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2008年3月10日 (月)

マーケティングと金儲け

日本の企業は会計年度が4~3月のところが多いので、毎年度末の3月になると、経済ジャーナリズムの紙(誌)面が、良くも悪くもその年話題になった企業の業績や事件や後日談で賑わうようになる。今月初めのA新聞の経済欄にも、「ネットバブル」と題して、昨年度のライブドアや村上ファンドなど、企業のマネーゲームへの暴走事件の背景とその顛末が関係者の証言によって綴られていたが、それを読んでいろいろ考え込んでしまった。
今年度は、有名・老舗食品企業の偽装問題が立て続けに起こったが、それらも皆、根っ子のところで何か共通するものがあると感じていたところだったからかも知れない。

なぜこんなに不祥事が多かったのだろう。それも、ノリとゲーム感覚で突っ走っているような成り上がり的企業と、それとは対照的なはずの老舗企業に...。自分なりにその理由を考えてみた。簡単な結論に過ぎるかも知れないが、そういう企業は、自分(自社)のことしか考えられない、金儲けのことしか頭にない(という言い方がキツければ“売上げ至上主義”と言い換えてもいい)という、一種のファナティシズム状態になっていて、おそらく、“誰のお蔭”でお金が回ってくるのかに思いが至らなかったのに違いない。
そういう会社には、多分、営業とか販売とか財務という部門はあっても、マーケティングという部門はなかったのではないだろうか?もしあったとしても名前だけで、実際にはセールスだったり、宣伝や広報に過ぎなかったりして、顧客の立場からではなく、自分の方からしかものを考えられなかったのだろう。そして何と言っても、金儲けのためにはビジネスのモラルも忘れ、マーケティングの正攻法も無視し、手段を選ばなくなってしまっていたのが、最大の問題だったと思う。

この話題から繋げるのはいささか強引かも知れないが、近頃とみに“お客様本位”などと叫ばれている割には、かたちはともかく本質が依然としてそうなっていない企業が、日本にはまだまだ多い。そしてそういう企業は、たまたま商品や技術力に特色があるため得てして成功を収めているので、自分(社)のやり方に自信を持ち過ぎ、自分(社)がこうと思ったことこそが金科玉条で、それを推し進めることがビジネスの王道だと思っている。知らず知らずのうちに内面に驕りが生じて、顧客のことを“見ざる”“聞かざる”になっているのだ。
こういう企業は、一応、市場調査とかフォーカスグループ・インタビューとかは実施し、それに基づいた大量広告宣伝を行って、そういうことをマーケティングだと言っているが、顧客あってこそのビジネスと、顧客の声に耳を傾け、顧客の気持ちに対応しようと、いつも心を砕いてきた自分たちダイレクトマーケターにとっては、そういうやり方・考え方が不遜に見えて仕方がない。そして、早く本来のマーケティングの心を取り戻さないと、いつか顧客に見捨てられ、取り返しのつかないことになると、余計な心配をしたくなる。

いわゆる「マーケティングの4P」理論の最初のP(製品)だって、経営者や開発者の頭の中に天啓のように閃いたものを造ればいいわけではなくて、市場のニーズを見つけてそれに応えること――すなわち“あったらいいな”と思うものを実現すること――のはず。マーケティングは、製品からではなくて、市場・顧客から始まるということだろうに。
そもそもマーケティングの「マーケット」とは、「市場」であり「顧客」のことだし、「マーケティング」とは、だから、“市場に売り込むこと”ではなくて、“顧客に買ってもらえるようにすること”ではないのか?

自分は、長年のダイレクトマーケティング人生を通じて、実感としてそれを体得してきた気がする。市場というものは、決して、一方的な広告パワーで“支配”したりしようとせず、インタラクティブなチャネルを通じて“知り”そして“対応”し、“共感”を得るようにしないと、その中で生き続けてゆくことはできないと知ったのだ。
市場(顧客)の本音を知るにはどうするのか?どうすれば市場(顧客)にメッセージが伝わるのか?市場(顧客)に受け入れられるものを生み出すための原則は?といった疑問に対して、“何事も自分たちの独り善がりで決断せずに市場(顧客)に諮る”、“何事についても自己満足ではなくて顧客満足を優先する、しかも常にその改善を目指す”ということが答えになるのを、ダイレクトマーケティングの方法論の実践を通じて学んだわけである。

またまた話しが飛躍するが、いまこの部分の日本経済の閉塞状況を打破するには、マーケティングにおいて、顧客に対する“共感の獲得に止まらない誠意のアピール”と“満足を超えた感動の創造”を考えることが必要になってくるのではないだろうか?
ホリエモンはいつの間にか創業の志を忘れて数字に走り、村上世彰は“金儲けはいけないことでしょうか“と叫んだが、たしかに金儲け自体は別に悪いことではない。正統な知恵と労働の報酬としてであれば。だが、企業の最終目的がそれだけになってしまい、そのための手段を選ばなくなることが問題なのだ。

自分には金儲けの才などはないから、考えも及ばないのだが、優秀なマーケターだったはずの起業家が経営者になるとどうして、規模を追い始め、業界売上ナンバーワンとか、長者番付ナンバーワンといった勲章を欲しがるようになるのだろう?日本のマイクロソフトとかビル・ゲイツとか言われるようになりたいからか?それとも、金儲けを極めることが経営の醍醐味なのだろうか?どうもよくわからない...。
規模には必ず限界があるし、行過ぎた巨大化は何れ破綻に行き着く。幸か不幸か、自分はそれを何度もこの目で見てきた。だから自分の現役時代は、できるものならば、経営者としても個人としても、地位や収入でのナンバーワンよりも、何かの分野でのオンリー・ワンになりたいと思い続けてきた。

もっとも、そんなことを忌憚なく言えるようになったのは、自分がいまのように組織に所属しなくなり、どこにも誰にも気兼ねをする必要がなくなってからのこと。現在第一線にいる人たちにとっては、そう言われたからといって、現実がなかなかその理想通りには運ばないことはよくわかる。
だが、各々方、この辺で一度立ち止まり(できたら拙著などもお読みいただき)、マーケティングの原点に立ち返って、ビジネス哲学を考え直してみられるのはいかがなものだろうか?ひたすら大金儲けを狙わなくとも、顧客に対する誠実さを忘れなければ、適正な売上と利益は、黙って後から付いてくると思うのだが。

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