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2008年1月 7日 (月)

いつも通り(?)の正月

人手も自分の馬力もなくなったので、年末でも片付けという程度で済ませ、大掃除というほどのことはしなかった。家内はおせち料理づくり、自分は年賀状(それも年内出しは最小限にして)に松飾りぐらいで手一杯で、この2~3年ほとんど変わらず、そんな略式な正月の迎え方をしている。 大晦日も、実質本位の夕食で年越し蕎麦などはしなかったが、新年にあと30分というところにくると、自分は近所の御嶽神社へ。ニューヨークのタイムズスクエアのカウントダウンには及びもつかないけれども、境内には闇を明々と照らす焚き火が燃え盛り、1月1日午前0時が近づくころには200~300人ほどの参拝客の列ができ、日付が替わった瞬間に神主の声に合わせて“おめでとうございます”の大斉唱。順番がきたところでお賽銭をあげ鈴を鳴らし拍手を打って、あまり欲張らずに家族一同(ムッシュも)の無事平穏を祈る。そして御札と熊手を買い、参拝客に振舞われる熱々の甘酒を両手に持って帰宅し、家内と乾杯。何もかも例年通りだったが、それが幸せというものなのだろう。

おせち料理

年が明けて、元日の“東京風”と2日の“富山風”のお雑煮(レシピにご興味の方は昨年1月9日をご覧あれ)そしてすべて家内の手作りのおせち料理と、これも40年来変らない。ただし今年は、裏漉しに手間のかかる栗キントンは、昨年家内がそれで腱鞘炎になってしまったため省略。自分がその作業を代わろうかと申し出たのだが、そんな簡単なものではないと一蹴されてしまった。 元日には娘一家も来訪し、大晦日から来ていた長男・次男とあわせて家族全員が勢ぞろい。幼い孫とムッシュが家の中を走り回って賑やかだったが、家内は暮れからの疲れもピークに達して、その夜も翌夜も完全にダウン。男一同は食うばかりで申し訳ないと自分は深く反省したのだが、倅どもはわかっているかどうか。

川崎大師山門

例年のもう一つの年頭行事、川崎大師への初詣は、昨年・一昨年は人出の少なくなる4日だったが、今年はあえて3日に。混雑しても時間がかかっても、何だか賑やかな方が好ましい気がしてそうしたのだが、もの好きだったろうか?また、いつも帰り途は暗くなるので今年は午前中に家を出たが、どうやら、かえってピークの時間に当ってしまったらしく、参道で並び始めてから本殿にたどり着くまでに1時間半あまりかかった。 でも、読み物とiPodを持参し、防寒には万全の服装だったので、後で多少は足腰にきたけれども、寒くもなければ退屈もせず、無事、納札・お参り・御札と御守購入・山門前の店での葛餅購入と、いつも通りのコースをこなすことができた。川崎大師参道

ところで、行ったことのある人なら知っていると思うが、川崎大師の初詣のときにはいつも、参道の入り口と境内へ続く道の曲がり角には、キリスト教の一派が陣取ってプラカードを掲げ、拡声器を使って声高に人々に呼びかけている。“間もなくこの世の終末がやって来て神(キリスト)を信じない者は地獄へ堕ちる。罪を悔い改めて神を信ずれば救われる。”といった意味のことを叫んでいるのだが、正月早々感じが悪いと、誰も相手にしない。それにもめげず毎年よく続くものだと思いつつ、もう耳にタコができて気にもしなくなっていたが、今年は何だかチョッと引っかかった。 古代史好きが嵩じて最近は宗教史にまで興味が拡がり、ちょうど今、旧約聖書にある神の預言なるものについて書かれたややオカルティックな本を読んでいたところだったので、それとの符合点が気になったのかもしれない。川崎大師仲見世

連中は他所の初詣スポットにも出没しているようで、正月だけ神仏に現世利益を願う人々を罪深き者と見なし、キリストのみに救いを求めよと教宣しているつもりらしいが、どうも善意の警告には聞こえず、聖書の終末論を振りかざした脅しによる入信勧誘としか思えない。自分はその行動を否定も肯定もする理論的根拠を持たないが、初詣には別に、神とか仏を明確に意識してきているわけじゃあないんだから放っといてくれと言いたい。多分、ほとんどの人にとっても、これは、宗教とは無関係な、季節の節目を感じるための生活行事の一つに過ぎないはずだ。川崎大師本堂前
でも、キリスト教にしてもイスラム教にしても、一神教の原理主義者にはそういう日本的な融通無碍な感覚は理解できないのだろうか、どうしてあのように自教を信ずる者以外を否定しようとするのだろう。よくわからないが、それこそ彼らの言う“神”の概念と自己矛盾するような気がするのだが...。オット、オカルト本の生齧りと待ち時間のあり過ぎから、いつの間にかあらぬ方向へ思考が脱線してしまった。が、気まま者の自分の結論はいたってシンプルで、世の中いろいろなことを考え主張する人がいても結構だけれど、それを他人に押し付けるなということ。

というわけで、今年もまたマイペースで行こうと思っているが、心中密かに期するものはある。2~3冊書きたいと思っていながら昨年は計画倒れだった本を、今年こそ、1冊ぐらいは何とかしたい。空手形にならないように頑張らなくっちゃ。
さぁて今週からは、空想に耽ったり、計画自体を楽しんだりばかりもしていられず、現実に追いかけられるようになる。

このブログも3年目に入ったが、倦まず弛まず、これまで通りに書き続けてゆくつもりなので、どうか本年もご贔屓に。そして宜しくご教示を。

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