« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月

2006年4月27日 (木)

広告賞選考会に思う

先週末、「広告D社賞」の本年度第一次選考会に行ってきた。その名称の通り、日本最大の広告代理店D社が主催する広告賞で、戦後間もない1947(昭和22)年に創設され、今では「新聞」「雑誌」「ラジオ」「テレビ」「ポスター」「SP」「インターネット」「公共」といった各分野をカバーする、歴史の点でもスケールの点でも日本最大級の総合広告アワードだ。自分も、縁あってそのSP(セールスプロモーション)部門の選考委員を拝命してから、もう10年になる。

なぜダイレクトマーケティングを専門とする自分がSP部門の選考委員に指名されたのかと考えてみたが、どうやらSPの基幹メディアの一つとしてダイレクトメールが使われることが間々あるからということと、昨今ではSPとダイレクトマーケティングの間には目的・手法においてだんだん境界線がなくなりつつあるので、自分のような者がSPキャンペーンについての評価を行ってもさほどおかしくはないということのようだ。

このアワードは、“広告賞”と言っているのだから、評価に際しては難しいことを考えず、“広告のかたちとしてどうなのか”ということで割り切れば良いのだが、時に「SP」の意味を深く考え過ぎ、いろいろと気になってくることがある。
この賞の「新聞」「雑誌」「ラジオ」「テレビ」「ポスター」そして「インターネット」という分野は、明確に“メディア”もしくは“コミュニケーション・チャネル”を基準としていることがわかるが、それに対して「SP」(「公共」もそうだが)は“目的”を基準にした分野と受け取れ、使用メディアという点では、前者に属するメディアの複合プラスSP特有のメディアというのが実態で、基準を前者の考え方に合わせれば、「マルチメディア・キャンペーン」とでも呼んだ方がわかり易いのではないかとも思ったりする。
逆に、分野をすべて目的基準にすると、「認知広告」「SP広告」「通販広告」「公共広告」などという呼び方になるかも知れない。

なぜ理屈をこねて、こんな余計なことを考えるかというと、自分の場合SPは“販売促進”という“目的”だと考え、キャンペーンの評価に際してはどうしても、クリエイティブすなわち表現技術もさることながら、それによって達成した成果と費用対効果を重視したいと思っているからだ。だが現実にはいつも、大勢として、マスメディアを含むマルチメディアで見栄えのするつくりのキャンペーンが受賞する結果になる。
自分は、本格的な「セールスプロモーション」ならば、SP特有の、ダイレクトメールやPOPやチラシなどのツールを使い、イベントなどの機会を活かして、投資に見合った成果をあげた場合を評価したいのだが、昨今SPキャンペーンと称するものは、通常のブランド認知広告と同様にマスメディアを多用するものが多い。各種マスメディアに莫大な広告費を投下すれば、その物量効果によって大きな反応が生じるのは当然で、それが真の成果なのかどうかは簡単には断言できない。問題は、投下したコストに対する採算性の高い(理想的には採算のとれた)成果を上げ得たかどうかではないかと思うのだがどうだろう。

SP広告部門にエントリーした各社は、作品と共に提出することを義務づけられている「キャンペーン概要」の中で、どんなメディアを使って“マーケットシェア”がどれだけ上がった、懸賞やプレゼントに対する“応募”がどれだけの数に達したかということについては語っているが、投じた広告費と直接それによって生み出された成果が採算に見合うものだったのかどうかは黙して語らない。
またそれによって、販売シェアではなくて新規の“見込客・購入客”がどれだけ獲得できたか、それに基づいて“LTV”(顧客生涯価値=個別客について最初だけでなく一定期間内の継続・反復取引きによってもたらされる累計収益)がどれだけ見込めそうかということにも言及しない。恐らく、そのような実績を測定するためのキャンペーン・フォローをしていないだろうし、する考えもないのかも知れない。

