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2006年10月

2006年10月30日 (月)

秋色八ヶ岳

2人プラス1匹としては約40日ぶりに、清里の山荘へ出かけた。仕事が特別に忙しかったわけでもないのだが、前から決まっていた公私の予定のため、なかなかまとまった時間がとれず、これではきのこや紅葉の時期を逸してしまうと焦っていたところ、うまく3~4日続けて空いたので、25日に急遽、出かけることにした。
前日までの雨が嘘のように晴れ上がり気温も上昇してきたので、道中、山々の紅葉でも鑑賞しながら行こうかと、午前中に出発する積りでいたが、何だかんだとその前に済ませておかなければならないことがあって、結局、家を後にしたのは午後の2時過ぎ。

我が家の庭や近所の街路・公園などのハナミズキは、すっかりいい色になっていたので、山の方はさぞかしと思っていたら案外そうでもなく、やや標高が高いはずの中央高速道の談合坂サービスエリアあたりになっても、まだほとんど紅い色が目立たない。しからばと、大月からは国道20号に下りて桂川の渓流沿いに進んでみたが、ようやくまばらに山が色づいてきたのは、笹子トンネルを抜けて甲府盆地の上縁に差しかかった頃だった。

秋の陽はつるべ落としというが、その通り。夕刻の5時というのに、甲府市の中心部を過ぎる頃はもうトップリと暮れて、遠くの景色は見えなくなり、清里の森に入ってやっと、車のライトが照らす闇の中に、真っ赤に色づいたカエデやドウダンツツジが浮かび上がった。これなら我が家の方も、かなり色づいているかもと一安心。
と、思いきや、着いてみるとどうもまだ前庭はあまり紅くなっていないようで、少し落胆。だが、きのこが呼ぶ匂いがする。で、到着早々ムッシュを放ったらかしにしたまま、家内と二人真っ暗闇の中を、ポータブル・ライトを頼りにきのこチェック。

今回は全三日の予定だったので、時間がもったいないと翌日は自然に早々と目が覚めた。さっそく外に出て、家の周囲を一通り歩き回ったが、残念ながらやはり、紅葉はさほどではない。一方きのこは、いつもの場所には全然出ていなかったり、これまで一度も生えたことのなかった場所にヒョッコリ頭を出していたりと、相変わらず気まぐれだった。

我が家の東側の庭では、いつも、チャナメツムタケというナメコの兄貴分のようなきのこ(味噌汁や大根おろしで食すと美味い)がよく採れるのだが、今回はその場所には出ておらず、予想もしなかった西側の庭の朽木と落ち葉の中に群生しているのを見つけた。きのこという奴は、ただ立って上から眺めていたのではなかなか見えないが、しゃがみこんで目線を下げると、不思議と見えてくる。一つ見つかると、次から次へと見えてくるのだ。

これが本当の“朝飯前”だが、家内と二人でも一度ではとても採りきれないほどの収穫。昨晩すでに確認済みの、前庭のシモフリシメジもまずまずの量が採れたので、早速朝の食卓に載せてもらう。歯ごたえがあって、いい味が出て、実に美味い。が、毎食でもとても食べきれないので、帰ってからも食するため、茹でこぼして持ち帰ることに。

実は今回のメインの仕事は、ベランダの塗装。2年前に新しく付け替えたのだが、山の厳しい風雨に晒されるので、毎年ケアしないとたちまち傷みがきてしまう。しかし、ただ塗ればいいというわけではなく、その前にまず、床板の上に降り積もり隙間に詰まったカラマツの落葉を、掃き去り取り去らなければならない。しかもこの時期は、掃いても掃いても、そのそばからハラハラ、ハラハラと散ってくるので厄介だ。

ほとんど無我の境地で、真っ暗になるまで塗装に集中した結果、床下の支柱部分と庭から上がってくる階段の一部を除いて、あらかた仕上がった。翌朝明るくなってから改めて見ると、塗り直した甲斐あってやっぱりきれいになっており、チョッピリ自己満足。

でも決して、ぶっ通しで作業ばかりしていたわけではなく、間には、ムッシュの散歩もさせたし、昼食には蕎麦を食べに、前に紹介した「藤乃家」へも行った。そしてその往復に、八ヶ岳スカイラインから望む八ヶ岳連峰をはじめ南アルプスや秩父連山のパノラマと、川俣渓谷の東沢大橋から展望する山一面の紅葉も、また天女山から大泉駅に下る坂道の紅葉のトンネルも、タップリと楽しんだ。

他には何もできず、ムッシュなどは何のために来たのかわからずつまらなかったろうが、天候にも恵まれたこの三日間、けっこう充足感があった。

帰りの日は、朝方雨が降ったようで、午前の森は曇り空。ハックショイとくしゃみも出て、いやにゾクゾクすると思ったら、出発する午後になっても、何と外気温はまだ7度の肌寒さ。でも、山を下りてくるにしたがってどんどん上昇し、甲府盆地の真ん中では24度まで上がり、本来は適温のはずの車内が暑く感じられた。

