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2008年4月

2008年4月28日 (月)

今年初めての清里

週末の道路渋滞とゴールデンウィークの行き先での混雑を避けようと、先日、あえてウィークデーを選んで、清里の山荘へ行ってきた。今年になって初めて。昨年とくらべて10日遅く、一昨年よりも1週間早い。...などと、なぜ毎年、初めての山荘行の日をあれこれ言っているかといえば、途中・現地での桜や桃の花の見ごろに関係してくるから。今年は残念ながら甲府盆地の桃は終っていたが、中央道沿いの山々には、刷毛で暈かしたようにホンノリと薄ピンクの山桜が、まだあちこちに沢山見えていた。
国道141号線を標高700~800メートルくらいのところまで上ると、平地では3週間ほど前に終ったソメイヨシノがいま満開。そういえば朝のニュースで、桜前線が北海道に達したと報じていたが、この辺のいまは北海道と同じなのだなと改めて納得。いつものことだが、標高1000メートルを越え、141号線から分岐して牧場通りに入ると、道沿いに、また家々の庭に、白いコブシが真っ盛りだった。

この日、平野部では最高気温20~23度(甲府市内は何と26~27度)で、さすがに寒がりの自分も、セーターを着ていると汗ばむほど。夕刻山荘に着いてもまだ16~17度あって、この場所この時季にしては異例だった。昨年・一昨年とも5度を割る低温で、到着後すぐに床暖房のスイッチを入れ暖炉を焚かずにはいられなかったほどだったが、今年は夜になっても、低温の床暖房だけで十分だった。
メイン・ボイラーも、昨年水抜きに失敗して取り替えたウォシュレットも、すべて順調に作動し始めたので、ヤレひと安心と夕食後に入浴しようとしたら、一箇所だけ異常を発見。バスタブに湯を張るためのカランは問題ないのだが、シャワーと一体になっている洗い湯のカランから熱湯が出てこない。少しいじってみようかとも思ったが、多少面倒でもとりあえずもう一方のカランを使えばいいわけだし、素人が余計なことをしてかえって具合を悪くしてはまずいだろうと、翌日管理センターに相談することに。

一夜明けた次の日も気持ちの良い暖かさ。早朝から目が覚め窓から外を見ると、立ち木を伐採してすっかりオープンな感じになった庭に陽光がいっぱいに射し、先日管理センターのAさんから連絡をもらった通り、前回の作業で片付け残していた材木はきれいに回収されていた。まるで5月下旬並みの陽気なので、思わず木々が新緑に彩られているかのような錯覚を起こし空を見上げると、さすがにそこまでは行かず、カラマツはその名の通りまだ葉が落ちたままの寒々とした状態(写真)。やはり清里の春は、そんなに甘くはない。
庭の残材回収のお礼かたがた、本年度の管理費を支払ったり、バスルームのカラン修理の相談をしようと、昼食に外出する途中で管理センターに寄ったら、Aさんも昼食のため外出中。でも、やはり顔馴染みのSさんがいたのでカランのことを話すと、帰宅後すぐに飛んできてくれた。分解して調べてもらったら、熱湯の通り道にあるストレーナー(濾過装置)に細かい鉱粉(水自体に含まれていた砂のようなものか、水道管のサビのようなもの)が詰まっていたとのことで、それをきれいに除去したらすぐに開通。お手数をかけてしまった。甘え過ぎてはいけないと思うが、管理センターの皆さんにはいつもチョッとしたことでも気軽に対応してもらって本当に助かる。感謝、感謝。

昼食は久し振りに「萌木の村」のホテル・ハットウォルデンへ。シーズン前のウィークデーということもあってか、客は自分たち夫婦一組だけの貸し切り(借り切り?)状態。ムッシュを車中でお留守番させていたので、思いっ切りユックリというわけには行かなかったが、それでもゆったりとした気分で、新メニューのランチを楽しむことができた。ほかに客が居なかったので、ホテル支配人のKさん初め、レストランのシェフTさんまでが出てきて、しばらくの間は今年の清里の季節談義や萌木の村のスタッフの近況報告などに花が咲き、美味しい料理がいっそう味わい深く感じられた。
以前に自分のウエブ・エッセー「カウンターの片隅から」(このページからリンク可)の最終回にも書いたように、このホテル、レストランに来るようになってから、もう20年以上になるが、親しくなったスタッフが変らないということが客にとっては何よりのサービスだと、つくづく実感する。

