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2007年11月

2007年11月26日 (月)

地下街

今年の夏から新たに顧問を引き受けた統合マーケティング・エージェンシーが八丁堀にあり、月に2度ほど顔を出している。最短時間で往復できるということで、これまではもっぱら、田園都市線・半蔵門線を表参道で銀座線に乗り換え、さらに銀座で日比谷線に乗り換えるコースを利用していたが、八丁堀に出るには他にもいくつかのコースがあり、時間のあるときに験してみようとかねがね思っていた(もの好きだが)。
今月から、午後の少し早めの時間に切り上げることができるようになったので、つい先日の仕事の後に、いつもとは違う方角に足を向けてみた。「八重洲通り」を東京駅八重洲口方面へ――多分、いちばん歩行距離が長いと思われるコースだ。

思っていたよりも遠く、またその日はひときわ寒かったので、途中「通り3丁目」交差点のところから、たまらず地下街へ下りた。いわゆる八重洲地下街の東端だ。この辺には、用事があってたまに来ることはあったが、いつもはほとんど駅側からこちらに向かうので、何か景色が違った感じに見えた。しかし同時に、どこか見慣れた感じもしてならなかった。
駅に近づくにつれ、そんな感覚もだんだん薄れて行ったが、やはり何となく気になって、あれはどこの記憶だったかともう一度よく考えてみたら思い出した。今はもうこの世には存在していないニューヨークのワールド・トレードセンター下の、地下鉄コートランド駅で降りてニューアークからの通勤鉄道パストレインのターミナルへ向かう途中の地下街の光景だ。グリーティングカード・ショップがあったり、小さな洋品店があったり、いかにもアメリカっぽいカフェとアジアンなレストランがその間に混在して切れ目なく繋がっている地下の街の通路を、さまざまなタイプやファッションの人々が忙しげに行き交っている様は、在りし日のあの地下街を彷彿とさせていたような気がした。

もっともよく考えてみれば、地下街というものはどこも、大体が地下鉄出口の延長にあり、ターミナル駅に接続し、かつその地上には大きなビル(またはビル街)があると相場が決まっているから、みんな似たような感じになるのは当然で、自分のようにことさら個人的記憶に結び付けて感傷に浸ることもないのかも知れない。そういえば八重洲地下街は、横道に入ると大阪の梅田地下街の雰囲気にもよく似ているし、川崎駅地下街のアゼリアも八重洲に似ているかも知れない。多分、世界のどこかの都市に元祖が誕生して、後発のいろいろな都市がそれに見習っているうちに、そっくりなものになったり、逆に個性的なものが生まれたりしたのだろう。ほんとのところは知らないが...。
理屈は特にないけれど、自分は何となく地下街が好きだ。いろいろな店があって買い物や飲食に便利だからというばかりでなく、明らかにデパートなぞよりはカジュアルで、ブラついているだけでも楽しいのだ。国内ではもちろん、海外へ行ったときにも、大規模な地下ショッピングモールがあったりすると、すぐに飛び込んでしまう。

規模のデカさに驚かされたのがカナダのトロントとモントリオールの地下街。比較ショッピングをしようと思い端から端まで歩き回っていたら草臥れ果ててしまい、その上、目をつけていた店がわからなくなってしまったこともあった。でも、どちらのときも氷点下近くまで気温が下がる季節のことだったから、ホテルからほとんど地上に出ずに歩いて用事をすませることができて助かった。どういう空調の仕組みかはわからぬが、やたらと暖気過剰でもなく、自然な快適さだったのを思い出す。
アメリカでは前記のニューヨークWTCのほか、シカゴやシアトルでも地下に潜ってみたが、こちらは地下“街”というほどの規模ではなく“ショッピング・モール”という印象だった。考えてみると地下街はほかも、モスクワ、北京、ヘルシンキ、ソウルなど、みんな寒いところばかり。ハワイやサンフランシスコやLAなどにないのは、気候のいい土地ではわざわざ地下でショッピングをする必然性がないからなのだろうと、勝手に独り納得。

