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2006年9月

2006年9月29日 (金)

OH ! MY ニューヨーク

知る人ぞ知る――かも知れないが、フジテレビの早朝番組「めざましテレビ」に、「OH! MY ニューヨーク」という、ニューヨークの旬な情報をリアルタイムでレポートするコーナーがある。あいまいな記憶だが、もう10年くらい(もしかしたらそれ以上?)は続いているはずで、これまでずっと、家内と共通の朝の楽しみにしてきた。

もともとは毎週水曜日の7時40分頃、定期的に放映されていたのに、いつの間にか時間帯が繰り上がったり、週単位でなく月単位になったりしたため、だいぶ長いこと見る機会を逸していたが、一昨日27日(水)の朝は、久しぶりに見ることができた。本来マンハッタンの話しが多いのだが、この日はその南東にあるガバナーズ島(もと刑務所のあったところ)を探訪。この島自体の話しはそれほど面白いとは思わなかったが、背景に見えたマンハッタンのビル群とその上の夕焼け空が、ニューヨークの秋を伝えていて懐かしかった。
今月は、例の9.11からもう5年になるということで、月の初めころには各テレビ局でニューヨークの特集を組んでいたが、それらの番組を見たり、この日の画面を見ているうちに、また、たまらなく行きたくなった。そう言えばもう、ここ3年近く行っていない。

9.11のあの年は、10月初めにニューヨークからボストンにも回って、ボストン・シンフォニー・ホールでの小澤征爾のオフィシャル・ラスト・コンサートを聴こうとチケットまで買っていたのだが、当時籍を置いていた企業グループから、危険を避けるため当分の間、公私に拘らず海外渡航を自粛するようにとの指示が出されて、やむを得ずキャンセルした。
そんな残念な思いがあって、翌年7月には、彼の事実上の米国最後の演奏となったボストン郊外タングルウッドでの野外コンサートには参加し、同時にWTC(ワールド・トレード・センター)の跡地“グラウンド・ゼロ”にも立ち寄って、犠牲者に祈りを捧げてきた。

自分が働いてきたいくつかの会社のほとんどが米国系の企業で、関係している業界団体も米国に本部があり、それらの事業所がニューヨークのマンハッタンに所在していたこともあって、これまで40年の間に、仕事目的だけでも、どれだけの回数訪米し、延べ日数でどれだけ長くこの街に滞在したかわからない。だからニューヨークが大好きになって、プライベートでもこの十数年は、家内と共にプレ・クリスマスをニューヨークで過ごすのが慣わしになっていた。9.11の翌々年もそうしたが、WTCのないプレ・クリスマスは、文字通り、灯が消えたような淋しさだった。

あのビルの107階まで上り、360度の展望を楽しむこともしたが、地下街とビルの周辺の店では、よく買い物をした。地下1階には、ヨーロッパ系の高級ブランド・ショップこそなかったが、「ギャップ」や「バナナ・リパブリック」や「ストロベリー」それに「ナインウエスト」といった庶民派のアメリカン・ブランドが、大小50以上も集まってモールが構成され、その時期にはセール目当てに、マンハッタンを南北および東西に貫く2本の幹線地下鉄(1.9線とNR線)から絶えず吐き出されてくる人々でごったがえしていた。

ビルの東側には、道を挟んで「センチュリー21」(ブランド品ディスカウント・ショップ)と「ブルックス・ブラザーズ」があり、ここで家内と自分は、左右に別れるのが常だった。どちらの店舗も、’03年に訪れた時には壁面修復に手がつけられず、まだ再開していなかったが、多分現在は、もと通りに営業しているに違いない。
また、ニューヨークからグリーティングするために、家内がいつもクリスマスカードを購入していたのが、やはりビル地下のショッピング・モールにあった文具店「ホールマーク」。毎年新しい意匠を凝らしたものを売り出すので楽しみだったが、いま手もとに偶然にもたった一枚だけ、無印刷でWTCをレリーフ状に浮き上がらせたデザインのものが残っており、家内が大切に大切に保存している。