ところでムッシュは、山荘に来るようになってからもう3年あまりになるので、横浜から清里への切り替えにもすっかり適応したらしく、山荘の内外ではもちろん、車中も、途中休憩に立ち寄る談合坂SAなどでも、自分なりの楽しみ方を覚えて何の違和感もなく過ごすようになっているが、今回また一つ知恵がついたようだ。
彼は横浜の自宅では、夜間および昼寝の時間を、リビングルームの片隅に置いた“ハウス”と称する幅90㌢・奥行き60㌢・高さ60㌢ほどのケージ内で過ごさせているが、山荘では、リビングルームとの間をガラス格子の折りたたみ式ドアで仕切った“サンルーム”と称している6畳ほどの部屋に籐で編んだ人間の赤ちゃんサイズの寝籠を持ち込み、そこで寝起きさせている。境のドアだけで仕切り、籠から出てサンルームの中を歩き回るのは自由にさせているので、朝がた自分や家内が2階の寝室から下りてくると既に目を覚ましていて、ガラスの向こう側に鼻をつけてクンクン言っていることもしばしばだったが、これまではそこから出てくるようなことはなかった。しかしながら今回のムッシュは、着いた翌日の朝、思いがけない動きをしていた。

いつものように階段を下りてくると、途中から見えるはずの場所にムッシュの姿がない。どこへ行ってしまったかとビックリして、サンルームからリビングルームの方に頭をめぐらせると、何ともう、部屋の真ん中に置いてある自分用の座布団の上に座っていて、瞳をクリクリさせながらこちらを見ているではないか!
4連の折りたたみドアは、真っ直ぐ一杯にピンと引き伸ばして閉めたはずだったので、一体、どうやって出てきたのだろうとチェックしてみたら、ヒンジ部分に角度ができ、ドアの端と柱の間に10㌢ほどの隙間が空いていた。彼は、出たい一心でアチコチを鼻面や前足で押しているうちに、それがレールに沿って少しずつ動くことを学習したらしい。恐るべしムッシュ!それからというものは、昼寝の後も、自分でドアを開けてリビングルームに出てくるようになった。もちろん次の日の朝も。まあ、いまは、それで何か粗相やオイタをするわけではなくなったから、いいといえばいいのだけれど...。

中1日の束の間の滞在だったが、お天気にも恵まれ、花粉症もぶり返さなかったし、取り立てて肉体労働もデスクワークもせずに過ごしたので、それなりに心身ともリフレッシュできたような気がする。
ただ、帰りの日は朝から冷たい雨で、気温7度といういつもの4月の清里に逆戻り。その雨は午後からも降り止まず、八ヶ岳も、雨(雪?)雲の中にすっかり隠れてしまったが、今度行くころには、五月晴れの空を背景にスッキリとした姿を見せてくれるに違いない。

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2008年4月21日 (月)

アウトレット

先日、どの局だったか忘れたが朝のテレビ番組で、“店舗数日本最多のアウトレット誕生!”というニュースをレポートしていた。オープン当日の模様の中継らしかったが、埼玉県のかなり奥の方というのにたいへんな人出で、そこまでの道路も大渋滞しているようだった。アウトレットと聞くとすぐに、ニューヨーク郊外の「ウッドベリー・コモン」のような広大な敷地内に建ち並ぶ平屋の店舗を思い出すが、ここはそれほど敷地が広くないのか、2階建ての建物の内側に吹き抜けの空間を廻らせた回廊スタイルのようで、画面からはむしろ、アメリカ西海岸などによくある大型ショッピングモールのつくりに近いようにも見えた。でも、最大級のウッドベリー・コモンでも220店舗くらいだから、204店舗といえば確かに多い方だろう。
日本にもいつの間にかこのほかにも、軽井沢や小淵沢、御殿場に南大沢、そして幕張に横浜と、あちこちに続々とアウトレットがオープンし、けっこう盛況ということは聞いているが、そのうち自分が行ってみたことがあるのは、山荘からそれほど遠くない小淵沢の「八ヶ岳リゾート・アウトレット」だけ。環境的にはいかにもそれらしかったが、店舗は数十店(いまは70店くらい?)という可愛らしい規模で、自分のような年輩の者にはあまり馴染みのないところばかり。そのためか、さして買物をしたい気も起こらなかった。