でもこの日本には地下街がやたらと多く、しかも賑わっている。東京都内の、自分のような出不精者でも出没するところだけでもかなりある。自宅から都心への中継地点にある渋谷、仕事で定期的に通っている新宿をはじめ、新橋・汐留方面にもよく出るし、最近は丸の内もたまに訪れる。プライベートでは、毎年初、川崎大師に詣でるときに、あえて地上を歩かず、地下街を通る(寒いからということもある)。現在のあざみ野の家に越してくる20余年前までは横須賀の方に住んでいたので、横浜駅の地下街は西口も東口も、会社からの帰宅途中にまた休日に家族連れで、どれほど訪れたかわからない。地下街は、古くから自分の生活の一部だったし、今もそうである(とは、ちょっとオーバーか)。
もしもあなたが、新宿の「京王モール」の書店で、歴史書の棚の前で古代史本のタイトルに目を凝らしている様子の、格好だけ若づくりのオジイがいたら、多分それは私だし、澁谷「しぶちか」のパン屋で、トレイに各種の菓子パンを載せ、圧倒的多数の女性群と共に大人しく順番を待つ列に並んでいる、その場に似つかわしくないオジイがいたら、何を隠そう、それも私だ。

ところでその日は、丸の内線で帰ろうと思っていたのだが、その前にチョッと、こちらに出たついでに、最近リニュアル・オープンしたというDAIMARUデパートを視察して行こうかという気を起こしたのが間違いのもとだった。上階へ昇って降りてきたときには、店舗がもとあった場所よりはかなり大手町寄りにズレた位置に変ったことを忘れていた上に、90度ブレた出口から出たらしく、地下道を通って丸の内北口へ出たつもりが、大手町駅の東西線改札口に着いてしまった。ので、こうなったらいっそ直通で行けるから半蔵門線にしようかと、駅員に聞いた通りに構内の地下通路を辿ったが、これまたえらく距離があって時間もかかり、ホトホト疲れてしまった。さすがの地下街のベテランも参りました。

あざみ野~八丁堀の東京駅経由というオプショナル・コースの所要時間を確認するつもりだったのが、結局なんの役にも立たなかったというお粗末!

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2007年11月19日 (月)

だんだん淋しくなる秋

もう1週間あまり経ってしまったが、先日、早稲田のリーガロイヤルホテル東京で、恒例の(高齢の?)クラス会があった。家を出るときはまだ降っていたのでなるべく歩かないで済むようにと、いつもなら地下鉄東西線の早稲田で下車するところを、その日はJR高田馬場回りにした。土曜日なのにというか、土曜日だからというべきか、はたまたお昼前後の時間帯だったためか、久しぶりに下りてみた高田馬場駅は中も外も大混雑。我々が学校へ通っていた頃はこれほどではなかったような気がしたが。
リーガロイヤルへは、ホテルのシャトルバスを利用しようと思っていたのだが、ちょうど出たばかりのところだったので、雨の中待っているのも鬱陶しいとタクシーにした。後でわかったことだが、早大正門前行きのスクールバスも同じエリアで発着していたらしい。昔は山手線の外側に発着所があったので、てっきり今もそうと思い、シャトルの代りにそれを利用することに考えが至らなかった。そう言えば、あの頃(1950年代後半)は往復券が15円だったが、今は幾らになっているのだろうか。

途中、すっかり変貌した早稲田通りの左右を交互に眺めているうち、すぐに「グランド坂」へ左折する交差点に。ここは昔はたしか「戸塚一丁目」だったはずだが、昨今は「西早稲田」と言うらしい。坂の名前の由来になった野球場(旧安部球場)も、とうの昔に移転して、いまはその跡地が総合学術情報センター(図書館)になっている。
新目白通りに出て「グランド坂下」を右折すると間もなく右手にホテルがあるが、その手前に都営アパートが建っているのを見て、そこが昔は都電の早稲田車庫だったことを思い出した。40年ほど前までは、そこを基点にして、現存する荒川線とは反対方向に、江戸川橋・大曲・伝通院・上野広小路などを経由する厩橋行きが出ていたっけ。

集合12時30分、開会13時ということだったので、やや早めにというつもりで12時15分ごろ到着したのだが、すでに過半数の級友が席に着いていた。歳をとると気が急くようになるのだ。悪天候の所為だけでもなかったろうと思うが、出席人数が昨年からまた減って13人になった。5人減で、うち2人はここでも既報したように、昨年のクラス会後いくらも経たないうち、突然に物故。あと3人のうち2人も病気療養中という。
この7月から1ヵ月あまり入院(手術ではなくて“処置”ということだったそうだが)していたのに、病み上がりを押して出席した者もいた。大兵肥満・大言壮語などという四文字熟語が良く似合っていた典型的な昔のワセダマンのKだが、3分の2ほどに肉が削げ落ち、見ていて痛々しくて、“ダイエットできて良かったじゃないか”などという冗談も言えなかった。そういう自分も、随分スリムになったと言われたけれど。(悲?喜?)