仕事で来ていたときには、ビルの南側の目と鼻の先「マリオット・ファイナンシャルセンター・ホテル」手前の食品スーパー「アーミッシュ・マーケット」でも、よくベーグルやミネラルウォーターを買ったっけ。クリームチーズがサービスだったので、店の中でそれをトーストにして朝食を済ませたこともあった。だがその店は、やはり’03年の暮れに現地を訪れたとき、無常にも焼け爛れたままで、立ち入り禁止のバリケードに囲まれていた。

あの惨劇の日、WTC内のオフィスに勤務していた知人がたまたまいなかったのは、自分にとって不幸中の幸いだったが、消息が気になっていた人たちもいる。寡黙ながらいつもニコニコと優しかったホールマークの初老の小父さん、コロコロと太って威勢のよかったアーミッシュ・マーケットのお姐ちゃん、スタイルがよくマナーもいいバナナ・リパブリックの売り子さんたちだ。今になって思い出して、もしやと胸が痛む。あのときはどうしていたのだろう?地下1階や路面の店だし、早朝だったから、多分無事だったと思うのだが。

おっと、つい思い出ばなしになってしまったが、ニューヨークのことを話し出すときりがないので、またこの次に。ネタは山ほどあるが、古いネタだけでは進歩がないので、新しいネタを仕入にそろそろ行ってこようかと、いま、家内と話し合っているところだ。

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2006年9月21日 (木)

スズメバチの恐怖

先週末から今週半ばにかけて清里の山荘に行っていたが、18日に栃木県の那須で、高齢の(ッたって、自分もそう言われる年齢だが)女性が、70匹ものスズメバチの攻撃を受けて亡くなられたというニュースを聞いて、思わずゾッとした。自分も、14~5年前になるが山荘を建てたばかりのころ、実はスズメバチに刺されたことがある。

森の中の家は夏季になると、どんなに密閉していた積りでも、どこからともなく蟻が這い込んだり、虫が飛び込んだりしていて、久し振りに行ったときなどは、着いた早々に掃除をしなければならないということが多い。
あのときも、ちょうど今くらいの、夏も終わりかけたころだったが、明るいうちに着いて荷物を降ろし、サアちょっとその辺に散らかっている虫たちの残骸を掃除してしまおうかと、2階へ上がった。部屋ごとに換気扇があり、夏季の不在中は各室のドアを開けっ放しにしてあるため、廊下に、アブやハネムシが何匹も転がっていることがあるからだ。

案の定、ゴミに近い小さなヤツに混じって、体長2~3センチはあろうかというかなりの大物が2匹、仰向けに引っくり返っていた。黄色と黒のダンダラ縞模様の胴体で、今なら直ぐにスズメバチとわかるのだが、そのときは大きな山アブかと思った。クマンバチやミツバチ、アシナガバチなどはよく見知っていたのだが、スズメバチは、名前は聞いたことがあっても、実際に見たことがなかった。

田舎育ちで、ハチやアブに追いかけられたり刺されたりするのは子供のころの日常茶飯事だったので、特に警戒心も持たず、掃除機などを使わずにティッシュー・ペーパーを2枚重ねにしてそのままつまみ上げ直接ゴミ箱に捨てようとしたが、その時! 右人差指の先に、信じられない激痛が走った。

“チクリ”などというものではない。形容が難しいが、あまり切れ味の良くないナイフで“ザクリ”と切られたという感じで、さすがに大声を上げて飛び上がってしまった。その声に驚いて家内も飛んできたが、引っくり返ったままバタバタしているその虫と自分の指の傷口を見て、ただごとではないと判断、直ちに、最寄りの診療所や病院に電話をかけまくった。その間自分は、本能的に、指の第2関節あたりのところをギューッと押さえて、“毒があっても体中に回らないように”という積りの動作をしていた。傷口は長さ2センチ、深さは3ミリくらいで、出血はあまりなかったが、早くもズキンズキンと痛みだしていた。

