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2006年6月12日 (月)

早稲田の今昔

前回紹介した「レスポンス広告塾」で2回目のレクチャーをしたのは先月末30日の午前だったが、その日の午後は、母校早稲田大学の商学部で「ダイレクトマーケティング論」の授業。商学部事務所に顔を出す予定の時間より1時間ほど早めに着いてしまったので、先にランチを済ませておこうかと、キャンパスの周囲をブラついてみた。

「大隈講堂」脇からもとの都電通り(新目白通り?)へ抜ける細い路地(「大隈横丁」だったか)の左側には、昔は食堂(レストランではない)や学生用品の店が沢山あったような気がするが、今ではほとんどなくなって閑静な住宅地に変貌し、入口に近いところにわずかに一軒、制帽屋さんが残っていた。後で商学部教務主任の嶋村先生に伺ったところ、辛うじて今でも、体育会の応援団などの需要があるのだそうだ。

道の右側には、今は「大隈会館」のビルが建っているが、ここには昔、「学生ホール」(すなわち学生食堂)があったはず。いつも懐がピーピー言っていた我々は、10円の素うどんと10円の肉まんとの合計20円で昼食を済ませたこともよくあった。
とは言えあの頃は、年中腹を空かせていたが、最近は昼どきになってもあまり腹が空かない。で、“軽く”サンドイッチでもつまもうかと大隈会館隣の「リーガロイヤル・ホテル」のカフェに入ったら、ドリンクと一緒で“軽く”2000円あまり。まさに今昔の感があったが、卒業してからもう45年以上、物価も何もかも変って当たり前なのだろう。

ここのところ毎年、大隈会館の「完之荘」かリーガロイヤル・ホテルでクラス会を開いているので、早稲田に来るのは別に久し振りではないのだが、いつも晩秋の休日だったせいか、寒々とした曇り空と、まばらな人影と、地面に散り落ちた黄色い枯葉の印象しか残っていない。それが今日はどうだろう! 初夏を思わせる陽射しの下で沢山の学生たちが闊歩し、厚く葉の茂った並木の濃い緑が目に沁みる。
ちょうどランチタイムだったからか、きれいに芝が生えそろった「大隈庭園」は、座り込んで思い思いに食事を広げている男女の学生たちで一杯だ。みんな真面目そうで、適当にオシャレで、そこそこ満ち足りた顔つきをしている。ここも、あの頃とは、人も風景もすっかり変ってしまった。

正門横の本屋さん「成文堂」にもフラリと寄ってみる。この店にも随分とお世話になった。あの頃は貧乏だったから、教科書も滅多に新本が買えず、ほとんど古本ばかりだった(それも用が済むとまた売ってしまうのだが)...と、そんなことを思い出しながらも、つい習慣的にマーケティング書のコーナーに目が行く。 と、オオ、置いてあるではないか、私の「体系ダイレクトマーケティング」が!

そう言えば、先月下旬の「広告D社賞」の選考委員会でお会いした同じ商学部の守口先生も、「読んでますよ」と言ってくれていた。分厚くて高価なので、どこの書店も喜んで置いてくれるような本ではないのだが、やはり早稲田はちがう――などと勝手に解釈して、ちょっぴり嬉しくなった。

事務所のある1号館に着くと、本授業のコーディネーターをしてくださっている亀井先生と入口でバッタリ。事務所が本来の商学部棟から移ったので、もしや私が迷っているのではと心配して、迎えにきてくださったのだそうだ。恐縮、恐縮。そう言えばこの1号館は、自分の時代には政経学部棟で、その隣の2号館が自分たちの法学部棟だった。外観はほとんど変っていないような気がしたが、中に入ってみるとさすがに改装されていて、昔と比べて格段にきれいに明るくなっていた。

亀井先生のお話しによれば、商学部が入る新しい高層ビルがいま建設中だそうで、そのため事務所も教室もしばしの間、分散を余儀なくされているという。本日の授業も、本来の商学部棟ではなくて、自分たちの頃には存在しなかった14号館という中層の新棟でということだった。
教室に入ると、昼休み直後というのに、定員約300人の座席は見たところ既にほぼ満員。でもこれは、別に自分の授業に人気があるわけではなくて、亀井先生のご威光に違いない。そして多分、今どきの早稲田の学生は、真面目で学習意欲が高いのだと信じたい。

事前にパワーポイントのデータを送って備え付けのコンピュータにダウンロードしておいてもらったお蔭で、「ダイレクトマーケティングの今日的意味」と題したスライドプレゼンテーションによる講義(本ブログの左下にある「中澤功講義・講演集」参照)はスムーズに開始、そして済ませることができた。サテ、学生たちはどう受け止めてくれたろうか?
ビジネス環境が大きく転換しつつあるこの時代、新しいマーケティングの牽引役を果たすに違いないダイレクトマーケティング関して、学生たちに伝えておきたいこと、知っておいて欲しいことは沢山ある。ぜひまた何時か、ここに戻ってきたいものだ。

何かこもごもの想いが胸に残って急にはキャンパスを立ち去り難く、振り返ると大隈候銅像と講堂の時計台は昔のままだった。あえて遠回りをして、馬場下交差点に出てから地下鉄駅に向ったが、気がつくとちょっぴりセンチメンタルになって、“あれ見よ彼処の常盤の森は、心のふるさと我らが母校...”と、小さく校歌の3番を口ずさんでいた。

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