしダシには生姜も利いていて、いい味の出ているヤツ。入っている具といえば青梗菜と細切りタケノコくらいだが、中華麺なのにシンプルでサッパリしているところが実にいい。仕事が早めに終った日のそんなに遅くならない午後に、一段落して客がチラホラしかいない店で、好きな本などを読みながらゆっくりとコレを味わうのは、ある種の至福だ。

そんなささやかなことで食の満足と幸せを感じていた今日このごろだっただけに、「船場吉兆」の“食べ残し料理使い回し”のニュースを聞いて、腹が立つ前に唖然として、料理店というものは看板や味だけではわからぬものだという印象を焼き付けられてしまった。大阪や京都の船場吉兆には行ったことがないが、東京吉兆の帝国ホテル店などでは食事をしたことがあり、値段は別として味と接客はなるほどと思っていただけに、もしあれがグループ全体の体質だったらと、頭が混乱する。
自分などは、ああいう高級店の顧客にはあたらないから、直接的なショックは何もないが、贔屓筋や常連客の失望はどれほどのことか。こんな不祥事があってもまだ足を向けてくれるお客さまがいたら、その方は神様か仏様のような人だが、世の中そんなに甘くはないだろう。それは自業自得としても、このことで“吉兆”の看板を掲げる他店にも、何らかの影響が出ないはずがないし、吉兆に限らず、“美味しい食事を出してくれる店でも蔭で何をしているかわからない”などという疑念が頭にチラついた人も、自分をはじめ少なからずいるだろう。

やがて時間が解決してくれるのかも知れないが、このことが記憶に残っている間、何だかせっかくの外食タイムにも気分が乗らない。

家内の手間を増やしてしまうが、しばらくはその分もよろしくお願いしますということで。

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2008年5月 5日 (月)

♪ 嬉しや五月

5月に入ると、さすがにもう寒くはない...どころか、汗ばむ日もあるくらい。家内はとうにTシャツの軽装になっていたが、自分もとうとうセーターを脱いだ。
そよ風に頬をなぶらせながら、朝食後にムッシュと一緒に近所を散歩するのはまことに気持ちが良いが、もう7歳も半ばにさしかかった彼は、やや気だるそうにトロトロと歩いている。グッスリと昼寝をした後の夕方の散歩では、けっこう元気に走ったりもするのだが。もっともそういう自分も、ムッシュがわが家にやってきた3年前とくらべると、歴然と体力が落ちてきた。あのころは、ムッシュに“走れ、走れ”と掛け声をかけながら、一緒になって公園のまわりを走っていたものだったが、今ではチョッと辛い。

5月といえば、いろいろなことが頭に浮かぶ。メーデー、憲法記念日、こどもの日(というよりも「端午の節句」)、菖蒲湯、鯉のぼり、柏餅、ちまき、筍、木の芽、初鰹、母の日...と、きりがないが、田舎育ちの自分の記憶にいちばん鮮明に残っているのは“ちまき”と“菖蒲湯”だろうか。

ちまきは、自分が生まれた地方(福島県)では“笹巻き”という呼び方をされていたが、和菓子屋などで見かける細長くて何個かが一束になっているタイプではなく、一個一個がもっと大きく分厚い正三角形タイプの方。蒸しあげられた餅米がおにぎり状に固まったものの笹を剥がし、黄な粉をつけて食すだけの至ってシンプルなものだったが、米不足でふだんは麦ご飯しか食べられなかった身にとっては、お菓子のようでもあるが主食のようでもある、この上ないご馳走に感じられた。
また菖蒲湯に関しては、束ねた菖蒲の葉を風呂桶一杯に浮かべて、なぜだったかまだ陽の高いうちに入浴した際の強烈な香りが、葉の先端が肌に触るチクチク感とともに、いまでもアリアリとよみがえる。

当時は砂糖が手に入らず餡をつくれなかったからだろうか、柏餅は子供のころに食べた記憶がなく、大学進学のために上京してから初めて味を知ったが、さほどの感懐はなかった。また、育ったところが内陸部だったし、いまのように流通網が発達していなかったので、いわゆる初鰹なるものは味わったことがなく、鰹といえばもっぱら生利節の甘辛煮付けだったが、いまでもそれが大好物の一つになっている。
筍は、高価な食材として売られているいまとは逆に、新鮮なものがふんだんに食べられた。至るところに竹林があり、いくらでも生えていたから、誰でも採ってよいというわけではなかったろうが、たぶん普通の野菜と同様、簡単に手に入ったのだろう。麦なしご飯は贅沢だったから、何か目出度いことでもあったときぐらいしか筍ご飯はしてもらえなかったし、京風の手の込んだ料理などは知るべくもなかったが、シーズンには味噌汁や煮付けなどのかたちで、毎日のように食べていた。だからか、これも大好物。それを知っているので家内も、この季節になると連日のように、筍ご飯、味噌汁、煮物を食卓に載せてくれる。庭に山椒を植えてあるので、毎日その若葉(いわゆる“木の芽”)を摘んではそれらにトッピングして、より食欲をそそる芳香を楽しんでいる。

端午の節句には、家の中に武者人形などを飾ってもらったような記憶はないし、外にも、高く鯉のぼりを立ててもらった覚えがない。戦時中で品不足だったのか、あまり裕福ではなかったせいか、紙製の鯉のぼりだったように思う。近所に医者の息子の友人がいて、その家には、布製の真鯉・緋鯉に吹流しもついてカラカラと矢車がまわる、歌にあるような“屋根より高い”本格的な鯉のぼりが立っていたが...。
でも、たった一人の男の子にそれでは不憫と思ったのか、無名の田舎絵描きだった父親が渾身の腕を振るって、大きな布地に“鍾馗”(ショウキ、ヒゲ面ギョロ目の魔除けの神様)を描いた旗をつくってくれ、それを毎年、鯉のぼりと共に立てるのが慣わしになっていた。長じてその手製の旗のことはすっかり忘れていたが、長男が生まれたときにそれが、何のコメントもなしに父親から送られてきた。住宅事情もあってそのころはそれを飾ることもできず、以来そのまま、鍾馗は押入れの奥で眠っている。

五月という月は、フッとした瞬間にそんなホロ苦い思い出がこみ上げることもあるけれど、それでも一年中でいちばん好きだ。寒がりで低血圧で気圧に敏感な自分を、この月の晴天が生理的に爽快にしてくれるからかも知れない。
そぞろ歩けば歌も出る。 ♪ 嬉しや五月 草木は萌え... モーツアルトの小品「春への憧れ」が原曲のお馴染み小学唱歌だが、いろいろ訳詩があって、正しくは一番が“楽しや五月...”で始まるらしい。しかしこの何十年の間、すっかり“嬉しや五月...”とばかり思い込んでいた。自分ばかりでなく、家内も。

駄洒落のようでくだらないけれど、いつからか家内と自分だけのときは、何かいいことがあるとお互いに、“嬉しや五月...”というフレーズでさり気なく感情表現するようになった(実際には5月でなくとも、また本心では大喜びしていても)。ストレートに“ワーオ!”などと言って大仰なゼスチュアをするのは照れくさくてできなくなってきたのだ。

ともあれ気まま者としては、この五月晴れはできるだけ長く続いて欲しい。梅雨も来ないと困るのはわかっているが...。

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