« いつも通り(?)の正月 | トップページ | 正しい冬 »

2008年1月14日 (月)

広告・マーケティングは、これから何処へ行く?

年が改まると、さまざまな経済・業界団体やアチコチの大手企業などで新年会が開催され、いまではすっかりその枠外にいる自分などのところにも、代表者の挨拶やゲストのコメントなどが漏れ聞こえてくる。が、毎年同じような、現在は厳しい景気もいずれ回復するだろうといった当たり障りのない希望的観測が主で、思わず耳をそばだてるような意見や目新しい話題などはあまり伝わってこない。
まあ、新年の挨拶とはそういったものなのかも知れないが、米国の業界団体の会合などのように、もっと具体的に市場の変化やテクノロジーの革新を踏まえて、ビジネスのあり方・やり方、すなわちマーケティング的な観点からの話を展開する企業トップがいても良さそうなものにとも思う。 

...と、今年も相変わらず、現場からは離れた外野の隅っこにいて、自分に見え聞こえてくる限られた情報だけをもとに勝手気ままなことをほざいているわけだが、独断と偏見だらけの放言は歳のせいということでご容赦願って、年の初めでもあるし、いま自分なりに日本の広告・マーケティングについて感じていることを書いてみたい。

つい数日前、米オンライン・マガジン「B to B」の1月7日号で、DMA(全米ダイレクトマーケティング協会)理事長ジョン.A.グレコ.ジュニアの寄稿による「B- to- BでもB- to- Cでもなく、E- to- E(Everyone to Everyone Else)はどうだろう?」という一文を読んだが、その中で彼が指摘していた“かつてダイレクトマーケティングとその他の広告形態の間に厳然と存在していた境界線は、もはや消滅しつつある”、“昨2007年は、全広告費の半分以上が、何らかのダイレクトマーケティング・チャネルを組み込むことによって成り立つキャンペーンに注ぎ込まれた最初の年だった”(いずれも米国のこと)というくだりに触れ、心中にある種の感懐が湧いた。
というのは自分も、かつてのビジネス活動のなかで直感し、著書や講演などでダイレクトマーケティングが近未来に到達すべき姿として期待しつつ提言し思い描いてきたこと――ダイレクトマーケティングの原理・システムの伝統的マーケティングへの適用と、この二者の融合――が、米国ではいよいよ現実化してきたと感じられたからだ。

で、わが国ではそのへんがどうなっているかと考え、調べてみた。グレコが指摘していることのベースにもなっているように、マーケティングの動向は広告費の使われ方に反映されるとはよく言われるところなので、日本の広告費の統計(電通調べ、2007年度は未発表)をチェックしてみたのだが、広告媒体別・業種別などでの使われ方はある程度わかっても、ダイレクトマーケティング・チャネルを組み込んだものであるか(つまり「レスポンス広告」の形式になっているか)、そうでないかまではわからない。また、コミュニケーション・メディア費として当然カウントされていてもいいはずのテレマーケティング費やダイレクトメールのターゲット・データ費も含まれていないので、このかたちでまとめられた数字からは、米国のような意味でのダイレクトマーケティングの実態がなかなか読み取れない。
一応解説もあるのだが、そこで指摘されていることは、景気や大規模イベントとの連動、いわゆるマスコミ4媒体の落ち込み、ダイレクトメールや折込などSP系(と規定されている)メディアの漸増、インターネットの連続的な高成長などという、メディアの消長だけ。市場の変化(パーソナル化、個別ターゲット化)と情報技術の進化(デジタル化、オンライン化)に伴い、実態としてわが国でも、企業が広告に期待する役割は明らかに変りはじめており、米国ではそのような動きがデータ的にも表面化しているのに、それが見えてこない構造になっていて、洞察もされていないのだ。日本の広告業界は、これからもそうやって、従来からの広告の価値基準だけに基づいた統計を続けてゆくのだろうか?