日本の一般的な会計システムでは、広告・販促費はあらかじめ見込んでおく固定経費だから、その枠内で収まっている分には、“シェア”が上がった、“集客”ができた、“応募”が多数あったというレベルの成果で良しとされるのだろうか?
“認知”が目的の広告ならそれでも良いのかも知れないが、“販促”を目的とするSP広告では違う考え方をすべきではないのだろうか? 投下費用に対して直接採算が取れたかどうかを厳しく問われ、それに加えてLTVも予測する必要のあるダイレクトマーケティングの会計システムで育ってきた自分は、ついついそういう風に考えてしまうのだ。

今や「認知広告」であっても、事後調査などではなくリアルタイムで、投資と成果を直接関連付けて“ROI”(Return on Investment)を問われるようになりつつある厳しい時代。
余計なお世話かも知れないが、行く行くはせめてSP部門だけでも、このダイレクトマーケティング的発想を取り入れてみるようにはならないものだろうか?

第一次選考では、少しでもそのような自分の考え方にそっている作品に票を投じてきたが、来月に予定されている二次選考、最終選考ではどんなキャンペーン・作品が残るのだろう? 自分としてはそろそろ、大企業のマスメディア中心の大量キャンペーンではない、ユニークなSPらしいキャンペーンが入賞することを期待しているのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月19日 (水)

美味しい話

前回に引き続き南イタリア旅行ネタで恐縮。実は、全行程を通じて食事が予想外に美味しかったので、それからいろいろなことが思い浮かび、どうしても書いておきたくなった。

若い頃は、外国での滞在が長期にわたっても、そんなにすぐに日本食が恋しくなるということはなかったが、この年齢になると普段の食事が和食主体になっているので、一週間や十日の外国旅行でも、現地に日本食レストランがあればすぐにそこへ行きたくなったり、スーツケースにそっとカップ麺を忍ばせて行ったりするようになる。
今回の旅行も、完全3食付きのツアーだったので、いくらイタリアン好きな私たちでも当然飽きが来るだろうと思って、家内と二人で1個ずつカップ麺を持って行ったが、とうとう開けずに持ち帰ってきた。単に満腹だったからではなく、毎食それなりに美味しく満足して、日本食的なものが特に欲しくならなかったからだ。

ミラノ風などの北イタリアの食事は、これまでに現地でも日本でも味わう機会が多く、それらを通じて自分なりにイタリアン・フードのイメージを持っていたのだが、今回、南に来て見て、その認識を新たにした。北の料理がけっこう味が濃い目なのに対して、南のそれは薄味なのである。トマト・ソースあるいはトマトそのものを使った料理は定番なのだが、ソースは色の割りに軽い味で、トマトそのものも野菜というよりはフルーティーだった。
そしてトマト・ソースだけでなく、アーモンドとバジルのソース、小海老とズッキーニのクリーム・ソース、シーフード・ソースなども、いずれもあっさりとした舌ざわりで、これらが各種のパスタ(ペンのかたちをしたペンネ、耳たぶのかたちのオレキェッティ、日本そば風のタグリオー二など)と相まって、絶妙な味のハーモニーを生み出していた。

と言っても、パスタはメイン・ディッシュではなく、たとえランチでもファースト・ディッシュで、セカンド・ディッシュとしてシチリア風のミート・ロールやカツレツや煮込みやフライ、そして魚介のグリルなどが出る。さらに必ず甘~いデザートが付いて、ほとんどの場合フルーツやサラダも付き、時にはスープも出る。
ドリンクは基本的に追加料金で、ワインやミネラルウォーターだけでなくコーヒーや紅茶も有料になることも。しかし、グラス・ワインを頼んでもジョッキ一杯に半端じゃない量のワインが出てくるのには度肝を抜かれ、水よりもワインの方が安いという話を実感した。

これだけの量の食事が日本で出てきたらとても食べきれるものではないが、風邪気味だったというのに、不思議と、ほぼ完食することができた。遺跡見学のためによく歩いたせいだろうか。オリーブ・オイルを使った料理だったからか、胃腸の調子も悪くならなかった。

これらの料理は、決して大都市の有名レストランのものというわけではなく、その土地なりの普通の店のものなのだが、他の国でのグループ・ツアーの食事ではなかなか味わえない、満足感のあるものだった。“食”を重視するお国柄のこと、イタリアではきっとどこで食べても美味しいのかも知れない。