今年も、あと2回くらいだろうか。最終回は今回以上にいろいろ作業しなければならないから、可哀そうだがムッシュは預けてこなければ。そしてその時ぐらいは久しぶりに「ぼのボーノ」で食事をしたいものだなどと、家内と話し合いながら帰途についた。

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2006年10月20日 (金)

ムッシュとお留守番

“ムッシュ”と言っても、“ムッシュかまやつ”ではない。我が家に来てからもう1年半以上経ち、すっかり家族の一員になった小犬のことである。

先だって、家内が友人と連れ立って清里の山荘へ行ったので、数日、二人(いや一人と一匹)だけで、留守番をすることになった。ムッシュが家内の不在を淋しがって世話を焼かすのではないか、あるいは案外、思ったほど苦労せずに過ごせるかと、出かける前に家内が心配していたが、“なあに大丈夫、まかせてください”と送り出した。

こうして毎日一緒に暮らしていると、犬とはいえ、日常の経験によって学習したことについては、人間の言葉がほとんど分かるようになるらしい。人間語で返事するわけではないが、一つ一つの言葉に、感心するほどちゃんと反応するのだ。

だから、傍から見たらさぞ可笑しいだろうが、朝起きたとき、食事をさせるとき、一緒に散歩をするとき、用を足させるとき、ハウス(室内のムッシュ用サークル)で昼寝させるとき、夜寝かしつけるときは、人間の幼児に対するように話しかけている。
すると相手は、声にこそ出さないが、目をクリクリさせ、首をかしげて、一生懸命理解しようとし、また、ちゃんとそれに応じて行動するから、可愛くなってしまう。いつの間にか、自分たちは自分たちのことを、パパ、ママと呼んでいた。

幸い、歩いて5分もかからない近所に、ペット・クリニックもペット・ショップもあり、両方とも、人犬共にすっかり顔馴染みになっているので、定期的な健康診断やグルーミングはもちろん、家内と二人そろって海外や国内の旅行に出かけるときには、いつもどちらかに預かってもらっている。そんな時、パパとママから離れて過ごすのはさぞ淋しかろうと初めは思っていたのだが、回が重なると、それはそれで本犬も馴れてきて、違和感を示さなくなった。
だが、今回のようにパパだけと数日過ごすのは初めてのこと。家内には大丈夫と言ったものの、実は内心どうなるかと、あまり自信がなかった。

家内が出発したのはまだ陽も高いうちだったし、これまでにも遅い午後に出て夜の8時過ぎに帰宅することは間々あったので、本犬も当座は、ママはいつものお出かけと思っていたらしく、普段通りに散歩もし、夕食も食べ、すべきことはすべてして、あとはハウスに入って寝るばかりという時間になった。
だが、「もうおやすみの時間だよ」といつもの言葉をかけても、言うことを聞かない。玄関を見通せる居間のガラス扉の前に陣取って、テコでも動かなくなってしまった。無理に抱き上げてハウスの方に連れてくるのだが、その度に同じ場所に戻ってしまう。どうやら、ママは遅くなっても帰ってくると信じ、姿が見えるまで待っている積りのようだった。
いじらしいので、しばらくはそのままにしていたが、こちらも自分の食事を済まさなければならないし、仕事をしに書斎に戻りたいので、いつもよりはだいぶ時間が経ったところでハウスに強制収用し、「おやすみ」と言って部屋の灯を消した。

いつもならその後は、よほどのことがない限りまったく声を出さず、翌朝の8時まで熟睡するのだが、その晩は、どうも様子がおかしいゾと感じたのか、思い出したように「ワウ!」「ワウ!」と啼き叫んでいる。それでも、パパが起きている気配が感じられるうちはまだよかったが、日付も変わってこちらも就寝しようかという時間になってからが困った。
どうしても寝つかず、ほぼ1時間おきぐらいに、最初は咎めるように「ガウ!」「ガウ!」と、だんだん哀願するように「フィ~」「フィ~」と声を出すので、何とかなだめすかして寝かしつけようと、その都度、起き上がらなければならなかった。

丑三つ時までそんなことの繰り返しで、こちらもヘロヘロ。「頼むから寝かしてくれよ!」とか、「いい加減に寝なさい!」とか、つい大きな声も出した(後で考えると可哀そうなことをしてしまったが...)。そのせいか、やっと2時間ほどウトウトすることができたが、また、泣くような声で起こされる。早朝の5時だった。

もう相手は、小犬だか人間の子供だかわからなくなり、朦朧とした中で「ママは清里のおうちに行って、四日ぐらい向こうにいるんだよ。でも、必ず帰ってくるから、パパと二人で、いい子でお留守番してようね。」と一生懸命言って聞かせたら、なんと!その後はピタリと啼き止んで、朝8時過ぎまで3時間、お互いに曝睡した。ひとつひとつの単語を理解したかどうかは分からないが、ニュアンスが通じたらしい。

翌日からは毎日、「ママはあと○日寝たら帰ってくるヨー」と、アイ・コンタクトしながら話をしてやると、昼も夜もまったく問題なし。ムッシュはいつもの通り元気に過ごし、自分も十分仕事ができ、夜も安眠した。

この経験で、心から語りかければ、たとえ相手が動物でも意を通わせることができるものだと、改めて悟った。ムッシュが、またひとしお可愛くなった。

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2006年10月13日 (金)

シニア市場

“シニアとは俺のことかと爺い言い”

...という川柳があるかどうか定かではないが、これまで一般的に“高齢者”と呼ばれていた65歳以上の年齢層の人々を、近頃は“シニア”と呼ぶそうな。
自分などは、紛れもないシニアということになるが、なぜそう呼ぶようになったのかを自分なりに考えてみると、そこには、単に格好をつけてカタカナ語に呼び変えたということだけではなくて、ビジネスの新ターゲット市場としての認識があるような気がする。

最近の人口統計でも報告されているように、総人口に占める割合が20%を超え、しかもその八割以上が介護を必要としない元気な人たちとのこと。その上、カネもヒマもそこそこあって積極的に生活を楽しもうとしているとなると、これは、有望なビジネスの市場として見なさないわけには行かないだろう。自分のことを考えてみても、まあその8割には入っているのかなと思うし、そういう考え方はアリだろうと思う。

でも、いくら本人にその意識がなくとも、自分がどこかで事故に遭ったりしてニュースの種になったら、やっぱり、“高齢男性が...”とか“お年よりが...”とか、世間の決まり文句で報道されるのだろうなあ。何か、知られたくないことがバレるような感じでチョッピリ情けない気がするが、事実なのだから仕方がないか。

などという、たわ言はさておき、新ビジネスに目を転ずると、当然、この美味しそうな市場に着目している業種は、その数が増え、幅が広がってきている。「医療・介護」「保険・保安」「健康食品」といった老後を守るという発想のビジネスだけでなく、「旅行」「美容・フィットネス」「生涯学習」「ホームショッピング」といった、むしろシニア・ライフを積極的にエンジョイするという発想に立ったビジネスが、このところ増えているようだ。

ただ、ここに一つ問題がある。それは、これからの時代こういったシニア・ライフを楽しむためには、パソコンまたはケータイを通じてのインターネット操作は不可欠になってくると思うのだが、この世代にとってのIT環境は、必ずしも親切なものにはなっていないということである。この問題を解決しておかないと、新市場を十分に開拓してゆくことは難しくなるかも知れない。

たとえば自分自身のことを振り返ってみても、それは言える。自分は仕事柄、家にいる時は平均して7~8時間はパソコンの前に座っており、その半分ぐらいは、送られてくるメールを開いて詳細情報を読んだり、ウエブ上でキーワード検索をして調べものをしている、この年にしてはかなりのヘビー・ユーザーだが、実は、せっかく装備されているさまざまなコンピューター機能のごく偏った部分しか活用していない。
マニュアルを開いても、ビッシリ書かれた小さな字を見ると頭が痛くなり、読んでも用語の意味が理解できないことが多く、面倒になってしまうからだ。特に、ソフトウエアに関するインストラクションがわからない。今も、(ウインドウズだが)しばらく前に変更になったらしいアップデートのシステムにフォローできなくて、立ち往生している。

本やCDと違って、IT機器メーカーからオンライン・ショッピングするときも苦労する。7月20日にも書いたように、3年使ったパソコンのディスプレーがイカレてしまったので、ついこの間、同じS社のVの、テレビ受信機能付きスリムタイプというのを購入したが、先ず、注文するまでのステップが大変で、何度もカートを引っくり返しそうになった。

品物が届いてからがまた大変。家電と違って、ケーブルを接続して電源に差し込んだらすぐに使えるというわけには行かない。最も低価格のバージョンを選んだので、「オフィス」や「パワーポイント」はプリインストールされておらず、前のモデルに使っていたものを改めて入れ直さなければならずないし、データもすべて移し変えなければならない。
ディスクを差し込んでやってみようとしたが、まるでお手上げ。プリンターのソフトぐらいは自分でインストールしたことがあるのだが、とてもそんなわけには行かない。

結局また、忙しい長男を呼ぶ破目になったが、それでも、週末の二日を費やした。これでは、特別ITに強くない普通のシニアは、とても新たにパソコンを始めたり、古いパソコンを買い替えたりする気にならないはずだ。
逆に言えば、“買ってつなげばすぐに使える”といった家電並みの「簡単パソコン」が誕生すれば、どれだけ市場が広がり、波及効果でオンライン・ショッピングを初めとする各種の新産業が、どれだけ伸びることか。ケータイではすでに「簡単ケータイ」というものが考え出されて大ヒットしている。パソコンでも、どこかのメーカーが考えない手はない。

どうもITメーカーは、シニア市場の存在には気づいているかも知れないが、まだまだ、真に“市場の側から発想する”ということには慣れていないようだ。機能・使い勝手だけでなく、画面や紙面の文字の大きさ、用語のわかり易さなども含めてのことである。

パソコンは、高性能を追求するばかりが能じゃない。

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2006年10月 5日 (木)

季節の変わり目

「暑さ寒さも彼岸まで」とは、ほんとによく言ったもので、9月も20日を過ぎると“残暑”という感じがなくなり、ここのところ一気に、朝夕のみならず日中も、めっきり涼しくなった。実際、日差しが結構強いと思って夏の服装で家を出ると、帰宅時には冷えを感じることが再々だ。
先週たまたまデパートに行ってみたら、ファッション・フロアはすっかり秋模様。ついこの間まで、暑い暑いと言っていたような気がするが、いつの間にか夏は終わっていた。

私事だが、どうも、季節の変わり目になると体調がよろしくない。風邪のひきはじめのような感じで、軽い寒気と微熱感があり、かといって暖かくして寝ると、翌朝起きた時、汗ビッショリになっている。今年の春先もそうだったが、医者にかかっていろいろな検査を受けてみると、格別どこも悪くないし、したがって薬も出しようがないと言われてしまう。

じゃあ、この症状は何なのか、何が原因で、どうすりゃあいいのかと訊ねると、“ストレス”による“副交感神経炎”(いわゆる“自律神経失調症”)だそうで、根を詰めて同じことばかり続けていずに、まったく違うことをして気分転換をはかることが必要と言われた。いつもスケジュールに追われていて、几帳面にそれを守ろうとするような性格の人間がそうなりやすいらしい。

そう言われれば、思い当たるフシがないでもない。今年から、こうしてブログを始めたが、誰に約束させられたわけでも、誰が急かしているわけでもないけれど、自分の中で“週1回”と決めて、ほぼ、そのペースを守ってきた。また、誰に頼まれて書いているわけでもなく、どこから原稿料をいただいているわけでもないのだから、もっと気楽に書いていればよかったのだが、つい、エッセーでも連載しているような気になってしまって、必要以上に義務感を抱き、また、内容にも気を遣っていた。

血液型B型のマイペースのくせに、妙に凝り性で、はまってしまうと物事をいい加減に済ますことのできないという因果な性分があって、ブログに限らずそれまで、確かに、自分で自分を追い込んでいたところがあったかも知れない。

と、特に深刻な病気でも何でもないと理由がわかってみると、多少気が楽になった。そして、医者に言われたからといってすぐに暮らし方を直せるものでもないと開き直ったら、何の療法も試みたわけではないが、陽気がよくなるに連れて、それまでの症状が嘘のように無くなった。やはり、「病は気から」なのだろうか?

このところ、また、春先と同じような症状が出ているが、要するに、年をとって環境適応力が衰え、季節の変化に身体がスムーズについて行けなくなったのだろうと思っている。きっとこれは、本格的な秋・冬になったら、かえって身体がそれに馴染んで、いつの間にか消えてゆくに違いない。

元来の体育会系、若いころは、そんな何とも言えないサワサワした不快感のあるときには、スポーツで汗をかいて吹き飛ばしたものだったが、十数年ぶりにまた、ジム通いでもして汗をかこうかな(体型回復のためにも?)と、いま密かに考えている。
1日2回、計1時間くらいは、ムッシュとブラブラ散歩をしているのだが、それぐらいではきっと、十分な運動にはならないのだろうなあ。

ご老体、大丈夫なのかと心配してくれる向きもあるが、なあに、平気でしょう。パワーはなくなったが、食欲もまずまずあり、循環器系統もどこといって悪くない。問題は精神的持続力で、途中で挫折せず、規則正しく通い続けることができるかどうかだ。
だが、何しろ春先にも、そんなことを言いながら途中退場してしまった前科があるので、事前にあまり大口は叩かないことにする。

でも、続けよう続けようと意識し過ぎると、これがまたストレスになるのだろうか? そんなことばかり考えているときりがないから、ともかく、まずは始めよう。

エッ?途中退場の前科とはって?――言いそびれていましたが、3月26日付けで報告した「健康体操」、実は“ダンス・タイム”が辛くって、1回サボり、2回サボりしているうちに、とうとう行かず終いになってしまいました。

まあ、今度は、あまり気張らず焦らず、ボチボチ行きますワ。

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