幸い、隣町の長坂(現北杜市長坂町)にある山梨甲陽病院が対応してくれるというので、家内の運転で15キロあまりの道を飛ばしに飛ばし、20分ほどで到着。待機していた医師から検査を受けたら、人によっては致死の恐れもある毒の方は大丈夫だという。電話口でこちらの話を聞いてすぐにスズメバチとわかり、そのハチを持ってきてくださいと言われていたので提出したら、間違いなくそうだった。屋内に紛れ込んで出られなくなり、動けなくなって引っくり返っていたが、敵が来たと思い、最後の力を振り絞って一刺ししたのだろうとのこと。
この近辺にはよくあることで、毎年何人も病院に担ぎ込まれるが、そのうち一人二人は必ず命を落とすという話だった。恐ろしや。

自分の場合は、ハチが瀕死の状態だったので毒が弱かったのか、自分にまだ体力があったため毒を撥ねつけたのかわからない(自分の毒がハチの毒を制したという説もある)が、ともあれ大事に至らず、その場での解毒注射とその後にしばらく服用する薬だけで収まったのは幸いだった。
でも、これによって自分の体内にはスズメバチの毒に対するアレルギーができてしまったので、こんど刺されたら危ないと、医師におどかされた。そのとき以来、大型のハチには気をつけるようにしている。

森の暮らしでは仕方ないことだが、当節は市街地にもスズメバチが巣をつくるというから恐ろしい。自分の場合には、お向かいの山荘の前庭(といっても高木が文字通り林立しているのだが)の、一きわ太くて高いモミの木の大枝にバスケットボールのような巨大な巣が作られ、そこから、当方の庭に植えていた各種のハーブの花を狙ってハチが飛来していたことを、後で気付いた。“ブゥ~ン”という羽根音がすごいから、すぐにそれと知れるが、平地でも、たくさん花を咲かせているお宅はご用心を...。

今回山荘に行ってみたら、台風が近づいていたせいもあるのか、あまりカラリとは晴れ上がらず、最低気温が12度、最高でも19度で、気温の上では完全な秋だった。しかし、木々はまだ色づかず、夏の緑のままだった。ただ、9月になると庭にいつも必ず顔を出す、カラマツ林特有のきのこ、ハナイグチは、ちゃんとお約束の場所に数本生えていたので、味噌汁の実にして有難く頂戴した。美味だった。今度行ったときには、もっといろいろなキノコが味わえるようになっているに違いない。

特にどこかへ食事にも出かけなかったが、それなりに穏やかでまずまず楽しい数日を過ごした。ムッシュも、山荘通いにすっかり馴染んで、行き帰りの車中も森の中でも、自分なりにエンジョイしているようだ。

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2006年9月14日 (木)

銀行体質、メーカー体質

マーケティングの議論として、これほど顧客満足とか、CRMとか言われているのに、ある種の業界の人たちにはどうもそれが分かっていないらしい。チョッと景気が回復してきたからといって、いい気になっているのだろうか?いや、それならまだ望みもなくはないが、根っこのところに、どうにもならない企業体質があるように思えるケースもある。今始まったことではないけれど、それを改めて感じさせられることが、最近立て続けにあった。

銀行体質―ある信託銀行の場合

CRM(顧客との良い関係づくりのシステム)を導入したのは、銀行などの金融機関が最初だったと聞いているが、一体どこに、それが生きているのだろう?彼らがやっていることを見ていると、どうも、顧客のことを第一に考えて顧客との関係を親密なものにしようとしているのではなく、自分たちの立場がまず念頭にあって、顧客をそれに従わせようとしているように思えてならない。“管理”すべき対象を誤解しているのではないのだろうか?
もっとハッキリ言えば、銀行というところは、客が口座を開いて多額の預金をしようとする時には、どうでもいい日用品などをくれて、揉み手をするが、その預金を客が何らかの目的で動かそうとする時には、とたんに態度が変わって、偉そうにアレコレ上からものを言う(同じ人物がというわけではないが)ということだ。こちらは客のはずなのに、何を勘違いしているのか、客を客とも思わぬ対応をされたことは、我が家の場合でも一度や二度ではなく、一行や二行にとどまらない。
都市銀行、信託銀行、証券会社...よくもまあどこもそうしてくれると思うほど、なぜか我が家では、不愉快な目に遭う(その1例は2~3年前にも連載していたウエブ・エッセー「中澤功のカウンターの片隅から―第2話」に書いている)ことが多い。

自分は本来、銀行・証券などでの財形にはとんと疎いし、まだ独り者のせがれ達も、仕事に忙しくてそんなことに気を回している余裕もないので、我が家ではその方面の管理は、実質的に、経理エキスパートの家内が一手に引き受けてくれている。いつも自宅まで来てくれる各行の営業担当係員も家内とは永年の顔なじみで、その辺の家庭事情もよく飲み込んでおり、家族の誰の名義であろうと、預金をするときには何の問題も起こらない。
だが家内が、電話や窓口で、家内本人の名義でない預金の現状変更をしようとすると、とたんに事が難しくなる。引き出しはもちろんだが、満期での更新とか利子の振込みなど、ごく事務的な依頼も、本人直接でないとできないというのだ。とうに証明済と思っていた、我が家の銀行取引代表者である家内の信用が、意味を持たなくなってしまうのである。

ごく最近も、家族名義の預金を、名義人本人の代理で家内が、運用のために別行へ移し変えようと本人の委任状を持って、隣駅にある某信託銀行の窓口に引き出しに行ったら、たった一字、日付があらかじめ記入されていないということで突き帰され(その場で記入した方がいいと思いあえてブランクにしていたのだが)、本人に記入させて出し直せと言われた。でも、そこまではまだ、何と形式ばって...と内心は思いつつも、やむなく引き下がらざるを得なかったが、突然、信じられないことが、家内の目の前で起こった。

それまでも意地の悪い対応をしていた窓口の女子係員が、いかにも当てつけがましく、目の前で、家内が記入した手続き申請用紙を無言でビリビリッと破り裂いたのだ。いくらなんでも、それはないだろう!出直して来たときに、手続き用紙も改めて書き直す必要があるにしても、この場では、「失礼ですが、それではこちらは廃棄させていただきます」ぐらいは言うのが当たり前ではないのか?さすがに腹に据えかねて家内が咎めたら、上司らしき男が飛んできて平謝りしたというが、この銀行の形式主義体質には、改めて呆れ果てた。

というのは、以前にもこの銀行には、考えられないような対応を受けたことがあるからである。自分名義の口座の預金が満期になったので、家内がテレホンバンキングの制度を利用し、自分に代わって契約延長の手続きをしてくれようとした時のこと。乱数表を見ながらの応答をはじめ、暗証番号、パスワードなど、預金に関するあらゆるID確認に答えたのだが、その時の電話応答係の女性は、口座が男性名義になっているから、女声での電話ではダメだというのだ。そこで家内も、怯まず聞き返した。「主人は今ここにいて、電話に出ようと思えば出られますが、それをどうやって主人だと確認できるのですか?」と。
そしたら相手は、何と言ったと思います?「声紋でわかります」だと。オイオイ、私ぁ一度もその銀行に電話したこともないし、声紋などとられた覚えも登録した覚えもない。デタラメを言うのもいい加減にしろと、今度は自分が怒り心頭。電話を取って代わり、責任者に釈明を求めた。だが、当方も、時間を費やして徹底的に追求するだけのエネルギーを保ちきれなかったので、ひたすら平謝りされているうちにウヤムヤになってしまった。

最近は、いろいろ銀行預金がらみの不祥事が多いから、セキュリティのためにこういう内規を設けているのだろうが、よく考えてみるとこれは、顧客を保護するためというよりは、何かあったときに銀行側の責任を回避するためのように思えてならない。
それよりも先に、もっと当たり前のこと――つまり、礼儀正しく、謙虚で、デタラメを言わないという行員意識――を徹底させ、顧客を疑ってかかるよりは、顧客を信頼するためのシステムをつくり、その情報を全行で共有する方が、顧客との信頼関係が強まって、結果的に銀行が護られることになるのではないかと思うが、どうだろうか?