ところで、家内とこの南イタリアの食事を楽しみながら、“この味は日本でもどこかで食べている覚えがあるね”という話になり、そのレストランのことが思い浮かんだ。
南イタリアの食事の話から始まったが、いくら美味しいと強調しても、誰もが簡単にちょくちょく南イタリアへ行くわけにはいかないだろうから、代わりにというわけでもないが、その味が楽しめる日本の店を、ぜひ紹介しておきたい。

ただ、そのレストランがあるのは、残念ながら東京や横浜ではない。山梨県の須玉町(最近町村合併して北杜市の一部になった)というところに、古い小学校を改築して博物館、温泉、食事・宿泊施設、地域物産販売所、ベーカリーなどを併合した「おいしい学校」という公営の施設があるが、その中の「ぼのボーノ」というイタリアン・レストランがそれだ。東京の代官山にある「カノビアーノ」というレストランのオーナー・シェフ、植竹隆正氏がプロデュースしているそうである。

私たちは、清里の山荘通いの行きか帰りに、ほぼ月1回、必ず立ち寄ってランチをとることにしており、山荘到着が夜になりそうな時には、ディナーをいただくこともあるが、いつ行っても、その味には満足させてもらえる。それでいて値段は非常にリーズナブル。特に、パスタまたはピッツァのランチ・セットがお薦めだ。
詳しいことは、上記に埋め込んだリンクをクリックしてホームページを参照して欲しいが、中央高速道を須玉インターで下りて15分ぐらい、国道141号線を清里方面に向い、途中右側に案内板の出ているところを右折すれば、後は道なりだ。
「おいしい学校」は、りんご畑に囲まれた山あいの平地にあり、晴れた日には北に八ヶ岳、南に甲斐駒ケ岳などの南アルプスの眺望がすばらしい。もと小学校だから校庭は桜で一杯だが、もうそろそろ散り始めているかもしれない。が、その代わり今は、りんごの花が真っ盛りかも...。
これからの行楽シーズン、そちらの方に行くことがあったら、ぜひ足を向けてみて欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月11日 (火)

南イタリア紀行

アモーレ! マンジャーレ! カンターレ! 家内と二人で"陽光の南イタリアの旅"(ツアー・タイトルのまんま)に参加してきた。一行33名添乗員付きの大人数で、一日ごとに移動し、早朝から日暮れまで可能な限り多くの見所を巡り、三度の食事もすべてセットされているという、良くも悪くも盛り沢山でタイトな、典型的なグループ・ツアーだったが、道中ずっと晴天に恵まれ、まずまずの楽しい旅だった。
ローマ以北は、仕事や観光で何度か行ったことがあったが、いわゆる南イタリアは今度が初めて。行く前は、漠然とナポリとその周辺のことかなという程度のイメージしかなかったが、今回の行き先はそれが半分で、あとの半分はシチリア島。気候風土も景観も、良い意味で予想を裏切る新鮮さがあった。

成田を昼過ぎに発ってから、ローマでイタリアの国内線に乗り継ぎ、シチリア最大の都市パレルモに到着したのは通算16時間後。ホテルに入った頃はすっかり夜も更けて、初日は何もなす術なし。
というわけで、二日目早朝から、遺跡めぐりのバスの旅がスタート。シチリアは"地中海の十字路"と呼ばれ、古くから交易の要衝だったそうで、多民族の文化が混交した遺跡・建造物などが各所に存在するが、この日はパレルモ市内から郊外のモンレアーレに足を延ばし歴史的様式美に溢れた旧宮殿やドゥオモ(大教会)に立ち寄った後、世界遺産にも指定されたアグリジェントの「神殿の谷」へ。眼下に白く光る地中海、丘を見上げれば赤茶の古代ギリシャ神殿の大円柱、そしてあたりを若緑に彩るオリーブとアーモンドの畑。これらが織り成す光景は、まさに別世界のものだった。