もっとも日本でなくとも、かつては、アウトレットに対する自分の関心はそんなもので、90年代の初めごろ仕事でニュージャージーのM電器北米オフィスを訪ねたときに現地駐在の人から聞いて、その近くにあったそういうショッピング施設の存在は知っていたが、その2~3年後に家内に請われてウッドベリー・コモンに行ってみるまでは、ついぞ興味が湧かなかった。というか、そのころは仕事のことで頭がいっぱいだったからショッピングにまでは気が回らなかった、と言った方が正しいかも知れない。
そんなわけで、初めて行ったのは家内を最初にニューヨークに同道した際。自分はそのとき「ジョン・ケープルズ・アワード」の審査のため何だかんだと3日間は拘束されていたので、その前の1日をアウトレットに、後の1日を観劇に付き合った。

最初は自分も、アウトレットに行くについての勝手がよくわからなかったので、面倒のないようにローカル・ツアーのバスに乗ったが、家内はたちまち要領を飲み込んだようで、滞在中に再度、しかも一人で、42丁目のポートオーソリティ・バスターミナル発着の路線バスで出かけた。彼女はこのときまで他の国には何度も旅行しているが、ニューヨークは初めてで、普通ならあんな遠いところへ一人で出かけるのは躊躇するはずなのに、驚くべき行動力を発揮し、しこたま、1回目で買い損ねた子供たちへの土産を買い込んできた。長男のブリーフケース、次男の革ジャン、娘のハンドバック、などなど。ホテルに戻ったとき、また行ってきたと聞いて、ビックリすると同時にさぞ重かったろうと思ったが、クーポンを目いっぱい駆使してベスト・バイができたらしく、ニコニコだった。
その後も数回、毎年ニューヨークに行くたびに一緒にウッドベリー・コモン詣でをしたが、以来リーダーシップはすっかり家内の方に。いつも現地に着くと直ちに、彼女の“解散”の号令と共に二手に分かれ、あとは指定された時間に、昼食と帰りのバスのために顔を合わせるだけ。何しろあの沢山の店舗を二人一緒に回っていたら、文字通り日が暮れてしまうからだ。家内は確か自分とのほかにも、娘と一緒に2~3度は行っているはずで、そのバイタリティーには、いま考えても、ほとほと頭が下がる。

でも、ある程度経つとこういうところは飽きがくるのかも知れず、いつの間にか彼女もアウトレットには行かなくなり、90年代後半からは、マンハッタン内の各デパートや、専門店などで上手な買い物をするようになった。いわゆる“ホリデー・シーズン”ならば、思いがけないお得なショッピングができるからだ。
いろいろ理由があって、彼女はニューヨークにはしばらくご無沙汰しているので、テレビなどで街の様子が映るたびにウズウズしているようだが、今年か来年のうちにまた行こうと、そしてそのときはボストンまで足を伸ばそうと語り合っている。何やかやでなかなか出かけられないでいるが、お互いにだんだん体力が衰えてきていることだし、早いうちに実現しなければと思っている。

アウトレットといえば、ハワイ・オアフ島の「ワイケレ」にも行ったことがある。ホノルル市内には大規模な免税店があり、日本人向けのほとんどの買い物はそこで済むのだが、ワイケレでは何が買えるのか一度見ておこうということで出かけてみた。いまはダウンタウンから直行のトロリーバスが出ていて1時間足らずで行けるらしいが、そのときは、午前中に美術館を訪ねた後で急に思い立って、館前のバス停からとりあえず乗車。ワイケレ行きの路線を尋ねながら3本ほど乗り継ぎ、1時間半くらいかけてたどりついた。
不能率といえばそうだったかも知れないが、田舎へ向かう、ほとんどが現地の人ばかりのバス中、タガログ語訛りの人懐っこい隣席の小父さんと話し込んだり、途中乗り換えのための山の中のバスプールでは、その小父さんが一たん別れた後、行き先を間違えないようにと心配して確認に戻ってきてくれたりと、日本人観光客だらけのホノルル市内にいては味わえない、ローカルならではの温かい心遣いに触れることができて、とてもほのぼのとした気持ちにさせられた。

ワイケレでの買い物は、ブランド品などは初めから当てにしておらず、現地のものに集中した。種類の多さに戸惑いながらもコナ・コーヒーのパックを山ほど買い込み、ハワイならではの巨大園芸専門店で、日本ではなかなか手に入らない(と家内が言う)添加剤や用具・用品などを仕入れてきた。
来るときは好き好んで路線バスを利用したため、乗り換えのたびに炎天下に晒されて茹だるようだったが、帰りはたまたま市内にもどるご一行のバスに乗り合わせることができ、ギンギンにクーラーを利かせた車内が寒いほどだった。

あれから随分、ああいうところには行っていないが、思い返してみると家内も自分も、あのころは本当に元気でもの好きだったと思う。外国であれ国内であれ、いまではもう、とても行こうという気力が湧いてこない。これが歳をとったということなのだろうか...。

冒頭のテレビ・ニュースの画面で、遠いところから時間を掛けてアウトレットのオープンに押しかける人々を見て、正直のところそのエネルギーを羨ましいとも思った。

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2008年4月14日 (月)

モバイルマーケティングは本物になるか?

自分のように組織に属さず単独で仕事をしていると、情報収集や調べものはすべて自力でしなければならないが、そのために図書館に出かけたり書店巡りをしたりするのには、どうしても時間的・体力的に限界が出てくる。だから、かねがねその目的でインターネットを利用しているわけだが、中でも、DMA(Direct Marketing Association=米国ダイレクトマーケティング協会)が発行している「DMA’s Daily Digest」(略称3D)という、米国の全国紙・主要ビジネス誌をカバーした日刊のデジタル・ニューズレターは、貴重な情報源だ。
ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、シカゴトリビューン、USAトゥデイ、ビジネスウィーク、フォーブスなどから、アドバタイジングエイジ、メディアポスト、DMニュース、カタログサクセス、Eコマースタイムズなどまで、そのときによって違うが常時約20のメディアの、目ぼしい記事のタイトルとその“掴み”の部分が掲載され、そこから各紙・誌のオリジナル全文にリンクできるようになっていて、たいへん重宝している。

前置きが長くなってしまったが、その“3D”に、昨年ごろから目立って、“モバイルマーケティング”という用語を含むトピックスが多くなった。上記のような主要紙・誌上のどこかに、毎日のように関係記事が載っているだけでなく、その名もズバリ「モバイルマーケター」などというデジタル専門誌も、昨年あたりからレギュラー・メディアとして加わるようになっている状況だ。
特に「ニューヨークタイムズ」は、モバイルがらみの話題を頻繁に取り上げており、今月の初めにも、AP通信のレポートとして、“モバイルコマースが日本のEコマースだ”と題する記事を掲載している。

これは、日本最大級の女性向けEコマースサイトを運営している「ゼイヴェル(Xavel)」社が主催する隔年ファッションイベント「東京ガールズコレクション」で、参加女性がそのショウ自体に熱狂するのみならず、そこで発表された服飾品を、競うように携帯電話を通じて購入申し込みをする様を報告しているもので、“日本人は、Eメールでニュースを読む、レストランを探す、ブログを書く、買い物をするなど、米国人がコンピューターを使ってすることのほとんどを、携帯電話を通じてしてしまう。”と、誤認(日本人全体がそうでもあるかのように)を含めていささかオーバーな書き方をしているが、そんなところにも、同紙のモバイルマーケティングに対する関心のほどが感じられた。
事実同紙は、以前からしきりと、携帯電話を通じてのマーケティング目的でのメッセージ発信に対する消費者動向に注目しており、この記事の1ヵ月前にも、“伸びるモバイル広告”、“もはや携帯電話はインターネットやテレビ以上に止められない”、“ソーシャルネットワークは携帯電話に向かっている”などの記事を、立て続けに掲載して、米国におけるもモバイルマーケティングの胎動のようなものを伝えている。

同じ日に、ダイレクトマーケティング専門誌「DMニュース」は、ラスベガスで行われた本年度のCTIA(Cellular Telecommunications and Internet Association)のビジネスショウで、「アマゾン・ドットコム」から“TextBuyIt”という、テキストメッセージで商品を検索・購入できる、モバイル用の新システムが発表されたことに注目し、その紹介と論評をしているが、このシステムは、現行の携帯電話で可能な限りのステップを踏んで、パソコンでの購入プロセスを忠実にフォローしているものであるだけに、まだまだユーザーにとってはそんなに使い勝手のいいものとは言えないとしている。
そしてさすがに、専門誌らしく慎重に、こうしたシステムやショッピングパターンはまだ揺籃期にあり、モバイルマーケティングのブーム到来などと宣言するのは時期尚早と、筆勢を押さえながらも、一方では、いまの携帯電話普及の伸び率を見ていると、そういったブームが早晩訪れるはずと期待してもおかしくはないとも、言っている。

広告業界ではこのところ毎年、“次のブームはモバイルマーケティングだ”と言われ続けてきたが、「アドバタイジングエイジ」の同時期号は、“08年も、まだ無理だろう”という観測をしている。というのも、データ的に見ると、全米携帯電話契約者2.19億人のうち86.7%の人はそれを話すためだけにしか使っておらず、残りの13.3%の人も、携帯電話を通じてウエブサイトを利用した経験は浅く、企業のマーケターも、それを通じて接触できる市場はまだ極めて限られていると見なして、あまり力を入れていないからだ。
ただ彼らも、携帯電話が単独でマーケティングを完結できるメディアではないにしても、テレビCMや印刷広告やインターネット・コミュニケーションにそれを組み込むことによって効果を大幅に増幅させることができる力を持っていることは認識し、携帯電話によるEコマース、すなわち“モバイルコマース”の他には、いわゆる“モバイルクーポン”の発行による店舗への集客とその結果としての販売といった方向での使い方に注目している。

日本でも、2008年3月末の「電気通信事業者協会」の統計には、携帯電話の契約者数が1億人を超え、その中で9割近くの人がメールやサイトの閲覧ができる契約をしていると発表されている。だからそれだけを見ると、携帯電話でアクセスできる市場は十分にクリティカル・マスに達していると言えそうな気がしてしまうが、「携帯インターネット利用白書」によれば、マーケティング目的のメッセージに反応しているユーザーの主力は、実態として、10代の男女、そして20~30代の女性ということのようで、きわめて偏っている。
自分も、2001年に上梓した前々著「進化するデータベースマーケティング」の中(同書254ページ)で、当時での携帯電話マーケティングの状況と展望を要約しているが、この市場の本質的な問題は、当時もいまも変っていない。

確かに携帯電話は、常にユーザーの傍にあるわけだから、すべての業種・業態に通用するとは限らないにしても、ユーザーをその行動路線沿いの商業施設などに誘導するというピンポイントしたメッセージの送り方が有効だろうということは理解できるし、マスメディアと連動させれば、ユーザーを購買というアクションに導くのには大きな効力を発揮するだろうということも容易に想像できる。現実的にもそれは既に、モバイルクーポンなどのかたちで実践されているわけだが、その受け皿となる商業施設側の体勢が必ずしも整っていないことが、ネックになっているようだ。
それではモバイルコマースはどうかと言えば、2007年度の「情報通信白書」での、全インターネット利用者のうち端末としてパソコンと携帯電話の両方を使っている人が69.7%で、携帯電話だけの人は7.9%に過ぎず、パソコンだけの人の22.4%にも遠く及ばないという報告に、実態のカベを感じざるを得ない。前述のゼイヴェルのような事例はあるにしても、やはり市場の特殊性と、ハードウエアとしての携帯電話の使い勝手の問題がバリアになっているのではないだろうか?グーグルやヤフーやAOLが進出している“モバイル検索サービス”についても、同じことが言える。

しかし、インターネット利用における携帯電話とパソコンの可能性を比較予想するのは簡単なことではない。それぞれのユーザーは、利用状況や利用目的すなわち“シチュエーション”と、情報への接触態度すなわち“情報リテラシー”が異なるからだ。携帯電話の市場年齢や性別に極端な特徴があるのは、そういうことではないのだろうか?
...と、耳学問で知ったようなことを書いてきたが、本人は携帯ショッピングはおろか、モバイルクーポンを利用したことすらない。新聞折込チラシから切り取ったクーポンを持たされてマックの列に並び、隣の列で携帯電話をかざしてモバイルクーポンを店員に見せているチビッ子連れのヤング・パパやママの様子を、珍しいものでも見たようになるほどと感心しているばかり。

では、携帯電話がパソコンとまったく同じ使い勝手になったらどうするかと聞かれたら、自分はどう答えるか?...やっぱり携帯電話は使わないと答えるだろう。なぜなら、あの文字の小ささ、キーボードのコンパクトさには、目と指がついて行けないから。また、あんなものを通じて買い物をする気にはなれないという、理由にもならない理由から。もうすっかり忘れてしまったが、オンライン・ショッピングの始まりのころも、いまの自分のような人たちはそんなことを言っていたような気がする。
いずれにしても、モバイルマーケティングが本物になるには、米国でも日本でも、もう少し時間がかかりそうだ。

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2008年4月 7日 (月)

春待つ清里

毎年、桜が満開になってスギ花粉の飛散がピークに達するころになると、家内と自分との間でどちらからともなく、“今年はいつごろ清里へ行こうか”という話しが出る。行ったところであちらは、4月中はまだまだ寒いのはわかっているのだが...。

今年もそんな話をしていた先日、山荘のある「清里の森」の管理センターのAさんから、久しぶりに電話があった。昨年秋、カラマツやミズナラなど、伸びすぎた庭の立木を伐採・裁断してもらって、まだ片付け残していたものがあったが、“ちょうどいい機会があるから、回収・処分しておきましょうか?”という連絡だったので、有難くお願いした。

Aさんたちはいつも森の中をパトロールしてくれているので、ついでに私宅近辺の残雪状況を聞いたら、家の前まで、道路にはまったく問題はなく、家屋の南側にはもうほとんど残っていないが、北側(道路からの入口側)がまだ融けきっていないとのこと。

横浜ではもう、桜が満開を過ぎて散り始めていたときだったので、わかっていながらつい、何か花芽は出始めていませんか?などとAさんに尋ねてしまったが、もちろんまだ。清里高原のわが家のあたりに春がやってくるのは、早くとも、平地の1ヵ月後なのだ。

管理センターのライブ・カメラに映し出されている八ヶ岳の山々は、まだ上半身に真っ白な雪を帯びたままだし、3月15日撮影の周辺風景(許諾を得て管理センター・ホームページより転載)を見ても、地上にはまだまだ雪が残っている。

春待つ清里 春待つ清里 春待つ清里

しかも、Aさんと電話で話した直後の3月31日には、また20センチの降雪があったというから、現在ライブ・カメラから見えるあたりはともかく、わが山荘の庭は、春を目前にして再び白一色になったかも知れない。

思い出してみると、昨年は4月の半ばに山荘を開けに行ったが、夜間は氷点下まで気温が下がり、薄っすらとではあったけれども雪まで降った。そういうことが間々あるので、どうしても、無難なのはゴールデン・ウィークごろということになるのだが、これがまた、せっかく清里に出かけるという意味からすれば、あまりタイミングがよくない。

行き帰りに車の渋滞に巻き込まれる可能性が大だし、外で食事をしようと思ってもどこも一杯。山菜の食べごろも、フキノトウには遅すぎ、タラの芽には早すぎるのだ。家の窓から外を見ても、木々の枝はまだ茶色のままで、一面の若緑にはなっていない。おまけに、平地での花粉症がようやく治りかかるころなのに、途中、標高500~900メートルのあたりを通るとき、あらためて花粉を吸い込み直す破目になる。

なので、結局、こちらではすっかり終ってしまった桜を、あちらでもう一度楽しめる、4月中旬ごろにしようかということになる。その時期だと、行き帰りには中央道や国道20号沿いの山腹が一面に白い山桜で覆われていて、なかなかの景観だし、山荘からちょっと大泉方面に下れば、八嶽神社、谷戸城跡、泉小学校といった、標高1000メートル以下の八ヶ岳南麓の桜が真っ盛りのはず。

その年その年で微妙にタイミングが違うが、うまくすれば、さらに下った長坂の清春美術館の桜にも間に合うかも知れない。武川の山高神代桜は、いくら何でもそのころには咲き終わっているだろうが。

ところで今年は、17日までは仕事の予定が入っていて、どうにも身動きができず、どうやら行けるのは20日過ぎになりそうだ。そしてゴールデン・ウィークはあえて避けて、人出が一段落したころに、また行こうかと思う。

そのころなら、森もすっかり新緑に彩られ始めているだろうし、立ち木を伐採してだいぶ日当たりの良くなった庭に、新しい山菜も芽を出しているかも知れず、ムッシュとの散歩も寒さを気にせずにできるようになるだろうから。

と、毎年のことながら4月になると、想いだけは遥か清里の空に馳せるのだが、本年も山荘開きは遅くなりそうだ。

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