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2007年4月 2日 (月)

植木等 逝く

稀代のエンターテイナーが天国へ旅立った。その知らせをインターネットのニュースで目にしたとき、さまざまな想いが胸を去来した。自分がまだ若くて威勢のよかった日々のこと。そして、いつかは迎えることになるであろうそう遠くはないその日のこと。

ナマ植木を初めて観た(聴いた?)のは早稲田の大隈講堂で、大学祭の出しものとしてクレージー・キャッツが出演し、コミック演奏を聴かせ(観せ?)てくれたときだった。あれは確か1956年か57年のことだと思うから、今になって調べてみると、植木がクレージー・キャッツのメンバーになった直後だったようだ。
メンバーはみんな、ジャズ・ミュージシャンとして一流なので、いい気持ちでスイングしているうちいつの間にか冗談演奏に脱線して、散々笑わせてくれた。単なるコメディアンがトークやアクションだけで笑わせるのではなく、彼らの笑いは十分な音楽性に裏づけられたシャレだったから、そこがわかると二重に楽しめた。中でもギターとリードボーカルの男は、よく響く美声で容貌もどちらかといえば二の線に近いのに、なんともスッとぼけて力の抜けた可笑しみのあるキャラで強く印象に残ったが、これが植木等だった。

当時(昭和30年代)、“実演喫茶”なるものが都内の盛り場に何ヵ所かあって、普通の喫茶店(アルコールを出さないので“純喫茶”といった)でコーヒー・紅茶・ジュースが一杯50円のところ、100円~150円で、売り出し途上の歌手やグループの、または非主流ジャンルのミュージシャンたちの、ナマ演奏と唄を気軽に楽しめた。
古くから、ジャンル別に、銀座にはカントリー&ウエスタンの店「テネシー」やシャンソンの店「銀巴里」が、新宿にはシャンソンとタンゴの店「ラ・セーヌ」が、渋谷にはハワイアンの店「プリンス」などがあったが、その頃から新しく、“ロカビリー”(ロックがかったポップス)をメインに、ジャズもラテンもハワイアンも聴かせる「ACB」(“アシベ”と読む)という店が、銀座・新宿・池袋に出店した。まだテレビの人気者になる前のクレージーは、よく「新宿ACB」に出演していたので、大隈講堂以来すっかりファンになった自分は、なけなしの小遣いをはたいては新宿に通い、カブリツキの場所をとるため、ときに授業を早めに切り上げる(つまりサボったわけ)こともあった。

1961年は自分が日本リーダーズダイジェスト社に入社した年だが、古きよき時代の米資会社のオープンな社風のお蔭で、一年生のときから、仕事も遊び(と言っても社内野球とマージャンぐらいで可愛いものだったが)も、ノビノビとさせてもらっていた。
“お呼びでない?...コラマッタ失礼をいたしましたっ!”のギャグを生んだ「シャボン玉ホリデー」など、植木らの出演するテレビの番組が爆発的な人気を呼ぶようになったのもこの頃からで、昨年のブログにも書いたように、いま思い出すと恥ずかしいが、自分の日常の端々にも多分に当時のそんな世相が影響していたような気がする。

と言っても自分は、その頃から一人歩きし始めた植木の“無責任男”のキャラには、素直について行けなかった。それ以前からの彼を知っていたので、あれは、どこか抜け抜けとした彼の印象をもとに故・青島幸男がつくりあげた、流行歌手・喜劇役者としての仮面だとわかっていたし、リベラルで自主性が尊重されるとはいえ責任と実績追求にも厳しい米資企業のスタイルに否応なく適応させられていた自分は、彼の唄や映画の“サラリーマンは気楽な稼業...”といったフレーズに、まったく実感が湧かなかったからだ。

植木を好きだったのは、彼の中に、“楽しがり面白がり”、“頑張っている姿を人に見られるのが嫌でわざと馬鹿をする”という、ジャズ・ミュージシャン独得のダンディズムを見ていたからだが、あのつくられたキャラの中でも、底抜けの陽気さだけは彼本来のものだったと思う。で、あまたある彼の唄の中で一曲だけ、たまらなく好きな唄がある。

ゼニのない奴ぁ 俺んとこへ来い 俺もないけど 心配すんな
見ろよ 青い空 白い雲 そのうちなんとか なるだろう

彼女のない奴ぁ 俺んとこへ来い 俺もないけど 心配すんな
見ろよ 波の果て 地平線 そのうちなんとか なるだろう

仕事のない奴ぁ 俺んとこへ来い 俺もないけど 心配すんな
見ろよ 燃えている あかね雲 そのうちなんとか なるだろう

青島幸男詞、萩原哲晶曲の「だまって俺についてこい」だが、植木のあのやたらとデカくて明るい声で唄われると、単純な自分は、たちまちポジティブ・シンキングになれたから不思議だった。高度成長期で自分も行け行けドンドンの時代の唄だったが、それが過ぎてからも、壁に突き当たる度に、独り口ずさんでは自分を奮い立たせた。

彼は80歳で逝ってしまったが、早かったのか、十分生きたと言えるのか、判断はなかなか難しい。考えれば、自分もあと10年。してみると、チョッピリ早すぎるような気がしないでもない。
いや、今ここであれこれ考えても仕方あるまい。そのうちなんとかなるだろう。

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