« 妻古稀の春 | トップページ | モバイルマーケティングは本物になるか? »

2008年4月 7日 (月)

春待つ清里

毎年、桜が満開になってスギ花粉の飛散がピークに達するころになると、家内と自分との間でどちらからともなく、“今年はいつごろ清里へ行こうか”という話しが出る。行ったところであちらは、4月中はまだまだ寒いのはわかっているのだが...。

今年もそんな話をしていた先日、山荘のある「清里の森」の管理センターのAさんから、久しぶりに電話があった。昨年秋、カラマツやミズナラなど、伸びすぎた庭の立木を伐採・裁断してもらって、まだ片付け残していたものがあったが、“ちょうどいい機会があるから、回収・処分しておきましょうか?”という連絡だったので、有難くお願いした。

Aさんたちはいつも森の中をパトロールしてくれているので、ついでに私宅近辺の残雪状況を聞いたら、家の前まで、道路にはまったく問題はなく、家屋の南側にはもうほとんど残っていないが、北側(道路からの入口側)がまだ融けきっていないとのこと。

横浜ではもう、桜が満開を過ぎて散り始めていたときだったので、わかっていながらつい、何か花芽は出始めていませんか?などとAさんに尋ねてしまったが、もちろんまだ。清里高原のわが家のあたりに春がやってくるのは、早くとも、平地の1ヵ月後なのだ。

管理センターのライブ・カメラに映し出されている八ヶ岳の山々は、まだ上半身に真っ白な雪を帯びたままだし、3月15日撮影の周辺風景(許諾を得て管理センター・ホームページより転載)を見ても、地上にはまだまだ雪が残っている。

春待つ清里 春待つ清里 春待つ清里

しかも、Aさんと電話で話した直後の3月31日には、また20センチの降雪があったというから、現在ライブ・カメラから見えるあたりはともかく、わが山荘の庭は、春を目前にして再び白一色になったかも知れない。

思い出してみると、昨年は4月の半ばに山荘を開けに行ったが、夜間は氷点下まで気温が下がり、薄っすらとではあったけれども雪まで降った。そういうことが間々あるので、どうしても、無難なのはゴールデン・ウィークごろということになるのだが、これがまた、せっかく清里に出かけるという意味からすれば、あまりタイミングがよくない。

行き帰りに車の渋滞に巻き込まれる可能性が大だし、外で食事をしようと思ってもどこも一杯。山菜の食べごろも、フキノトウには遅すぎ、タラの芽には早すぎるのだ。家の窓から外を見ても、木々の枝はまだ茶色のままで、一面の若緑にはなっていない。おまけに、平地での花粉症がようやく治りかかるころなのに、途中、標高500~900メートルのあたりを通るとき、あらためて花粉を吸い込み直す破目になる。

なので、結局、こちらではすっかり終ってしまった桜を、あちらでもう一度楽しめる、4月中旬ごろにしようかということになる。その時期だと、行き帰りには中央道や国道20号沿いの山腹が一面に白い山桜で覆われていて、なかなかの景観だし、山荘からちょっと大泉方面に下れば、八嶽神社、谷戸城跡、泉小学校といった、標高1000メートル以下の八ヶ岳南麓の桜が真っ盛りのはず。

その年その年で微妙にタイミングが違うが、うまくすれば、さらに下った長坂の清春美術館の桜にも間に合うかも知れない。武川の山高神代桜は、いくら何でもそのころには咲き終わっているだろうが。

ところで今年は、17日までは仕事の予定が入っていて、どうにも身動きができず、どうやら行けるのは20日過ぎになりそうだ。そしてゴールデン・ウィークはあえて避けて、人出が一段落したころに、また行こうかと思う。

そのころなら、森もすっかり新緑に彩られ始めているだろうし、立ち木を伐採してだいぶ日当たりの良くなった庭に、新しい山菜も芽を出しているかも知れず、ムッシュとの散歩も寒さを気にせずにできるようになるだろうから。

と、毎年のことながら4月になると、想いだけは遥か清里の空に馳せるのだが、本年も山荘開きは遅くなりそうだ。

|

« 妻古稀の春 | トップページ | モバイルマーケティングは本物になるか? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 春待つ清里:

« 妻古稀の春 | トップページ | モバイルマーケティングは本物になるか? »