10年以上前の会では、出席者の数と欠席者からの返信ハガキの数がほぼ同数だったが、いまでは圧倒的にハガキの方が多くなって、その近況報告もわが身の明日を重ねるような内容が増え、出席者がしみじみと読むために回覧の時間がかかるようになった。
仕事を続けている者も、出席者の中では自分を含めて3人ほどになり、いきおい話題の中心はどうしても健康問題(というよりも“病気問題”か)に。でも、何とかして長生きしたいなどという方向ではなくて、達観の境地と言おうか、“お互いいろいろ抱えているが元気だったらまた来年会おうな”という話になってしまう。そう言いながら、“まだそんな話をするのは早いか”と言って打ち消してもいるのだが。

会食のメニューは、飲み放題サービス付きのディナー・ブッフェということだったが、自分を含めて数人はソフトドリンク。アルコールを所望する者もビールかワインにしていた。もう昔日のような痛飲はできなくなり、飲めばすぐに酔ってしまう身体になっているはずなのに、それでも“飲み放題”に魅かれるのは、もと飲ん兵衛の性か。
ブッフェといっても、みんな長時間立っているのはシンドいので、円卓を囲んで中央の回転テーブル上の大皿から座ったまま取り分ける中華料理方式。食べ物の嗜好もやはり、若い頃とはすっかり変ってしまって野菜・魚などを好むようになり、肉料理は自然に敬遠されて大量に余ってしまった。この頃ときどき考えるのだが、シニア用のパーティー・メニューなどというものはないのだろうか?ないだろうなあ。

こんな有様で気勢の上がらないこと夥しいのだが、昨今の政官界の腐敗、企業不正などの話題になると、在野の精神がうずうずするのか、俄然、座のテンションはハイになる。自慢になるかならないかわからないけれども、我がクラスには、正義の味方の弁護士は3人ほどいるが、政治家や役人やその縁者は一人もいない。ので、誰に遠慮もなく痛快に、悪い奴らをこき下ろす。全員が声高に威勢よくなるのはこの時くらいだ。
かつては、その勢いでほぼ全員、ホテルのカラオケ・ルームに雪崩れ込んだものだったが、年々、一次会終了後は家路を急ぐ者が増えてきて、だんだん唄う仲間が減り、今回は、前出のK、大森会場での月例関東地区早春会常任幹事のN、それに自分など“不動の常連”(?)の他にはわずか3~4人。ほとんどアルコール抜きで、清く正しい歌唱を楽しんだ。

来年度の幹事も決まり、“最後の2人になるまで続けようぜ”など、あくまで前向きな言で会は括られたが、正直、だんだん秋が淋しくなる。次回、ヒョットして人数が増えるようなことがあったりすると嬉しいのだが...。

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2007年11月12日 (月)

犬と私の10の約束

幸か不幸か、仕事柄、広告をあまり素直な目で見ることができない。でも、週刊誌上のさして目立っていたわけでもなかったモノクロ1ページのこの本の広告は、なぜか目に留まった。「犬と私の10の約束」――自然にスッとコピーを読まされてしまい、心に残った。で、近所の書店へ行ってみたら、平台のいちばん目立つところに沢山積んであった。その時すでに評判になっており、よく売れつつあったようだ。
元来、へそ曲がりなところがあるので、いつも、ベストセラーになったものは新刊のうちには飛びつく気になれず、時間が経って文庫版になったところで買っているのだが、この本はなぜか、それまで待とうと思わなかった。直ぐにでも読みたいと思って、買ってきた。家内も、どこかで評判を聞きつけていたらしく、“あゝ、買ってきたの...読んだら私にも見せてね”と言っていた。

あまり詳しい話をしてしまうと、これから読む人には興醒めだろうから、あえて本の内容には言及しないが、タイトルから想像がつくように、犬とその飼い主家族およびその周辺の人々との心の通い合いを、主人公が少女期から大人になって行く様子と重ねて、童話のようにさり気ない語り言葉で綴った一編だ。
一気に読了して、何か心が和んだような、またしみじみとした気分になった、最近では久々に後味の良い読後感の本だったが、家内も同様だったらしく、どちらからともなく“いい本だったね” と短い感想を交わした。犬を可愛がっている人ならきっとそうなると思うが、自分も読んでいて何ヵ所かで、わが家のムッシュのことに思いを馳せ、独り思わず、ウルッとなってしまった。

ムッシュはつい先日、7歳になった。見た目が“動く縫いぐるみ”なので、どうしても子犬のように思えてならず、幼児語で話しかけてしまうが、人間で言えばもう立派な一人前の大人。そのためか、この頃はとみに、こちらの言うことがよくわかるようだ。
ペットとしての基本的なしつけ・日常生活がらみの言葉や「パパ」「ママ」「お兄さん」「お姉さん」「小父さん」「小母さん」「赤ちゃん」「先生」(ペットクリニックの)などは当然だが、「こっち」「あっち」「お庭」「お外」「公園」「グラウンド」「ブーブ」(自動車のこと)などの場所を表わす言葉、「出る」「入る」「行く」「帰る」という行動を表わす言葉、それに固有名詞もわかる。親しい数匹のお友達ワンちゃんの名前はもちろん、驚いたことにはママとよく行くスーパーの名前「丸正」や、散歩のキーポイントになっている直ぐそばの小さなお社「御嶽神社」まで覚えた。ホントである。“丸正まで行くかい”と言って本人(本犬?)にまかせていると間違いなくそちらへ向かうし、“御嶽神社のところで曲がろう”というとチャンとそこで曲がるから驚く。

興味のない方にはどうでもいい話かも知れないが、「犬と...」にある10の約束のうちの一つ「私にたくさん話しかけてください、人のことばは話せないけれどわかっています」は、まったくその通り。ムッシュも人間の言葉を話せたら、どれだけお喋りをしたいかと思う。

愛犬ムッシュ

愛犬ムッシュ
面白いのは、家の中で真の実権をもっているのが誰かをよく知っていること。彼がボスと思っている人に対しては実にロイヤルだが、ボスより立場が弱いと認識している者に対しては、ボスに対してほど言うことを聞かない。 たとえば、自分が在宅していてお天気も良い日には必ず午前と午後に1回ずつ散歩をさせることにしているのだが、その際自分が“ムッシュ、お散歩に行こう”と声をかけても、ママに“行ってらっしゃい”と言われるまでは絶対にパパの方には来ず、“社長、係長がああ言っていますが、どうしましょう?”とでも言いたげに家内の方を見て、その指示を待っている。また、オヤツをあげるときに“お手”をさせようとすると、ママにはキチンと座って片手ずつするのに、自分には腰を浮かし両手で、“それどころじゃあないョ、早くくれョ”という態度をする。実に可笑しくて、何度でも笑ってしまう。

そんな、幾つになっても相変わらずヤンチャなムッシュだが、この頃は“大人になったな”と感心させられることも度々ある。人間の幼児は嫌いじゃないけれども弄くりまわされるのが好きではないので、よその子には、散歩のときなど傍まで近づいて行っては逃げ帰るのが常なのだが、ときどき訪れる長女の娘は家族の一員と認識したらしく、あちこち触られてもジッと我慢して座っており、追いかけられても逃げ回らなくなってきた。 また、パパがドジをしてママに注意を受けているときなどは、二人の間に割って入って心配そうに両方の顔を交互に見上げ、何とかその場をとりなそうとする。そしてその後パパが自分の部屋に戻ると、トコトコ一緒についてきて、無言で足元に身体を寄せてくる。そんなときは何とも愛しくて、小さな声で“有難うョ”と囁きかけ、やはりあの本にあった、「私にも心があることを忘れないでください」という約束を思い浮かべる。