メーカー体質――新車購入後日談

6月19日のブログに、6年ぶりの新車購入の経緯を、その自動車メーカーやディーラーに好意的に書いてしまったが、その後、やや月遅れの1ヶ月点検を頼もうとしたとき、その好意は自分の買いかぶりだったと思い知らされ、つくづく失望させられた。車そのものにではないが、その企業グループとしての体質にである。

8月2日のことだが、6月4日の納車からもう2ヶ月近く経ったので、そろそろ最初の点検を受けようと思っていたところに、ディーラーから、「夏のお客様感謝デイ~8月5・6日 行ってらっしゃい編/8月19・20日 おかえりなさい編」という案内が送られてきた。
何か特典もあるらしいし、翌週あたりでも山荘へ出かけようかと思っていたところだったので、これは丁度良いと思い、5日の予約を申し込もうと、購入した国道246号線沿いのA台店の担当営業マンに電話した。ところが、5日は土曜日で予約は受けられない、翌日6日も日曜日だから同じくダメというので、3日あるいは4日のウイークデーならどうか、何なら本日2日、これからでも良いがと尋ねたが、それもダメ。車を持って行って、何時になるかわからないが順番を待ってもらわなければならないという。

前車もこのディーラーで、いつも定期点検は予約制になっていたはず。送られてきたパンフレットを読み返してみても、どこにも、キャンペーン期間中は予約は受け付けられないなどとは書かれていない。こちとらも、車をディーラーに持ち込んで、いつともわからない順番を待っていられるほど暇ではないので、それじゃあ「行ってらっしゃい編」はあきらめて、19・20日の「おかえりなさい編」ならばいいかと聞くと、これまたダメ。その後の週も予約は受けられないと、取り付く島がない。

このSグループ(前のブログで車名を明かしているから会社名をイニシャルにしても意味がないが)は、毎年のことだがメーカーもディーラーも一斉に、8月の一番ハイなシーズンに2週間の夏休みをとる。ために、前車でも、彼らの夏休みの直前に不具合が生じたときには、ディーラーから素気ない対応を受け、えらく困ったことがあった。
そのときの顛末は、前段で引用したウエブ・エッセーの第4話に書いているが、今回もまったく同じタイミングだったので、そちらが夏休みの間、点検を受けられないまま走って何かあったときに、客はどうすれば良いのかと聞いてみた。すると、「JAFにでも頼んだらどうか」「自分にどうしろというのか」という言葉が返ってきた。まるで自分の顧客だという意識がない。点検の予約申し込みに対する返答にも、「客にも都合があるのだろう」という慮りや、「内部で相談・検討してみましょう」と一旦あずかる機転もない。

売り込むときには、いかにも誠実そうな態度だったので、ついブログで好意的に書いてしまっただけに、やっぱりこのグループの企業体質は変わっていないと、だまされたような気持ちがして、二倍腹が立った。

担当営業というものは、売るときだけでなく、納車してからも、何かと自分の客のために親切に対応してくれるものと思っていたが、どうもこのグループはそうではないらしい。これは、製品に自信を持ち過ぎて顧客の気持ちに疎くなっているメーカーの体質のせいか?それともディーラーには、新車販売成績最優先で顧客維持にはあまり力を入れない空気でもあるのか? 

ともかく、担当営業と話していても埒が明かないので、一旦電話を切ったが、そのままでは現実問題としても困るので、改めて店長に電話して点検の予約を申し入れたら、報告は受けていたらしく、担当営業の対応の不適切さを詫び、結局、最初の希望通りの日時に予約して、無事点検を済ませることができた。そして今後は、店長自身とフロントが窓口になって、何事もキチンとカバーするということで、一応、話は落着した。

だが、前車と今回と、2度にわたって同じような対応を経験し、このグループに対する当方の不信感はいや増してしまった。車自体は、まずまず気に入っているのに、こんなにうんざりさせられる目にあって、3度目まで我慢する気持ちは、もはや薄らいでいる。

それから、グループ一斉の夏休みも、もう少し何とかならないものなのだろうか?メーカーとディーラーの休みをずらすとか、休み中のサービスをどこかに委託するとか...。自動車会社は、製造業・販売業だけではなくて、サービス業でもあることを、自覚して欲しい。
そして、ES(従業員満足)を最優先に考えるあまりCS(顧客満足)をないがしろにすると、いつか足元が崩れかねないことに、気がついた方がよいと思う。

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