ただ、実際に広告そのものをよく観察すると、凋落傾向と言われているラジオも新聞も、ダイレクトレスポンス化している部分がきわめて大きく、雑誌は通販カタログに近づきつつあり、通販ではないテレビ広告も、電話やインターネットとの連動によって広い意味でのレスポンス広告化しているし、急成長を続けるインターネット広告は、当事者がどう思い込んでいようと、レスポンス広告であることは紛れもない。
してみると、その進捗程度は数字になってはいないけれども、日本も案外、米国と同じような状態に近づきつつあると言えるのかも知れないし、2011年にテレビ放送が全面デジタル化したときには、それが一気に加速するに違いない。その意味で、最近目立ってきたURLや検索キーワードが表示されるテレビCMは、単なるスタイルの一傾向などではなく、デジタル時代の広告の役割変化を象徴するものとも考えられる。

この動きには、当然過ぎるほどの背景がある。マーケティング活動を行う企業が、市場環境の厳しさが増したことに伴い、広告という“投資”に対して、それに直接関連づけられる“成果”(ROI=費用対効果)を追求し始めたのだ。
これは、ダイレクトマーケティングの考え方からすれば、きわめて当たり前かつ基本的ことで、そのためにダイレクトレスポンスという広告のかたちがとられ、常に広告の手応えと採算性のチェックがなされてきたわけだが、マスメディア広告の世界ではこれまで、そこまでは突き詰めない“リーチ”や“フリクエンシー”といった段階の評価基準を満たせばよかった。だが、いまやそれでは済まなくなってきている。

自分も繰り返し言ってきたが、企業の目標が「ROI追求」と「ブランド構築」であるとすれば、それを達成するためのキーワードは「顧客中心」と「情報化」、すなわちダイレクトマーケティングの基本原理とシステムの適用ということになり、自ずとそこでは、“マス”だ“ダイレクト”だ、あるいは“広告”だ“マーケティング”だという、概念の境界線は意味がなくなってくる。たまたま現在はそこに至る過程にあるので、言葉を分けて使っているが、いずれコミュニケーションもマーケティングも、“パーソナル”で“ターゲティング”であることが当然になって、“広告”という言葉が形骸化し、その代わり、“マス”と“ダイレクト”を区別した呼び方をせずに、実態としてダイレクト化したマーケティングが、単に“マーケティング”という呼ばれ方をするようになるのかも知れない。
そしてそのとき必要になるのは、リーチやフリクエンシーを最大化するためではなく、何らかのレスポンスを発生させそれを最適なROIに帰結させるためのコミュニケーション戦略であり、それを追求する企業には、そういった状況の変化を見極め発想を転換する決断力が、メディアにはそういうニーズへの対応力が、エージェンシーにはそのための提案力と表現力が要求されることになるだろう。

一つ、大事なことを付言しておきたい。それは、ダイレクトマーケティングの最重要ノーハウである「テスト」のこと。単なる状況把握や事後確認のための調査などではなく、創造的な試案や仮説の可能性を客観的に検証し価値を判定するための手段・システムで、新事業の立ち上げ、新商品の発売、戦略・戦術の転換、現状の打破・改善などが必要な局面でこれを適用することが、企業のビジネス目標に確実に近づくためには不可欠になる。
ソーシャル・メディア、モバイル・マーケティング、バイラル・マーケティングなど、可能性を拡げるために新しい試みに意欲的に取り組むのは大賛成だが、どんな場合でも、思いついたことを一足飛びに、根拠のないまま導入しようとせず、この「テスト」という、伝統的なダイレクトマーケティングに育まれ完成された手法でそれを検証した上で適用することを忘れないようにしなければなるまい。

年頭ということで、つい、柄にもなく力んでしまった。ともあれ、皆さんの仕事とプライベートの、より一層の発展を祈ります。

|

« いつも通り(?)の正月 | トップページ | 正しい冬 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 広告・マーケティングは、これから何処へ行く?:

« いつも通り(?)の正月 | トップページ | 正しい冬 »