「私を信じてください、それだけで私は幸せです」という約束も、実感として胸を打つ。この家に来たばかりの頃と違ってすっかり落ち着き、傍らに座って自分たちを信じきった円らな目で見上げるムッシュを見ていると、その幸せをいつまでも続けさせてやりたいとつくづく思う。

今回は、身内ネタのペット談義で失礼をばいたしました。

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2007年11月 5日 (月)

オンライン・ショッピングあれこれ

立場を替えて言うと“オンライン・コマース”、平たく言えば“ネット通販”のことだが、自分はダイレクトマーケティングを専門にしていることから仕事でかなり深く関わっている割には、あまりオンラインでの買い物はしていない。が、改めて考えてみると、それでもときどき、幾つかの種類の商品はオンラインで買っている。書籍・CD・DVD、それにいま使っているパソコン、物品ではないが、旅行・保険、そしてアンチ・スパムやネット・セキュリティのためのソフトウエアなどもそうだ。
なぜオンラインで買ったかと言えば、“欲しいものを見つけ出すのに便利だったから”、あるいは“実店舗にはなかったがオンラインストアにはあったから”、“これまで買っていたものを引き続き買うのに便利だったから”などということで、必ずしも、一般的な通販の利便とされている“居ながらにして注文でき自宅に届くから便利”ということではない。

まあ、買いたいものによって、それを見つけるため実際に店に足を運んだり、ウエブサイトにアクセスしたりしているわけだが、オンラインで買い物をするときには、インターネットは便利だなとつくづく感心させられることがある半面、イライラさせられて欲求不満に陥ってしまうこともあり、消費者としての立場からは、まだまだ研究して欲しい余地のある開発途上の商法だと思っている。
...といったことをかねがね感じていたわけだが、最近仕事がらみで海外の情報・資料にあたっていて、そんな自分の体験や思いにどこか通じると思える話を目にした。ので、後日何かの参考になるかも知れないと、ひとつふたつ備忘ログっておくことに。

一つは、“物流”の話。通販の物流は宅配と相場が決まっている感があるが、これは便利なようでいて、消費者にとっては悩ましい点もある。受け取るタイミングに自分の在宅時間を合わせなければならないし、価格の安い商品だとそれにくらべて割高な気がする配送料を負担しなければならないといったことがあるからだ。
だが、書籍・CD・DVD・ソフトウエアなどをネット通販している「セブンアンドワイ」や総合カタログ通販の「ディノス」などでは、コンビニ(前者はセブンイレブンのみ、後者はローソン、ファミリーマート、ミニストップ、スリーエフほか)店頭で受け取ればどんな価格の商品でも配送料が無料になるサービスのオプションを提供しており、自分の都合に合わせて受け取ることができるようになっているので、なかなか気が利いていると注目し、また利用もしている。

ところで最近、米国のチェーンストア業界では、オンラインで買い物をした客にその品を店で受け取る方法を勧めることが多くなってきているという。その方が客にとって、より多くの商品からの選択が可能になり、かつ配送コストを負担しないで済むようになるからで、さらに客は、店に商品を受け取りにきたついでに別の品物も買うケースが多いので、小売業者にとっても予想外の利得になるというのだ。
世界最大の小売企業「ウォルマート」は、3年間の試行を繰り返してこれを実証し、いよいよこの9月から、“Shop-on-line, Pick-up-in-store”(オンラインで買って店でお受け取り、通称“Site-to-Store”)という新プログラムをロールアウト(本格的実施)することにした。同社のオンラインストアWalmart.comで購入した商品を、配送料を負担することなく、全国に3,300店ある最寄りの店舗で受け取れるというサービスである。これまでのところでは、全オンライン購入客の3分の一がこのプログラムを利用し、注文した品を店に受け取りにきた客の60%が、ついでにプラス60㌦相当の買い物をして行くことが判明し、ウォルマート自身もこれまで負担していた個別配送費を500万㌦減らし、環境保護の観点からも、毎週1000ガロンのガソリンと20,000個の段ボール箱を節約できるようになったという。

ウォルマートだけでなく「エース・ハードウェア」という工具・園芸用具の小売チェーンも2003年以来、店舗に陳列できないような大型商品をオンラインショップAce.comで受注しフランチャイズ店で受け取れるようにして、同じような成功を収めており、「ベスト・バイ」「サーキット・シティ」「シアーズ」なども、年末商戦などの期間を限ってではあるがこのプログラムを採り入れている。
率直に言ってこのプログラムには、まだまだ議論の余地があることは明らかだが、少なくとも“オンラインショッピングをオフラインと結合したときには店舗への新規客が増える”、“客と小売業者の両方に配送費の節約効果をもたらす”ということは言え、わが国のデパートやスーパーなどのチェーン小売業界でも、大いに検討してみる必要がありそうだ。

もう一つの話は“顧客サービス”。保険やクレジットカード、それにソフトウエアの購入申し込みや契約更新のときなどは、長ったらしくて複雑な約款があり、それを承諾しないと次のステップに進めないようになっているが、自分などは全部読む根気がないので、相手の企業を信用してほとんど読まずに“イエス”の方をクリックしてしまう。その上ソフトウエアをダウンロードするときなどは、指示・説明の文章がどうしてこんな日本語を使うのかと思うほど解りにくく、頭が痛くなってしまう。
で、そんなときは、画面を見ながら電話をかけて意味を聞きたくなるのだが、こういうものに限って電話番号が掲示されておらず、Eメールで問い合わせなければならないシステムになっている。解らないところをどう書いたらいいかもわからないから直接聞きたいのに!そのくせ、“受注確認”後のメールにはチャンと、“お客様問い合わせ用電話番号”が載っているのだ。さすがに保険やクレジットカードや旅行などのサイト、Eメールには、客のITレベルを考えてか、最初から電話番号も記載されているが、ソフトウエア・メーカーは、オンラインショッピングする客はEメールさえあれば十分と思っているらしい。

“オンライン・コマースの顧客サービスには電話が必要か?メールだけで十分か?”という問題については、米国でもいま経営の厳しい現実と顧客ニーズの狭間で、見解が両極に分かれているようだ。またウォルマートの話になるが、同社はこの10月から、顧客対応経費削減策の一環として、同社のオンライン販売部門Walmart.comの顧客サービス用の電話受信を一切とり止め、問い合わせその他はすべてメールで受け付けることにした。つまりこれまで記載されていた1-800Walmartという無料電話の番号はもちろん他の電話番号も、ウエブ上から消えてなくなることになったのだ。
その理由を同社では、ほとんどの電話は受注・配送状況の問い合わせであり、それならウエブで見てもらう方が簡単で、実際に多くの客がそうしていると言っているが、今回の決定に対しては早くも各方面から、“長期的に見て業績に大きな影響を及ぼしかねない無謀な策だ”との危惧の声が上がっているという。Amazon.comなども顧客対応をEメール中心にシフトしていて一見ウォルマートと同じように見えるが、こちらは電話による対応を完全に止めてしまっているわけではなく、商品をカートに入れる段階まで進んだところで番号が現れるという巧妙な仕組みにしている。

これに正反対の策をこの7月から打ち出したのが、オンライン映画レンタルでは世界最大と言われている米国の「ネットフリックス」で、Eメールによる顧客サービスを止め、顧客からの質問・苦情・提案すべてを、1日24時間年中無休体制で、もっぱら電話チャネルのみで受け付けるということにした。これまた、あまりにも思い切った戦略と思ったが、その根拠としては、電話中心の顧客サービスで定評のある「アメリカンエキスプレス」や「サウスウエスト航空」などのケースを研究し尽くし、慎重かつ多角的なリサーチを重ねた結果としての確信があったようだ。
これは、批判されつつも背に腹は変えられず、大勢として顧客サービスのオンライン集中化の方向に進まざるを得なくなってきている米国にあっては、きわめて異例なこと。しかし、これ以上の成長が望めない過当競争市場だからこそ、顧客のナマの声に耳を傾け、あえて顧客により近づくことは、競合他社を差異化するための策として有効に作用するに違いないという、違った視点からの注目がこれに集まっていることもまた事実である。

結局は企業全体の経営の問題に帰することだから、今の時点ではこの2社のどちらが英断でどちらが暴挙とも言えないが、根がアナログ人間の個人消費者としての自分としては、どちらかと言えば電話のある方が有難い。サテ皆さんはどうだろう?

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