赤茶の古代ギリシャ神殿の大円柱
三日目は、古代ローマのモザイク画で世界遺産に指定されているピッツァ・アルメリーナの「カサーレの別荘」を見て、その後にタオルミーナへ。ギリシャ時代に建造され、ローマ時代に改築、現在も使用されているという「円形劇場」もさることながら、その外壁越しに見はるかすイオニア海の彼方の白雪のエトナ山(写真2)の眺めがすばらしかった。

白雪のエトナ山
四日目は島の最東端メッシーナからフェリーで海峡を渡り、イタリア本土の港町ヴィラ・サンジョバンニに上陸、そこから延々と400キロあまり走って世界遺産の町アルベロベッロに到着。小高い丘の上にあるこの町には、「トゥルッリ」という真っ白な壁の上に灰色の円錐形のとんがり屋根が載ったお伽の国のような不思議なかたちの建物)がギッシリと立ち並ぶ。どうしてこの地域だけにこんな様式の建物があるのかわからないが、ほとんどのトゥルッリは、今も住居として、または事務所や商店として使われている。 不思議なかたちの建物
五日目はいよいよ最終目的地のナポリ方面に向うが、その途中で、やはり世界遺産になっているマテーラの「洞窟住居」を探訪。ランチもその洞窟内を改装したレストランでとったが、外の暑さが嘘のようなヒンヤリとした空気が心地よかった。ナポリに近づくにつれてバスの車窓からヴェスーヴィオ山が見えてきたが、何と言っても、サンタ・ルチア海岸から湾を隔てて望むその姿が、圧倒的に雄大だった。
そして暮れなずむ頃、美しいナポリの夕景を眺めながら幾重にも折れる坂道を登って宿泊地のソレントへ。ここで初めて連泊することになり、やっとホッと一息つける気分に。

マテーラの洞窟住居

ヴェスーヴィオ山
六日目は観光の最終日で、ポンペイの遺跡とカプリ島へ。ポンペイの見所についてはガイドブックなどである程度の予備知識を持っていたが、土産物屋の客引きがうるさく、見学者も多すぎて、思っていたよりも俗化している感じがした。ただ、その領域の広大さは予想以上で、とても1~2時間の駆け足では見て回れるものではなく、再訪して少なくとも丸一日はかけて、自分のペースでじっくりと観察したいと思った。
再びナポリ港へとって返し、高速水中翼船でカプリ島へ渡る。楽しみにしていた「青の洞窟」は、残念にも波が高いということで入れず、美術館「ヴィッラ・サン・ミケーレ」とその庭園の花々、テラスからのパノラマを楽しむ散策で時を過ごした。
ソレントに戻ってきてからも、ディナー前後に少しフリー・タイムをとることができたので、町のメーン・ストリート「コルソ通り」をブラブラ歩きして、ひととき、いつもの個人旅行の時のような気分を味わうことができた。

ポンペイの遺跡 テラスからのパノラマ コルソ通り
それにしても、南イタリアの景観はすばらしかった。紺碧の海と雲ひとつなく晴れた空と爽やかな大気、なだらかな丘の斜面いっぱいに広がる若緑のオリーブ畑、そして郊外も市内も道の両側はどこを向いてもたわわに実をつけた太陽色のオレンジとレモンの樹――月並みな形容だが、"風光明媚"とはこういうことを言うのではないかと感じ入った。

ほとんどの行程がホテルに夕方着いては翌朝には発つという慌しい6日間、バスタブなしでシャワーのみだったり、そのシャワーのお湯も十分出なかったり、出てもぬるかったり、自由時間がほとんどなくて碌にショッピングもできなかったりと、不満を言えばきりがないが、それでもこの旅は、南イタリアの光と風と歴史の残像で私たちを酔わせてくれた。

偶然だが、4月28日から6月25日まで、渋谷の東急文化村で「ポンペイ展」が開催されることになっており、今週土曜日(4月15日)夜9時からのTBS「世界ふしぎ発見」では、アルベロベッロとマテーラが取り上げられるそうだ。ぜひ見ようと思っている。
   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »